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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その九~

中編7
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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その九~

全ては、些細な切っ掛けだった。

婚活サイトはおろか結婚でさえ、遠い未来の、別の世界の話だと思っていた自分が、まさか婚活アドバイザーとして、何組もの成婚を見届けたなんて…今でも現実とは思えない。

それまでは、コンセプトカフェで小遣い稼ぎをする以外は何の特徴も無い、タダの、どこにでも居る若者だった。

大して客引きが良い訳じゃない、暇さえあれば休憩所で一服している…そんな私に、珍しく指名をかけてきたのが、後に私の上司となる、八津川だった。

「髪の毛、まとめるより、おろした方が似合うよ」

「満面の笑みより、微笑む方が落ち着くな」

ヤケに服装やマナーの会話ばかりで、正直かなりウザかったけど…実際に言う通りに試してみたら、面白いくらいに指名が増えて、こいつの言うことは本物だと分かった。

そして…一カ月が過ぎ、指名ナンバーワンになった頃、奴は私に、一枚の名刺を渡してきた。

エターナルチェイン 人事部 人事課

八津川 幸(やつかわ ゆき)─────

「君ならきっと、良いアドバイザーになれるよ」

私は、カフェを辞めてから早くも三ヶ月後には、エターナルチェインのアドバイザーになっていた。

ブース越しに、AIによって選別された男女と対面しては、服装やメイクをマニュアル通りにアドバイスする日々。

「ファッションセンス磨かれてますね!」

「お肌と髪の艶、見違える程綺麗になりましたね!」

「見た目を意識してから、表情が明るくなりましたよ!素敵です!」

毎日毎日、顧客を褒めては、服飾品を買わせ、高級美容サロンに通わせる…

皆、疑いもなく私の言葉を信じて行動するのが、たまらなく面白かった。

もちろん、面倒な要求ばかり言ってくる人も数人いたが…人生のパートナーを見つけるのに、バカ高い入会料を払ったと考えると、苛立つ気は全く起きなかった。

誰もが必ず巡り合える訳では無い、ほぼ百%、相性の合うパートナー…その為だけに、彼らは、他の人間よりも多くの犠牲を払っている事に、多大な自負を持っているのだ。

いつ来るかも分からない順番を、人生を賭けて延々と待ち続けながら…

「今の結婚はね、命懸けなんだよ」

八津川の言葉を、私は事ある毎に思い出しては、自分に言い聞かせた。

それでも…結婚は私にとって、あっても無くてもどっちでも良い、遠い世界だ、という思いは、変わる事は無かった。

AIによって相手が決定されるという特殊な環境下で、人を導く立場にいながら、果たしてこれは正解なのかと、自分の感覚を確かめる日々の連続。そんな事をしていると…次第に、生きる為の活力が、段々と薄れていく。

面白い筈なのに、楽しさが虚しさを上回る事が無くなっていく…

幸せの絶頂を体感し続けるカップルを見る私の顔は、いつの間にか、笑っていなかった。

八津川にも、それが見て取れたのだろう。ある時…私を執務室に呼び出すと、私の前に、書類の束と、その元データが表示されたノートパソコンを置いた。

「最後にこれ、教えておかないとね」

言い渡されたのは、名簿の中から、✓マークが書かれた男女の名前を探して、データ上の右端にある「完了」ボタンを押すという、至極単調な作業だった。

なぜ、最後に、だったのか…当時は知る由も無かった。ただ私は、自分の心細さを消す思いで、この単調な業務を夢中でこなした。

✓を探して完了ボタンを押す。✓を探して完了ボタンを押す。✓を探して…

そうして、次から次へと名簿を片付けていく。

余程、事務的な作業に飢えていたのか…業務開始から二時間後、私は、十束はあったはずの名簿を、全て片付けてしまっていた。

「もっとゆっくりでいいのに」

八津川は苦笑いしながらそう言ったけど、当時の私にとって、無我夢中で完了ボタンを押す行為は、精神を安定させるために、必要だった。

それから…八津川は時折、私を呼びだしては、この事務作業を依頼した。ただ、以前と違うのは、「一日に二、三枚のペースでね」と、必ず、強く念を押される事。

激務な私を気遣っての事だろう…とその時は信じていた。会員のデートで使う施設の手配。サロンやホテルの予約…上げ前据え膳のお世話に加え、新人教育も任されていた私は、心身共に一杯一杯だった。でも…この事務的作業が、ひと時の心の安定を与えてくれる。八津川は、私の頑張りを分かった上で、この作業を任せてくれている…

でも、全部、私が勝手に思っていただけだった。

全部…

「ねえ、今更何だけど…完了、って…何なの?」

ホテルの部屋から出る間際の八津川に、私はそう投げかけた。八津川は、上着を羽織る動作を止め…振り返って、私に言った。

「君は今まで通り、私の指示通りに動きなさい」

それが、八津川の本性だったこと…そして、その言葉の意味に気付くのに、そう時間は掛からなかった。

ニュースでの報道…ある一般人の死が…ある法則によって、遂行されている、という事に。

それに気付いた次の日、私は、逃げるようにエターナルチェインを辞めた。

予想通り、八津川からは、しつこく連絡が来た。

「提携しているメンタルクリニックを紹介するよ、…待ってるから、ね?」

矯正?それで、元気になったら…またあの、おぞましい業務をやれというの?

誰かの人生が狂う。誰かの人生が…終わるというのに?

「あ…あぁ…うっ…」

一体、どれくらい家に引き籠っていたかは、覚えていない。だがその期間、早く、私を終わらせたい。いや、終わらせないといけない…そんな考えだけが、頭の中を巡った。

私は言葉を失い、ふと我に返ると、両腕はカッターで切った跡が幾つも出来ていて、何をどう食べたかも、定かでは無い。

結局、部屋をこじ開けて私を介抱に来たのは、八津川だった。

私の精神は、絶望と贖罪で、荒れ狂っていたにも関わらず…八津川の胸に甘えるしかなくなっていた。

「君を、君の望む場所へ連れて行こう」

絶望が、私をブルームへと誘った。

エターナルチェインの傘下に作られた、妊婦サークル。

高級ホテルの一室で、オーガニックの茶菓子を嗜みながら、時にあられもない姿を晒し、褒め称え合う。一種の、変質なフェティシズムを持った人達の集まり。

だが…それは、表向きの話だ。

「私、この子を産んだら離婚します…ここに来て、今のままじゃ違うって、気付いたんです」

私が担当した会員の一人が、今まで見たことの無い穏やかな顔で言った。

既に、指輪の嵌められていない左手を首筋に添えて…

それが、私が初めて知った救済だ。

「私があなたに頼んだのは…全てこれの事よ」

ブライダルチェックの際に埋め込んだ、生体チップの摘出…そして、私が「完了」と押すことで…晴れて、女性は新たな道を歩むことが可能になる…そういう仕組みだった。

私は、彼らを殺したわけじゃ無かった。

死は…求めるが故に、嘘を重ねた者にのみ訪れる。怒りにより触発したセンサーが、内部で暴れるのだ。

そして…八津川が「ゆっくり」と念を押したのは、内部に怪しまれないため…

「…腕、まだ痛む?」

そう言って私の腕を取り、薄くなった傷跡を指でなぞったあとで…八津川は目の前に、一枚の紙を差し出した。

「あなたを採用する」

機密の共有…そして、救済に関する絶対的なパートナー。

私は、再び彼女に、必要とされた。

協力者を内部から調達し…セキュリティや医療機関、新たなシェルターの確保をさせ、私は、アドバイザーとして職場復帰しながら、少しずつ内部の情報を摑んでいった。

改めて分かったのは…あの場所に属する全ての人間が、AIに自分の意思を支配されているということ。

AIが何かをしでかしているんじゃない。彼らが一方的に、自己の意思を依存させている…

八津川は、エターナルチェインの元となる組織が運営を始めた頃から、その内情に気付いていた。

そして、ブルームの創設を依託されたと同時に…少しずつ、エタチェンの内部情報を移行させていたのだ。

「その後、夫婦間のコミュニケーションはいかがですか?」

「ご懐妊、誠におめでとうございます!誕生が待ち遠しいですね!」

「お子様を授かられた会員様には、新しくこちらのサポートをお勧めしておりまして…」

ブルームによるサポートを進めるのは、こちらで選別した会員に限定した。

基準は、チップが感知した会員の脳波…いつでもデータが見れるように、八津川が外部に作らせたシステムで、救い漏れが無い仕組みが完成したのは…つい最近の事。

言葉や表情では「大丈夫」と言っても、嘘は、全てチップが汲み取る…そして、私達はそれを取り外し、マッチングエラーによって消去される人生から、彼女達を解き放つ。

エターナルチェインによって施された、”楽園”に住む資格を全て放棄させた上で、新たな楽園を、自分で探せるように。

でも、そろそろ終わりにしなければならないらしい。

「最後の一人が終わったら…全て解放するわ」

「全て?」

「…楽園ごと、全てを」

八津川は、そう言って電話を切った。見知らぬ、街外れの駐車場…予想外の登場人物のせいで色々と手こずったが…幸運な事に、その内の一人の部外者は、良い資料を携えていた。

おまけに…最後の一人というのは、男…理想の、望み通りの伴侶を得たと信じて疑わない、もしくは、現実問題から目を背けたがる男性会員ばかりだと思っていたが…彼は、彼だけは、違和感を見事に感じ取れたのだろう。

「沢口は…沢口には何故伝えないんですか?」

「伝える必要が無いから」

彼はもう、この夫婦生活に不幸をもたらすものの正体を理解しているから…

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