【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その七~

中編5
  • 表示切替
  • 使い方

「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その七~

真っ白なフロアの左右に、同じく真っ白の、幾つものパーテーションと椅子が、雑然と並べられている。

照明は所々、天井から微かに足元を照らす程度だが…その床は、入念に掃除をされ、磨かれていた。

窓には全てブラインドが掛かり、防音なのか、外部の音すら殆ど聞こえない。

まるで、近未来を舞台にした映画のように…殺風景な部屋だ。

「奥まで進んで下さい」

三滝が、僕の背後で囁く。フロアの右奥に目をやると…微かに人影が見えた。

「…そこです」

ゆっくり、一歩ずつ進んでいく。鼓動が早まる中…パーテーションの向こうに、探して来た面影が姿を見せた。

「…喜代田さん…でしたよね」

スツールに腰をかけたみのりちゃんは、その両手をお腹に当てながら、立ち上がって僕を見た。

最後に見た時と、殆ど変わらない姿で…身なりも髪も、ちゃんと手入れされている。

「みのりちゃん…」

聞きたい事は山ほどあった。が…いざ、目の前にしたら、上手く言葉が出てこない。

その様子を、みのりちゃんは怪訝な表情で見上げていた。

「豊島さん、お茶持ってきますね」

三滝は、そう言って、フロアの一番奥にあるドアの向こうに入っていった。

ここが本来、どういう目的で使われているかは定かでは無いが…これも、ブルームの施設の一つなのだろう。

僕は、みのりちゃんの向かいに座り、三滝が戻って来る間、しばし彼女の姿を見つめた。

「本来なら…沢口がここに座るはず、なんですよね…」

みのりちゃんは、僕の言葉に反応を示さない。その目線の先は…自身の、膨らんだお腹に向いていた。

「…体調は?大丈夫ですか…?」

「ええ…大丈夫、元気よ」

「いままで、どこにいたの?…何で、突然…」

「失礼します」

三滝が話を遮り、みのりちゃんの前にティーカップを差し出した。

嗅ぎ慣れない、高級感漂う芳ばしい匂いが、器の中から涌き上がる。

「…ブルームの施設にいたとしか、答えられない…多くは話せないの」

「なんで…僕達、どれだけ心配したか…君の両親だって…」

「拉致監禁されている訳じゃない。買い物にも、検診にも行ってるし…時々、両親にも会ってる」

「一体、何があったのか…教えてくれないか」

「…もう心配しないで。あの人がいなくても、ここなら大丈夫だから。ごめんなさい、折角、来て貰ったのに」

「沢口は…みのりちゃんの事、愛してるって…AIだからとかじゃなく、今は本当に愛してるって…そう言ってたよ!」

「…え…」

「だから、手紙でもいい。写真以外の別の形で、沢口に、連絡をしてやってくれないか。あいつ…もう限界かも知れない。マイクロチップが外れてるって事も、知らされてないんだ。いつ死ぬかも―――――」

「待って…あの人が…私を、愛してるって…?」

みのりちゃんは、短い溜息を付き、口元を歪ませながら笑みを浮かべた。

沢口の言葉に、感動している…と言うより、呆れている…?

「…みのりちゃん、何があったんだ一体…」

「私がここに来たのは、夫の要望なんです」

「―――えっ…?」

「もしかして、私が何の音沙汰も無く、突然姿を消した、って…そう聞いてました?」

「…むしろ、そうだと思って、今日まで色々と…探し回って…」

頭の中で、ようやく繋がり始めていた点と線が、バラバラに散らばっていく。僕は、そもそも始まりから、全く見当違いの方向に進んでいたのか?

と言うか…沢口に、騙されていたのか?全部。今日までの事…

「驚くのも無理ないですね」

「どうして…」

「夫と別れるため。…私の妊娠は、夫にとって予期せぬ事だった…夫だけが、子供を望んでいなかった」

「そんな…だって家には、子供用品が…」

「殆ど、夫の家族から送られてきた物です。彼が買ったものは…何も。…みんな…私達が幸せに過ごしているって、そう思っている」

「…じゃあ、何であいつは…」

「…面談のためです。アドバイザーとの面談で、何事も無いって…そう言いたいから。じゃないと…」

みのりちゃんはそう言って、自身の左の首筋を触った。

「…待ってよ、ちょっと話が、…二人は、エターナルチェインで出会ったんでしょ…なんで、なんでそんな…」

「必ずしも、本人が望んで応募している訳ではない、という事ですよ。」

「それって、沢口が自分から応募した訳じゃないって…そう言う事!?」

「…ええ…恐らくですが」

―――――お前のせいだ!お前らのせいで…!!―――――

あれって、もしかして…この事を…

「私は、夫とは会いません。」

「…どうやって子供を育てるの?…仕事のアテは?!」

「…もう、私には構わないで!あなたも、私に会えたならそれで良かったはず…もう、帰って」

みのりちゃんは、そう言って部屋の奥へと行ってしまった。

「待って…!」

立ち上がると、僕の目の前を、三滝が阻んだ。

「喜代田さん、お帰り下さい。…貴方がすべき事は、これ以上、何も無い」

「三滝さん…!」

「みのりさんは、これ以上の貴方達の来訪を求めていないわ。彼女が、彼女達が…幸せな生活と切り離された、哀れな人間だって思わないで」

…作られた”永遠の愛”なんて、不幸でしかないの―――――

みのりちゃんの後に付いて、三滝も部屋の奥に姿を消した。

殺風景な空間に、一人残される。

自分が、ここまで調べてやってきたのは、物書きとしての興味だけじゃない。友達を助けるためだ。

なのに…その友達から、嘘を教えられ…いや、嘘に気付かないまま、僕だけが、突っ走って足を突っ込んで…

「…何やってんだ…」

僕は、来た道を茫然としながら引き返す。

絶望とかショックとかじゃなく、虚しい。こんな自分にも何か出来るかもって、そう信じて疑わなかったが、全部、空回りしていた。

それどころか、そもそも僕が出来る事なんて、何一つ無かったのだ。

それだけじゃない。無名の僕が何を書いた所で、何を告白した所で、それを見てくれる人が居るとは限らない。三滝の言う、”庶民じゃない奴ら”に、もみ消されて終わるかも知れない。

今まで、経験した事の無い…その事を、脳内で勝手に深刻な状況だと、そう置き換えていただけなんだ。

そうして、退屈な日常を少し、刺激的にしたかっただけ…

「なに…やってんだろ…最低だ…」

非常階段に、ぼた、ぼた、と涙が落ちる。

泣いたところで、何が変わる訳では無い。むしろ、自分の愚かさがじわじわと広がっていくだけ。

いや、いっそ、このまま…いなくなってしまおうか。

僕は、視界がぼやけたまま、勢いよく階段を駆け下りた。

そして、何段目かで足元が崩れ…

身体が、頭から下に落ちていく―――――

Concrete
コメント怖い
0
4
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ