俺は魔坂奇龍。(もちろん芸名)最近売り出し中の怪談師だ。
平日の昼間は普通にサラリーマンとして働き、夜間や週末に副業として怪談師をやっている。
怪談師とういう仕事、一年中何らかの仕事がなくは無いのだが、やはり夏の間が稼ぎ時で、全国あちらこちらで開かれるイベントに招かれて様々な怪談を披露する。
昔の怪談師はいくつかのネタを使い回して夏を乗り切ってきたようだが、最近は一度どこかで話をすると動画配信され全国に行き渡ってしまう。
根っからのホラーファンはネット上のそんな動画を驚くほどよく見ており、お金を取って見に来て貰っている以上、ネタの使い回しが許されなくなってきているのが実態。
非常にやり辛い世の中になったものだが、そのお陰で自分も全国的に名が知られるようになり、仕事にありつけるのだから皮肉なものだ。
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次の週末は、長野県の松本市内で『信州ホラーナイト』というトークイベントに招待され、話をすることになっている。
二百人ほどの会場での開催と共に、有料で動画配信もされるらしい。
しかし夏も終わりに近づくこの時期、いい加減ネタも尽きていた。
前回、静岡で行われたイベントのアンコールで調子に乗り、今週話すつもりだったネタを喋ってしまったこともあって、あと一週間程なのだが何を話すのか全く決まっていなかった。
今回は実話怪談ということのようで、さてどうしたものかと考えていると、ふと学生時代に長野市出身でオカルト好きの友人がいたことを思い出した。
このような実話怪談ではご当地ネタがすこぶる受けが良い。
藁にも縋る思いでその友人、谷中昭人に連絡を取ってみると、運の良いことに今夜は暇だということで、久しぶりに会って新宿で飲むことにした。
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「・・・ってことでさ、お前の地元で何か面白そうな怖い話って何かないかな?」
俺の問い掛けに谷中はジョッキを煽ると天井を見上げて何かを思い出してみるような素振りを見せた。
「そう言われてもなあ、地元の妖怪話なんかみんな知っているだろうし、人怖はダメなんだろ?そうするとやっぱ幽霊話かぁ。」
谷中のオカルト好きは相変わらずのようだが、やはり実話となるとそうそうネタがあるわけではない。
しかし、しばらくして谷中は何か思いついたようでニヤッと笑った。
「思い出した。昔、夏休みに帰省した時にこんな事があったんだ。」
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夏休みに長野市へ帰省した谷中は、地元の友人とふたりで蕎麦でも食べに行こうと軽いノリで戸隠へとドライブに出かけた。
久しぶりに会った友人と、戸隠神社や黒姫山、飯縄高原と巡り、帰路についたのは陽もどっぷり暮れてからだった。
戸隠方面から長野市街へ向かう途中に、七曲(ななまがり)という急カーブが続く山道がある。
戸隠方面からだと急な下り坂だ。
この七曲には、その途中に切ると祟られるという曰く付きの木が道の中央に残されている場所があるのだが、そこを越えたところだった。
「おおっ?」
ハンドルを握っていた友人がいきなり急ブレーキを掛けて路肩に車を停めた。
「どうしたんだ?いきなり。」
谷中が友人に問い掛けると、友人は前方を指差した。
そちらを見るとヘッドライトの光の中、数十メートル先の路肩に白い服を着た髪の長い女が立っているではないか。
周囲に民家もなく、長野市街まではまだ車でも三十分近くかかる場所であり、こんな時間に女性がひとりで歩いているなんて尋常ではない。
「彼氏に置いていかれたのかな。連れて行ってやるか。」
この友人は、幽霊というものを信じていない奴だった。
そのまま車を発進させると、ゆっくりとその女性に近づき、ハザードランプを点けると数メートル手前で再び車を停めた。
「どうしたんですか?こんなところで…あれ?」
友人は、車から降りて女性に声を掛けようとした。
しかし、車の前に女性の姿は無かったのだ。
友人は車から降りる際、そして助手席に座る谷中は友人が車から降りようとしている姿を目で追い、ふたりが同時に女性から視線を外した、その一瞬の間で女性は目の前から消えてしまったのだ。
慌てて谷中も車を降りて、友人と共に周囲を見回したが、女性の姿は何処にもなかった。
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「なるほど。面白そうな話だな。」
しかし結局のところ、暗い山道で突然白い女を見掛け、車を停めてみたら誰もいなかった、という三十文字怪談でしかない。
今回の持ち時間は十五分であり、もう少し話を盛りたい。
それに俺自身はこの七曲に行ったことが無く、実話怪談として語る上で話が薄っぺらになってしまいそうだ。
「なあ、谷中、今週の土曜の夜に開催される怪談イベントの前に、俺と一緒に長野へ行って、その七曲を案内してくれないかな。」
突然の俺の我儘を、いい機会だから久しぶりに実家に顔を出すかと、谷中は快く受けてくれた。
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当日の土曜日はあいにくのどんよりとした曇り空だったが、俺は谷中を助手席に乗せて早朝から長野へと車を走らせた。
午前中に長野市街についた俺達はそのまま善光寺の脇を抜け、七曲へと向かった。
「ここら辺だよ。」
戸隠へと七曲を登って行く途中で、谷中が斜め前方を指差した。
俺はその先の緊急避難用の路側帯に車を停めると、谷中と共に車を降りた。
「ほらこの先の道路の真ん中に見えるのが、曰く付きの木だ。」
谷中の指さす坂の前方を見ると、確かに道路の真ん中に木が一本立っている。
それほど大きな木ではなく、何故道路工事の際に切り倒さなかったのか不思議に思う人も多いだろう。
「そしてその女が立っていたのがあの辺りなんだ。」
今度は坂の下の方を指差しながら、谷中はそちらの方へ向かって歩き始めた。
そこは次の急カーブに入る少し手前になり、それほど高さのないコンクリートの法面(のりめん)の手前にはやんちゃな連中が残した黒いタイヤ痕がカーブに向かって何本も残っている。
「女が立っていたのはその辺りで、俺達は丁度この辺で車を停めたんだ。そうしたら女が消えちまった。」
路肩に立って身振りで説明する谷中が指し示す女性が立っていたという辺りを細かく見てみたが、特にこれと言ったものは何もない。
「まあ、もう十年近く前の話だからな。」
谷中はそう言って肩を竦めた。
取り敢えずその辺りの状況をざっと確認した俺達は、再び車に乗り込むと七曲を抜け、飯縄高原近くの路肩にある蕎麦屋で昼食を取った。
「なあ、とにかく車を降りてみたら消えていた、ではつまらないからもう少し話を盛り上げることは出来ないかな。」
蕎麦をすすりながら、谷中に相談してみると、谷中は少し考える素振りを見せ、再びニヤッと笑った。
「消えた後、車に戻ったら幽霊が後席に座っていたって言うのはどうだ?」
「お、それいいな。でもその後はどうやって締め括る?」
「そうだな、あの場所の地縛霊なんだから、そのまま坂を下っていったらいつの間にか消えちゃったってのは?」
後ろに幽霊を乗せたままで連続する急カーブを運転するとなると、話として少し無理があるような気がする。
「とにかく長野市街へ戻ろうか。谷中は実家へ行くんだろ?帰りにもう一度七曲を通るから現場を走りながらストーリーを考えてみよう。」
蕎麦を食べ終わると、俺と谷中は来た道を戻った。
七曲へ入り、やがて正面に道路の真ん中に立つ曰く付きの木が見えた。
一旦車を路肩に寄せ、後続の車を先に行かせると、ゆっくりと木の脇を通り抜けて行く。
「ここで一旦車を降りて、もう一度乗り込むと後席に幽霊が乗っているということだな?」
俺は幽霊を見掛けた場所で一旦車を停車させ、すぐにゆっくりと発進した。
「ああ、ミラーを見て後席に幽霊が乗っているのに気がついた、っていう感じか。」
「ふむ。」
俺は谷中の言葉に従い、ルームミラーにちらっと視線を送った。
「おわっ!」
なんとルームミラーには後席の真ん中に座る女の顔が映っているではないか。
昼下がりのこんな時間に本当に出るとは。
思わず声を上げた俺の様子を見て、谷中も上体を捻って後席を振り返った。
「ひ、ひえっ!」
俺はミラーで首から上しか見えなかったが、谷中は後席に座る女のほぼ全身を見ることになった。
まだらに血が滲んだ白いワンピース姿の彼女の片腕と片脚は、座席にちゃんと座っているのが不自然に感じられるほどおかしな方向に折れ曲がっている。
そしてミラー越しに俺の顔を見ていた彼女はキッと谷中へと顔を向けた。
「うわ~っ!」
谷中はシートベルトをものともせずダッシュボードへと弾かれるように飛び退き、その谷中の腕がハンドルを握る俺に当たった。
「うわっ!」ガガッ!
それによりハンドルを切り損ねた俺はそのままガードレールに接触して止まった。
「痛ってーっ!」
後ろを向いていた谷中はその衝撃で後頭部をフロントガラスに打ち付けたようだが、大きな怪我はしなかったようだ。
谷中の様子を確認した俺はすかさず後席に目をやったが、後ろの席にはもう誰もいなかった。
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そもそも徐行と言っていいような速度で走っていたため、谷中が後頭部にたん瘤を作っただけで怪我らしい怪我はなく、車もバンパーが変形したのと、フェンダーに傷がついただけで、走行に支障が出るような破損は無かった。
車にそれほどのダメージが無かった事で無事トークイベントに間に合い、そして新宿で聞いた谷中の昔の目撃談から始まり、今日起った出来事で話のネタも確保したのだった。
もちろん今日のギャラは、車の修理代で大きく足が出ることになったが。
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そしてトークイベントでこの話をしたすぐ後、同席していた地元出身のテラーがステージの上で俺の話を補足してくれた。
七曲に現れると噂されるあの白いワンピースの幽霊は、あの場所で事故に遭って亡くなった女性なのだそうだ。
走り屋だった彼氏の助手席に乗り、タイヤから煙を上げるほど猛スピードであの七曲のカーブをドリフトしながら攻めている途中、あの道路の真ん中に立っている曰く付きの木に接触しスピンしてしまった。
そしてその衝撃で開いてしまった助手席のドアから放り出された彼女は、そのまま道路脇のコンクリートの法面に激突して亡くなったらしい。
その後、その女性の幽霊が出るという噂がちらほらとあるのだという。
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ともあれ、その地元テラーの援護射撃により、尻切れトンボになることもなく無事語り終えた俺は、ステージが終わった後で彼にお礼を言った。
「いや、すみませんでした。本当につい今しがたの出来事でしたから、最後をどう締め括るかまとまっていなかったので、お話し頂いて助かりました。」
「いえ、あの事故は十年以上前だったんですが・・・彼女の幽霊は未だあそこに出るんですね。」
「彼女の?あなたもあの幽霊に出会ったことがあるんですか?」
すると彼は寂しそうに微笑んだ。
「いいえ、そのスピンした車を運転していたのが僕でしたから。」
…
◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
やっと鬼のように暑かった夏も終わる兆しが感じられるようになってきました。
飯縄、戸隠方面へは時折足を運ぶのですが、今年は紅葉の時期も遅くなりそうですね。
この話に登場させた七曲の曰く付きの木は、最近切られたという話を聞いたのですが、本当なのでしょうか。
切った人は大丈夫だったのかな。