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コンビニ怪談

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コンビニで夜勤アルバイトをしていた頃、ほとんど誰も来ない深夜帯に、お客さんは誰もいないのに自動ドアが開閉することが何度もあった。

理由は簡単で、外灯に誘われる蛾やカナブンなどが人感センサーに接近するので、自動ドアが反応するというだけのこと。

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センサーといえば、男子トイレの人感センサー付き小便器は、一日に何度か自動で流水洗浄する。

今では「自動洗浄することがあります」というシールが小便器の周辺に貼られているけれど、昔はそんな説明書きは無かった。

おそらく、誰もいないと思っていたのにいきなり流水が始まることに驚いて、

幽霊騒ぎにしてしまう人が少なからずいたのだろうと思う。

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今はどうかわからないけれど、

私が働いていたコンビニの深夜は基本的にスタッフはひとりだけ。

終電が過ぎる頃までは接客にとても忙しいけれど、あとは品出しや清掃作業になる。

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世間的なイメージほど、コンビニ店員はお客さんについて陰口を叩いたりアダナを付けたりはしていない。

特に私は深夜帯の担当で、そんなことを共有する同僚も少なかった。

とはいえ、印象的なお客さんがいて、敢えて名付けるなら

「びしょびしょさん」

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びしょびしょさんは、だいたい70代くらいの女性で、

パジャマを着ていて、裸足で、ショッピングカートを押している。

長い白髪で、そしてびしょびしょ。

いつも、全身がびしょびしょの状態で入店してくる。

ショッピングカートには黄ばんだ枕が乗っていて、それには

おそらく油性マジックで書いた『かみさま』という大きな文字がある。

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そんなびしょびしょさんだけれど、

お買い上げの際にはお声掛けより先にポイントカードを差し出してくれる。

いつもあんぱんとミルクコーヒー。

会計が終わると、

「なりがと」と言ってお帰りになる。

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「ありがと」ではなく「なりがと」

どういう意味があったのだろう?

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びしょびしょさんが去っていくと、モップで店内を清掃する作業で少しだけ時間を取られる。

とはいえ、へんに絡んでくる酔っぱらいなんかに比べたらずっと良い、印象的なお客さんだった。

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これも実際にあったことなのだけれど、

深夜、レジにひとりしか居ない際、急に鼻血が止まらなくなった。

ティッシュを鼻に詰めたくらいではどうにもならないくらいの出血量で、ハンドタオルを鼻に当てていると、お客さんがレジに来た。

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「ちょっと鼻血が出てます」と説明はしながら、左手でタオルを鼻に当て、右手だけでもレジ作業は出来るので商品をスキャンしていると、

「あと焼き鳥とハッシュドポテトください」との追加注文。

皆様御存知、レジ横にあるホットスナックのコーナー。

(おいおいマジかよ……流血しながら片手で?)

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コンビニアルバイトでは消費者意識の多くを学ぶことが出来る。

”自分ならこれはしない”

というのが、人間が悲しみを感じる大きな要素で、クレーマーを相手にしていると、

この悲しみを感じることがとても多い。

もうひとつは、たとえば商品引換券などで200円分の得をすることよりも、

レジ袋ひとつの3円の損失のほうに意識が向くということ。

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さて、

いつも酔っ払って入店するノーブラの美人を、勝手に「野田さん」と呼んでいた。

理由は特にない。顔が野田さんって感じ。

たぶん40代くらいで、たまに男連れで来店して、そんな時は、だいたいそれぞれ違う男だった。

野田さんがなぜいつもノーブラだったのか、なぜいつも違う男と来るのか、

そのへんは知らないけれど、ひとつだけ不思議な夜があった。

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2月14日、雪が降り積もる午前2時。

ヒョウ柄のコートを着た野田さんが入店して、まっすぐに、品出しをしている私へ向かってきた。

「わかる? この子」

野田さんは、手のひらに雪だるまを包んでいた。

雪だるまですね、と当たり前の返答をすると、

「違うよ、あなたの子どもだよ」と言いながら私の手にその雪だるまを掴ませて、

それから「へへへ!」と高く笑って、店を出て行ってしまった。

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夜勤明け、ほんとうにどうしていいかわからず、

とりあえず自分のアパートに戻って、それ以来ずぅっと冷凍庫にその雪だるまをジップロックに入れて保存していた。

いっぽう野田さんは、いつものように男連れで入店して、酔っ払ったまま出ていく、そんな日々。

何かを聞く隙間なんて無かった。

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4月のタイミングで引っ越すことになって、

最後のコンビニ夜勤の日。

深夜2時、野田さんが来た。

野田さんはお腹をさすりながら

「だから言ったでしょ?

ここに来たんだよ」

と言いながら「へへへ!」と笑って、とても、

とても静かに歩いて、店を出た。

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自分の部屋に帰って、冷凍庫を開けてみる。

昨日まであったはずの雪だるまが、ジップロックだけ残して消えていた。

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それから引っ越したのでべつに、何がどうってことでもないけれど、

そんなことがありました。

よくわかんないね。

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