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長編10
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ハロウィンの狐面

事の発端は去年のハロウィンの日だった。

小学校五年生のある男子児童が、叔父さんから貰ったと言ってラバー素材で出来たゴリラのフェイスマスクを学校に持ってきたのだ。

昼休みにそのフェイスマスクを被り、教室で騒いでいるところを担任教師に見つかり、こっぴどく叱られた。

しかしその男子児童は、世の中の人達が街中で楽しみ、両親も職場でハロウィンの仮装や化粧等で楽しんでいるのに、小学生の自分達が授業中はともかく昼休みや放課後に友達と楽しんで何が悪いのだと逆に食って掛かったのだ。

そして六年生の今年、昨年の教師の言い分への反抗、そして小学校最後の年ということもあったのだろう、クラスの多くの児童達が昼休みに先生には内緒で仮装大会をやろうと画策したのだ。

そうなると、先生にその目論見をチクる児童が必ずいる。

今年から六年生を受け持った担任の麻沼こずえはそれを知って悩んだ。

学校は遊ぶ場所ではないという理屈は間違っていると思うし、折角子供達が自主的に何かやろうとしていることを一方的に潰すのは、絶対にしてはならないことだとも思う。

その一方で、家庭の事情でその準備ができない子もいるだろうし、当日予想外に羽目を外す子も出てくるかもしれない。

そして校長先生と相談した結果、学校行事として認定することにした。

卒業記念イベントの一環と位置付けて六年生限定とし、その日の授業は先生を含めて仮装で行うことにしたのだ。

家庭の経済的な都合などで準備できない子供についても、当日の朝に先生達が絵具で顔にメイク等を行うことで全員が参加できるようにした。

まあ、公立の小学校としては大英断だと言えるだろう。

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「はい、じゃあ猫娘さん、次のページを読んで。」

女王様マスクをつけた麻沼先生に指名された猫娘姿の女の子は立ち上がって教科書を読み始めた。

授業内容はいつも通りだが、仮装した教室のみんなは楽しそうだ。

仮装に従って普段とは違う名前やニックネームで呼び合い、非日常を楽しんでいる。

ところが、その日の昼休みだった。

給食を終え、麻沼先生は昨晩作ってきた小さなパンプキンパイをクラス全員に配った。

教卓の上にパイの入った箱を置き、みんながひとつずつ取っていったのだが、クラスの人数よりも無くなった数が一個多い。

余分を作ってあったので特に問題は無いのだが、誰かが二個取ったのだろうか。

しか麻沼先生はみんなが取っていくところを目の前で見ていたはずなのだが。

そして昼休み中にみんなで記念撮影をした後だった。

「あれ?狐がふたりいるぞ?」

麻沼先生をみんなが取り囲み、先生が撮ったタブレットのモニター画面を覗き込んでいた児童のひとりがそれに気がついた。

その声にみんなが一斉に教室内を見回したが、狐のお面を被っている子はひとりしかいない。

「よしあき、お前、よしあきだよな。」

よしあきと呼ばれた狐のお面を被った子はお面を頭の上にずらして顔を見せた。

「やっぱり。じゃあもうひとりは誰だ?」

モニターをもう一度覗き込むと、ひとりはトレーナーにジーパン姿で、それは間違いなくよしあき君なのだが、もうひとりは浴衣と思しき和服姿なのだ。

教室に和装の子はひとりもいない。

「先生、他の写真も見せてよ。」

全員で撮った写真は全部で三枚。

その三枚全てに和服姿で狐面の子が写っていた。

そして先生が写した他のみんながはしゃいでいる姿を写したスナップ写真にも何枚かその姿が写っている。

それらの写真全てが、教室の隅にある清掃用具入れのボックスの近くに立っている姿で、そのうちの一枚は手にパンプキンパイを持っていた。

教室のみんなの視線が一斉に清掃用具入れに向いた。

しかしそこには誰もいない。

麻沼先生は、きちんと確認しなければいけないと思い、そこへ向けてもう一枚シャッターを切った。

するとそこにはやはり狐面の男の子が写っているではないか。

「え~っ、これってオバケっていう事?」

クラス委員であり魔女姿のまなみが声を震わせながら先生に尋ねた。

もちろん麻沼先生も明確な答えを持っている訳がない。

このような経験などしたことがなく、どうしたらいいのか分からないし、正直、少し怖いのは間違いない。

しかし、教室にいる児童達が不安な顔をして自分を見つめている以上は、狼狽えた姿を見せるのは良くない。

「先生にも分からないわ。でも春から今日までこの教室で過ごしてきて何事もなかったでしょう?変に騒ぐとこの子を怒らせちゃうかもしれないからみんな普段通りに過ごしましょ。いいわね。」

そこでちょうど午後の始業のチャイムが鳴り、児童達は不安そうな表情のまま席に着いた。

案の定、午後の授業はみんな集中できない様子で、ちらちらと掃除用具入れの方に視線を送っている。

麻沼先生自身、そちらが気になって仕方が無いのだから児童達を咎めるのも気が引け、出来るだけ平静を装ってそのまま午後の五、六時間目を過ごした。

そして帰りの会の後、嫌がる掃除当番の子供達の為に、麻沼先生はわざと清掃用具入れの傍に立ち、心の中で(大丈夫、怖くない。大丈夫)と呟きながら子供達の掃除を見届け、子供達を見送ったのだった。

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*********

「田中さん、ちょっと相談があるんですけどよろしいですか?」

麻沼先生は子供達を送り返した後、校長先生と共に用務員室を訪れた。

今日の出来事について校長先生に相談したところ、この学校に最も古くからいる用務員の田中さんなら何か知っているかもしれないということになったのだ。

もう七十歳は超えているであろう田中さんはこの学校で三十年近く働いている。

しかし田中さんに今日の出来事を話し、写真を見せたのだが、田中さんは首を傾げた。

現在の鉄筋の校舎が完成したのと同時にこの学校の用務員として働き始めたが、この写真の姿からするともっと昔の子供ではないかと言うのだ。

確かにその姿は、ハロウィンというよりも昔の夏祭りに出かけた男の子という雰囲気であり、鉄筋の校舎に現れるには時代的に不釣り合いのような気がする。

「思うんだが、そのよしあき君という男の子は何で狐のお面なんか被ってきたんだろう。ハロウィンにはちょっと不似合いだし、この写真の男の子と同じお面というのは偶然なのかな?」

田中さんの言葉に麻沼先生は、校長先生と顔を見合わせた。

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**********

翌日、麻沼先生はよしあき君から詳しく話を聞こうと彼が登校してくるのを待っていたのだが、始業間際になって彼の母親から具合が悪いので休ませると連絡が入った。

何があったのかと聞いてもただ具合が悪いというだけで、はっきりと答えてくれない。

昨日の今日であり不安に思った麻沼先生は、校長先生にことわりを入れて授業を別の先生に代わって貰うと、よしあき君の家へと向かった。

以前、家庭訪問の時に訪れたことがあるよしあき君の家は、郊外にあるかなり大きな旧家だ。

対応に出てきた母親に突然の訪問を詫び、よしあき君に合わせて欲しいというと母親は顔を歪めて、たいしたことはないからとそれを拒んだ。

絶対に何かある。

そう感じた麻沼先生は、昨日の出来事を掻い摘んで母親に話をし、それと何か関係があるかもしれないと言うと、母親はしばらく沈黙した後、彼女を家へと招き入れてくれた。

具合が悪いと聞いていた為、床に伏せっているのかと思っていたよしあき君は居間に座っていた。

昨日の狐のお面を被ったまま。

「外れないんです。このお面が。よしあきの顔に貼りついてしまっているんです。」

母親はそう言うと泣き出してしまった。

昨日、よしあき君は狐面を被ったまま学校から帰宅し、母親にお面が外れないと訴えたそうだ。

母親が、そして仕事から帰った父親がいくらお面を外そうとしても、よしあき君が痛がりどうしても外せなかった。

同居する祖父の話によると、彼の父親、つまりよしあき君の曽祖父が子供の頃から大事にしていたお面らしい。

仏間に飾ってあったのだが、それをよしあき君が黙って持ち出したのだ。

なぜその狐面が外れなくなったのか、その理由は祖父も分らないと言った。

昨日よしあき君は朝からずっとお面を被っていたが、昼休みに一度お面を外して見せている。

それから帰るまでに何があったのだろう。

「よしあき君、昨日の昼休みからお面が取れないと気づくまでの間、何があったのか全部思い出して。」

麻沼先生の言葉に、よしあき君の両親、そして祖父は、黙って座っているよしあき君を見つめた。

その表情は全く分からない。

狐面が顔に貼りついたとはいえ、口は動かせるようであり、よしあき君は泣きそうな声で昨日のことを話してくれた。

昼休みに給食を食べる時、そして先生の作ったパンプキンパイを食べる時はお面を外したという。

そしてお面を着けてみんなと遊び、授業を受けたあとは、友達とはしゃぎながら学校を出たのだが、そこで急に顔が強張るような感じがしてお面を外そうとしたら外れなかったそうだ。

「放課後に友達と遊んでいる時に何か変わったことは無かった?」

麻沼先生の問い掛けに、首を傾げながら思い出せる限りの細かいところまで友達とのやり取りを話してくれたが特にこれと言って気に掛かるようなことはない。

麻沼先生は頭を抱えてしまった。

何かあるはずだ。

最初に狐面に和服姿の男の子の存在を意識したのはパンプキンパイを配った時、そしてその後クラスのみんなのスナップ写真や集合写真に写っていた。

その後、麻沼先生が掃除用具入れの写真を撮った時にもそこにいた。

しかしよしあき君はそれまで特に違和感がなかったのに、授業を終え、そして学校を出たところで顔に貼りつくような感じを覚えた…

学校を出たところで…

「よしあき君、お面を着けたままでいいから、今日これから先生と一緒に学校へ行きましょう。」

麻沼先生の言葉に両親は怪訝そうな顔をした。

「先生、どういうことですか?」

「そのお面の背景など細かい事は解りませんが、そのお面は学校が楽しかったんじゃないかと思うんです。」

麻沼先生の考えによれば、よしあき君が学校にいる間、和服姿の男の子はよしあき君と別に行動していて、その間よしあき君は狐面を外すことができた。

ところが、学校を出た途端に外れなくなったということは、その狐面はよしあき君に貼りついていればまた学校に来ることが出来ると思ったのではないかということなのだ。

「なるほど、先生の仰ることも一理ありそうですね。よしあき、先生と学校へ行きなさい。」

よしあき君のお父さんは納得した様子で、よしあき君に向かって頷いた。

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***********

麻沼先生の考えた通りだった。

先生と一緒に教室へ一歩足を踏み入れた途端に狐面が外れたのだ。

よしあき君が、顔から外れた狐面を麻沼先生に渡すと、先生はそのお面を教室の後ろの壁にある絵を描けるためのフックに掛けた。

こうしておけば教室が見渡せる。

クラスのみんなには、特に詳しいことは説明せずに、あの狐面には手を触れないようにとだけ注意した。

子供達は昨日のことがあった故だろう、特に何も言わずにハイと返事してくれた。

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そして放課後、子供達が帰宅した後で麻沼先生は、狐面をよしあき君の自宅へ戻そうと壁から取り、紙袋へ入れた。

その際にお面の裏に”銀二”という名前が墨で書かれているのに気がついた。

よしあき君の曽祖父の名前だろうか。

そして紙袋を手にして教室を出ようとした時だった。

がさがさがさ

紙袋の中で何かが動いた。

麻沼先生は驚くというよりも、やっぱりという表情を浮かべ眉間に多少皺を寄せて紙袋を外から押さえた。

「おとなしくしていてね。お家へ帰りましょう。もう学校は終わってみんな帰ったからね。」

紙袋に向かい、出来るだけ優しく、しかし多少震える声でそう話しかけると急ぎ足で教室のドアを開けた。

「あ・・・」

目の前に、あの和服姿で狐面を被った男の子が立っていた。

(カエラナイ・・・)

麻沼先生の頭の中で声が響いた。

(ガッコウニイル・・・)

どうすればいいのだろうか、恐怖心はもちろんあるが、学校に居たいというこの子の気持ちにどう対処すればいいのか麻沼先生は必死に考えた。

「麻沼先生!」

対処する方法を思いつかずにそのまま固まっていると、突然廊下の向こうから声が聞こえた。

振り向くと校長先生が小走りにこちらに向かって来ている。

「校長先生!あの、あの、あの狐面の男の子が…」

しかし目の前にいたはずの男の子の姿は無かった。

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***********

何かあると不安なため、校長先生に付き添って貰い、紙袋に入った狐面を持ってよしあき君の家へ向かった。

狐面は校長先生が持ってくれたが、昇降口を出る時にまた多少暴れ、校長先生はかなり驚いたようだが、そのまま小走りに校門を抜けるとお面は大人しくなった。

「爺さんの名は太一と言います。銀二って誰なんでしょう。」

よしあき君の父親が、狐面を外してくれたことに対する礼を述べた後、紙袋に入ったままのお面を前にして麻沼先生の話に首を捻った。

すると横で話を聞いていた祖父が話してくれた。

「昔、親父(曽祖父)から聞いた事がある。このお面は幼馴染の形見だと言っていた。」

その幼馴染の名を祖父は聞いていなかったが、おそらく銀二という名だったのだろう。

幼い頃から曽祖父と仲の良かった銀二は、尋常小学校の頃に肺結核に掛かり命を落としてしまったのだ。

元気だった頃に一緒に夏祭りへ行った思い出の品で、祖父がそれで遊ぼうとすると酷く怒られたそうだ。

「その銀二君は学校が好きで、病気になってからも学校へ行きたかったのね。」

麻沼先生のその言葉に一同はしんみりと頷いた。

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結局その狐面は、知り合いのお寺で桐の箱に入れられ、供養した上でそのお寺に納められた。

銀二君の為に学校に置いておけないかと言う話も出たが、学校内でその狐面のことをいつまでも伝えられるわけではないだろうし、万が一廃校になった場合にきちんと対処して貰える保証もない。

それ故に銀二君には申し訳ないがお寺で預かって貰うことにしたそうだ。

そしてこれ以降、狐面の男の子の姿を見た者はいないということだ。

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しかし、狐面の男の子の話がこの小学校の七不思議に加えられたのは言うまでもない。

◇◇◇ FIN

Concrete
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