薫さんは若い頃、俗にいう不良だった。たちの悪い仲間とつるみ、せっかく受かった高校も二か月で中退してしまった。
当時、薫さんは父親と祖母と三人暮らし。母親は彼女が小さい頃に家を出て行き、それ以来音信不通の状態だった。
「大丈夫よ、薫ちゃん。おばあちゃんがついてるからね」
仕事の忙しい祖母に代わり、祖母が薫さんの面倒を見ていた。たった一人の孫ということもあってか、祖母は薫さんにはとても優しかった。時折、我が儘を言ってみたりしたが、祖母はいつもにこにこと聞いてくれた。父親と喧嘩すれば必ず庇ってくれたし、幾ら悪事を働こうが口答えしようが、叱られた記憶がない。
……ただの一度を除いては。
その日、薫さんは勝手に祖母の財布からお金を盗み出した。こっそり盗んだつもりが、たまたま祖母に見つかってしまった。これには祖母も眉を吊り上げた。
「薫ちゃん、何してるの。お金を盗むなんて人としてやっちゃいけないことでしょう」
「うっさい、クソババア!」
逆ギレした薫さんは、手近にあったリモコンを引ったくると、祖母目掛けて投げつけた。当てるつもりはなかったのだが、リモコンは祖母の左目に激突し、祖母は悲鳴を上げ、顔を両手で覆って倒れ込んだ。
……しまった。
これは流石にいけなかったと思ったが、素直に謝れる心境ではない。内心の気まずさと動揺を隠しつつ、薫さんは万札を握り締め、うずくまる祖母の横を通り過ぎた。
「あんた……罰当たりなことばっかしてると、」
すれ違いざま、祖母がボソリと呟く。骨ばった皺だらけの指の隙間から、ギョロリと祖母の眼球が動いた。
目 が 潰 れ る よ
いつもの優しい口調ではなく、嗄れた低い声で祖母は言った。まるで呪詛の言葉を紡ぐように。
それからしばらく経った頃。薫さんが目覚めると、右目に妙な違和感を覚えた。酷く痛むし、眼球ごとかきむしりたいほど痒い。慌てて洗面所に行き、鏡で確認すると、上下の睫毛が全て抜け落ちていた。
怖くなり、病院に駆けつけたが、特に異常はないという。だが、彼女の右目の視力は日に日に落ちていき、とうとう全く見えなくなってしまった。色んな病院にかかったが、原因は判明せず、また治療を続けてはいるが、芳しくない。
薫さんは二週間に一度は病院に行き、検査と治療を続けている。最近になって、左目の睫毛も抜け始めてきているそうだ。
「ーーーおかえり、薫ちゃん。病院は混んでた?疲れたでしょう。今、ご飯にするからね」
祖母はあれから増して薫さんには優しいという。
作者まめのすけ。-2