【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

中編6
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何で来てくれなかったの

瓜柄孝平(うりえ・こうへい)です。

今回は奇妙な出来事に遭遇した御話でも致しましょう。

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私の率いるプロジェクトが一段落して、入札一歩前の肝になるプレゼンで、競り合っていた企画を気に入ってくれた企業が居た為、トントン拍子でその場で商談は成立、入札も各組織で割り振る形で決してどの場所も落とさないで、今で言うSDGs同然と言える形で、プレゼンの席は締め括られた。「競り合っていたのは何だったのか」と首を傾げるライバル組織も居たが、その言い分ももっともではある。

幸先(さいさき)の良い形でプロジェクトが軌道に乗り始めるのと同時に、商談成立も兼ねた或る意味での祝勝会とも言える打ち上げが予定される。

────だが、私は飲めずすぐに赤くなるか寝てしまったりするので、いわゆるハンドルキーパーとして烏龍茶で参加するのが精一杯で、それでいて和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気も嫌いで無い為、いつも飲み会には参加していた。

然し、今回はシフト上の夜勤が有ったのと、翌々日に同窓会を控えていたのも有って、断らざるを得ないのだが。

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「申し上げましたでしょう。夜勤と同窓会で………」

「ちょっと、打ち上げと同窓会のどっちが大事なのよ。瓜君が居ないと盛り上がらないのよ。ハンドルキーパーの貴方が頼りなのに………」

勝手にメッセージアプリを検索して私のID番号を登録した、勤務先の御姉さん兼上司を自称する、上歯朱麻(うわば・しゅま)先輩がアプリの電話機能で連絡して来た。

「────分かった。なら、別な日にでも飲みましょ。その時はちゃんと………」

仕事もこなせて、どちらかと言えば業務をこなすスピードとしてはトロい私に対して、邪険にせず扱ってくれる意味でも、飲みに連れて行くと称しても絡み酒やいわゆる一気飲みや飲め飲めコール────いわゆるアルコールハラスメント────をする訳でも無い、良い先輩ではあるのだけど………

蟒蛇(ウワバミ)を自称して、結局酔い潰れてしまうパターンが先輩の場合は多い。今回のプロジェクトが実を結んだのも先輩の御蔭な分、部署の皆も彼女のこの短所に少なからず困惑してもいる。

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仮眠を取りながら、資料室の見回りや小会議の報告書の掲示、警備の人が巡回しない小規模な箇所の確認をしながら、私はメモ書きをした奴の清書と、退勤時のメッセージを兼ねた書き置きをしていた。

────ジャァーン!ジャァーン!ジャァーン………

ギクリとはしたが、離れた場所に置いてあるモバイルバッテリーに繋いでいた私のスマートフォンの着信音である黒電話だ。

「おっと」と仮眠を取っていながらも残る眠気につんのめりながら、私は鳴っていたスマートフォンを手に取る。

「瓜柄です。申し訳有りません」

「瓜柄君、夜勤なのに済まない!大変だ!上歯君が!」

私や先輩と共にプロジェクトに参加していた、上司である吉藤(よしふじ)さんの顔面蒼白なのが窺える、言わば酔いを覚まさせられた声が受話器のスピーカーから響く。

クラクションを鳴らしたフラつき運転の、有ろう事か右車線を走って来た軽自動車が、眩しいながらも歩行者を認識出来るハイビームにせず、暗いヘッドライトのまま直進し上歯先輩を………

轢(ひ)いたまま、ヘロヘロと左端に停められた軽自動車から、顔を真っ赤にした高齢者が被害者に駆け寄ろうともせずに、何処かに行こうとした為、皆で取り押さえて警察を呼んだのだと言う。

「………?」

「ナンデキテクレナイノ、ナンデキテクレナカッタノ」

電球色のLED照明が灯っていた筈の一室が、紫色とピンク色の、言うなれば不気味な夕方を思わせる空間になっている事に気が付く。

上司の吉藤さんの声も「ガガーっ、ガっ」と変な音に遮られて上手く聞こえず、眉間に皺を寄せた私は一旦通話ボタンを押して遮断した。

「────上歯先輩?」

確かに上歯先輩の姿には似ている、だがあのビデオ映像の井戸から這い出て来るあの女の様な不自然な長い黒髪、白いワンピースと、彼女のチョイスする服装とは掛け離れており、目にクマの出来た不気味な顔だけが先輩を模したものだと判断出来る。

「何で来てくれないの、ナンデキテクレナイノ、何で来てくれなかったの、ナンデキテクレナカッタノ、何で来てくれないの、ナンデキテクレナイノ、何で来てくれなかったの、ナンデキテクレナカッタノ」

私は怖さよりも、救急搬送されただろう先輩の悔しさや逃げようとした高齢者への怒りがゴチャ混ぜになり、身体が動かないながら、急に呼吸する事が出来る様になった為、何故か口許に笑みを浮かべて思い浮かんだ言葉を行って見る。

「未練がましい面(ツラ)曝(さら)してんじゃ無ェよ!先輩の顔を借りてんじゃ無ェぞっ!!大体にして手前ェ誰だよ!何様なんだよオイ!」

言い切った私は、ドサリと椅子に座って逆襲するだろう目の前の得体の知れない存在を睨み付けた。

『良くやった青年!』

男の声が紫色とピンク色の混じったオフィス内に響き渡り、言わば上歯先輩の姿をパクった奴が突如苦しみ始める。

「オマエカァァァ!ナンデイチイチ、コッチノジャマヲスルンダァァァ!アリメェェェ!チクショウォォォゥ!」

ドロドロに溶けて、得体の知れない存在は破裂する。

元の電球色のLED照明の灯る、オフィスの一室に空間が戻る。

私はふと思い出して、再び吉藤さんの電話番号へと掛けようとする。

「────あれ?」

先程掛かって来た筈の、上司の着信履歴が無い。

「どどどど、どうなってんだコレ」

取り乱し掛けた直後、着信が来る。今度こそ吉藤さんだ。

「もしもし。どうされました」

「いや、危なかったよ。上歯君が、又出来上がっちゃって、千鳥足でね………」

「ま、ま、まさか、軽自動車が………」

「凄ェな、エスパーか君は。その軽自動車がな………」 

街灯の付いた電柱にぶつけて、単独事故を起こしたと言う。しかも、千鳥足だったのにうずくまってしまった、上歯先輩の数m先で。

「しかも上歯君がな………うずくまって君に謝り始めたんだ」

その場に私が居ないのに?

「単独事故を起こした爺さんを応急処置して救急搬送して貰おうとしたら、飲酒運転だったから、いや参った参った。そんで警察に爺さんを引き渡したらな、上歯君が素面(シラフ)になって、君が心配だからオフィスに戻るって言い出してな」

「へ?」

直後、バンと勢い良くドアが開いて、違った意味で顔面蒼白の上歯先輩が飛び込んで来た………後ろに吉藤さんやプロジェクトに参加してくれた皆を従えて。

「瓜君!御免ね!又別な日に飲み直そう!同窓会楽しんで来て!」

「────あ、有難う御座います」

連れ立ってのオフィスからの撤収になって、私は同窓会も後日改めて開催された飲み会も雰囲気を楽しみつつ、ハンドルキーパーとして、上歯先輩始め上司も送り届けた。

********************

「青年よ、厄介なオフィス霊によくぞ立ち向かってくれた」

瓜柄青年の乗る軽自動車を誘導し、地下駐車場の出入口から安全に発進させた警備員が踵(きびす)を返すと、制服が煙を上げて消え失せ、黒い背広の有芽元次が現れ、地下駐車場にて姿を消した。

Concrete
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@あんみつ姫さん、御早う御座います。有難う御座います(礼)。

そちらの手掛けられた怖い話も、クオリティーが全然落ちていないのと、華々しい場所を恐怖のドン底に落とす展開に、「ゾっとする素晴らしさとはコレを意味するのかも知れない」とゾワゾワさせて貰いました。

いえいえ、言い訳とは捉えておらず、無関係な話になりますが、別な場所で或る投稿者様とのやり取りで感想を述べる機会が有って、投稿者様が「感想を特定の章だけ寄せてくれず不安だった」と本音を語って下さり、「御盆商戦で読むだけになってしまっておりました」と真相を述べて安堵の返信を頂いたのを思い出しました。

私めも全然投稿出来ていない時期が有ったのと、ギリギリになって急に展開が浮かんだりして、掲示板に載せられるかどうかの瀬戸際だったり、締め切り翌日が休みなケースが多い為、誤字脱字をギリギリ迄確かめたりと(結局後で見付かる事も多い)、忙しいと感じなくとも休日に寝過ごして「間に合わなかった!」となる事も有りました。勤務先や他支店でもコロナ感染が拡大していたりしますし、先日復帰した他部門のパートさんも居るのと、感染する人は幾度と無く感染していて、感染しないのは全然感染しないと言う差も生じていますね。

今回の物語の展開自体は短いメモ書きで列挙していて、「間に合うか」となったのが、遅出勤務なのを利用して寝る前や早朝に打てる所迄打っての、ラストスパートで終業後の1時間程で一気に展開が浮かんで、締めへと至りました。

前回襲来するだろうと言われていた台風7号自体は、在住地では強風と少ない雨を撒き散らしただけでありましたが、勤務先も他支店も強制的に夕方閉鎖と、翌日の本部連絡待ちと言う緊張状態も経験した手前、今回も台風対応がどうなるかを見守る形になります。

そちらの深くじっくり読んで下さる感想、ゆっくり御待ち致します。

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芝阪様
おはようございます。
掲示板で相前後してしまったことは、私のミスが原因ですから。どうぞお気になさらず謝らないでください。
それよりも、毎月きちんととうこうされていらっしゃることに感嘆と尊敬を覚えます。
言い訳になってしまいますが、最近現場では、コロナを始めとする各種感染症が蔓延し、その対策と対応に追われ、変更に次ぐ変更に心身が疲弊し、ついていくのが精一杯の状況でした。
最近やっと落ち着きを取り戻しましたが、そのために、二ヶ月丸々投稿するに至りませんでした。
やはり、書いていないと駄目ですね。継続は力なりとはよく言ったものです。
芝阪様の新作や皆々様の新作に励まされ、背中を押されています。

本作もとても興味深い内容でした。掲示板にアップされてすぐの投稿ということで、読ませていただきました。
感想については、また後で、詳しく書かせていただきますね。
ではでは、台風の被害等心配ですが、ご自愛くださいませ。

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