これは、僕が高校1年生の時の話だ。
季節は秋。
《無花果、野葡萄、烏瓜》の後編なので、未読の方は一度前編を読む事をお勧めする。
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・・・・・・・・・。
帰りの車の中、僕は両親に電話を掛けていた。
「・・・ああ。もしもし母さん?うん。ちょっと今日友達の家に泊まることになって。
・・・・うん。うん。ごめん。ごめんてば。いやいや、それは無理。明日、日曜日だし。・・・分かった。分かったから。じゃ。」
プツリ
電話が切れた。
「御両親、何て言ってました?」
木葉さんが聞いてきた。
僕は軽く笑顔を作って見せた。
「カンカンでした。」
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・・・・・・・・・。
・・・あの後、僕が木葉さんに事情を詳しく説明すると、木葉さんは少し考え込んだ後、こう言った。
「・・・残念ながら、今日はこのまま帰す訳にはいかなくなりました。」
「それって・・・・・。」
僕が聞くと、木葉さんは険しい顔をして答えた。
「・・・今、君を家に帰すのは危険すぎます。今晩は、私の家に泊まっていって下さい。」
そして、小さく舌打ちをする。
「あの変態・・・・!全く、面倒な事を・・・!」
申し訳無くなって、木葉さんに向かって頭を下げる。
「・・・ごめんなさい。言い付けを守れなくて。」
そして、迷惑を掛けて。
今更になって気付いたが、僕は木葉さんと兄弟でも何でも無いのだ。
それを、さっきはあんなに泣き喚いて、今度は・・・。
甘ったれているにも、程がある。
急に自分の餓鬼臭さが鼻に付いた。
また涙が出そうになって、下げた頭を上げられずにいると、木葉さんが
ポフッ
と、僕の頭に手を乗せた。
頭の上から声が降ってくる。
「弟を守るのは、兄として当たり前の事ですよ。」
心の中を見透かされていた様で、ハッとする。
僕がお礼を言おうと顔を上げると、木葉さんはお面の上から顔に手を当てていた。
・・・あ、恥ずかしいんだ。
「お面を被ってるなら・・・手、いらない様な。」
「え(;゜∀゜)」
木葉さんが分かりやすく動揺した。
僕は思わず噴き出した。
「え、あっと・・・と、取り敢えず帰りますよ!」
先を歩き出した木葉さんの後を、僕は小走りで追った。
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・・・・・・・・・。
というのが今から約10分前の出来事。
で、今は木葉さんの家へと向かう車の中。
「・・・そろそろ、着きますね。」
木葉さんが小さく呟いた。
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・・・・・・・・・。
「おぉぉ・・・。」
暗闇の中から浮かび上がる様に建っている屋敷を見て、僕は感嘆の溜め息を洩らした。
やっぱり凄い家だなぁ。
「大した事無いですよ。古いだけですから。」
木葉さんは恥ずかしそうにそう言ったが、この家が古いだけの大した事無い家ならば、僕の家なんてただの犬小屋だと思う。
「・・・ほら、行きますよ。」
門を潜り、石畳の上を歩く。
「・・・あの、お祖父さんには何と・・・?」
僕が聞くと、木葉さんは平然と答えた。
「別に何とも?」
「え?」
「ジジィなら今頃、山梨でほうとうでも食べてるんじゃないですか?」
心なしか不機嫌な様子で木葉さんが言った。
というか今、ジジィって言った!?
「まあ、バレたらその時はその時ですよ。事態が事態ですしね。」
なんか投げやりだ。
・・・やっぱり木葉さん機嫌悪い?
「・・・夕食、食べ損ねちゃいましたね。何か作りましょう。・・・手伝ってくれますか?」
あ、やっぱりそうでも無いらしい。
僕は少し安心しながら、大きく頷いた。
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・・・・・・・・・。
台所で夕食の用意をしていると、木葉さんが呟く様に言った。
「・・・凄いですね。」
「・・・・・・・・え?」
僕が聞き返すと、木葉さんはなぜか慌てた。
「え、いや、・・・手際がいいなと思っただけです。はい。」
手元を見ると、木葉さんと僕では切るスピードが段違いな事に気付いた。
「・・・料理は、御両親に?」
どこか寂しげに木葉さんが言った。
僕は答えた。
「いえ。のり姉に。」
「ああ!御嬢様から教わったんですか!」
いえ、違います。
無理矢理作らされてる内に上達したんです。
・・・まぁ、夢を壊すのも何だから、言わないけど。
僕は、恋する乙女の様な表情をしている木葉さんを横目にしながら《恋は盲目》と言う諺を思い出していた。
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・・・・・・・・・。
「・・・何だかなぁ。」
木葉さん宅の無駄に広い浴室の、これまた無駄に広い湯船に浸かりながら、僕は小さく呟いた。
思い起こせば、今日は本当に色々な事があった。
広い浴槽の縁に掴まって足を伸ばしてみる。
「おぉ~。凄っっ。」
何に触れる事も無く足を伸ばしきり、改めて広さを実感する。
最早これは温泉とか銭湯の域だな。
そんな事を考えながら、髪と体を洗い、また湯船に浸かる。
ぼけー・・・と浴槽の縁に顎を掛けていると、視界の端に何か赤いものが見えた。
「・・・?」
僕が振り向くと、そこには
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さっきまで無かった、烏瓜が浮いていた。
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「ぽっぎゃぁあぁあぁああぁあ!!!」
全速力で浴室から逃げ出す。
足が濡れていたからだろう。
廊下で派手に転んだ。
「コンソメ君どうしまし・・・うわぁぁああぁあぁあぁぁああ!!!」
駆け付けた木葉さんがさっきの僕に負けず劣らずの悲鳴を上げた。
理由は恐らく
僕が全裸で廊下に倒れていたからだろう。
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・・・・・・・・・。
あの後、泣き出す木葉さんを宥め、事情を話し、床を掃除し、今度は烏瓜さんへの怒りを燃やす木葉さんを宥め、・・・と、大変だった。
とにかく大変だった。
で、ここは木葉さんの寝室。
何で僕が今、ここに居るかというと、それは木葉さんが
「コンソメ君には客間に寝て貰おうと思っていましたが、急遽変更です!!少し狭いですが、私の部屋で寝て貰います!!」
と言ったからだった。
木葉さんは今は居ない。
僕は部屋の隅で体育館座りをしていた。
ピロロロロピロロロロ♪
いきなり鳴り響いた電子音に驚いて、慌ててスマホを見ると、のり姉からの電話だった。
電池残量はあと3パーセントしか無い。
あまり長話は出来ないな。
僕は通話ボタンを押した。
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・・・・・・・・・。
「もしもし?コンソメ君?」
「・・・はい。」
「今日、1日木葉君のお手伝いしてたんだってー?」
「・・・はい。」
「今はもう帰って来たの?」
「・・・・・・はい。今は家に居ます。」
・・・木葉さんの。とは、言わなかった。
というか、言えなかった。
だって考えて欲しい。
今、僕が木葉さんの家に居る事が、のり姉に知られれば当然、今日起こった事を全て話さなければいけなくなる。
そして、のり姉は脳内が腐敗してドロドロの
Qこれはヨーグルトですか?
Aいいえ、悪くなった牛乳です。
な状態のお人なのだ。
教えられない。
とてもじゃ無いが教えられない。
僕はこの嘘を全力で吐き通す事を密かに誓った。
「ねぇ、お手伝いって何したのー?」
「はい。祭の会場準備をして、帰りは木葉さんの車で送って貰いました。」
「へー。木葉君、車運転出来たんだ。」
「いえ、運転手さんが付いていました。」
凄いねぇ、とのり姉が感嘆の声を上げた。
どうやら上手く切り抜けられそうだ。
・・・だがしかし。
《事実は小説より奇なり》とも言う様に、有り得ない時に、とんでもない偶然が重なる何て事が僕等の日常には潜んで居るのである。
僕がうっすら安堵したその瞬間、襖の向こうから、声が聞こえて来た。
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「コンソメくーん、両手が塞がってるんですー。襖を開けて下さいませんかー?」
しかも結構大声。
頭の中に、パッと\(^o^)/が浮かんだ。
・・・いや、諦めるのはまだ早い!
スマホには騒音シャットアウト機能が搭載されていていた筈!!
それに全ての期待を賭けるしか無い!!
僕はそっと襖を開け、廊下に出た。
そして、ちょうどそのタイミングで、のり姉が口を開いた。
「・・・なんで、木葉君居るの?」
聞こえてた・・・Orz
いいや、まだだ!
まだ行ける!!
「・・・居ません!居ませんよ!!」
「コンソメ君、布団ここに敷いておきますよー。」
・・・ぎゃあぁあぁああぁあ!!
「・・・居るよね?てか、布団て・・・?」
も、もう無理か?!
いや、まだ行ける!!
まだ行ける!!
「・・・聞き間違いですよぉ!!何言ってんですかのり姉!!頭に蛆でも湧きましたか?!」
「コンソメくーん?!・・・・・・・・あ、電話中でしたか。すみません。」
木葉さんのバカーーー!!!
「ねえ居るよね?!」
・・・・嗚呼。もう駄目だ。限界だ。
「・・・はい。居ます。てか、今木葉さんの家です。」
「コンソメ君それって・・・」
「違います。これには深い事情がありま」
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ツーツーツー・・・・
いきなり電話が切れた。
見ると、電池残量がもう無くなっていた。
「・・・最悪だ。」
これは最悪だ。
ガックリとその場に膝を付く。
・・・くそぅ
涙が出てしまいそうだ。
「こ、コンソメ君?どうかしましたかー?」
木葉さんが心配そうにこちらへ声を掛けて来た。
「・・・何でも無いです!!」
もう・・・いいや。
今は忘れよう。
というか、考えたくない。
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・・・・・・・・・。
夜の12時。
僕はまだ眠らずにいた。
木葉さんはもう寝息を立てている。
部屋の壁に寄りかかり、回りを見渡す。
暗い部屋の中、家具等の輪郭がうっすらと浮かび上がっている。
怖い。
明確に何がとは言えない。
烏瓜さんが怖いのかもしれないし、その他の何かかもしれない。
壁に背中をぴったりと付ける。
充電の切れたスマートフォンを握り締め、僕は小さく息を吐いた。
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・・・・・・・・・。
今は、一体何時なのだろう?
瞼が重い。
眠たい。
でも、もし寝ている間に、何かあったら・・・。
必死に瞼を抉じ開け・・・・・・
られない。
怖い。怖い。眠い。怖い。眠い。怖い。眠い。怖い怖い。怖い。・・・
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ポフッ
頭の上に、何かが置かれた。
ポフッ、ポフッ、
そして、そのまま数回頭に軽い衝撃。
・・・これは、・・・手?
瞼を開けようとしても、どうしても重くて開けない。
ポフッ、ポフッ、ポフッ
・・・木葉さんだろうか?
・・・眠い。
もう、怖くない。
「・・・あり・・が・・・と・・ござ・・・。」
・・・・・・・・・・。
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・・・・・・・・・。
夢じゃないあれもこれも♪
その手でドアを開けましょう♪
祝福が欲しいのなら♪
悲しみを知り、独りで泣きましょう♪
そして、かーがやーく
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ウルトラソウッッ!!!!
「・・・ハァイ。」
・・・・・・。
「・・・なにこれ?」
布団から起き上がった僕が最初に見た物は、部屋中に鳴り響いているB'zの《UltraSoul》にタイミングを合わせて目覚ましを止める、木葉さんの姿だった。
爽やかとは程遠い何だかぼやけた口調で木葉さんが口を開いた。
「あ、コンソメ君ー・・・御早う御座いますー・・・。」
「おはようございます。木葉さん。」
「洗面所ー・・・分かりますかー・・・?」
「分かりますよ。浴室の隣でしたよね?」
木葉さんが大きく首を縦に振った。
振った勢いでそのまま倒れそうになる。
が、なんとか持ち直した。
「・・・顔、洗って来ますね。」
ゆらゆらと揺れている木葉さんを少しだけ心配に思いながら、僕は洗面所へと向かった。
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・・・・・・・・・。
廊下を歩いていると、ふと、頭に違和感のあるのに気付いた。
頭に手をやると、何かが付いている。
「・・・?」
取ってみるとそれは、
白いレースの様な花を象った、髪留めだった。
「・・・これ。」
繊細な白い花弁。濃い緑の蔓と葉。
「凄い・・・・。」
かなり精巧に作られているし、如何にも高価そうだが・・・・。
「何時の間に?」
寝ている間に付けられたのだろうか?
木葉さんかな。
こんな物を僕に付けたがるのは木葉さん位だし・・・。
・・・取り敢えず、こんな高価そうな物を簡単に貰う訳にはいかないな。
僕は急ぎ足で木葉さんの部屋へと引き返した。
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・・・・・・・・・。
「あ、御早う御座いますコンソメ君。もう目は覚めましたか?」
「・・・・何があった。」
さっきこの部屋を出てからまだ数分も経っていないのに・・・・。
「昨日はちゃんと眠れましたか?」
木葉さんが着替えと寝癖直しとその他諸々を終わらせている・・・・!
「・・・・社会人、恐るべし。」
「え?」
「いえ、何でも無いです。」
「朝御飯、作りましょう。手伝って下さいね。」
「・・・はい。」
僕は歩き出した木葉さんの後ろで、髪留めの事を聞き忘れたのに気付いた。
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・・・・・・・・・。
朝食を食べながら、僕は木葉さんに例の髪留めを差し出した。
「あの・・・これ。」
「え?」
「お気持ちは嬉しいんですけど、流石に停めて頂いた上に、こんな物まで頂く訳には・・・・。」
「え?」
何故かキョトンとした顔をしている木葉さんの手に、髪留めを落とす。
その途端。
木葉さんの顔が、サッと青ざめた。
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「・・・コンソメ君。貴方、これが何の花だか知っていますか?」
「・・・・・・・いえ。」
あ、何か嫌な予感がする。
「これは・・・・」
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烏瓜の、花です。
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そう、木葉さんは言った。
僕の頭の中は一瞬にして、《マジかぁあぁあ!!》と《やっぱりかー・・・》で、一杯になった。
て、事は・・・?
恐る恐る、木葉さんに聞いてみる。
「木葉さん・・・昨日、夜中、僕の頭に触りましたか?」
木葉さんは青ざめたままフルフルと首を振った。
て、事は・・・!
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あの時、僕の頭を撫でてくれたのは・・・。
「烏瓜さん・・・?」
ゾワゾワゾワッッ!!
一気に背中が粟立つ。
僕は恐怖の根源に御礼を言っていたのか・・・。
きっとあの後爆睡しちゃってから、髪に付けたんだろ・・・・・ん?
あれ?!
今朝、僕は確か布団で目が覚めた筈。
でも、昨日僕は・・・
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布 団 で 寝 て い な い 。
つまりだ。
まさか・・・まさか!!
ゾワゾワゾワゾワゾワゾワッッ!!!
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
思わず頭を抱えて叫ぶ。
「お、落ち着いて!落ち着いて下さい!!」
木葉さんがあわあわと僕を落ち着かせようとしてくれた。
が、そんな簡単にこの鳥肌と恐怖が鎮まる訳が無い。
僕は暫くの間、震えていた。
その日は1日、部屋に閉じ籠もっていた。
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・・・・・・・・・。
午後7時
「・・・・本当に、大丈夫ですか?やはり家まで送って・・・。」
「大丈夫です。」
「それにその髪飾り・・・。本当に着けて行くんですか?」
「はい。」
「でも・・・・・・。」
「大丈夫ですから。」
心配する木葉さんを宥め、僕は木葉さんの家を出た。
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・・・・・・・・・。
木葉さんの家は、田んぼや森に囲まれている。
民家も人気も無い。
ポツリポツリとある街灯の灯りを頼りに歩く。
危険なのは、僕だって承知だ。
怖さだって尋常じゃない。
でも・・・・。
このまま、逃げてるだけじゃ何の解決にもならない。
もし、両親に危険が及んだら?
もし、ピザポや薄塩に迷惑をかけたら?
もし・・・・
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「ねえ。夜道を独りで歩くなんて、危ないよ。」
しゃがれた声。
僕は、街灯が照らし出す丸い明かりの丁度中心で足を止めた。
振り向かず、そのままじっとする。
「それ、着けているんだね?」
彼が、こちらに話し掛けて来た。
僕はまだ振り向かず、応えた。
「やっぱり貴方でしたか。」
「すぐに捨てると思っていたよ。」
「他人から貰った物をすぐに捨てられない性分でして。」
「変質者に無理矢理着けられた物でも?」
「自分で認めますか。」
「捨てられ無くとも着ける必要性が分からないな。」
「デザインは気に入ったんです。」
「成る程。」
そこで、一度会話が途切れた。
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今度は僕から話し始める。
「質問があるんですが。」
「何?」
「烏瓜さん。貴方は、片親の方を何人位ご存知ですか?」
一瞬の沈黙。
「一人・・・かな。」
「それは、木葉さんですか?」
「・・・・・・。」
答えるつもりは無い様だ。
僕は小さく、溜め息を吐いた。
「たった一人の人物への嫌悪感だけで、片親の人全員を《気持ち悪い》何て、妄想の飛躍にも程がありますよ。」
「本当に君は兄思いだね。」
「別に木葉さんがどう言われようと僕は気にしませんよ?陰口がこの世から消える事はありませんから。」
「へぇ。」
「でも、《片親だから》気持ち悪いと言うのは、いささか可笑しな話です。両親が居る人でも気持ち悪い奴は沢山いますし、その逆もありますから。」
「つまり、《気持ち悪いと言うのを止めろ》と?」
「いいえ。ただ、言い方を変えて欲しいだけです。」
「どう?」
「《木葉って気持ち悪い》と、言えばOKです。」
プッッ
後ろで烏瓜さんが噴き出した。
「兄が貶されるのは構わないんだ?」
「確かに気持ち悪い所ありますからね。木葉さん。個人として貶す分には、一向に構いませんよ。」
「成る程。」
「だから、木葉さんに謝って頂けませんか?」
「何を?」
「一人の人間では無く、《片親の子》として扱った事について。」
「・・・・・・。」
「謝った後、個人として好きなだけ罵倒していいですから。」
「・・・ねぇ。」
「何ですか?」
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「私が気持ち悪くも怖くも無いのかい?」
「僕の話聞いてませんね?」
「いや、聞いていた。正論だよ。・・・でもさ。」
「はい?」
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「私が謝った所で、私は変質者なんだよ?君が一番よく分かっていると思うけれど。」
「だから?」
「今、ここで、君は怖く無いの?気持ち悪くないの?どうして逃げない?」
「・・・そういう趣味なんですか?怯えて欲しかったんですか?」
「違う。そんな趣味は無い。・・・でも。」
「・・・・・だったら、寧ろ良かったのでは?自分で言うのも、なんだか烏滸がましいですけど。」
「・・・・・・・そうだね。話せて良かった。」
そこでまた、話が途切れた。
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僕が歩き出そうとすると、烏瓜さんが僕を呼び止めた。
「待ちなよ。・・・これを。」
振り返ると、街灯の明かりが届かない暗闇の中から、手だけがニュッと突き出されていた。
「こっちへ来てくれないかな。渡したい物があるんだ、変な事はしないから。」
僕が近付いて手を出すと、ポトリと何かが手に落とされた。
ヘアピンを平べったくした様な髪留め。
よく見ると、小さい蔓草の模様が描かれている。
その蔓の先には、カラフルな実が付いていた。
「・・・・野葡萄?」
「野葡萄。・・・流石に、あの髪留めは普段使えないだろう?」
僕は頷いた。
「・・・ありがとうございます。」
「礼を言う事は無いよ。君には散々迷惑を掛けたからね。」
「でも、これをくれたのは貴方です。」
「・・・・もう少しだけ、話しても?」
「・・・・どうぞ。」
「誤解を招いていると思うが、私は不法侵入と覗きはしていないからね?・・・それ以外は、分からないが。」
「はぁ?」
「少し怖がらせようと思ってね。窓から烏瓜を投げ入れたんだ。」
「不法侵入の方は?」
「あいつのお祖父様に許可を取った。合鍵の置場所も教えて貰ったしね。」
「・・・・・・。」
「あと、もう一つ。」
「何ですか?」
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「野葡萄の実一つ一つに、虫の幼虫が住んでいるという話をしたろ?」
「・・・・はい。」
「あれに、少しだけ個人としての意見を加えさせて貰おうと思ってね。」
コホン、と烏瓜さんが咳払いをした。
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・・・・・・・・・。
確かに、野葡萄の実には幼虫が住んでいる。
それは事実なんだけど・・・。
個人的に、私は嫌悪感を持っていないんだ。
・・・例えば、一本の野葡萄に、50個の実が生ったとしよう。
そうすると、上手くいけばその木は50の命を守る揺り籠になる。
・・・・だろ?
いや、同意を求められても困ると思うけど。
・・・虫は、自分の親を知らない。
だから、虫達は自分を育ててくれた揺りかごに、恩返しをしようと思って、自分がいる実を鮮やかに染め上げるんじゃないかな。
・・・気持ちが悪いかな。
でも、昔の人もきっとそう思ったんだ。
だって・・・・
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「野葡萄の花言葉は、《慈愛》なんだ。」
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そこまで一気に言うと、烏瓜さんはゴニョゴニョと言葉を濁らせた。
「・・・・それだけだよ。」
僕は烏瓜の花の髪留めを外し、さっき貰った野葡萄の髪留めを着けた。
一礼して、歩き出す。
「・・・・また、会えるのかな?」
後ろから声が聞こえた。
僕は
「それこそ、貴方次第でしょう?」
と答え、また歩き出した。
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・・・・・・・・・。
「て、事があったからであって、木葉さんとは本当に何も無かったんです。」
家に着き、今は午後の9時。
「えー・・・。」
「残念そうな声を出さないで下さい!!」
今、僕はのり姉に誤解を解く為の電話を掛けている。
「もぅ~。うっかり書く所だったじゃん。」
「な、何をですか?!」
「察しなよ。・・・てかさ、今回で私が一番許せないのはさ・・・。」
「なんで私達を頼らなかったのかって、事なんだよねー?」
「・・・・ごめんなさい。迷惑を、掛けてしまうかと・・・。」
思わず頭を下げる。
のり姉はまだ不機嫌そうに言った。
「あぁーそう。コンソメ君はそーんなに私達が信用出来ないのかぁー。悲しいなぁー。」
「・・・・違います!・・・でも、危険な目にはあって欲しくないです。」
「だからぁー。コンソメ君は私達がそんな変態の一匹や二匹でへたると思ってんでしょー?」
「違いますって・・・!」
「それにー。私達だってコンソメ君が危険な目にあうの嫌なんだよー。」
「・・・・ごめんなさい。」
フンッと、のり姉が鼻を鳴らした。
「別にー・・・?」
「ごめんなさい。独り善がりで、のり姉達の気持ちを考えていませんでした。」
「・・・・・・・。」
のり姉が、小さな溜め息を吐いて言った。
「教えて。その《烏瓜さん》とやらの特徴。・・・一応、気を配っておくから。」
「はい。・・・ええと、特徴というか、なんというか・・・。」
「見た目、声、服装。なんでもいいから。」
「・・・はい。まず見た目なんですけど、これは木葉さんやのり姉と同年代にみえます。次に声なんですけど、しゃがれてます。話の口調は若々しいです。はい。あと、服装なんですけど・・・これは、正直よく分からないです。」
ふんふん、とのり姉が相槌を打つ。
「で、顔は?」
「顔は・・・見てないんです。祭りでは、猿の面を着けていました。」
「・・・ちょいまち。猿の面?」
僕は頷いた。
「ええ。猿の面。」
のり姉は、そこから暫く無言だった。
「あ、あの、のり姉・・・?」
のり姉が、ゆっくりと僕の名を呼んだ。
「コンソメ君。その人、話す口調がなんか変だった?」
「はい?」
「わざとらしいっていうか。芝居がかってる感じ。」
・・・・?
「それってどんな・・・?」
「《~だろう》とか。《~じゃないかい》みたいな。マンガとかでは普通だけど、こっちでは変みたいな。」
「あ、そうです!そうでした!」
僕が驚いていると、のり姉が何故か笑いながら言った。
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「どう考えても○○君です。本当にありがとうございました。」
・・・・?!
「え。・・・え?!」
「だから知り合いだって。多分○○君だよ。その人。」
話に着いて行けない。
「うん。今度会ったらシメとく。私の弟分に手出しするとかマジで引きちぎる。」
何を?!
「・・・・ありがとうございます?」
「うん。・・・じゃ、またね。」
「はい。また。」
結局、話の意味が分からないまま、のり姉との電話は終了した。
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・・・・・・・・・。
その次の日。つまり月曜日。
僕が学校から帰っていると、木葉さんから電話が掛かって来た。
「どうしました?」
「・・・今朝、変な事が起こりまして。」
「はい?」
「朝起きると、玄関の前に奴が・・・・烏瓜さんが立っていて、いきなり謝って菓子折りを渡したかと思うと、今度は私の悪口を言って帰って行きました。・・・全く、意味が分かりません。」
僕は思わず
ブフゥッッ
と噴き出した。
「・・・どうかしましたか?」
「いえ・・・。」
笑いを堪えながら、木葉さんに聞いてみる。
「・・・なんて言われましたww?」
「《モヤシ》って、言われました・・・。」
「合ってるじゃないですかwww」
「・・・筋トレ、すべきですかね。」
「止めて下さいwwwムキムキの御守り屋とか嫌ですからwww」
「ですねー(´・ω・)」
「・・・じゃあ、また今度。」
「・・・はい。また今度(´・ω・)ノシ」
プツッ
電話が切れた。
まさか本当にやらかすとは・・・。
クスクスと笑いながら歩いていると、また電話が鳴った。
見てみると、登録していない番号からだった。
「もしもし?」
「・・・・野葡萄君?」
「はい。烏瓜さんですね。」
「・・・・・・・・・・また、」
「会えますよ。・・・会いましょう?」
「・・・うん。会おうね。」
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終
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・・・・・・・・。
※これは蛇足的捕捉なので、読みたくない人は飛ばして頂きたい。
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1.木葉さんは片親ではない。
2.両親は他界されているらしいけど。
3.寧ろ烏瓜さんが親御さんが片方しか居ないらし い。
4.どゆこと?
5.分かる人、教えてください。
作者紺野
どうも。紺野です。
結局人間の気持ちなんてそう簡単に分かるもんじゃ無いんですね。
それにしても・・・。
どんだけ怖いもの知らずだ僕。
アホか。マジでアホか。
そして、家にある髪留めの量が半端じゃないです。
あと今更だけど烏瓜さんキモい。
会話が多い。
読みづらい!!
てかもう怖い話じゃない!!!
・・・本当にごめんなさい。
話はまだまだ続きます。
良かったら、お付き合い下さい。