子供の頃に流行った、実在の人物の話です。
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この『ストッキング姉さん』は、何故かずっとストッキングを頭から首まですっぽりと被って生活しているんです。
何度も見かけ、子供ながら「なんでストッキングをかぶるんだろう」と首を傾げていました。
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まぁ、ストッキングを被っているんで、彼女の顏は凄い事になって居ます。
顔の肉がストッキングで絞められ、変に目が釣り上がり、唇が押しつぶされて、頬肉も引き上がって、文字通り『顔面崩壊』を起こしてる。
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これで、車の運転も、スーパーでの買い物も『食事』も被ったままで行うんです。
地元民は絶対に彼女を視界に入れようとはしなかったし、近くに居たら全力で避けた。
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なんで食事の事まで知っているかと言うと。
母とこっそり三時のおやつをファミレスで~って事で、わくわくしながらパフェと当時まだ珍しかったドリンクバーで大人の真似して、砂糖だっくだくの紅茶を飲んでいました。
「パフェ美味しいね、お母さん」
「そーかー、オカンは帰ったら稲川さんのビデオ見るのが楽しみだわー。生き人形って言ってね、一番怖い話なんだって。宵も見ようね」
(これが母の通常運転……)
「……う、うん……(一人で見るのが怖いだけだ、絶対……)私、紅茶持ってくる」
「ジュース飲めばいいじゃないの、このおマセ」
「おマセって何?」
「知らんでいいよ、マセ宵」
「……?」
(なんか、このオマセって言う言葉が気になって、とてもよく覚えている)
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すると、禁煙席の方に例の「ストッキング姉さん」が座っていた。
お茶を作っている間中、ぼぅっと眺めていると彼女はストッキングをしながらポタージュスープをスプーンですくって口に運んでたけれど、ボタボタ落としまくっている。
意外とストッキングって吸水性は無いんですよね。薄い割に水分を弾くんです。
んで、トロッとしたスープがぼっとぼっと落ちる。
「……きたないなぁ……」
普通にそう思った。子供って率直ですよね。
でもよくよく見れば、他にもご飯やスパゲッティなどを頼んであるんです。
どうやって食べるのか、子供の私は気になった。
ドリンクバーの影からこっそり眺めていると、ストッキング姉さんがスパゲッティをフォークでクルクル巻いて口に運んだ。
ドキドキする。
どうやって食べるんだろ……。
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ストッキング姉さんはスパゲティをストッキングごと口に入れると、モゴモゴと暫く口の中で味を確かめてから、別の皿にペッと吐き出した。
ストッキングがスパゲティのケチャップで朱色に汚れている。
そしてまたコーンポタージュを食べる。
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なんか、見ちゃいけないものを見た私は、紅茶を持って母の所に戻った。
「なにしたの」
「ストッキング姉さんが居たの」
「ああ、あの変人。病気なのよ、病気。生きてりゃ人間、色んなことがあるのよ。色んなこと考えて、間違った答えに行きつく人もいるの。気にしない気にしない」
ずずっと母が私の紅茶を飲んで「淹れ方下手くそねぇ」と眉を顰めた。
私はそんな病気があるのかと、心底ビビッて、絶対大人になってもストッキングを被る病気なんかには掛からない様に気を付けようと堅く心に誓いました。
そんな病気、この世には存在しないんだれけど……(苦笑)
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今思えば。
あのストッキング姉さんは「拒食症」などの摂食障害、または「醜形恐怖症」だったのかも知れないと思っています。
食べると太る。でも食べたい。でも食べたら……と言う無限ループの打開策としてストッキングを被り、食べ物を口に入れても間違って飲み込まない様にとガードしていたんじゃないか……と。
あの口の中のモゴモゴとした動きは「噛んでる」ようには見えなかったので。
幾らストッキングでも、噛めば破れると思うし、そこは気を付けていた気がしてなりません。
そして今現在も、地元には「ストッキングおばさん」と名が変わった彼女が暮らしています。
作者宵子
世の中の変わった人の話。
ある意味、悲しいし、怖い。