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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その八~

中編6
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「エターナルチェイン」~ある怪奇譚その八~

半年後、一通の手紙が、僕の元に届いた。

「私達は元気です」

という始まりで、簡潔に近況が書かれた手紙には、写真が一枚、同封されていた。

どこかの、花畑。咲き乱れるバラを背景に、ベンチに腰掛ける若い女性の姿…絢爛な空間で微笑むその女性の腕には、白い布にくるまった赤ん坊が抱かれている。

名前は智英(ちえ)といい、女の子だそうだ。

何故、僕の元に送って来たのか、子供の父親にも同様に送っているのかは分からない。

ただ…彼女達の健やかな姿に、僕は安堵を覚えた。

あの日、階段から転げ落ちた僕は、想像していたよりもずっと、軽いダメージしか負っていなかった。

全治二か月…脳震盪と、足にひびが入っているだけ。

そして、意識を失っていた僕を運んだのは、二人組の女性だったと…目が覚めた時、主治医に言われた。

ベッドの傍らには、自分のショルダーバッグが置かれていたが…中身は、割れたスマホと空の水筒だけで、いつも入れていた筈の、これまでの取材の記録が書いてあった手記は、バッグの中から消えていた。

…きっと、女性達が持って行ったのだろう。今更、返して欲しいとは思っていない。

全て、知られないようにと…そういう事だろう。

それにしても、親切な人達だ。

僕が眠っている間に、彼らは、入院や治療諸々の手続きに加え、僕のアパートの大家に、長期不在の連絡までしてくれていたのだから。

「喜代田さん、入院費の事は気にしないで。こちらで全て処理済みなので…」

笑顔で僕に話す主治医の胸元には、大小二つの花を象ったブローチが飾られていた。

入院費を肩代わりしてくれたのだから、本来なら喜ぶべき事だが…僕は話を聞いて以降、微弱な拘束をされている感覚に囚われ続けた。

何て言うか…心地よさ抜群の寝具の上で、お気に入りの映画を見ながら好物の食べ物を嗜んでいるのだが、その周囲には、頑丈な格子の囲いがあって、外には出られない。

出るには、享受している快楽を全て放棄する、というリスクを負わなければならない…そんな感じ。

「さしずめ…聖書の中の、楽園と失楽園、って所かしらね」

お見舞いに来たシマコさんが、そう呟いた。

僕がこの病院に搬送された、と若い女性から連絡があったそうで、僕が退院するまでの間、シマコさんは、頻繁に様子を見に来てくれていた。

母親だと勘違いされる程、病院でのシマコさんは献身的だった。不安定で、感情に従順な姿は次第に成りを潜め、うわ言みたいに呟く僕の弱音を、相槌を打ちながら静かに聞いてくれたりもした。

そして…いつも聞き終わると、落ち着いた口調で、否定でも肯定でもない言葉を、一言二言返してくれた。

そういえば、僕がこれまでやってきた事を、間違いだとか正解だとか…シマコさんは一切言わなかった。ただ、一緒に真相を求めてくれる人を探していただけで…僕は、必要以上に答えを求めすぎていたのかも知れない。

一見、危なっかしく見えたけど…実際は、シマコさんはずっと僕を見守っていたのだろう…気付くと同時に、自分の無知と好奇心が憎くなる。

「じゃ、また来るからね。ちゃんと寝るのよ。クマが酷いから…」

病室の洗面の鏡をまじまじと見ると、確かに、目元にどっぷりと濃い影が出来ていた。

意識が戻って以降、ぐっすり眠れた試しは無い。

病院だから、と言うのもあるが、あの微弱な拘束感が常に纏わり付く感覚がして…それも、個室に一人でいると、なお一層強く感じていたからだ。

弱音も溜息も増え…これじゃあエターナルチェインの会員と変わらないじゃないか、と冗談交じりに呟いたことに恐怖し…看護師に勧められた眠剤も、まともに飲めなかった。

だが、そんなフラフラな心身でありながら、鏡に映る自分の目…その暗がりの奥にある眼球だけは、光っていた。

僕の中にはまだ、生きる力がある…

その日を境に、僕は、全てを受け入れると決めた。

「喜代田さん、あんた良かったねぇ。彼女さん、素敵な人だったわよ…礼儀正しくて」

退院後、アパートに戻るなり、僕は大家さんに声を掛けられた。大家さんが、彼女と勘違いするくらいに、こちらも献身的だったようだ。

一体、誰なんだろう。…知る由も無い。

三滝は、あの後みのりちゃんと一緒に姿を消して以降、一度も関わりが無いし、シマコさんでも無い。

思い当たる節がどこにも無いまま、あっさりと、日常は戻って来た。僕が、ネット上で情報を集める事も無ければ、見知らぬ誰かに会って、話を聞き出す事も無い…何事も無く、一日が過ぎていくだけだ。

でも、それは…僕が生きる事を諦めていない証で、写真の奥で微笑むみのりちゃんと智英ちゃんも、同じだろう。

色とりどりのバラに囲まれ、存在する二人は…ようやく、心安らかに居られる、自分の意志で作り上げた”楽園”を手に入れたのだ。

「カツ君!何…怪我してたの!?」

久しぶりに訪ねてきたミユカが、想定外の大声を出してうろたえる。ミユカは、特定のパートナーじゃないし。それはミユカにとっての僕もそうだろう。流動的な、都合の良い相手…

でも、今の自分の中では、何だか、そんな考えが、過去形になりつつあった。

「ねえ、一緒に住まない…?ここを出て、一緒に暮らせる所、探そうよ」

「どうしたの急に…まあでも、いいね。それ!」

結婚とは地獄…なんて、ある人はいうけど、ある意味正しい。

永遠に続くかなんて分からない。いつか破綻が訪れるかも知れない。お金も心も消費して、ボロボロになって、でも、気持ちの部分で繋がれていて…誰かの伴侶として尽くして、人生を終える。

皆が望む楽園とは、ほど遠い。

けれど…営む、ってそういう事だろう。ムリして良い夫婦を続けているより、ずっと生きている。

誰が決めるでもない。自分で決めていくんだから。

§

「もしもし…ご無沙汰してます」

「ええ、久しぶり。…その後、どう?」

「滞りなく、運営していますよ…まったく、貴方って人は、分かりにくい方法で…」

「仕方ないわ。…社長にも、社員にも実情は明かせなかった…信用問題だもの」

「最重要機密事項ですものね、完了ボタンを押すだけの簡単な作業が、まさかこんな事に繋がっているとはね…勝手に絶望して損した」

「ごめんなさいね、でも…着実に進んでいるのね。良かったわ」

「…大丈夫なんですか?貴方は」

「え?何が?」

「ここまで誘導するのに、色々と嘘をついたでしょう。…どこかで遭遇するような事は…」

「そうねえ…考えないとね、妊婦の勧誘は…やり過ぎたかな?」

「…頭のどこをひねれば、あんな発想が出てくるんですか!ほんと…何考えてるのか…」

「情報操作は大事よ。人はね、不気味だと感じたその瞬間から、本能で引き下がろうとする…でも、予想外だったわ。彼の行動は…」

「…ねえ、これからどうするの?いたちごっこを続ける気は無いですよ…今も、入会待機者で溢れてるんですから」

「大丈夫。プランはちゃんとあるから…君はそれに従って…ボタンを押すのよ」

「…また事務作業ですか…」

心を奪われた。この組織に足を踏み入れた、その時から。

人並みに恋愛はしてきたけど…今回ばかりは違う。理想に則った人生設計なんて下らない。

私は、彼女と、彼女が成す全てに、自分を捧げる。

例え、落ちる事になろうとも…

落ちるなら一緒に。

「教えてください、ユキさん」

Concrete
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