私はユウ。
今日は両親が営んでいる飲食店のある商店街に来ている。
アラタと一緒に。
彼、アラタは私の守護霊に依頼され霊媒体質の私を護ってくれている。
以前の『コックリさん』事件の時に手をつないで歩いていた所を見てた人がいたらしく、翌日は大変な騒ぎになっていた。
以外にも隠れアラタファンがたくさんいて私が登校した時は悲鳴にも似た大歓声が上がり廊下を歩いているとチラチラとこっちを見ながらヒソヒソ。
アラタが登校した時は途端に静まりかえり隠れて泣いてる子までいた。
何だか複雑な気持ちで教室に入ると案の定ミズホが飛んできてあれやこれやとまくし立てた。
それからの数日間は色んな人に(知ってる人、知らない人、上級生、下級生…)付き合っているのか等と根掘り葉掘り聞かれ正直ウンザリしてた。
最初はノーコメントを通していた。
「ホント、疲れた。アラタ〜どうする?」
当事者のアラタはどこか他人事で何も気にしてない風。
「別に何も、ユウが嫌でなければ付き合ってる事にしといた方が何かと便利だと思うけど。」
確かに…
私は嫌じゃないよ。でもアラタはいいの?とは、聞けなかった。
アラタにはこの世の中、難しい事なんか何もない様な感じがする。
以前こんな事を言っていた。
「あるマンガのセリフだけどアインシュタインは相対性理論を人と人の触れ合いだと言った。ほら、こうして腕と腕を擦ると摩擦を感じるだろ。このエネルギーさえ哲学に置き換えたんだ。ロマンすれすれの哲学だと俺は思うよ。受売りだけどね。」
良くわからなかったけどとても優しい笑顔で語る彼は頼り甲斐があり彼の口から囁かれる言葉は心地よかった。
そう、今は商店街にいる。
この商店街は2階建てのアーケードで1階は店舗、2階はゲームセンター、奥には居住区があり、ここで店をかまえる世帯の1部が暮らしている。
アーケードと聞くとキレイで今風なショッピングモールを連想すると思うけど、ここは昭和の忘れ形見の様なレトロで寂れた建物。2階のゲームセンターなどはホコリ臭い。
何かと話題に事欠かない所でワイドショーやニュース番組に数多く紹介されていて私が小、中学生の頃は良くテレビ観たよと声かけられた。
少し調べると場所がバレてしまう、それ位有名な商店街です。
商店街は毎週水曜日が特売だ。経費削減のため、特売のチラシは自分達で印刷して新聞屋さんに配達を依頼していた。わざわざ中古の印刷機を購入したのに紙詰まりが多くはかどらない。
父が印刷当番の時にアラタと差し入れに来たら紙詰まりを起こし困っていた。
アラタがチョイと直してしまいそれからは私達の仕事になった。
ここの商店街の子供達は助け合って店の手伝いをする事になっている。そのため家族同士が仲良くどの家の子供も面倒を見てお年玉も年齢別に金額を決めて全員が全員にくれていた。
子供達はそのお年玉を計画的に1年間の行事に(夏祭りや盆踊り、旅行先でのおこずかい等)使っていた。
今回は現金ではなく現物支給。父が作る夕食だった。
私にしたら普段通りなのだがアラタとの夕食とこの印刷中の時間が楽しかった。
ほのぼのした共同作業の商店街だが関係者の間で密かに囁かれるウワサがある。そう、幽霊が出ると。
ことの起こりは、ある衣類用品店の奥さんが自殺した事から始まる。
お金持ちでなに不自由なく育った1人娘のお嬢さんだった。
野心家で自信過剰の彼に惹かれるのは当たり前の事で両親の反対を押しきり駆け落ち同然で嫁いで来た。
彼を愛していたし貧乏でも苦にならないと甘い気持ちでいた。
しかし現実は仕事ばかりで家庭をかえりみない毎日忙しく動き回る夫。
すぐに子宝に恵まれたが見知らぬ土地での出産は不安だらけだった。
商店街のみんなはそんな彼女を心配して何かと声をかけていたのだけどプライドが高い彼女は甘える事が出来なかった。
ほら、みたことかと両親に言われるのが嫌だったからだ。
数ヶ月して無事に男の子を出産すると育児疲れでますます痩せ細り次第に口をきかなくなった。この頃から周囲の人々は夫に忠告する様になる。
「奥さんの事、もう少し労ってやったらどうか。」と。しかし夫は聞く耳を持たず相変わらずの日々が続いた。
彼女の神経は鉋で削られる様に少しづつ少しづつ擦り減って行った。
そして、男の子が2歳にならないウチに自宅アパートで首を吊ってしまう。発見した時、そばで男の子が泣いていたという。
その男の子は私のふたつ年下で仕事で忙しい父は食事もまともに与えず私の両親の店でほとんどの食事を済ませていた。
他の世帯の家にも良くお呼ばれしていたのだが、今度はいつ食事にありつけるかという不安からガッついて食べるため「大皿でのオカズではダメだな…」「1人1人別皿にしないと…」と、各家庭の食卓を困らせていた。
目の前で母が首を吊った事実が周囲の人間を同情と言うオブラートの様な壁を作り行儀が悪くても叱る事が出来ないでいた。
男の子は幼稚園にも行かせてもらえず友達も出来なかった。
商店街の子供達はみんな幼稚園や保育園に行っていたので昼間は1人で遊んでいた。
学校に上がると字も書けなかった男の子はますます孤立して行く。
私は小学校は別になってたのでその後どうしてたのか詳しく知らなかったが中学校が一緒になり久しぶりの再会すると学級委員を任される程の優等生になっていた。
きっと悔しい思いをして頑張って来たのだろう。
そしてあの忌まわしく恐ろしい事故が起きる。
お盆休み、商店街の仲間数名で旅行に行く事になった。
呉服屋の主人の運転するワゴン車に4,5名が乗っていた。
高速道路を走行中、道路にタイヤが落ちていた。
慌ててハンドルを切ったが間に合わず乗り上げてしまいワゴン車は横転。何回転かしてその時の衝撃で呉服屋の奥さんは後頭部を窓ガラスに打ちつけガラスが割れた。
そのまま割れたガラスに頭を突っ込み首が飛んで行ってしまう。
一緒に乗っていた人達はみんな軽症だったが呉服屋の奥さんだけが即死だった。
痛ましい事故だったが運転していた呉服屋の主人は死んだのがウチの家内だけで良かった、他の誰かだったら取り返しのつかない所だったと涙ながらに語った。
そしてほんの少し前のこと、生活用品店の主人が経営不振から生活苦を嘆き、またしても首を吊って自ら死を選んでしまった。
数年の間に3人が亡くなり密かに囁かれるウワサ。
祟りではないのか?と。
最初に自殺してしまった洋品店の奥さんの主人は、最近血尿が出てるらしく、もう長くないとも言われている。
夜遅くまで残って仕事をしていた人達からは、すすり泣く女の声が聞こえてくると語られ始め、首のない身体だけが商店街を走り回るとも言われている。
私自身、異様な空気は感じていたものの正体がわからない。
子供の頃からここの雰囲気に慣れてしまっていて異変を感じられない。異様な空気は子供頃からあったからだ。
「ねぇアラタ、この場所って何か感じる?」少し遠慮気味に聞いてみた。心霊関係の話をするのは気が引ける。
そんな私を察したみたいなアラタはいつものゆっくりした口調で口を開く。
「確かに何かいるみたいだね。仕事が終わったら探険にでも行こうか。」
思わぬ提案におどろいたけどアラタとの探険は楽しそう。
「早く終わらせよっと。」
ウキウキしながら作業を進める私をアラタは珍しく茶化した。
「子供かっ、つ〜の。」と。
商店街が閉店した後に印刷作業をしたので全部の印刷が終わった頃には誰も残っておらず真っ暗だった。
所々にある避難指示灯の周りだけが薄暗くひと気のない店舗を不気味に照らしていた。
「夜の商店街って不気味だねぇ。」
アラタの上着の裾をつかみ後ろから歩く。
うん、とだけ短く返事をしてアラタはキョロキョロと見回している。
まず最初の洋品店の前に来た。
いつもは見慣れた場所なのにまるっきり別世界にいる感覚だった。
「アラタ…」
小さな声で呼ぶ。別に何を言う訳でもなかったけど不安感からつい呼んでしまった。
アラタは黙ってある一点を見つめていた。
そこにはユラユラと揺れる提灯があるだけ。
ハッと違和感に気づく。規則正しい間隔で並ぶ提灯の内、このひとつだけが揺れている。
裾をつかむ手に力が入る。
私の様子に気付いたアラタがそっと手を取って静かに口を開く。
「確かにここの奥さんだね。でも怒ったり泣いたりはしてないよ。心配してるんだ。」
キョトンとする私に少し微笑んだあと視線を揺れる提灯に戻し続けて言った。
「ご主人、血尿が出てるだろ?身体の心配をしてる。あと、息子さんの事。辛い思いをさせてしまったと。ご主人に似て負けず嫌いだから頑張り過ぎていないかと。」
しばらくすると揺れはピタリと止まった。
「成仏出来たの?」
さぁ行こうかと振り向くアラタに聞いてみた。
「いや、成仏は出来ないよ。自殺はとても罪深いんだ。自分の魂や身体に永遠に謝り続け正に地獄での修行が待っている。いつ終わるともわからない責め苦をひたすら続けその先に待っている物は完全なる無だ。」
「無?」
「そう、生まれ変わる事もないただの、無。」
寂しそうに少し目を伏せアラタは続けた。
「だから俺たちはどんなに辛くても自ら死を選んではいけない。現世は辛くても来世では幸せになれる、そう信じて来世の為に頑張って生きなくてはいけない。」
なぜアラタは悲しそうにこんな話をしたのだろう。その意味を知るのはずっとずっと先の事だった。
今はただ、黙ってアラタの側にいてアラタを再び孤独の闇に連れて行かれない様に…
しばらく商店街を歩き続けてるとガシャ、ガシャと金属音の様な音が聞こえてきた。
「昔この商店街ができる前は町工場があったみたいだね。戦後、今の社会を一生懸命作ろうと頑張って来た人達が今だにここで働き続けてる。まぁ、害は無いよ。」
商店街の奥まで来ると居住区に着いた。店舗の2階がアパートになっている所。更にその奥に2階建てのアパートがある。
「呉服屋の奥さんは見当たらない。きっと上に上がれたんだろう。跡形もないよ。あと、生活用品店のご主人は残念だけどやっぱり落ちてしまってる。」
「地獄に?」
「うん。」
返事をしながらアラタはハッと顔を上げた。
アパートに上がって行く途中にちょっとした広場がある。私が子供の頃はよくそこでチョークで絵を描いていた場所だ。
小学生の頃、繰り返し見る悪夢があった。溶解人間って映画をご存知でしょうか?
まさに溶けた人間が出てくるのですが夢でその溶解人間に追いかけられ追い詰められてしまう場所がこの場所でした。
以来、ここにはあまり近づかなかった。
「ユウ、ここで何か感じただろ?」
「うん、いつも夢で…」
だろうな、と言った後何やらブツブツと言い始めるアラタ。
悪夢の事もあって怖くなりアラタの手をギュッと握る。とても重苦しい、肌にネットリとまとわりつく空気は地球の重力ではないように感じた。
息がし辛い、呼吸が浅く短くなる、酸欠で朦朧とし始めた時、目の前が急に光って元の静寂を取り戻す。
もう何も感じなくなっていた。いつも通りの空気、深く深呼吸するともう大丈夫とアラタは笑っていた。
少しキクコさんの力を借りてこの場所を浄化したらしい。
昔、この場所で流産した女性がいたらしい。古すぎて詳しくはわからないが私と相性が悪く影響が出てたらしい。
「もう悪夢は見ないよ。」
「ありがとうアラタ、キクコさん。」
アラタにここで描いていた絵の話しをしたら笑われた。しょうがないじゃん、まだ小さな子供で大人の女性に憧れてたんだから。私はここで下手くそな峰不二子を描いていた。
この後、自販機でジュースを買って飲みながらぶらぶら歩いているとおじいさんが立っていた。
アラタが話しかけると少し怯えた様子で黙って頷くだけだった。
「買い物客の誰かが連れて来たみたいだけど何も覚えてなくて混乱してる。困ったなぁ、このままだと波長があった誰かに付いて行っちゃう。」
何を聞いてもわからないと言うおじいさんにアラタは犬のおまわりさんの様に困っていた。そんなアラタを見て少し笑ってしまった。
「笑い事じゃないだろ〜」
そうでした。
ゴメンと言いながら思った。そう、アラタは優しすぎるから…生者も死者も手を差し伸べずにいられないんだ。そして1人で悩んで苦しんでここまで来たんだ。
これから先もきっと。
「しょうがない、キクコさんに任せよう。」
おじいさんは一瞬光ったかと思うと消えていた。
「どこに行ったの?」
「キクコさんがご家族の所に連れて行った。どのみち何か心残りがあって留まっているから想いを遂げないと上がれない。きっと四十九日が過ぎれば思い出すよ。」
「四十九日?」
「そう、亡くなったばかりだと混乱して忘れてしまってる場合が多い。四十九日を迎えるまでに少しづつ理解し自分の死を受け入れ納骨、供養をしてもらい成仏する。」
「そうなんだ…私、何も知らなかったなぁ。」
アラタはクスッと笑って帰ろうかと私の頭をなでた。
アラタとの初肝試し(?)は無事に終わり、何だか別れ難くわざとゆっくり歩いた。
家まで送ってくれたアラタはまた明日と言って帰って行った。
翌日、登校して来たアラタは目を真っ赤にして話した。
「あの後、例のおじいさん戻って来ちゃって朝まで話を聞いていたんだ…」
アラタの後ろにはおじいさんが立っていた。
作者伽羅
アラタとの初肝試し(?)の夜のお話しです。
この夜はアラタの新しい一面が見えた思い出深い夜でした。
アラタはやっぱりおじいさんをほっとけなかったんですね。
一ヶ月程でいなくなりましたがしばらくアラタの後ろにいました(笑)