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武蔵美に通っていた、若いカップルの話だ。
リョウとミツコのカップルは二人とも武蔵美に通い、プロダクトデザインや彫刻を学んでいた。
学生向けのコンペティションに入賞するなど、二人は学内では顔を知られた存在だった。
リョウとミツコは大学四年次の夏に突如、同棲期間も無いまま、学生結婚をした。
出来ちゃった結婚だった。
二人は結婚を誰にも相談せず、決めた。
二人は半分ずつ金を出し、東村山のアパートの一室を借りた。
リーマンショックから丁度一年が経つ頃だった。
美大生の就職難は凄まじく、同級生の三人に一人は就職が決まらなかった。
リョウも例外では無かった。
職が決まらずリョウは派遣の道も視野に入れ、就職活動を再スタートしていた。
一方、ミツコはアルバイト等をしつつ残り少ない大学生活を送っていた。
この時期、同級生は構内でキャスターをふかすミツコの姿をよく見かけたという。
*
秋が深まる頃から、ミツコは段々と帰りが遅くなっていった。
ミツコのお腹の膨らみは大分、目立ち始めていた。ミツコの身体は不思議な色香を放っていた。
体調を心配したリョウが帰りが遅い理由を尋ねると、ミツコは「卒制のため」と答えたという。
「具体的に何をーー?」
「内緒」
度々、ミツコが手元のぐにゃぐにゃとした物体にアクリル絵具で色を塗る姿を目にした。
物体を覗き込もうとすると、ミツコは「駄目」と言った。
ミツコには秘密主義者的な部分があり、自分のことについては多くを語ろうとはしなかった。
*
カレンダーの月が変わり、東京に初雪が降った日。ミツコは朝まで帰って来なかった。
窓から薄明かりが差し込む。
(何処で、何をしているのだろう)
ソファでリョウは、ミツコの帰りを待ち続けた。
鍵が開いた。
お帰り。
「ただいま」とミツコは答えた。
ミツコの履くマタニティデニムの内腿の部分が濡れていた。
「誰と一緒に居たの?」
ミツコはキャスターに火を点け、ぷっくりと膨れた唇に挟み、ふかした。
「疲れたわ」
「疲れた?」
不意にミツコは鞄から沢山の彫刻刀を取り出し、机の上にばらばらと広げた。
刃の部分は血の色に染まり、錆びていた。
縮れた毛が、何本が張り付いている。
「これは?」
ミツコは答えず
「とても悲しい話だけどーー。私には分からないの」
と言った。
ミツコは引き出しを開け、中からアクリル絵具を塗り、作った“オブジェ”を取り出した。
“オブジェ”は十五個近くはあった。
「一番左は小学五年生の時、小さかった私に手を出した担任教師のペニス。その隣は小学六年生の時に付き合った、当時中学三年生だった彼氏のペニス。その隣は中学二年生の時に一度だけデートして、ヤッて別れた彼氏のペニス......」
ペニスに厚塗りされた赤や黄のアクリル絵具は、所々ひび割れていた。
「一番右は私の叔父さんのペニス。......私が“お気に入り”だったみたい。本当はもっと沢山、ペニスに触れて来たはずだけどいま手元にあるのはこれだけーー」
ミツコは「貴方のペニスと、他の人のペニスは何処が違う?」とリョウに訊いた。
「......例えば、この右から二番目のペニスと貴方のペニスはよく似てる。亀頭の膨らみ具合とか......。アクリル絵具で同じ色に塗り潰したら、どっちがどっちか分からなくなりそう」
“聞きたくない”
リョウは心の中で呟いた。
「朝から晩まで、赤ん坊がお腹をどんどん蹴るのよーー」
ミツコは手のひらに黒のアクリル絵具を広げ、リョウの顔を掴み両頬を撫でた。
チャックを開け、リョウのペニスを握る。ペニスがアクリル絵具の黒に染まる。
ミツコはリョウのペニスを口に咥え、呻いた。
*
大学を卒業したリョウは葬儀屋に就職し、会場の設営・飾り付けやフラワーアレンジメントを担当することになった。
半年後、ミツコは出産した。
生まれた男児の肌には異様な黒斑が広がっていた。
そして、生まれた男児の右目は生まれつき潰れていたという。
作者退会会員