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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その三~

中編7
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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その三~

ユキさん曰く、その二人組が来たのは、一週間ほど前の事だったという。

学校に向かう子供を玄関で見送り、家事をしていたら、突然インターホンが鳴ったそうで…特に配達物や来客などの予定が無かった事から、ドアモニターを覗いて外を確かめたそうだ。

すると、そこには二人の妊婦が、画面に向かって微笑みを浮かべていたという。

何事かと驚きつつ、スピーカーで応答すると、片方の女性が、明るい上品な声で、自己紹介を始めたそうだ。

「自分達は、妊婦や経産婦を集めて女子会を行っている。皆で楽しく、母親であることの喜びを共有する、素晴らしい集まりを催している」

「今朝、子供を見送る貴方の姿を見かけて、是非お誘いしたいと思って訪問した」と…

妊産婦限定の女子会、という言葉のインパクトに、ユキさんは思わず戸惑ったそうだが…それ以上に、彼女たちの出で立ちに、目を疑ったという。

「透けてるのよ、服が」

「透けてる?というのは…」

「肌が透けてるの。上着の中がキャミソールで…その、お腹の部分だけ、薄いレースなの…」

そう聞いて、思わずアダルトビデオを想像してしまう。が…実際、目の当たりにしたユキさんからすれば、恐怖だっただろう。

「母親の喜びを、とか言いながら、お腹冷やす恰好なんだもの…ちょっと、ヤバい人達だったのかな…」

ユキさんは、「忙しいから」と、どうにか理由を付けて断ったそうで、妊婦達は程なくして帰っていったというが…、学校帰りの子供が玄関のポストを確認したところ、一枚の名刺が入っていたそうだ。

「これが、そうなんだけど…」

ユキさんはそう言って、僕の目の前に置いた名刺を指差した。

カリグラフィー調の英字で、「マタニティサークル・ブルーム」と書かれた、薄いピンク色の名刺…

裏面にはQRコードのみが記されていて、その場で読み取ると、同じ字体が表記された、ウェブサイトへと飛んだ。

暫くすると、ホーム画面が自動更新され…やがて画面の中央に

「紹介されましたか?」

という一文が浮かび上がる。

その文面をクリックすると、再び画面が自動更新され…同時に、スケジュール一覧が現れた。

それも、次回の開催日と、開催場所が、ハッキリと書かれたスケジュールだ。

直近の開催日は、今から三日後…場所は、都内中心地にある、外資系ホテルのスイートルーム…

情報を探り始めて、二週間…ようやく、みのりちゃんの失踪に近付く手掛かりを入手し、僕は思わず、「やった!」と声を出した。

「これ、貴方にあげます」

「ありがとうございます。これで、みのりちゃんの足取りが掴めるかも!」

「うまくいくといいね。その…沢口さん?に、よろしく伝えて。」

「ええ…そうします…!」

台所から、玄関へと続く廊下に出る。時刻はもう夕方になっていて、西日が玄関の擦りガラスに挿し込み、室内に影を作っていた。

ふと、僕がドアを開けた瞬間に、妊婦たちが笑顔で立っていたら…?と想像したら、少しゾッとしたが、幸いドアの先には誰もおらず、来た時と変わらない景色が広がっていた。

去り際、僕はふいに、ユキさんに尋ねた。

「あの…散々聞いておいてアレなんですが…何で、僕にここまで話してくれたんですか?」

ユキさんは、数秒俯いたあとで…僕を真っ直ぐ見つめて言った。

「目です」

「目…ですか?僕の?」

「ええ…三好は…暴力が増す度に、どんどん、目が淀むんです。光が反射しないというか…」

「ええと、死んだ魚の目、的な」

「そう、それ。でも…あなたの目は、真っ直ぐでキラキラしている。…私達の結婚式で会った時から、今も変わらない。だから、信じようと思ったんです」

根拠が無いのに…まるで図星を突かれたみたいに、その言葉が胸に刺さった。

自分では、目がキラキラしてるなんて、気にもしなかったけれど…ユキさんにとっては、人を見極める大事な条件なのだろう。

…そう思ったら、何だか嬉しい。

「じゃあ、気を付けて…」

僕が振り返ってお辞儀する間もなく、ユキさんは素早くドアを閉め、家の中へと消えていった。

家路へと向かう中…僕は話の一部始終を、頭の中で反芻する。

三好が…家庭内で暴力をふるっていたなんて。酒を肴に話している、あの陽気な姿からは想像がつかなかっただけに、ショックだった。

きっと、三好はこの先も、飲み会に顔を出すだろうし…僕や他のみんなと、変わらず付き合いを続けるだろう。

僕がユキさんと会って、全てを知っているとも知らずに。

となれば…僕はこの先、三好とどう付き合うべきなのだろう。

今まで通りの関係を続ける事はもう無いとして、ユキさんに会ったという事を悟られずに、上手く距離を置く方法があるだろうか。

「喜代田、ごめんごめん!メールくれたのに」

二週間ぶりに会った沢口は、明るい素振りでは隠しきれないほどに、やつれていた。

瞳は外の明かりを反射しているが…目にはアイラインのようなクマが浮き出て、食べていないのか、頬もこけている。

「大丈夫…じゃ、ないな…何があった?」

僕が聞くと、沢口は力無く、また一枚の写真をジャケットの胸元から取り出して見せた。

そこには、一枚目と同じように微笑む、みのりちゃんの近影が映し出されていた。

僕は、ブルームの名刺を沢口に見せ、匿名者から情報を掴んだ事を話した。場所と日時が解っているのだから…二人で凸して、みのりちゃんを連れ戻そう、と…

だが…憔悴しきった沢口に、僕の言葉は伝わらなかった。

「なあ喜代田、ここ…なんて書いてあると思う?」

「…『私は元気です』…って」

「…僕、もう疲れたかも…」

「ちょっと待って、このままみのりちゃんと会えなくていいのかよ?」

「会いたい…そりゃ、会いたいけど…この頃、なんか調子が悪いんだ…」

嫌な予感がして、僕は恐る恐る沢口に訪ねる。

「なあ…頭の中で声が聞こえるとか…そんなんじゃないよな…?」

沢口は、力無くではあるが、首を横に振った。佐川の言う幻聴は、聞こえていないらしい。

でも…どっちにしたって、沢口の状態は危うい。

僕は再び、沢口を自分の家へと連れ込んだ。一人にしたら、何かしでかしそうで怖かったのだ。

だが…タイミングが良いのか悪いのか、玄関を開けるなり、ミユカがこちらへ駆け寄った。

「カツ君おかえり~!って、え、どうしたのその人!」

「俺の友達。ちょっと一晩、泊まらせるわ」

「良いけど…狭くない?」

ワンルームアパートに、大人が三人…ベッドはシングル。床にも一人分のスペースはあるが…さて、誰をどう配置するか…

「お客さん!このベッドどうぞ使って!私添い寝しますね~!」

「ちょっと何言って…!」

「お客さんなんだから!ねっ?…おーい、大丈夫ですか?」

沢口は、僕の身体から離れると、自然にベッドへと倒れ込んだ。

結局、ベッドは沢口に、廊下はミユカに譲り…僕は、浴槽へと追いやられた。

まあ、連れてきたのは僕だし、女の子を無碍にはできないし、何より…僕以外の男の隣で眠るミユカの姿を、許容できそうに無かった。

しかし…やはり無理な体勢で寝るというのは身体に悪い。寝返りも一切打てず、シャワーの後で水滴も顔に垂れてくる。

翌朝の目覚めは最悪…というか、全く以て、眠れなかった。

が…僕の努力の甲斐あって、沢口の顔は、昨夜よりかは多少、マシになっていた。

「あれ、喜代田…また僕…ごめん」

「良いんですよぉ、そんなのお気になさらずに!でも、夜中、うなされてましたよ?」

「ちょっとミユカ…自分ちみたいに…」

「だって…みのりがどうとか…サインがとか…あっ、まさか…ごめんなさい、忘れて忘れてっ!」

ミユカは、何か良からぬ事を想像したのか、慌てて洗面へと逃げていった。

沢口は、それを微笑みながら眺めつつ、僕に言った。

「いつも済まないな…すげえ疲れてたけど、お前とあの子のやり取りが面白くて…ちょっと元気出たよ」

「はは…そりゃ良かった。うるさくなかったか?」

「面白くて可愛いよ。喜代田、大事にしろよ、僕みたいになったら…」

「わかった、わかったよ。なあ、腹減ったから、朝飯食いに行こう」

僕らが揃って出掛けるなんて…まるで想像していなかった。

でも、ミユカと沢口の横顔越しに、朝日が雲に溶けて、ジワジワと空が明るくなるのを見たら、自然と心が安らいでいった。

何だか…色々と上手くいきそうな気がする。

ミユカを駅まで送り届けた後で、僕と沢口は、お互いの収穫を報告し合った。

沢口も、エタチェンの内部にそれとなく探りを入れていたようで…協力をしてくれそうな人を、募っているらしい。

「ブルームに凸が出来れば一番良いんだが…女性ばかりの集まりに、男二人が乗り込んだら…警察沙汰になるかもなぁ…」

「だな…しかも相手は妊婦だし」

真剣に考え込む沢口を見ながら…僕は、以前佐川が話していた事について訪ねた。

永久保証サービス…その内容と、その意味を。

「………」

沢口は僕の問いかけに、暫く俯いて黙り込んでいたが…暫くして意を決したように、顔を上げて言った。

「僕とみのりを、繋ぎとめるためのもの、としか言えない。死がふたりを分かつまで…ずっと…僕らを守るものだよ」

その目は穏やかでありながらも、どこか恍惚としていて…僕じゃない、別の方向を向いていた。

死がふたりを分かつまで。

それが…別の意味を成すものだと、僕はまだこの時、全く知らなかった。

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