これは、僕が小学6年生の時の話だ。
いきなり話が過去に戻ってしまい、申し訳無い。
季節は夏休み。
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揺れる提灯の灯。
鼻を擽る香ばしい香り。
流れる様に動いている人の波。
ここは夏祭りの会場。
僕は、友人の薄塩、その姉であるのり姉と共に夏祭りをエンジョイしていた・・・・・・
筈だった。
「・・・何処なんだ此処は。」
呟いてみても、当然の如く誰も答えてくれない。
初めて来る祭りなので、自分が何処にいるのかも分からない。
「二人共、確かにさっきまで直ぐ近くに居たのに・・・。」
周りを見渡すが、薄塩の薄青いシャツものり姉の浴衣の矢車草も見付けられない。
僕は大きく溜め息を吐いた。
「来年は中学生になるのに、僕とした事がーー」
迷子に、なるなんて。
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・・・・・・・・・。
暫くその辺をうろうろと歩き回ってみたのだが、一向に二人は見当たらない。
連絡を取りたいと思っても、僕は携帯電話を持っていないし、第一、のり姉の携帯の番号を知らない。
迷子センターらしき所も無いし・・・。
どうしたものだろう。
歩き疲れて足が痛い。
きっと下駄何て履いているからだ。
スニーカーにしておけば良かった。
「何処かで休むか・・・。」
人混みの中で立ち止まっていては迷惑だろう。
僕は、休む為のベンチか何かを探して、また歩き始めた。
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・・・・・・。
おかしい。
あの屋台は確かにさっき通り過ぎた筈だ。
・・・うん。あの禿げたオッサン。間違い無い。
此処はさっきも通った。
知らぬ間にグルッと一周して元の場所に戻って来たのだろうか。
いや、それは有り得ない。
ずっと真っ直ぐ歩いて来たのだから。
足の指からはそろそろ血が滲みそうだ。
僕は邪魔にならぬ様、道の端に移動して、今自分が置かれている状況について考える事にした。
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まず考えられるのは
・単に僕の勘違いで、此処はさっきとは違う場所
・知らない内に元の場所に戻っていた
の二つだ。
だが、先程考えた様に、それは有り得ない。
と、したら・・・・・・。
「化かされているのか?・・・そんな馬鹿な。」
思わず、自分で自分につっこんでしまった。
「・・・調べてみよう。」
街路樹にハンカチを結び付ける。
本当に同じ所をグルグルと回っているのなら、またこのハンカチのある場所に辿り着くはずだ。
「・・・あと、もう一頑張りだ。」
僕は重い足を引き摺りながら、歩き出した。
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・・・・・・。
「嘘だろう・・・?!」
目の前には、ハンカチが結ばれた街路樹。
僕はいよいよ途方に暮れてしまった。
もう歩く気力も無い。
道端にベタッと腰を下ろす。
一体どうなっているのだろう。
二人との合流どころか、無事に帰れるのかさえ、分からなくなってきた。
溢れそうになる涙を隠す為、僕は自分の膝に顔を埋めた。
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その時だった。
「お久し振りですね。」
ポン、と誰かに肩を叩かれた。
振り返ると其処には、
此方を覗き込む、着流しを纏い、狐面を着けた一人の青年。
「一年振りですね。鈴模様の坊っちゃん。」
面を外す。
その下には、赤い線の引かれた涼しげな目。
「・・・お面屋さん。」
僕が言うと、お面屋さんはコクリと頷いて見せた。
「覚えていてくれましたか。良かった。内心《お前は誰だ》何て言われたらと、ヒヤヒヤしていたんです。」
彼はお面屋さん。・・・まあ、詳しくは《祭囃子に狐面》を読んで欲しい。
「・・・どうして僕と分かったんですか?」
今日僕は、鈴模様の甚平を着ていない。
お面屋さんは、目を細めながら言った。
「・・・簪、着けてくださってるんですね。」
「・・・成る程。」
頭に手をやる。
チャリチャリと簪がなった。
「私の作った品で、世に出た第一号ですから。覚えていますよ。」
ふふふ、とお面屋さんが笑う。
そして、ぐるりと辺りを見回した。
「ところで、何故この様な所に独りで?」
「いえ。実は薄塩達とはぐれてしまって。」
何故かループしている事は、伝えなかった。
・・・信じて貰えるとは思えないし。
すると、お面屋さんは、少しだけ困った様な顔をした。
「いえ、そういう訳では・・・。」
僕は困ってしまった。
「じゃあ・・・・・・?」
お面屋さんは、それには応えずに暫く考え込んでいたが、軈て此方を見て言った。
「・・・取り敢えず、私の屋台へ行きませんか?お嬢様達、祭の時はいつも寄って行って下さいますし、ひょっとしたら、会えるやもしれません。」
「でも・・・。」
僕の言葉を遮ってお面屋さんが続ける。
「何、捕って食いやしませんよ。それに、こんな所にたった独りで放って置く訳にもいきませんから。」
確かに此処にいる訳にもいかないな。
僕は、お面屋さんの御厚意に甘える事にした。
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「ちゃんと後に着いて来て下さいね。」
そう言って、お面屋さんは歩き始めた。
右の路地へと曲がり、数メートル歩く。
そして、一つ先の路地を左に。
これでは、元の道に戻ってしまう。
路地を抜けた。
其処には
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全く別の道が、広がっていた。
「・・・え?!」
思わず声を上げる。
お面屋さんが、にっこりと微笑んだ。
「戻れた様ですね。」
そして今度は、此方を振り返った。
「ほら、着きましたよ。」
「え?」
そして僕が振り向くと、
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オレンジ色の光を放つ屋台が出現していた。
「ええ?!」
絶対さっきは無かったのに!
驚きのあまり固まっている僕の袖を引き、お面屋さんは屋台へと向かった。
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屋台の椅子に座りながら、僕はぼんやりと屋台に並ぶ商品を見ていた。
お面にアクセサリーに万華鏡。
何なのかは分からないが、綺麗な色の液体が入っている小瓶も売っている。
「退屈ではありませんか?」
「・・・・・・ひょえっっ?!」
いきなり話し掛けられて、驚いてしまった。
横を見るとお面屋さんがクスクスと笑っている。
「済みません。驚かせてしまいましたね。」
「い、いえ、此方こそ。御免なさい。」
お面屋さんが、小さく溜め息を吐く。
「手伝いか何かをして貰おうにも、こう閑古鳥が鳴いていては・・・・。」
確かに、客が来ない。というか、路地に人が入ってこない。
だが、それを此処で言ってしまうのは流石にマズイだろう。
僕は咄嗟に話を変えた。
「えっと・・・此処って、正確には何屋なんですか?色々な物が売っていますけど。」
僕は勝手にお面屋さん等と呼んでいたが、実はこの屋台、お面は数個しか売っていない。
お面屋さんは、悪戯そうに笑った。
「さあ、何屋でしょう・・・商品をよく見て、考えてみて下さい」
「えー・・・?」
言われた通り商品を見てみる。
先ずはお面。全部紙製の様だ。猫や狐等の動物がモチーフになっているのが多い。
アクセサリー。和風の物が多い。
万華鏡。小さな物から大きな物迄多種多様にある。
謎の小瓶。・・・何なんだろうこれ。
「・・・分からないです。ヒント貰えますか?」
ふむ、とお面屋さんは口元に手を当てた。
「・・・そうですね。それでは二つ程。まず、此処にある商品は皆、程度は違えど同じ事に使います。次に、此処の商品は、貴方やお嬢様に深く関わっています。いや、お嬢様には必要無いですね。」
「僕達に関わっていて、尚且つのり姉には必要無い・・・?」
僕は暫く考えていたが軈て、ある事に気付いた。
だが、この人が知っている筈無いし・・・。
「・・・分からないです。」
お面屋さんはニヤッと笑った。
「おや、分かりませんか?」
コホン、とお面屋さんが咳払いをする。
指差しながら、説明をしてくれる。
じ「例えば、面。これは祭等でおかしな物に目を付けられない様にする為の物です。アクセサリーには天然石を使っています。・・・もう、お分かりですね?」
「・・・心霊系ですか?何で関係あるって知って・・・。」
僕の質問には答えずに、お面屋さんは言った。
「昔話を、しましょうか。」
・・・・・・。
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私が小学生の頃の話です。
私の曾祖父が亡くなりまして。
その葬儀の時の事だったんですけれど。
正直な所、曾祖父とは数える程しか会った事が無かったので悲しくも何とも無かったんです。
今考えると、薄情な子供ですね。
庭にある梅の大木が、丁度盛りでしてね。
木の上に登ると、甘い香りに包まれてそれはそれは心地が良くて。
つい、そのまま眠りこけてしまったんです。
起きたら辺りは真っ暗で。
しかも、誰も私を探していないんです。
気付かなかったのか、わざと放置していたのかは知りませんがね。
まあ、何はともあれ木から降りようとおもったんですが・・・。
一つ、おかしな事に気付きましてね。
周りが、やけにはっきり見えるんです。
月も星も出ていないのに。
薄闇の中に浮かび上がる様にして家や庭が見えるんです。
気味の悪い光景でした。
何だか怖くなってしまいましてね。
早く降りようと下を向こうとしたんですが、その時、下から何かの音が聞こえて来たんです。
どんな音か?そうですね・・・
「ギャワギャワ、ギャアギャア」
と、こんな感じでしたね。
赤ん坊と烏を足して割った様な。
音というより、声に近いですかね。
怖くて怖くて。
下を見れなくなってしまいました。
・・・けれど、梅の咲く季節です。
どうにも寒くて。
その内、我慢が出来なくなって、降りようとまた下を向いたんです。
けれど、見えないんです。
いや、見えないのとは違いますね。
闇が見えているんです。
木にまとわりつく様に、闇が蠢いているんです。
「ギャアギャアギャワギャワ」と声を上げて。
恥ずかしい事に、固まってしまいました。
もう、どうすればいいのか分からなくて、涙まで溢れて来て。
・・・・・・そうして降りられずにいると、縁側に、一人の女の子が扉を開け出て来たんです。
私はその子に、必死で助けを求めようとしたのですが・・・。
声がどうしても出ないんですよ。
そうこうしている内に、女の子は部屋へ帰ってしまって。
ああもう助からないんだ、と思いました。
でも、その子は直ぐに戻って来たんです。
手には、大きな弓を持っていました。
足の下では、まだ
「ギャアギャアギャワギャワ」が続いています。
女の子が其処にむかって弓を構えました。
ですが、その弓には矢が番えられていないんです。
そして、女の子はそのまま弓の弦を引っ張って、弾きました。
矢が番えられていないのに、
ヒュッッ
と風を切る音がしました。
弓の端に付いている鈴が、
チリン、
と涼やかな音を鳴らしました。
そうすると、どんどん周りが見えなくなって来たんです。
暫くすると、自分の手すら見えなくなりました。
「もう、降りて来ていいよ?」
下から声がしました。
「もういないから。てか、早く降りて。寒いし。」
さっきの女の子の声だと思いました。
泣きながら木を降りて、女の子にお礼を言おうとしたんですが・・・。
「あ、あの・・・。あの、あの・・・。」
何も言えなかったんですよね。
怖かったのと助かったのが嬉しかったので。
女の子は眠そうに欠伸を一つして、
「もう寝よ。疲れたよ。」
と、言って、さっさと戻ってしまいました。
一人になるのが怖かった私は、急いでその子の後についていって部屋に戻りました。
後で分かった事何ですが、その子は、お得意先のお子さんで、わざわざ泊まり掛けで葬儀に来て下さっていたそうです。
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・・・・・・。
そこまで言って、お面屋さんはにっこりと笑った。
僕が
「その女の子って・・・。」
と、言うとお面屋は大きく頷いた。
「はい。○○(薄塩の名字)のお嬢様です。」
「・・・のり姉。凄い。」
僕は思わず、感嘆の声を上げた。
お面屋さんは続ける。
「だから、お嬢様や薄塩君が、《見える》というのは知っているんです。」
・・・あれ?
「・・・じゃあ、僕の事は?」
クスリとお面屋さんが笑う。
「此処に来られたのですから。見えないという事は無いでしょう?」
「それって・・・・・・?」
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「さあ、どういう事だろうね?」
何時の間にかのり姉達が横に来ていた。
「「うわぁぁぁぁっ!!」」
僕とお面屋さんはほぼ同時に声を上げた。
え?何でお面屋さんが?
僕がお面屋さんの方を見ると、
「え、あの、今晩は。お、お久し振りですね。」
噛み噛みだ。
しかも顔が真っ赤だ。
のり姉が悠然と微笑む。
「久し振り。コンソメ君預かってくれてたの?ありがとねー。」
お面屋さんが、更に顔を真っ赤にした。
「いえ・・・そんな・・・。」
のり姉が、此方を向いて声を掛けてくる。
「ほら、コンソメ君帰ろ。迷い込んじゃうなんて、災難だったね。」
僕はボケーっとしていたのだが、慌てて
「はい!」
と返事をした。
薄塩がニヤリと笑う。
「迷子の迷子のコンソメ君、無事に見つかって何よりだね?」
「五月蝿い。」
立ち上がり、お面屋さんに一礼。
すると、いきなりお面屋さんが手を出してきた。
「はい、これ。」
「え?」
手を出す。
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ポトリ
手の上に落ちてきたのは、ビー玉を少し大きくした位の穴の空いた硝子玉だった。
透き通った青い地の中に、白い花が咲いている。
「百合の花・・・?」
「とんぼ玉ですよ。綺麗でしょう?どうぞ。」
僕は困ってしまった。
「はい。とても。・・・ですけど、何で・・・。」
「あげたくなったから。ですかね。」
お面屋さんは、薄く微笑んだ。
「着物、とても良く似合っていますよ。お婆さんのお見立てですか?」
僕は頷いた。
ついでにいうと、柄は紺色の地に縦縞。裾には青で筆で書いた様な線が引いてある。
帯は・・・忘れた。
選んだのは矢張祖母だ。
「貴方のお婆さんとは、気が合いそうです。」
うんうん、とお面屋さんが頷いた。
僕は、持っていた包みを差し出した。
「とんぼ玉、有難う御座います。これ、どうぞ。稲荷寿司です。そこの屋台で、買った物ですが。」
お面屋さんは嬉しそうに笑った。
「前にも、こんなやり取りをしましたね。」
のり姉が
「行くよー。」
と声を掛けて来る。
気が付くともう路地の外にまで歩いていた。
このままではまた迷子になってしまう。
「さようなら。鈴模様の坊っちゃん。」
僕は走りながら、声を上げた。
「コンソメでいいです。それでは、さようなら。また何処かで。」
路地を抜けると、後ろからお面屋さんの声が聞こえた
「私は木葉と言います。良かったら、また話に付き合って下さい。」
僕が応えようとして後ろを振り向いても、其処には屋台も木葉さんの姿も無かった。
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「ほら、コンソメくーん。行ーこー。」
「また迷子になっても知らないからなー。」
のり姉と薄塩の声が聞こえる。
僕は、まだ少し痛む足の指を気にしながら、二人の元へ走り出した。
作者紺野
どうも。紺野です。
いきなり話が小学生時代に戻ってしまい、申し訳ありません。
木葉さんの事を書くのをすっかり忘れていました。
実は結構会っているし、色々と一緒に巻き込まれてもいるんです。
あ、《木葉》というのは本名では無く仕事で使っている偽名だそうです。
本名は僕も知りません。
話はまだまだ続きます。
良かったら、お付き合い下さいませ。