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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その十一~

長編12
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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その十一~

「ねぇ、見て?これ…良いと思わない?」

彼女はそう言って、ガウンを脱ぎ捨てた。

周囲にいる女性達が、一斉に感嘆する。

ガウンの下に隠されていたのは、繊細なレースが周囲に贅沢にあしらわれたキャミソール…透けた素材の奥に、彼女自身の素肌が見える。

命を宿した下腹部から更に下は…何も身に付けていない。

「素適よ…」

「聖母そのものね…」

「ドキドキする…」

口々に、女性達が恍惚の顔で彼女を褒め称える。

彼女は満足げに、可愛らしく丸まった毛先を指に絡めて、口紅を塗った口元に笑みを浮かべた。

そこかしこで、芳醇な香りがする。

その空間で、自分や互いのお腹を愛おしそうに撫でながら…彼女達は、快楽に満ちた溜息を漏らしている。

ここは、妊婦の楽園。

女性が女性として、命を宿すことを賞賛し、母親になる事の喜びと、神秘を共有する…

そうして、あられもない姿を晒し合って、快楽に身を委ねるのだ。

私の仕事は、この楽園の存在が一切外部へ知られぬよう、秩序を乱さぬように勤める事だ。

今の所…何も問題は無い。

あの日を境に、私は自らを結界だと思いながら生きてきた。

汚い男から守るために…

そして、汚い男から受けた屈辱を、二度と忘れぬように。

「ねぇ!ねぇってばぁ!妊婦さん!ここに泊まってるんだよね!?良いじゃん開けてよー」

「…付いてきた…どうしよう…」

「落ち着いて、奥の部屋に隠れて…」

会員の一人が用あって部屋を出たのを狙いすましたように、部屋の前まで奴は来た。

ドアスコープ越しに姿を確認すると…警備の制服をだらしなく着た無精顔が、まじまじとこっちを見返している…

どこでここの存在を知ったのだろう。

支配人には、口止めをしてあるから絶対にないはずだ。

「おーーい!ねえ、開けてよ…開けてくださーい!」

まるでドラマか映画の借金取りだ。ここが、客室フロアの最上階にある唯一の部屋だと知ってて、大声を出しているんだろう。

「…こわい…どうしよう…相馬さん」

後を付けられた妊婦は、怯えた目でドアを見ながら…床にへたり込んでいる。

運悪く、ここには私と彼女の二人しかいなかった。

他の妊婦は、私の上司の引率で外出していて…具合が悪かった彼女だけが、私と留守番になったのだ。

私がどうにかする他、解決策はない。

ガンッ!ガンッ!ガンッ…!

ドアが、部屋の向こうから叩かれる。

私は意を決して、スピーカー越しに扉の向こうへ話しかけた。

「…どちら様ですか?」

「あ!あの~、私、〇〇警備のものですが…お連れ様とお話がしたくてですねー!」

取り繕っているのはとっくにバレているのに…男は急に、かしこまった口調で話を始めた。

「どういったご用件でしょうか?私の方で預かりますが…」

「あ、いやー、ええとですね。ご本人様じゃないとちょっと分からないのですが…」

振り返って彼女を見る。彼女は「知らない」と小声で言いながら、首を横に振った。

「申し訳ありませんが、どなたかとお間違えでは…?」

「それは無いです。なのでどうか…お部屋に入れて貰えませんかねぇ?」

「申し訳ありません。でしたら…警備の事務所に、私が今からお伺いしましょうか?」

「え、いやそれだとですね…」

「お部屋の電話から、そちらの事務所に連絡しますので…一旦お引き取りを…」

「いらねえよ!!!さっさと開けろって言ってんだろうが!!!」

突然の罵声に、身体が固まった。いきなり怒鳴られると…怖さを通り越して、驚きで動きが止まる。

「…え…」

「ねえ、ねえって…そこに、居るんだよね?トイレでさ…やらしい格好して、オレの事誘ってたんじゃないの?…こいつの事説得してよ!ねえ!」

「……は…はっ…苦し…たすけ…」

彼女が、お腹と口元を手で押さえながら、ソファに身体を横たえる。恐怖で呼吸が乱れ、両目からは、大粒の涙がボロボロと流れた。

「大丈夫!?…落ち着いて…、大丈夫…だいじょうぶ…」

「おい!開けろってんだよクソが!!」

「こわい…こわ…い…!」

彼女の上着の下は、キャミソールの重ね着のみ…これを、扉の向こうの男は狙っていたのだ。

「大丈夫…私に任せて…!」

「おーい!オレを入れてくれ!優しくするからさー!」

私は彼女をベッドへと寝かせ、ドアに身体を貼り付けると…呼吸を整えた。

「ねえ、おい…って、聞こえてる?ねぇ?おいって――――」

バターーン!!!

思い切りドアを開けた勢いで、男は、ドアから向かいの壁へと、身体を思い切りぶつけた。

「っ…って…え…何…何なんだよ…あああ、あ」

〇〇警備。確かに…このホテルで何人か見た事はある。が…こいつは…

「ちょっと…助けて…痛い…!」

「今から警察に連絡しますので」

「本気で…あっっ!いた…助け…ハァ、ハァ、ハァ…」

男の顔色が、急激に青褪めていく。

そして…数秒もしない内に、男はうつ伏せで倒れ込み、意識を失った…

「上司の八津川です。この度は後輩が大変失礼な――――」

「そういうのいらねえんだよ…なあ?オレはさ、声掛けただけなんだよ…それが、バカ女にこんなケガさせられてよ!?」

翌日、私は八津川さんと病院にいた。ベッドに寝かされているのは、勿論…警備の男。三好だ。

脳震盪と背中の打撲で、全治三日。

なのに、ベッドの上の三好は、わざとらしく身体をさすりながら、ボサボサの髪を更に振り乱し、唾をまき散らしながら私達に罵声を浴びせる…

「お怪我の治療費は全てこちらで負担させて頂きますので…」

「当然だろ!!!そこのクソ女のせいで…あ、ついでにさ…あのクソ妊婦も呼んできてよ、早く!!」

「申し訳ありませんが具合が悪いと―――」

「はぁ!?オレの怪我よりガキの心配かよ!!!」

バン!!!と音を立てて…床にコミック雑誌が叩き付けられる。

過剰に胸や臀部が強調された女性の描かれた表紙が、頭を下げる私の眼前に飛び込んだ。

「だいたいさぁ!妊婦は病人じゃねえよな!?…なあ、オレ…ちょっとは悪いと思ってるんだぜ?なんていうか、仲良くしたいだけだったんだよ…な?だからさ…ちょっと…触るだけでいいからさ…」

「三好様、申し訳ありませんがそれは出来ません」

私は土下座しながら、怒りで身体の震えを抑えきれなくなっていた。

けど…八津川さんは表情一つ変えず、冷静沈着を保ったまま三好の罵声に受け答えする。

…凄い、と思う反面…ある危惧が頭をかすめた。

「はっ……つまんねぇなー!ここさ、眺め悪いよな?もっといい病室に替えてよ?なぁ、オレ、被害者!…被害者の言うこと聞くのって…常識だよね?それはさー分かってるよね?流石にー」

「失礼ですが三好様。入院期間は明日までだと、病院から伺っておりますが…」

「は?は?!オレ、被害者!怪我してるんだよ!オレと、お前!会社に雇われてるのは同じでも、男のオレの方が意見通るんだからな?これも常識だから!」

「申し訳ありませんが、そのような常識は、聞いたことがありません」

三好が…一瞬だまりこくる。が…その顔は怒りで真っ赤になり…ギシギシと歯を軋ませながら、引ん剝いた目を震わせている…

私の予感は、運悪く当たってしまった。

八津川さんの、一切表情を崩さない冷静な態度が…三好の怒りを増幅させ、それは…罵声よりももっと酷い形となって現れたのだ。

「土下座しろ、今すぐ!!やれよクソが!!!」

「八津川さん…!いけません…」

「わかりました」

八津川さんは、そう言ってゆっくりと、三好の前で膝を折り曲げた。

三好は一瞬、満足そうに舌なめずりをすると、再び憤怒の表情へと戻り…

その汚い足で…八津川さんの左腕を、思い切り踏みつけた。

何度も、何度も…

「クソが!!ほら、泣けよ、謝まれよ!」

「グッ……ウッ……」

八津川さんの耐える声がする。身体が震えて…涙が止まらなくなる。

「八津川さん止めて!止めてください!!私が悪いんです、私の腕でも何でも殴って…」

「…あなたのしたことは私の責任…私が責任を取るのよ…」

「ごたくは良いんだよ!お願いだからさぁ?オレの怒りを抑える気遣い出来ねーの?頼みますよ本当!…ほら!泣けって…言ってんだよ!!!」

何度も何度も、同じ腕を踏みつける。気が付くと、三好はベッドから立ち上がって、私達を見下ろしていた。

怒りの表情の中…口元だけが、いやらしい笑みを浮かべているのが見えた。

「申し訳ありません!グッ…申し訳……ウッ……ありま、せ……」

「もっと泣け!泣けよ!」

「…申し訳…ございません…」

「なぁ?何でもっとちゃんと出来ないの?オレが嫌い?なあ……オレ間違ってないよね?」

「申し訳ありません!!……申し訳……ありませんでした!!!」

八津川さんの声に、涙が混じって嗚咽になる。

三好はそれを聞いて…ようやく足を下げた。

荒々しい息づかいと、私と八津川さんの嗚咽が聞こえる…異常な空間。

三好は満足げに、汗を手で拭うと、私達の前で手を払い、汗を振りかけた。

「ハァ…ハァ…まあ、いいや…オレも被害者とはいえ大人だし?……許してやるよ、クソ…」

「…ありがとうございます…」

「あ~あ!まだ腹立つ…お前が言うこと聞かないのが悪いんだよ?オレの言ってることオカシイ?オレ間違ってないよ?常識だよね?ね?」

「…申し訳ありませんでした…」

「…申し訳ありませんでした…」

「もういいって…もう!消えろや…早く―――――」

……―――――ブツッ

三滝はビデオを見ながら、身体を震わせて、声を出して泣いていた。

大事な人をここまで痛めつけられるのは、初めてだったのだろう。

「大丈夫…大丈夫よ…すぐ治るから……」

八津川さんは優しく言うと…右腕で三滝を抱き寄せる。

同時に…私に顔を向けて、「ごめんね」と囁くと…顔を俯かせた。

幸い、骨折はしていなかったけれど…赤かった腕は日を追う毎に青黒く変色し…八津川さんの美しい肌を侵食していった。

警察に通報しよう、と…スタッフの誰もが進言したが…八津川さんは、「大丈夫だから」と言って…以前通り業務に当たった。

それどころか…まさかの提案を、私達に話したのだ。

「謝罪も兼ねて、三好様をエターナルチェインの会員にします」

信じられなかった。

一番恨むべき、自身を痛めつけた男に対して、エターナルチェインのサービスを与えるなんて…

そんな事をしたら、三好の様な男はやりたい放題になるに決まってるし、そもそも、あんな奴に合う女性など、いくらなんでもAIが選別できるはずがない…

私は半ばパニックと怒りで、八津川さんを止めようとした。だが…後からこれが、八津川さんと三滝による計画だと知らされ、私は…その計画に賛同する事となった。

当の三好は、連絡するなり、二つ返事で身を乗り出した。

「そういう事は早く言ってよー!オレだってさあ、育ちの悪い女に振り回されたく無いって言うか!良い女紹介してよー?オレね、お前らみたいなオトコ女より、胸があって、か弱い女が好きだからなぁ~、あ、あとね…料理が旨くてー」

軽快に貧乏ゆすりをしながら、三好は満面の笑みで、意気揚々と自らの理想を語り続ける…

「勿論です。三好様にぴったりのお相手と引き合わせさせて頂きます」

「頼みますよー?オレね、こう見えて常識とかマナーにはうるさいの、そういうのちゃんとした人でお願いしますよ?」

二週間も経たない内に…三好は「イイ女が出来た!」と喜び勇んで…「ブライダルチェック」の為に、エターナルチェイン内の施設へと入っていった。

「いいんでしょうか…あれで…」

「いいの。謝罪『も』兼ねて、と言ったでしょう?」

私と三滝の向かいで…三滝の元バイト仲間のハルカと言う女性が、座ってお茶を啜っていた。

彼女の役目はここで終わり、これから…私の役割と言う訳だ。

「三好様、お疲れ様でございました」

「ああ!な~んか恥ずかしいね、男の前とは言え…素っ裸になって検査だなんて…でもさっすがエターナル…なんだっけ?何でもいいや!(笑)ていうか…あんたも随分接客上手くなったね(笑)」

「お褒めに預かり光栄です…それでは、住居の決定までご利用いただくお部屋に、ご案内致します」

非常口側のエレベーターに乗り込む。

三好は貧乏ゆすりをしながら、ズボンのポケットに深く入れた手を、もぞもぞと動かし続けている。

そして…私の背後スレスレに近寄って、私に語りかける…

「ねえ…あんたって歳いくつ?いや…ねえ?悪いって思ってるよ今では。お詫びと言っちゃあれだけど…オレ、あっちの方は結構自信…あるんだわ(笑)」

無言を貫いたまま、指定の階まで上がる。

心の中の怒りと悲鳴にどうにか蓋をして、私はマスクをつけると、非常口の奥にある扉を開けた。

「えっ…なんだよ…ここ」

「…さあ、三好様どうぞ」

元ホテルだったビルの最上階…その中の、長年使われていない部屋の一室。

家具の取り払われた空っぽの空間に…三好のアパートから持ち出した、服やビデオや雑誌が、乱雑に散りばめられている。

「ちょっと…ちょ…何だよコレ…オレの…何でこんなことするんだよ!」

「懐かしいですね。思い出しました?あれから…三か月も経ってるんですよ?」

「はっ…まさか根に持ってんのかよクソ女…!!」

「考えたんです。なんで、私達が買い取ったビルの中を…警備員が巡回しているのか。ホテルの管理者には、警備はこちらで用意すると全て話を通してあったのに…なんであなたがいるのか、って…」

「うるせえ…黙れバカ野郎!!!」

「私に土下座させて…腕を踏みますか?ニセモノ警備員さん?」

「人権侵害だぞ!!!オレの私生活探りやがって!!!」

”私生活”

というフレーズに、思わず笑いが込み上げる。

家具らしい家具すら無い部屋を埋め尽くす、カップ麵やビールの空き缶が詰め込まれたゴミ袋の山…

その中…妊婦を凌辱する、忌々しいビデオやコミック雑誌の中に混じっていた、何十枚もの妊婦の隠し撮り写真…

この男はずっと…虎視眈々と、理想を叶える瞬間を狙っていたのだ。

「殴られてえのかよクソ女!!オレに反抗するなんて百年早いんだよ!!」

「…前の職場でも、そんな風に女性に怒鳴っていたんですね?可哀そうに…鬱になったと聞きましたが」

「知らねぇよ!!生意気なのが悪いんだよ!!!…前みたいに泣かしてやろうか…?」

「別にいいですよ?それ位なら?」

「だから!!!生意気だって言ってんだよクソ女!!!とっとと死ねや!!!」

三好の振り上げた拳が、私の頭上に近付く…

だが直前で…一時停止ボタンを押したように、三好の身体が固まった。

バタン!と…膝から崩れ落ち、みるみる顔が青褪めていく―――――

「ハァ…あ、た、助けて…!頭が…!」

三好が、床を這いながら私を見る。

「三好様?どうされました?」

「クッ…ソ…たすけ…ハァ!ハァ!頭が痛い…くすり…救急車…」

「いま医療スタッフをお呼びしますね、少々お待ち下さい」

「まっ…て…そんな…はや、く…!あ、あああああ!いたい…痛えよ…」

「どうぞご心配なさらずに。こちらで全て、三好様のご希望を叶えて差し上げますので…」

「ふざけ…んなぁ…おれが、なんで…こんな目に……」

私は、這いつくばる三好の両手に両足を乗せ、全体重をかけた。

ギリギリ…と、ヒールが肉に食い込んでいく…

「どうですか…?大丈夫ですか…?」

背後で、数名の足音が響く。三滝と…あの日追い立てられた妊婦…ブルームの女性達…

皆で一緒に…この汚らしい男の姿を、真顔で見下ろす。

痛みで朦朧としながら…奴は目の前に映る光景に怯え、粗相した。

「汚い!お漏らししてる~」

「最悪~臭い臭い!」

「態度デカいだけのやっすい男…」

「お前と結婚する奴なんて、いるわけないし(笑)」

「うるせ…うるせえ…グッ、ア…アアア…ググッ…」

「相馬さん、もう、その辺でいいわ。…一旦終わりにしましょう?」

八津川さんの慈悲深い一言と共に、装置は動きを止めた。

痛みの余韻だろう。三好は尚も、埃とカビと、自身の排泄物にまみれた床の上を、呻き、のたうち回っている…

汚い言葉を呟きながら…

「まだ、楽にはさせない…」

命を宿した身体を、欲望を満たすために脅かした罪…

そして、私達の尊敬して止まない女神を傷をつけた罪は…このくらいの痛みでは、到底償えないと…

「これからも、思い知らせてあげますね…」

Concrete
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