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長編17
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夏の終わりに

宮里信吾は中学二年。

夏休みももう少しで終わろうとしている。

子供の自殺が最も多い日と言われるのが、夏休み明けの初日だ。

彼の中学ではこれを防止するために、できるだけ仲の良いメンバーで五、六人のグループを作らせ、夏休み中もこまめに連絡を取り合うように指導している。

一緒に遊んだり、宿題をしたりすることも推奨されているのだが、夏休みに入る直前にクラス担任はこんな事を言った。

「もし自殺するような生徒が出たりしたら、同じグループの人がどんな思いをするかよく考えるように。」

これでは江戸時代の五人組のようなものだ。

普段からマイペースで一匹狼的な宮里信吾にとっては、鬱陶しい以外の何物でもない。

しかし彼は特にクラスの嫌われ者と言う訳ではなく、特別に仲の良い友達がいないというだけで、男女含めて普段から会話を仕掛けてくるクラスメートは多い。

そうでない時は黙って自席で好きなミステリー小説をひとり黙々と読んでいるだけなのだ。

だからグループを決める際には、誰かが声を掛けてくれない限り、黙って残り物グループに加わることになる。

(今年は誰と一緒になるのかな。)

グループ編成の結果、男子だけのグループが三組、女子だけのグループが三組、そして男女混合のグループがふた組という結果になった。

異性を意識する年頃であり、同性と組む生徒が多い中で、男女混合のひと組は同じ部活の男女がそれぞれの友人を集めて作った組。

そして宮里信吾はもうひとつの男女混合の五人組で、こちらは本当に寄せ集めだ。

男子が二名、女子が三名。

宮里信吾の他に、男子が坂田幸信というちょっとオタク系のヤンキーで、明らかにポーズとして一匹狼を気取っている。

女子の三人のうち、長峰ちづるは秘かに坂田幸信に思いを寄せており、彼は絶対に寄せ集め組になると踏んで、友人の楠木佐奈を強引に引き込んでこの組に入った。

そして最後が、幹谷優菜。

宮里信吾と似たようなタイプで、教室では常にひとりで本を読んでいる。

そこそこ可愛い顔立ちをしているのだが、あまり笑ったところを見かけることはなく、暗いタイプの女子と言えなくもないが、周囲まで暗い雰囲気に陥れる陰キャと言う訳でもない。周囲に同調することも感化されることもない、マイペース人間なのだ。

とにかくクラスに絶対一緒に居たくないと思う嫌な奴がいなかったことが、この五人にとって幸いと言えば幸いだ。

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********

夏休みに入り、自らグループのリーダーを買って出た長峰ちづるは、こまめにメンバーへ電話連絡していた。

もちろんお目当ては坂田幸信なのだが、一応他のメンバーの手前、公平に連絡を入れている。

そして夏休みが終わる十日ほど前に、宿題の確認という名目で五人が集まることになった。

学校の指示したルールで、夏休み中に最低二回はメンバー全員で集まることになっており、夏休みに入ってすぐに長峰ちづるが全員の夏休みの予定の確認ということでメンバーを集めて以来、これが二回目ということになる。

「えーっ、マジ?夏休みの宿題が終わってないのは俺だけってか。お前らみんな変だぞ。夏休みの宿題って最終日に徹夜してやるもんだろ?」

皆で集まった図書館の自習室で大きな声を上げた坂田幸信は、周囲から睨まれて黙った。

ヤンキーを気取っているが根は素直な奴なのだ。

「もう、坂田君たら。しょうがない、私のノート貸してあげるから、ちゃんと終わらせるのよ。」

長峰ちづるがどこか嬉しそうに自分のバッグから数冊のノートを取り出して坂田幸信に手渡した。

「お、サンキュー。助かる。この五人組も悪くないな。へへっ。」

「ねえ、宿題の確認も終わっちゃったし、皆でかき氷でも食べに行かない?駅前に美味しい店があるんだって。ちょっと並ぶかもしれないけど。」

借りたノートをカバンにしまう坂田幸信を横目で見ながら楠木佐奈がそう提案してきた。

「え~っ、俺やだよ。このクソ暑い中、店の前で並びたくない。」

「俺も甘いものあんまり好きじゃねえし。女子だけで行ってくれば?」

男子二人に反対され、楠木佐奈は口を尖らせて不満そうな顔をした。

「でも折角、五人集まったんだから、このまま解散はもったいないよ。皆でどっか行こう。」

せっかく坂田幸信に会うことができた長峰ちづるはそう言って食い下がった。

「皆でどっか、って言ってもなあ。」

その時、ずっと黙っていた幹谷優菜が突然口を開いた。

「あの・・・私行きたいところがあるんだけど。」

「へえ、どこ?」

幹谷優菜が自己主張するのを初めて見たと思った宮里信吾は、何だろうと興味を持って聞き返した。

「あのね、今日は諏訪神社のお祭りでしょ。皆で行かない?」

「「「「お祭り?」」」」

他の四人が申し合わせたように同時に聞き返した。

四人ともこの町の住人である以上お祭りがある事は知っていたが、幹谷優菜の口からお祭りと言う言葉が出てくることが意外だった。

「夏の終わりに皆で夏祭りか、家族で行くより面白そうだな。行くか。」

坂田幸信のそのリアクションに長峰ちづるが満面の笑顔で即賛成し、結局誰も反対することなく夕方再集合してお祭りへと出掛けることになった。

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*********

この町の諏訪神社はかなり大きく、敷地は一般的な小中学校よりも遥かに広い。

その敷地を目一杯使って毎年行われる夏祭りは盛大で、神輿や子供達のお囃子が町中を練り歩き、境内では出店だけでなく盆踊りなど様々なイベントも行われる。

宮里慎吾が待合せ場所である一の鳥居へ行くと、白地に赤い花柄の浴衣を身に纏った幹谷優菜が既に待っていた。

時計を見ると待ち合わせの時間の十分前。

「よう、早いね。」

「うん、楽しみでじっとしていられなくて。」

ニコニコと答える幹谷優菜のこんな態度を見るのは初めてだと宮里慎吾はちょっと驚いた。

「でも幹谷は何で突然皆と一緒にお祭りへ行こうなんて言い出したんだ?」

普段ひとりでいることが多い幹谷優菜は他人と一緒に居ることが得意ではないと思い込んでいた。

「うん、実はね、このお祭りにお化け屋敷があるんだ。」

「お化け屋敷?」

「うん。お祭りの案内に、実際の古民家の廃材を利用したお化け屋敷があるって書いてあったの。それを見てみたいなって。家族は興味ないっていうし、ひとりじゃ怖いし、どうしようかと思っていたのよ。」

「なるほど、そういうことか。でも幹谷ってオカルト的な話に興味があるんだ。」

「うん、ちょっとね。宮里君は?」

「俺は基本的にミステリー派だけど、オカルトもちょっとは興味あるかな。」

ふたりともお互いが教室で読書に耽っているのは知っていたが、それぞれがどのようなジャンルを好んでいるのかは知らなかった。

程なく甚平姿の坂田幸信と、やはり浴衣に着替えた長峰ちづると楠木佐奈が合流し、五人は出店の並ぶ参道へと入って行く。

「ちぇ、俺だけ昼間と同じ格好か。着替えてくるならそう言ってくれよ。」

宮里信吾が最後尾から文句を言うと、前を歩く楠木佐奈が笑った。

「お祭りに行くとなったら、女の子はやっぱり浴衣よね。」

先頭を歩く坂田幸信がたこ焼きを買ったのを皮切りに、皆それぞれお目当ての品を買い、境内の隅に腰を下ろした。

「でも、坂田君と宮里君はいつも仏頂面してひとりでいるから、こんなに親しみ易い人だと思わなかったな。」

楠木佐奈がチョコバナナをかじりながらそう言うと、坂田幸信と宮里慎吾は顔を見合わせて苦笑いをした。

「別にぶっきらぼうにしていたつもりはないんだけどな。でも俺からしても幹谷はもっと陰気な性格をしてるかと思ってた。」

焼きそばを頬張りながら宮里慎吾がそう言って箸を向けると、幹谷優菜はぷっと頬を膨らませた。

「箸は人に向けないのよ!」

「おっとこれは失礼。」

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*********

「じゃあ、そろそろ幹谷がお待ちかねのお化け屋敷へ行くか。」

宮里慎吾がそう言って立ち上がると、幹谷優菜以外の三人は、えっと驚いたような顔で幹谷優菜に顔を向けた。

「優菜ちゃん、お化け屋敷が好きなの?」

長峰ちづるが問いかけると、幹谷優菜は苦笑いをして頷いた。

「今年のお化け屋敷は凄く気合が入ってるんだって。実際に幽霊が出る噂のある古民家を移設して作ったらしいの。それでちょっと見てみたいなって。」

「え~っ、それって実際に出るかもしれないってこと?私怖いから嫌だわ。」

楠木佐奈は本当に怖がりのようで思い切り顔をしかめたが、他の四人はにこにこと立ち上がってお化け屋敷に向かって歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。置いていかないでよ。」

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*********

実際の古民家を部分的に移設したというお化け屋敷は、白い養生シートで全体が覆われていた。

やはり急ごしらえの仮設では外観まで手が回らなかったのだろう。

受付のおばちゃんに、通路はそれほど広くないから五人一緒はダメ、二、三に分かれるように言われた。

「じゃあ、私は坂田君と一緒に入るわね。」

長峰ちづるはこの機を逃してなるものかと、嬉しそうにさっさと坂田幸信の腕を取ると入口へと向かった。

「じゃあ、私達は宮里君で我慢するか。」

楠木佐奈はそう戯言を言いながらもやはり怖いのだろう、宮里慎吾の腕にしっかりとしがみつくと、幹谷優菜も反対側から宮里慎吾のシャツの裾を掴んだ。

「お、幹谷はお化け屋敷が楽しみじゃなかったのか?」

「怖いもの見たさって奴よ。怖いものは怖いわ。」

「ははっ、じゃあ行くか。」

生まれて初めて両脇に女の子を侍らせた宮里慎吾は上機嫌で、さっさと先に入って行ったふたりの後に続いた。

玄関から中へ入ると、屋敷の中は所々に赤い豆電球のような淡い光が灯っているだけで、ほぼ真っ暗と言っていいような状態だ。

色々なお化けのオブジェなどが飾られ、不気味なBGMが流れる廊下を進んで行く。

十メートル程前を坂田幸信と長峰ちづるが恐る恐る歩いているのが見える。

「坂田も普段粋がっている割には意外に怖がりだな。」

前を歩く二人を宮里慎吾が背後から懐中電灯で照らしたところで二人はふいっと廊下を曲がった。

「うわーっ」「きゃーっ」

二人の姿が見えなくなった途端にふたりと思われる悲鳴が聞こえた。

「おっ、あそこを曲がったところに何かあるみたいだな。」

ここはお化け屋敷の中だ。二人の悲鳴が聞こえたところで驚くほどのことではない。

しかし楠木佐奈と幹谷優菜は慌てて宮里慎吾の背後に隠れた。

「おいおい、幹谷まで隠れるなよ。」

「だって怖いもん。さあ早く行きましょ。」

「はははっ、後ろに隠れながら言うなよ。さあ行こうか。」

強がる宮里慎吾だったが、女の子ふたりを背後に従えながらも若干の及び腰で角を曲がった。

「あれ?」

曲がった先には五メートル程の廊下が続き、正面は白い壁になっていて特に何もなく、たった今曲がったはずであるふたりの姿もない。

「あいつら、何でこんなところで悲鳴を上げたんだ?」

背後のふたりも前方を覗いて首を傾げている。

そして三人が足を踏み出した瞬間だった。

突然床が抜けてどこかへ落下していくような感覚が襲い掛かった。

「うわっ!」「きゃ~っ」

しかしその感覚は一瞬であり、実際にどこかへ落ちたわけではなく三人はそのままの体勢で廊下に立っていた。

「今のは何?地震?」

楠木佐奈が声を震わせて宮里慎吾の腕にかじりついている。

「ねえ宮里君、前を見て。ここはさっきと違う。」

幹谷優菜が宮里慎吾のシャツを引っ張り、前方を指差した。

先程見た時は五メートル程の短い廊下だったはずだが、三人の目の前の廊下は闇で先が見えないくらいに長く続いているではないか。

「ここはどこ?違うところに来ちゃったの?」

楠木佐奈が不安そうに周囲を見回しながら呟く。

確かに祭りの為に暫定的に設えた建物には見えず、目の前の廊下の長さは建物の大きさのイメージに合わない。

引き返そうかとも思ったが、前を行くはずの二人を無視して帰るわけにもいかない。

意を決して恐る恐る奥へと進んで行く。

廊下の右手は庭に面しているのだろうか、ガラス戸なのだが雨戸がきっちりと閉められ外は見えない。

そして左手は部屋になっているようで、襖が並んでいる。

手前の襖を開けてみると誰もいないガランとした和室だ。

更に奥へ進み、隣の部屋も覗いて見る。

ゆっくりと襖を開けるとそこは仏間であり、造り付けの大きく煌びやかな仏壇が正面にあった。

その仏壇の大きさにも驚いたが、その仏壇の前には人が座っていた。

黒い喪服に身を包んだ女性が、こちらに背を向け仏壇に向かって正座している。

「あの、すみません。」

宮里慎吾が背後からその女性に声を掛けると、その人はゆっくりと振り返った。

「「お、お母さん?」」

女の子ふたりが同時にそう叫び、お互いの声を聞いて顔を見合わせた。

すると宮里慎吾がいきなりふたりの腕を掴んで部屋を飛び出し、仏間から少し離れた所で立ち止まると、三人は顔を見合わせた。

「優菜のお母さんだったの?私には私のお母さんに見えたけど。」

「うん私のお母さんだった。」

「お互いに自分のお母さんに見えていたってこと?」

「俺には俺のお袋に見えていたよ。」

「え?つまり見る人のお母さんに見えるってこと?」

「うん、そうとしか考えられないよね。」

「俺、もう一回見てくる。」

見えていたのが自分の母親であったことから、それほど強い恐怖心は湧かなかった宮里慎吾はさっきの部屋まで戻り、襖を静かに少しだけ開けて中を覗いて見たが、意に反して仏壇の前には誰もいなかった。

しかし、先ほど喪服の女性が座っていた座布団はそのままで、その座布団の上に何かが置いてある。

「あれ、何かしら。」

廊下で待っているのも怖かったのだろう、すぐ後ろをついて来ていた楠木佐奈が、座布団を指差した。

三人が恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れ、座布団の上を確認するとそれは柘植と思われる茶色の数珠だった。

「今の女の人の持ち物かしら。」

楠木佐奈がそれを拾い上げるのと同時だった。

チーン

突然誰も触れていない仏壇の凜が鳴った。

そしてその途端、今入ってきた襖がピシャっと勢いよく閉まったのだ。

「きゃっ」

その音で楠木佐奈と幹谷優菜が勢いよく宮里慎吾に抱きついたが、すぐに幹谷優菜が部屋の隅を指差した。

「あ、あ、あれ!」

何と、そこには首から上の無い喪服姿の女性が立っているではないか。

先程それぞれの母親に見えた時には間違いなく頭があったはずだ。

宮里慎吾はふたりを引きずるようにして廊下に面した襖へ駆け寄ると、力一杯引き開けた。

ピシャッ

襖は何の抵抗もなく勢いよく開き、三人はそのまま前のめりになりながら部屋の外へと飛び出した。

「うわ~っ!」

部屋から飛び出した途端、廊下の奥から男の悲鳴が聞こえた。

声からすると坂田幸信のようだ。

宮里慎吾はふたりの腕を掴んで廊下の奥へと駆け出した。

廊下の突き当りを右へ曲がるとその先で坂田幸信と長峰ちづるが抱き合ったままへたり込んでいる。

「どうした、随分と仲良しじゃないか。」

「おお、宮里!今ここにお婆さんが立っていたから、ここが何処だか聞こうと近づいたんだ。そしたら…」

「そしたら?」

「き、消えちまったんだよ。目の前で。すっと。」

宮里慎吾は周辺を見回したが誰もいない。

「大丈夫みたいだ。取り敢えず無事に五人揃って良かった。とにかく出口を探そう。」

「そうだな。」

しかし廊下に面した雨戸はどう頑張っても開かない。

玄関を探して屋敷の中をおっかなびっくり歩き回っていると、幹谷優菜が声を掛けてきた。

「ねえ、この屋敷の廊下の床や壁、それに襖紙の模様まで、あのお化け屋敷と全く同じよね。」

「つまりあのお化け屋敷とこの屋敷は同じ建物だということか?大きさが全然違うぞ。」

坂田幸信が幹谷優菜を振り返って異議を唱えた。

「うん。きっとこの屋敷を取り壊して、その廃材であのお化け屋敷を建てたのよ。その屋敷の怨念なのか時空の歪みなのか分からないけど、それで私達はここへ引きずり込まれたってことにならない?」

「ふむ、お化け屋敷には大勢客がいたのになぜ俺達だけが、って疑問は残るけど、そう考えるのが妥当かな。」

宮里慎吾は首を傾げながらもこの家があのお化け屋敷の元の家だということを同意したようだ。

その時、少し前を歩いていた楠木佐奈が振り返って思い切り手招きをした。

「ねえ、玄関があったわよ!こっち、こっち!」

四人が小走りで楠木佐奈のところに行くと、確かに三和土があり、その向こうにガラスの引き戸の玄関扉がある。

しかし摺りガラスの向こうの外は真っ暗だ。

「よし、こんなところ、さっさと出ようぜ。」

坂田幸信が三和土へ降りて引き戸に手を掛けると、鍵は掛かっておらず扉は難なく開いた。

「うわ~っ」「きゃ~っ」

坂田幸信と、先程から彼に抱きついたまま離れない長峰ちづるの目の前には、ひと目でこの世の存在ではないと判る何人もの青白い顔をした老人が立っていたのだ。

坂田幸信は開けたその手で引き戸をすぐにピシャっと閉じた。

「もうやだ~っ、早く帰りたいよ~」

これまで泣きそうな顔でずっと坂田幸信に抱きついたままだった長峰ちづるがとうとう泣き出してしまった。

「こら、長峰、ここで泣いていても帰れるわけじゃないだろ。別な出口を探すぞ。」

坂田幸信はそう言って長峰ちづるの頭を撫でて、宮里慎吾に向かって顎で奥に行くよう促した。

「台所にいけば勝手口があるかも。台所を探しましょ。」

他に何も考えが浮かばない四人は、黙って幹谷優菜の言葉に従い、台所を探して家の奥へと足を進めた。

台所はすぐに見つかった。

しかし残念ながらそこに勝手口は無かった。

「ちぇっ、どうする?」

いまだ鼻をすすりながら貼りついたままの長峰ちずるをそのままに、坂田幸信が宮里慎吾を振り返った。

「さて、どうするかな。」

「ここまで、外に出られそうだったのはあの玄関だけだよな。あのジジババの幽霊達の間を強行突破するか?」

坂田幸信の言葉に楠木佐奈は思い切り顔をしかめた。

「嫌よ。取り憑かれたらどうするのよ。それにあの玄関の向こうを見たでしょ?真っ暗で何にも見えなかったわ。あんなところに行ったらそれこそ帰れなくなっちゃうかもよ。」

それを聞いて坂田幸信も黙ってしまった。

「ねえ、私、試してみたいことがあるんだけど。」

暫くの沈黙の後、幹谷優菜が口を開いた。

「お化け屋敷に入って最初の角を曲がったところでいきなりこの屋敷に飛ばされたでしょ?あの場所へ戻って逆を辿れば戻れるんじゃないかな。」

「なるほど、一理ある。さすが幹谷はいつもオカルト系の本を読んでいるだけのことはあるな。よし、試してみようぜ。」

宮里慎吾は幹谷優菜の頭を撫でながら、他のメンバーの顔を見回した。

「他にいい手はなさそうだし、行こう。」

坂田幸信も賛同し、五人は最初にこの屋敷へ入ってしまったあの長い廊下へと向かった。

「よし、ここだな。」

角を曲がり、目の前の暗い廊下を坂田幸信が懐中電灯で照らした。

すると廊下の中ほどに何か黒い煙のような人影が立っている。

「え、何でこんなところにいるの?」

楠木佐奈が宮里慎吾の腕に飛びついて叫んだ。

暗闇で保護色になり、はっきりとは見えなかったが、それはあの首の無い喪服姿の女性ではないか。

頭が無い為こちらを見ているのかどうか分からないが、体は明らかにこちらを向いている。

五人がここへ入り込んだ場所は、あの女性の向こう側だ。

首無し喪服女は恐ろしいが、逃げるとあの場所へたどり着けない。

どうしたらいいか五人が固まっていると、喪服女がゆっくりと滑るようにこちらへ近づいてくるではないか。

長峰ちづるは再びがっちりと坂田幸信に抱きつき、宮里慎吾は楠木佐奈と幹谷優菜を守るように両腕で抱えた。

すると突然何処からともなく囁くような声が聞こえてきた。

(…オネガイ…カエシテ…ワタシノ…カエシテ…)

「あっ!」

その声を聞いた楠木佐奈が宮里慎吾の腕の中で小さく声を上げた。

「どうした?」

宮里慎吾の問い掛けに、楠木佐奈は右手を差し出した。

その手には柘植の数珠が握られている。あの座布団の上に置いてあった物だ。

「お前、持ってきちゃったのか。」

「だって、拾い上げたところであのお化けが出てきてそのまま逃げちゃったのよ。」

「まあいい、ちょっと貸せ。」

宮里慎吾は数珠を受け取ると喪服女の前に進み出て、その数珠を前に突き出した。

「申し訳ない。つい持ってきちゃったから返すよ。」

それを理解したのか、喪服女は進みを早めて宮里慎吾に近づいてくる。

すると宮里信吾はすぐ横の襖を開けた。そこはあの仏間だ。

「はいよ。返すね。」

失敬した物を返すのであれば、もう少しちゃんとした返し方があるだろうと自分で思いながら、宮里信吾はその数珠を仏間へと投げ込んだ。

すると喪服女はそれを追いかけるように仏間へと入って行く。

「今だ、行くぞ!ばらばらにならないように手をつなげ!」

五人は急いで手を取り合うと廊下を走りだす。

そしてあの場所へたどり着いた途端、あの落下するような感覚が再び五人を襲った。

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********

ドタドタドタ!

「い、痛って~っ」

「痛~い」

勢い余って五人は折り重なって廊下の上に倒れ込んだ。

それでも一斉に顔を上げて辺りを見回すと、あの暗い廊下であり一瞬不安になったが、よく見ると赤い豆電球と様々なお化けのオブジェが置いてあるではないか。

「きゃほ~っ!帰ってこられた。幹谷偉い!お前の言う通りだった!」

坂田幸信が嬉しそうに幹谷優菜の頭をポンポンと叩くと、長峰ちづるが不満そうに頬を膨らませた。

「ちぇっ、優菜、パンツ見えてるわよ!」

幹谷優菜は倒れ込んだ拍子で乱れた浴衣の裾を慌てて直すとすくっと立ち上がり、大きな声で笑った。

「やったね。帰ってこれたわね。」

「俺、幹谷が声出して笑うの初めて聞いたかも。」

宮里慎吾も起き上がり、同じように幹谷優菜の頭を嬉しそうに撫でた。

**********

お化け屋敷を出た五人は、また各々好きな食べ物を買ってベンチに腰を下ろした。

「無事に帰ってこられたから言えるけど、何だか楽しかったわね。」

楠木佐奈がべっこう飴をかじりながら、にこにこと皆の顔を見回した。

「ああ、でも何であの屋敷に飛ばされたのが俺達だったんだろうな。」

やはり宮里信吾はそれが腑に落ちないようだ。

「あのね、これは私の推測なんだけどいい?」

幹谷優菜がそんな宮里慎吾の疑問に言葉を返した。

「ああ、もちろん聞かせてくれ。」

「あの仏間にあった仏壇の中に遺影があったのに気がついた?」

全員が首を横に振った。

「仏壇に、私達と同じくらいの年頃の男の子と女の子の写真が並んで置いてあったの。」

「へえ、全然気がつかなかった。」

「あの喪服の女の人はそのお母さんじゃないかな。それで子供達と似たような年頃の私達を引っ張ったんだと思うの。」

「首が無かったのは?」

「わかんないけど、あのお母さんも死んじゃったのかな。その死に方のせいで首がなくなっちゃったのかも。」

「俺と長峰が見たお婆さんは?」

坂田幸信が口を挟むと長峰ちづるがうんうんと頷いたが、幹谷優菜は口を尖らせて首を傾げた。

「わかんない。私はそのお婆さんを見てないし。」

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「もし、あのまま俺達五人が戻ってこられなかったら、先生達はどうしたかな。学校命令で五人組を作らせて全員行方不明なんてさ。」

坂田幸信がそう言うと楠木佐奈が笑った。

「そうね、来年から長期休みの強制グループ編成はなくなったかもね。」

「でも、今回のこの五人組は悪くなかったわね。夏休みが終わってからも時々集まって遊びましょうよ。」

長峰ちづるがどこか嬉しそうにそう提案すると、皆笑顔で頷いた。

すると幹谷優菜が元気に手を挙げた。

「はい!私、行きたいところがある!」

「お、今度は何処へ行きたいんだ?」

宮里慎吾がたこ焼きを口に放り込みながら聞き返した。

「あのね、富士〇ハイランドの戦慄迷宮!」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「いってらっしゃい。」

◇◇◇ FIN

Concrete
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@aino様
いつもありがとうございます
夏の終わりって聞くとこの時代を思い出すんですよね
社会に出てから、夏はいつの間にか通り過ぎて行くだけの季節になってしまってます
やっぱり学生の頃の長期の夏休みのせいですかね
でも近年は夏休みが終わっても暑いままで、夏が終わったという気がしませんが(笑)

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なんだか懐かしく甘酸っぱい感じ、好きです!

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