「カツ君、どうしたの?この間から、考え事ばっか…り!」
と、唐突に抱きつかれ、一気に体重をかけられた所為で、ベッドに倒れた。
「ぐえっ!ちょっと、重いって…」
身体を横たえると…すぐ隣で、ミユカの丸くてツヤツヤとした眼球が、僕を不思議そうに見つめていた。
ユキさんの言う、目が淀む…という表現は、一切当てはまらない。
「ねえ、目が淀む、って…どんな感じだと思う?」
「淀む?ん〜、何だろうね?元気がないとか?それを考えてたの?」
「まあ、そんな感じ」
おもむろにスマホのフォトアルバムを開き、スクロールしていく。
沢口と、三好が映った写真…沢口の結婚式、秋元たちと遊んだ写真…夜、一人で出掛けた時の…
「え?」
思わず、指が止まった。
日付は昨年の年末あたり。確か、都内の繁華街でやっていたイベントに行った時のものだ。
ごった返す群衆の中、酔った勢いで自撮りした為に、自分が殆ど見切れてしまった写真…
その中に映る、男女二人組の、その目…
――――目が淀むんです――――
ユキさんの言葉のニュアンスを、正直上手く掴めていなかったけれど…今ようやく、それが理解できた。
街の、方々からの光を全く反射せず、まるで色画用紙で作ったものを顔に張り付けただけの様な、生気どころか、立体感すら無い、白目と黒目。
そして、焦点の無いその両目の縁に沿って、どろっと滲み出た隈…
「え、ちょっと…この二人怖い!カツ君、なんでこんなの撮ったの!?」
「分からない…」
ジッと見続けていたからだろうか…その両目が、だんだんこちらを向いてきそうな予感がして、直ぐに画面を閉じた。
削除してしまおうかとも思ったけれど…何故か、僕の中で妙に引っ掛かりを感じて出来なかった。
そして、その予感は、見事的中した。
三日後、僕宛てに送られてきた匿名者のメール…そこに添付された画像データを開くと、僕の写真の中にいたのと同じ、彼らの姿があった。
深山悟(みやま)さとる)
片山優香(かたやま ゆか)
…と氏名の書かれた、書類のようなものを接写した、ややブレた添付写真。
僕の写真のような、あの不気味さは全く感じられなかったが…二つ目のデータを開いた時、そこに張り付けられていた新聞記事の字面に、思わず声を失った。
「本日未明、都内のマンションの一室で、夫婦とみられる男女が亡くなっているのを、近隣住民が発見。死亡推定時刻は二〇××年十二月二十七日の午後十一時頃とみられる。
男女共、死因は脳内の血管が複数損傷した事によるものと見られ、事件性が無い事から、警察は事故であると断定し…」
そこに書かれた日付は、紛れも無く、僕があの写真を撮ったその日だった。
となると…あれは、二人が亡くなる僅か数時間前…生前最期の姿という事になる。
背筋にうすら寒いものを感じながら、僕は、その書類の上部に書かれた文章に目をやった。
見切れてはいたが…そこには、ハッキリとこう書かれていた。
――――「エターナルチェイン 会員様用パーソナルデータ」――――
「うそだろ…」
思ってもみなかった偶然に、身体が固まる。
エントリーシートの写真、僕が映してしまった写真、そして…二人の死亡記事であろう新聞の切り抜き…佐川の話…光の無い目…
僕は、知らず知らずのうちに、もしかしたらとんでもない事に首を突っ込んでいるのではないか?という気がしてならなかった。
事実、みのりちゃんはまだ音信不通だし…ブルームの正体も、何も掴めていない。
先行きが見えないし、いつどうやって解決するのかさえ分からない。
そんな不安に苛まれる中…ふと、僕の脳裏にユキさんの顔が浮かんだ。
「…やるしか、ないんだよな…」
勇気を出して情報を預けてくれたユキさんの努力が無駄になってはいけない…それだけは避けたい。
僕は、このデータの送り主である匿名者に、自分が撮影した写真を添付して返信をした。すると二日後、幸いな事に、匿名者から会って話したいと連絡があり、都内某所にあるワークスペースを借りて会う事になった。
「初めまして、喜代田です。貴方があの写真を…?」
「…はい」
僕が到着すると、待ち構えていたように、一人の女性が椅子から立ち上がった。
匿名者改め、シマコと名乗った中年女性は、伸びきって茶色と黒がグラデーションになったボサボサ髪を揺らしながら、僕と、僕の背後をまじまじと見つめていた。
「…大丈夫ですか?」
「ここは、あなたがよく使う場所?コンセントはここだけ?カメラは…付いてないわね?」
シマコさんはそう言うと、今度は部屋の隅々を舐めるように見渡した。
その身なりは、着の身着のままといった感じで…着古してだぶだぶになったTシャツと短パンからは、肉付きの薄い肢体が伸び、足元のサンダルに至っては、元の色が分からないほどに色褪せ、底が擦れていた。
「あの…大丈夫です!誰も来ませんし、ここはたまに作業で来るので…あの、どうぞ座って…」
「大事な事なの!」
シマコさんが大声を上げた。ボサボサの髪から、キッと見開いた目がこちらを凝視する…
僕は、とてもヤバい人に声を掛けてしまったかも…と、身動きが取れなかった。
「あ…ごめんなさい…私…」
僕が引いているのを察したのか、シマコさんは声のトーンを戻しながら力無く椅子に座ると、両手で顔を覆った。
僕は、恐る恐るその向かいに座ってノートPCを開くと、シマコさんが送って来た、男女の画像ファイルを開いた。
「早速なんですが…これは一体誰なんですか。シマコさんの、お知り合いですか…」
シマコさんは、両手を顔から離し、PC画面を覗いた。すると、その顔はどんどん悲哀の表情を含んだものへと変わり…両目を涙で潤ませながら、女性の顔写真を指差した。
「優香ちゃん…この子」
「片山優香さん。…ご友人ですか?」
シマコさんは、写真を指差しながら、何度も頷いた。
「優香ちゃん…エターナルチェインの会員だったの…隣の男は、そこで知り合った旦那…彼女ね、私のバイト先の子で…すごくすごく良い子だった。友達だった…。温かい家庭を作りたい、って…ずっと言ってて…なのに、誰かに紹介されたのか…エターナルチェインに入会して…」
「でも、AIが選んだ相性なら…大丈夫なのでは…」
「新聞記事見たでしょう!?…最初は私だって喜んだわ。羨ましい、悔しいって思う位にね…彼女、とても良い笑顔だった。けどね…結婚してから、あの子…どんどん表情が沈んでいくの…あの子がバイトを辞めた後も連絡とってたから、何かあったのか聞いてみても…笑顔で『大丈夫』って言うだけで…」
シマコさんは、ボロボロと涙を流しながら捲し立てた。
その、情緒不安定さに…僕の頭の隅には、微かに『後悔』の二文字が漂い始めていた。
「シマコさん、片山さんは…、片山さんの身に、何が起きたんですか…」
「……新聞記事の通りよ。優実ちゃん、亡くなるちょっと前に私に言ったの。『頭痛が酷い』、『変な声が聞こえた』って…。病院に行くよう言ったけど、『夫に貯金預けてるから…』って。…その次の日だった。…私、わたし何で…何も出来なかった…!!」
「シマコさ―――――」
「警察にも、エターナルチェインにも取り合ったけど、何も詳しい事は教えてくれなかった。事故?頭の血管が突然破裂、って……あの子は!そんな酷い最期を迎える様な子じゃないの!だから…忍び込んだ。清掃員のふりをしてね!」
シマコさんの涙が飛び散って、デスクとPCに雫が落ちる。僕は、ただただシマコさんの話を聞き続けるしかなかった。
「変な声が聞こえた」?…それって…佐川の言っていた…幻聴ってこと?
一気に点と点が繋がった気がして…恐ろしくて身体が震えた。
「シマコさん…他に、エターナルチェインについて知ってること、ありますか?」
「……契約書があるのよ。結婚が確実に決まった男女は、本部から契約書面を渡される…」
「契約、っていうのは、婚姻届のこと――――」
「違う!…AIが決めた事への、絶対の服従を示すものよ。優香ちゃん、きっとオカシイって気付いたのよ…だから…!!!」
シマコさんは、顔を突っ伏して嗚咽を漏らした。
絶対の服従…契約書…それを破ると、脳の血管が破裂して死ぬ???
話が突飛過ぎて理解が追い付かないが…シマコさんの頭の中では、それらが全て繋がっているのだろう。
そしてこの話が事実であれば…エターナルチェインは、裏にとんでもない闇を抱えている事になる。
「あの…シマコさん、ありがとうございます。まだ、色々と分からないんですけど……あの、申し訳ないんですけど、もう一個教えて貰いたくて…」
僕は、沢口の身に起きた事をシマコさんに伝えた。だが…妊婦サークルに関しては、シマコさんは一切知らなかった。
「ねえ、あなた…えっと…」
「あ…喜代田です。喜代田カツヤ」
「喜代田、さん…。ごめんね、私も…信じられなくて。まだぐちゃぐちゃなの。でも、ずっと、同じ疑問を…持っている人が居ないか…ずっと探してた…」
「…僕もです。いや、僕に何かあった訳ではないんですけど…どうしても気になって…シマコさんのご友人に起きた事が、僕の友達にも起きているんじゃないかって」
「きっとそうよ。…また…取り返しがつかなくなる…。お願い…私も出来るだけ協力するから…!」
ワークスペースを出ると、シマコさんはまた、自分の周囲を警戒しながら、廊下を壁伝いに歩いて去っていった。
かつて、結婚していた相手から長いことDVを受け、どうにか逃げ出せたものの…今でもどこかで、自分を探して、見張っているんじゃないか、という気がしてならないらしい。
今のユキさんも、似た環境下にいる…そして僕も正直言うと、最近誰かに付けられているんじゃないか?という疑念に駆られていた。
「喜代田、久しぶり!飲みに行かない?」
秋元の快活な声がスマホから響いた。思えば、あの同期会からもう一か月以上経っている。
「ああ~…いや、ごめん。今日は調子が悪くて」
「え?もしかして風邪?」
「ああ、うん…そんな感じ」
「なんだあ、じゃあ仕方ないかあ…お大事に!佐川と三好にも伝えとくわ!」
「えっ――――」
三好…
「ん?どうした?」
「いや、何でもない...あ〜、あの、飲みの写真、後で送ってよ」
「いいよー!とびっきり楽しいやつ送ってやる(笑)!」
動悸を抑えて、何とか平静を装ったまま通話を終えた。
秋元も佐川も、他の皆はまだ何も知らないのだ。
どうか、知らないままで居て欲しい…
一週間後、沢口から、以前より募っていた「協力者」に、会えることになったと連絡があった。
「良かったな!しかしどうやって…」
「僕とみのりと同時期に入会した人なんだ。…実は、佐川の後輩の知り合いで…まあ、そんな感じだよ、まあ…僕が頑張って押したってのもあるんだけど…」
「…なんか、佐川かららしいな、お前」
「そうそう…ごめん。中々、言いづらくて…とりあえず、次の日の日曜、会えることになったから」
僕はそれを聞きながら、沢口にある提案を持ちかけた。…シマコさんの同席だ。
僕ら以外に、エターナルチェインに疑念を持って調べている人がいる、と伝えると…沢口は意外にも了承してくれた。
「その、深山さんとかは知らないんだけど…でも、同じような人がいると、心強いよ」
沢口の声は、明るさを取り戻していた。
それだけに…彼らが原因不明の死を遂げていた、と告げるのは酷に思えて、止めた。
シマコさんは、エターナルチェインが二人の死と繋がっていると信じているけれど…確証は無い。
今現在分かっているのは…エターナルチェインの会員の一部の人間が、謎の幻聴に、酷く悩まされていた。という事だけ。何が聞こえていたのかは、全く分からないけれど…
作者rano_2
エターナルチェインシリーズです。
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エピソード0
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その一
https://kowabana.jp/stories/37660
その二
https://kowabana.jp/stories/3767
その三
https://kowabana.jp/stories/37692