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中編7
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盛り塩と化け物

六年前、私は某県某市に建つ貸家に住むことにした。

貸家は二階建ての一軒家で、独身の私にとっては大きすぎるくらいだったが、それでいて家賃は格安だった。

しかし、安い物には裏があるもので、曰く付きの事故物件である可能性がある。

そこで、借りる前に大家さんに安い理由を尋ねてみたのだが、「事故物件ではない。人気が無いだけ」との返事だった。

その家で誰かが死んだというような話は一切無いらしい。

たしかに地方の田舎にある賃貸物件なので、人口が都市部に集中している昨今、住む人が見つからなくてもおかしくない。

私は良い物件を見つけたと思い、借りることに決めた。

契約が済んでから二週間程で荷造りを済ませ、私はそこに引っ越した。

初日は何事も無く、家財道具の運搬に丸一日費やし、へとへとになって就寝した。

異変が起きたのは翌日のことだ。

朝、仕事に行くために外に出ると、家の敷地に奇妙な物が置かれていたのだ。

敷地と周辺を通る道の境界に、塩が盛られた小皿が何枚も置かれている。

敷地の周りには塀や生け垣が無いので、盛り塩は目立ち、玄関を出てすぐに気づいた。

数えると全部で二十個あり、ずらりと敷地を取り囲んでいる。

いったい誰のイタズラだろうか。

私は頭を悩ませた。

おそらく余所者である私への嫌がらせだろう。

汚らわしいから塩でも置いて清めてやる、とでも犯人は思っているに違いない。

今の時代にこんな嫌がらせを受けるとは思わなかった。

いくら地方の田舎だからといって、ここは山奥の閉鎖的な村社会というわけでもない。

近所にはスーパーマーケットやコンビ二もあり、生活に不自由しない程度には栄えている。

それなのにまさかこんな目に遭うとは……。

私は引っ越し早々、ここに来たことを後悔した。

とりあえず、盛り塩を放置するわけにもいかないので、すべて集めて家の中に入れた。

玄関を出て、家の前に止めていた車に乗る。

運転しながら、盛り塩の嫌がらせについてあれこれと考えた。

貸家に借り手がなかなか見つからないのは、こういう嫌がらせが原因なのかもしれない。

やはり安い物には裏がある。

別の場所に引っ越したいが、いくらなんでも早い。

少し様子を見てからでもいいだろう。

ただ、こちらが何もしなければ、イタズラはエスカレートしていくかもしれない。

塩が置かれるくらいならいいが、家の窓ガラスが割られたり、この車に傷が付けられたりでもしたら堪ったものではない。

私は今後の対処法を考え、玄関前に防犯カメラを取り付けることにした。

これで証拠を押さえれば、すぐにイタズラの犯人を警察に捕まえてもらうことができる。

私は仕事が終ると、電気屋に寄って防犯カメラを一台買い、家に帰ってさっそく玄関に取り付た。

これで塩を置いた犯人が分かるかもしれない。

separator

翌朝、仕事に行くため外に出ると、また同じ場所に二十個の盛り塩が置かれていた。

犯人は昨夜もここに来たようだ。

その姿は昨日付けたカメラにばっちり捉えられているだろう。

私は映像の確認をどこか楽しみに思いながら車に乗った。

仕事が終って帰宅すると、さっそく防犯カメラに付属していたモニターで、昨夜の記録映像を確かめることにした。

昨日、帰宅した時刻は19時なので、塩が置かれた時刻はそれ以降ということになる。

私は19時の映像をモニターに出した。

画面に玄関前の映像が映る。

既に日が沈み、外灯も無いので真っ暗だが、外の様子は白黒ではっきりと見えた。

早送りで時間を進めていく。

右上の表記時刻が20時、21時と進んでいき、日を跨いで0時になったが、特に変わった様子はない。

変化が起きたのは3時を過ぎた時だった。

画面端に人影が現れた。

急いで早送りを止め、通常の速度に戻す。

驚いたことに、画面に映っていたのは子供だった。

十二歳くらいの男の子で、神社の神官のような装束を着ている。

男の子は神棚に置くようなお供え台を両手で持ち、敷地前の道を歩いていた。

台の上には盛り塩が置かれている。

そして、それを敷地と道の境界に並べ、終ると元来た道を戻り、画面外に消えた。

私は映像を見ながら首をかしげた。

この男の子はどうしてこんなことをするのだろうか。

てっきり盛り塩は近隣住民の嫌がらせだと思っていたが、どうやら違うらしい。

この地域では誰かが引っ越してくれば、盛り塩を置く宗教的慣習でもあるのだろうか。

しかし、いくらこの土地の文化だからといって、家主である私に断りを入れずに行うのはあまりにも非常識だ。

そんなことを考えていると、また前の道に人影が現れた。

背が高く、さっきの子供ではなさそうだ。

私は画面に目を近づけてそれを見た。

そして、全身の血の気が引いた。

そこにいたのは、人に似ているが、明らかに人ではない化け物だった。

人間と同じような姿なのだが、顔が無いのだ。

目、鼻、口が無く、眉も髪も無い。

よく見れば耳も無かった。

衣服は身につけておらず、性器は付いていない。

化け物はこちらを向き、前の道で立っている。

私はソレが家に来ないか気が気じゃなかったが、じっとしているだけで、こちらの敷地に入ってこようとしなかった。

そのまま五分ほど静止していたが、突然横を向いて歩き始め、画面の外に消えていった。

私はほっと溜息をついた。

この化け物はいったいなんなのだろうか。

なぜこちらを向いたままじっとしていたのだろうか。

そう思ったとき、一つの考えが頭に浮かんだ。

あの盛り塩は、化け物の侵入を防ぐための物ではないだろうか。

だからあの化け物は、盛り塩の境界を跨いで敷地に入ってこられなかったのだ。

あの男の子は、私にとって命の恩人なのかもしれない。

さっき、私はなんの断りもなく盛り塩を置くのは非常識だと思ったが、なるほど、向こうからすれば仮に理由を言っても信じてもらえないのだから、勝手に置くのも無理はない。

私は腕を組んで今後のことについて考えた。

こんな気味の悪い場所からは早く引っ越したいが、それはあの男の子に話を聞いてからでも遅くはないだろう。

もし、あの化け物がそれほど危険なものではないと分かれば、ここに住み続けてもいいかもしれない。

だから今夜は三時まで起きて、男の子が来るのを待とう。

ついでに家の中に入れた盛り塩の小皿も返してあげればいい。

そんなことを考えていると、また映像に変化があった。

さっきと同じ姿の化け物が画面に映る。

しかし、先ほどと違っておかしなところがあった。

化け物は、敷地の内側を歩いている。

しかも、家がある方向から姿を現したのだ。

私は全身から冷や汗が噴き出し、画面に目が釘付けになった。

化け物は敷地の内側から、前の道に向かって歩き、盛り塩がある境界の手前で立ち止まった。

そこでしばらく静止し、また家に向かって戻ってきた。

その化け物が画面外に消える前に、もう一体の化け物がまた敷地内から現れ、道に向かって歩いていく。

そして盛り塩の手前で立ち止まり、先ほどの化け物と同じように戻ってきた。

その間に、また同じ姿の化け物が敷地内から二体現れ、同じ行動を取る。

私は映像を早送りで見た。

その後も化け物は続々と敷地内から現れ、姿を見せなくなったのは夜が明けた四時半頃だった。

それまでに合計で十七体もの化け物が画面に映り、そのどれもが敷地内から現れていた。

まさか化け物は、いつもこの家の中に身をひそめているのだろうか。

しかし、それだとなんのために盛り塩が置かれているのか分からない。

盛り塩があれば、化け物の侵入を防げるのではないのか。

いや、もしかすれば、盛り塩は侵入を防ぐためではなく、この敷地から化け物を外に出さないようにするために置かれているのでは……。

そう考えると居ても立ってもいられず、私は携帯電話と財布、それから車のキーだけを持って外に出た。

こんな家でもう夜は明かせない。

私は車に乗ってホテルに向かった。

その日から、私はホテルで宿泊するようになり、急いで別の場所に引っ越す準備を進めた。

賃貸契約を解約する際、大家さんに防犯カメラに映った化け物のことを話したが、まともに取り合ってはくれなかった。

「何を言ってるのか意味が分からない。あんたは頭がおかしいのか」

そんな攻撃的な言葉まで吐かれた。

あれは大家さんの本心から出た言葉だったのだろうか。

それとも、事実を隠すための演技だったのだろうか。

とにかく、私はあの家から引っ越し、現在は違う町のマンションに住んでいる。

ちなみに、私が家の中に入れた小皿は、引っ越す際に盛り塩の側に重ねて置いておいた。

こうしておけば、あの男の子が持っていくだろう。

それにしても、あの男の子はいったい何者だったのだろうか。

あの子なら化け物のことも知っていそうだが、話しかける勇気はとてもなかった。

なぜならあの子が家に来る時間には、化け物も姿を現すからだ。

話しかけずに引っ越して正解だっただろう。

だが、今でも少し、後ろ髪を引かれる思いがする。

Concrete
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