「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その六~

長編10
  • 表示切替
  • 使い方

「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その六~

「何で…何でここが…あなた、どこから来たんですか」

「タクシーで後を付けました。あと、今日の事、全て最初から聞かせて頂きました」

三滝と名乗る女は、戸惑う僕の様子などは全く無視で、スラスラと話を続けた。

アドバイザー…って事は、この人も、ホテルやレストランの手配や、その他、会員のお膳立てを…

いや、それよりも一番気になるのは…

「みのりちゃんは…ブルームにいるんですよね?生きてるんですよね?!」

「ええ、無事ですよ」

「…何で僕なんですか?沢口を眠らせたのは何故…」

「話せば長くなります。なので簡潔に。…我々ブルームは、エターナルチェインの傘下のグループです。そして、沢口功史朗の妻、豊島みのりは、今、私達が管理する施設で生活しています。決して、拉致や拘束はしていません。あくまで、生活拠点を移したまでです」

「なら、沢口に会わせてやってください。僕達は…これまでずっと探して来たんです」

「それはできません。」

「…もしかして…誰かに狙われているんですか?…まさか、エタチェン…!?」

「飛躍しすぎ。誰にも命を狙われてないですよ。ですが…こちらから働きかけて、会わせるというような事は一切出来ません」

「彼女…妊婦なんですよ。沢口は…理由も無く妻が消えた事でずっと…ずっと」

「連絡は断ち切っていません。それは、保護した女性達の意思に委ねていますので…連絡が無いとは、そういう事でしょう」

「……すみません。何が何だか…」

「我々は、傘下のグループではありますが、エターナルチェインとは全くの別物です。会員を人質に、幸せを捏造したり、バランスを崩す人間を消すようなマネはしません。私達は砦です」

三滝は、そう言って僕の目の前に、自身の掌を見せた。

そこには、市販の鎮痛剤サイズの錠剤が一粒…

「これは…」

「AIへの絶対の服従…その証です。成婚確定時に行われるブライダルチェックで、会員の首元に埋め込まれます。いわば、生体管理の為のチップです。勿論、豊島みのりにも埋め込まれていました」

僕は、恐怖で上手く言葉が出なかった。

だが…彼女の艶々した黒目は、真っ直ぐ僕を見て離さない。それが…真実だと語りかけていた。

「何故…僕に話してくれるんですか?赤の他人の僕に…」

「貴方が第三者に話した所で…誰も信じませんから。エタチェンの利用者が、庶民だけだとは思わないで」

「な…どういう…」

「桜川美紀子の事は、どうかお気に病まずに」

「ちょっと、待ってくれ…沢口の気持ちはどうなるんですか…?こんな…訳の分からない事に巻き込まれて…!あんた、あいつの人生の責任とれるのか!?」

「私の役割は、彼女達の『解放』です…責任は果たしています」

「じゃあ、優香ちゃんはどうして死んだの?」

三滝の背後には、いつの間にかシマコさんが立っていた。

声は枯れ、目は腫れてボロボロだが…その眼光は、三滝さん一点を睨みつける。

「…貴女は…確か」

「さっきから、全部聞いていたわ…優香ちゃんは、何度も面談で訴えていたはず。なのに何故、保護しなかった!?」

「それは…」

「優香ちゃんはね…妊娠していたかもしれないのよ!?それも分からずに…アンタらのせいで死んだんだ!」

「なっ―――」

「絶対許さないわ…私が…絶対に…!」

シマコさんは、三滝の正面に回り、両肩を鷲掴みにした。

それまで涼しい顔をしていた三滝が、痛みで表情を歪める。

そして…掴まれた衝撃で身体がよろけ…掌から錠剤がこぼれた。

「…これが…」

錠剤サイズのマイクロチップ…会員を管理する為の…

「あなたは、『解放』が仕事だと…それは、どういうことですか?」

「それは…くっ…いたた…言えないですよ…」

「もっと強く握られたい!?」

「痛い!痛い!やめて!」

「言いなさい!」

「…摘出手術です。この、チップの!ブルームには医療機関も関わってる。エターナルチェインとは別のね…。貴方達がさっき話していた、AIによる幸せの捏造…永久保証システム…離婚できない仕組みが、チップには詰まってる…それを取り除くの」

「それが…エラーを起こすと…一体、どうなるんですか?」

僕の問いかけに、三滝は、一層顔を歪めながら、ため息交じりに言った。

「…エターナルチェインが所有する、会員の脳波測定機能が反応して…埋め込まれた小型起爆装置が作動するの…」

「それって…つまり」

「……死ぬのよ」

ドクン、と…心臓が重くなり、気が付くと、僕の頬を、涙が伝っていた。

佐川の知り合いも、片山優香と深山悟も…桜川美紀子とその夫も…沢口もみのりちゃんも…!

みんなの身体の中に…小型爆弾が、埋め込まれていた…

エターナルチェインが監視するために…

理想の夫婦生活とやらを、維持しているか監視するために…?

「何故…なんで…優香ちゃんの声を聞いてあげなかったの!」

「その頃はまだ、ブルームにこの仕組みは無かった!救えなかった…後悔しているわ…。だから…その罪滅ぼしよ」

「…その罪滅ぼしとやらは、一体誰のため?あなたのやる事で、罪は償われるの?…優香ちゃんは、帰ってこないのよ…!」

「…分かってる。分かってるわ…」

「あなた…どうして私達をつけてきたの?理由も無いのに」

「……豊島みのりからの依頼よ。夫も解放して欲しいって…」

「みのりちゃんが…!?」

「今、医者を乗せた車がこっちに向かってる。そこで装置を外す。今回限り、無償でね…」

「外すのにも、金が要るのね…」

「一般的な治療費と同じですよ。エタチェンが搾取する入会料とは違う。…まもなく来ますから」

それから数分後…一台のキャンピングカーが僕達の近くに停車し、中から医療従事者の格好をした人間が数人降車した。

そして、手際よく沢口を運転席から降ろして担架に乗せると、車体後部を開け、救急車に搬送する時のように、沢口を車内に運んだ。

三十分位経った頃だろうか…再び車体後部が開くと、医療従事者が僕とシマコさんを呼び寄せた。

「沢口…大丈夫か…?」

医療用の平たいベッドに寝かされた沢口は、点滴と呼吸器をつけて、静かに眠っている。

「……まだ意識朦朧としているので、動かさないで。…これ、無事に取れたから」

医療スタッフの女性は、そう言って僕らの視界に銀の器を差し出した。

ガーゼの中に血を滲ませた…さっき三滝が持っていた物と同じサイズのそれが、器の中に一粒、入っていた。

「……こんなものが…こんなもので人が死ぬのか?」

「仕組みについてはお話しできません」

彼らは、詳細を一切口にしないが…、これで沢口も、片山優香達と、同じようにならずに済む。

三滝の言う…幸せの強要から、「解放」された事になるのだろう。

「ねえ、三滝さん?あなた達の存在が、エターナルチェインにバレたらどうなるの?」

落ち着きを取り戻したシマコさんが、三滝に問いかける。

三滝は、少し考え込んだ後で、

「…道連れにするでしょうね…その前に、こちらで先手を打ち続けないと」

と、意味深な言葉を言ったきり、それ以上は話そうとしなかった。

しかし…キャンピングカーに乗り込む途中、三滝さんは僕達をまじまじと見ながら

「あなた達は、知ってしまった以上責任がありますので」

と…強い口調で言い放った。

「もし、言ったら?」

「あなた達に、然るべき処置を与える。あれを利用しているのは…庶民だけじゃありませんので。お忘れなく」

三滝さんが言い終わると同時に、サイドドアが勢いよく閉じられ…車は、足早に去っていった。

残された僕とシマコさん、そして、後部座席に寝かされた沢口…それ以外に人気のない夜中の駐車場は、さっきまでの出来事が全て夢なんじゃないか、と疑うくらいに、静まり返っていた。

「シマコさん…運転って、できます?僕免許なくて…」

「出来るわ…でも、ペーパーだから期待しないで」

僕達はその後、途中迷いながらも、朝方にはどうにか沢口の家に着く事が出来た。沢口は、駐車場で止まって以降の記憶は殆どなく、うっかり熟睡してしまった、と僕らに平謝りした。

「ごめん!ほんと…ここまでお世話になって…」

「お礼ならシマコさんに言ってよ。ここまで運転してくれたんだから」

「…いいのよ。…じゃあ…私帰るから。おやすみ」

シマコさんは、僕に一瞬目くばせすると、玄関から静かに出て行った。

沢口に関する事を、沢口本人だけが、未だ知らないでいる。

「…ごめん、今日ここ泊っていい?」

僕は、すでに疲労が限界まで達していた。今日一日で起きた事が、まるでサスペンスやアクション映画のように目まぐるしく、非現実的な内容ばかりだった。

僕もシマコさんも、必要以上の事実を知ってしまった。もう、後戻りは出来ない。

というか…これでやっと、両足を突っ込めた事になるのだろう。

「いいよ。廊下の隣に客間があるし、風呂も自由に使って」

一体どんな方法を使ったのか…沢口の体調も顔色も、別段変わった様子は無い。

「…どうした?」

「いや…何も、じゃあ、風呂借りるわ」

みのりちゃんは、今どんな心境なのだろう。沢口の解放を、もう聞いただろうか。何故今に至るまで、沢口に連絡をしないのか…

これから子供だって生まれる。別に、喧嘩別れをした訳でもない。…いや、もしかして、ずっとこの機会を待っていたのだとしたら…

根拠は無いが、かすかに希望が湧いた。失踪から今日までおよそ二か月。本来の目的は、みのりちゃんの捜索だ。想像を絶する事も沢山あったが、意外と早く、決着が付くかも知れない…

「…ああ、うん…元気にしてる。大丈夫だって!」

風呂から上がり、リビングへ向かう途中、廊下とリビングを隔てるドア越しに…沢口が誰かと連絡をしているのが聞こえた。おそらく家族だろうか…

「わかってるって。うん…うん、荷物?ちゃんと見たってば!もう送って来なくっても…」

ふと、廊下の右端に置かれた段ボールを見る。そこには、包装用のビニールに包まれた子供用品らしきものが、箱一杯に、三つも重なっていた。

「もう、心配いらないって。来なくていいから!…もう、いいって……」

孫の誕生を待ちきれずに、って感じだろうか…沢口は、タジタジになっている。

「だから!大丈夫だって…勘弁してよ…」

「……さわぐ――――」

「お前…いい加減にしろっつってんだろ!!!しつけえんだよ!!さっさと消えろ!!!」

ドアノブに手を掛けるのと同時に、沢口の怒号が響いた。

「お前のせいだ!お前らのせいで…みのりは……うるっせえ!!二度と連絡してくるな!!」

沢口がそう叫んだあと、ガンッ!という鈍い音と共に、携帯が床に叩きつけられた。

お前らのせいで?…もしかして親と何かモメてるのか?だとしても…

「…な、なぁ…ごめん…水貰っても…」

僕は、ドアを少しだけ開けて、恐る恐る沢口の背中に声を掛ける。が…沢口は、息を切らしながら、まだ苛立っていた。

「誰と話してたの」なんて、到底聞けそうにない。…というか、そんな気力は、もう残っていなかった。僕は、洗面所の蛇口から幾らか水を頂戴した後、静かに客間へと戻った。

そして、どっぷりと深い眠りについたせいか…目覚めると朝はとっくに過ぎていて、沢口の姿も無かった。

「鍵、ポストに頼む」

携帯には、沢口からのメールが一通入っているのみで、他は適当なメルマガだけ。

昨日の緊迫感は何故か収まり、静かな部屋の向こうから、陽光がカーテン越しに差し込む風景に、僕は不思議と、台風が明けた後のような、すがすがしさを感じていた。

だが…その高揚感は、一瞬にして緊張へと変わる。

エントランスのポストに鍵を入れ、沢口の家を出ると、マンションの入り口あたりから妙に視線を感じ…しかもそれは、僕の歩く速さに合わせて、付いてきていた。

そして、視線の主は、僕の背中に声を掛けた。

「喜代田さん、今からお帰りですか?」

ワゴン車の後部の窓から、昨夜、駐車場で別れたはずの三滝が、顔を出した。

「あんた…ここまで後を…」

「ご無礼をお許しください…あれから…沢口さんの調子はどうですか?」

「…特に変わりはないよ。で、俺に何の用事が…」

「あなたの望んでいた事を、一つ叶えようと思いまして。」

三滝はそう言うと、車を止めて後部の扉を開けた。足を組み、僕の方に微笑を向けて…僕が乗り込むのを、じっと待っている。

「…望んでいたのは…俺じゃなくて、沢口の方だ」

「…彼女は、あなたになら会ってもいいと仰っています」

「彼女って…」

「一人しかいないでしょう。さあ、お時間を取らせては失礼なので…」

三滝は、アンドロイドかってくらいに、微笑を保ったまま僕に言った。

「みのりちゃんが、生きている…いるんですね…」

「ご自分の目で、是非確かめて下さい。さあ…こっちへ…」

まるで他人事のような、その冷めた口調に軽く苛立ちを覚えながら…僕は、深呼吸をして車に乗り込み、三滝の隣に座った。

「行きましょう…」

三滝の囁く声と同時に、後部のスライドドアがゆっくりと閉まる。

何だか、これから終わりのない暗闇へと向かって行く感じがして…背筋が震えた。

「怖がることありませんよ…私達、ちゃんとあなたを案内しますから…」

バチッ…!――――

三滝の穏やかな言葉に反した、一瞬の刺激に僕は意識を失う。

次に目が覚めた時には、がらんとした駐車場と、そこから上へと続く、業務用のエレベーターが、僕の視界に映り込んだ。

Concrete
コメント怖い
0
4
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ