長編15
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お泊り会の夜

ミーンミンミンミン・・・

蝉の声がそこらじゅうで響いている。

明日から夏休み。

終業式も終わり、ギラギラと太陽が照りつけるなか、僕は朝顔の鉢植えを抱えながら、自宅へと重い足を進めていた。

「あちぃ~」

あまりの蒸し暑さに、輪郭を伝う汗を肩で拭う。

持って帰らないといけないものをそのままにしておいた自分が悪いのだけれど、それでも夏休み前日のこの荷物の多さには少なからずムカムカしてしまう。

「よっこらせ・・と」

僕は一度抱えていた朝顔を地面に置くと、肩に食い込んでいた荷物でパンパンのランドセルをからい直した。

「お~~~~い!良平~~!」

ふいに、遠くから誰かが僕の名前を叫びながらこちらに走ってくる。

相手との距離が縮まり、それが友達の俊だということが分かった。

「おぉ、俊まだ帰ってなかったんだ」

「うん!教室で敏樹たちと話してたんだ」

「そうなんだ、ていうか俊、朝顔は?」

僕はゆっくりと朝顔を抱え上げながら俊に尋ねた。

「良平みたいになりたくなかったから、昨日持って帰ったんだよ~」

俊がからかうような顔で僕を見た。

「うっせーなー」

僕はしかめっ面で俊を睨むと足早に歩き出した。

俊もそれに並ぶようについてくる。

「なーなー、今日の夜俺ん家くる?」

突然俊が笑顔で尋ねてきた。

「え、夜?なんで?」

「いやぁ、最近じいちゃんから百物語っていうのを聞いてさ、それでさっき教室で敏樹たちと話してたら今日俺の家でやろうって話になって、それなら良平も誘おうぜって」

百物語・・・僕には初めて聞く言葉だった。

「なんだよ、その「ひゃくものがたり」って」

「んーと、なんか蝋燭を百本立てて、怖い話を一つ話していくごとに消してく・・とかそんなかんじだったと思うけど」

「じゃあ、怖い話を百個話すってこと?無理じゃん、僕そんなに知らないよ」

「俺と良平の他にも、敏樹とマサルとじゅんちゃんも来るってさ」

「いや、それにしたって多すぎじゃん」

「別に百個話さなくったっていいよ、じゃあ一人二個ずつで合計十個は?それならいけるだろ?」

「百物語じゃなくて十物語ってこと?」

「そうそう!十物語!いいじゃんそれなら」

「んー・・・まぁ二つくらいなら僕も知ってるかな」

正直、僕は怖い話はあまり得意ではない。

でもその時は、怖いという気持ちよりも、初めて耳にする百物語という、なんだか儀式めいたことに対する好奇心のほうが大きかった。

「よし!それなら今日の夜八時に俺ん家な!他のみんなは泊まってくみたいだから良平も泊まってけよ!」

「うん!なら寝巻きとかも持ってくね」

そう話しているうちに、いつの間にか自分の家のすぐ前まで来ていた。

「よっしゃ!ならまたあとでなー」

そう言うと、俊は手を振りながら走って帰っていった。

僕は玄関のドアを開けると、ランドセルをほっぽりだし、早速今夜の準備にとりかかった。

「お帰りー、あら帰って早々なんの準備?」

奥から出てきたお母さんが僕に尋ねた。

「今日は俊の家にみんなでお泊りなんだ!」

僕はそう言いながら二階へと駆け上った。

ーーーーーーーーーーーー午後八時、

寝巻きやら歯ブラシやらを詰め込んだリュックをからった僕は俊の家の前に立っていた。

昼間の騒がしい蝉の声とは打って変わって、今は辺り一面で鈴虫が鳴いている。

呼び鈴を押すと、すぐに玄関の明かりが点き、ドアから俊の顔が覗いた。

「おー!良平きたか!もうみんな来てるぞ!」

奥のほうからは敏樹たちの騒ぐ声が聞こえてくる。

「みんな早いなー、じゃあおじゃましまーす」

中に入ると、人の家独特のあの匂いがした。

俊の家は古い木造なので、なおさらその匂いが強い。

「あれ?お母さんたちは?」

僕は和室に向かう俊のあとを追いかけながら尋ねた。

「今日はお父さんもお母さんもいねーの。だから好きなだけ騒げるぜ!もちろん、お母さんには良平たちが泊まりに来ることちゃんと言ってるから」

「そーなんだ」

和室では、敏樹とマサルとじゅんちゃんが敷いてある布団の上で楽しそうに枕投げをしていた。

「あ、良平!お前もやろーぜ!枕投げ!」

そう言って敏樹が僕に枕を投げつけた。

「枕ミサイル発射!」

マサルとじゅんちゃんもすぐさま枕を投げてくる。

「いって!こんにゃろ~~!!」

僕は枕を抱えると三人めがけて突っ込んでいった。

ーーーーーーーーーーーー

しばらく続いた枕投げ合戦も終わり、僕たちは五人一緒にお風呂に入った。

風呂あがり、寝巻きを着ながら俊が言った。

「お前ら、ちゃんと怖い話考えてきたかー?」

「そりゃこわーーいの考えてきたぜぇぇぇ」

敏樹がお化けのように手をだらんと前にたらしながら僕ににじりよった。

みんな僕が怖い話をあまり得意としないことを知っているのだ。

「僕だってちゃんと考えたよ!」

迫ってくる敏樹を押しのけながら僕も答えた。

和室に戻ると、俊は敷いてあった布団を端へと押しやり、そこに十本の蝋燭を並べ始めた。

「俊の家ボロいから、燃やさないようにしないとねー」

マサルがふざけながら言った。

「ボロいって言うなwでも蝋燭は倒すなよ」

俊は蝋燭を並べると、なにやら小さな陶器の皿と塩の入った袋を持ってきた。

「なにそれ?」

「盛り塩だよ。これをすると厄除けってのになるってじいちゃんが言ってたんだ。」

僕が尋ねると、俊はそう答えながら小皿一つ一つに塩をつまんで盛っていった。

「悪い幽霊から身を守るてことだよぉぉ」

敏樹がまたお化けの真似をしながら僕に近付いてくる。

「わかった、わかったからもうそれやめろよー」

俊は蝋燭にライターで火を灯すと、和室の障子を閉め、部屋の明かりを消した。

ぼんやりとした蝋燭の明かりが僕たちを照らす。

僕たちは十本の蝋燭を取り囲むようにしてその場に座った。

「はいこれ、この塩をお前らの後ろに置いておくんだ。」

俊が僕ら一人ひとりに盛り塩を配った。

真ん中に蝋燭が十本、それを囲んで僕たちが座り、またその僕たちを五つの盛り塩が取り囲むような配置になった。

ゆらゆらと蝋燭の火にゆられて踊る影が、不気味な雰囲気を醸し出している。

「よし、じゃあ俺から時計回りな」

俊は静かにそう言うと、一呼吸置いてゆっくりと口を開いた。

「これは俺のじいちゃんから聞いた話なんだけどな・・・・・・」

僕は怖がっているのがみんなにばれないようになるべく表情を変えず、ぐっと拳に力を入れて座っていた。

「そしたら・・・・・お前だ!!!!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突然俊が出した大声に、僕は叫びながら思わず後ろにのけぞった。

「ぎゃはははは!!良平怖がりすぎw」

敏樹が腹を抱えながら笑った。

俊以外の二人も同じようにして笑ったが、額には冷や汗が滲んでいた。やはり、みんなそれなりには怖いのだ。

「おいおい、後ろの塩ひっくり返すなよー?怖い話をしてると、幽霊が集まってくるんだよ。もしその塩零したら結界が破れるだろー」

俊はにやけ顔で僕の後ろの塩を指さすと、目の前の蝋燭を一本フッと吹き消した。

「えぇ・・僕そんなの聞いてない・・」

ただでさえ暗闇と怖い話の恐怖でいっぱいいっぱいなのに、実際に幽霊がよってくるなんて情報は知りたくなかった。

「大丈夫だよ!俺ら五人もいるんだぜ!怖くない怖くないwじゃあ次俺な!」

俊の左隣に座っていたマサルはそう言うと、二つ目の怪談を話し始めた。

十物語はどんどん進み、そのたびに蝋燭は一本、また一本と光を失い、部屋がだんだんと暗くなっていく。

一周まわって俊が六話目を話そうとしたとき、僕は思わず口を開いた。

「ねぇ、これ十話目を話したら部屋真っ暗になっちゃうの?」

「おう、でも真っ暗になってからがお楽しみなんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一人、増えてんの。」

俊がねっとりとまとわりつくような声でそう囁いた。

「え・・・」

僕の喉がグゥと音を立てた。

「ほんとに?ほんとに最後までやるの?」

正直もうやめたかった。

残りの蝋燭は五本・・・。

先ほどと比べると、部屋はもう半分ほどの明るさになってしまっている。

一人増えるって・・・本当にそんなことが起こるのだろうか。

もし起こったら、みんなどうするつもりなのだろう。

様々な不安がこみ上げる。

「大丈夫だって、なんも起こんないから」

じゅんちゃんが優しく背中をたたいてくれた。

「そうそう、だいじょーぶだいじょーぶ!それに良平何気に話うまかったじゃん!」

敏樹は軽く笑って言った。

「そぉかな・・・」

話が上手だと褒められて、素直にうれしかった。

と同時に不安が少しずつ和らいでいく。

「よし、じゃあ気を取り直しましてー・・・」

少し元気を取り戻した僕を見て、俊は話を再開した。

その後は、誰も話を止めることなくみんな次々に話していった。

僕も、怖い気持ちを押し殺して精一杯怪談を話した。

そして、とうとう十話目。

敏樹の番になった。

「よし、俺で最後だよな。本当にあった話らしいんだけど・・・」

僕はまたどこかで、敏樹が大声で脅かしてくるかと思い、体を硬くしてずっと身構えていたが、敏樹はそんな様子もなく、そのまま十個目の話は終わりを迎えた。

・・・・・・・

一瞬の静寂の後、緊張した俊の声が沈黙を破った。

「なら・・・・最後の蝋燭・・・消すぞ」

「おう・・・」

そう言った敏樹の顔も少しこわばっている。

僕はねばついた唾をゴクリと飲んだ。

フッ・・・・・・・・・・・・・・・・

俊の吹いた息の音と同時に、辺りが闇につつまれた。

外では五月蝿く鳴いていた鈴虫の声が聞こえない。

部屋の窓は閉め切っていて、カーテンも閉めているため、差し込んでくる月の光さえもない。

部屋の中は本当の真っ暗闇だった。

異常な蒸し暑さに、首筋を流れる汗が止まらない。

「おーい、みんないるか?」

俊の乾いた囁き声が前方から聞こえた。

「いるに決まってんじゃんw」

僕の斜め右からマサルがにやけたような声で答えた。

「もちろん、ここにいるであります。」

続いてじゅんちゃんも答える。

「ぼ、僕も」

「はーい、俺もいるぜー」

最後に敏樹の声を確認すると、俊がまた口を開いた。

「じゃあいいか、俺からいくぞ?いぃち」

俊がそう言うと、すぐに敏樹が「にぃい」と続いた。

「さぁん」

「しぃい」

まさか点呼をとるなんて聞いてなかった僕は、マサルの声が、四を数えたときにやっと自分が最後だということを理解した。

「ごぉお」

・・・・・・・・・・・・

「なんだよー、やっぱ六人目とかいないじゃんよぉ」

敏樹が不満そうに言った。

「まぁ、そうゆうことだな、じゃあ明かり点けるぞ?」

俊がため息混じりにそう言ったとき、

僕はやっとの思いで震える声を喉から絞り出した。

「・・・・・・・・・・・僕、数えてないよ」

四人の動く気配がぴたりと止まる。

ハーハーと僕の荒い息の音が暗闇の中に吸い込まれていく。

「なに言ってんだよ・・一番怖がってたお前が最後にドッキリかよ・・・」

こわばった俊の声が聞こえる。

「ほんとだよ・・・ほんとに僕数えてない・・」

僕はガタガタと震える膝を力一杯握り締めながら言った。

ドッキリなんかではなかった。

僕が五つ目を数えようとしたとき、確かに、自分ではない他の誰かが数えたのだ。

「な・・そんじゃ敏樹かよ」

左側で敏樹がブンブンと大きく首を横に振っているのが分かった。

「じゃあマサル?それともじゅんちゃんかよ・・・」

「・・・いや、俺じゃ・・ない」

「俺も・・・・」

緊張した声で、二人が答えた。

みんな冗談を言っているようには聞こえなかった。

異様な空気に、みんな押し黙る。

おかしくなりそうな位の静寂の中、耐え切れなくなった俊が大きな声で叫んだ。

「だぁぁぁぁ!もう明かり点けんぞ!」

そう言うと俊の気配が僕の前でゴソゴソと動いた。

カチッというライターの乾いた音と共に、目の前がボウ、と明るくなる。

その瞬間、

物凄い勢いで敏樹が蝋燭を吹き消した。

辺りが一瞬にして元の闇に戻る。

「おい!なにしてんだよ!」

俊が怒鳴った。

「・・・・・ぁぁ・・・」

敏樹の歯がガチガチと音を鳴らしている。

「なんだよ!なんなんだよ!!」

マサルも泣きそうな声で叫んだ。

すると、敏樹が蚊の泣くような声で呟いた。

「・・・・・・・・足が・・・・・」

「え・・・・?」

予想もしなかった言葉に、僕は思わず聞き返した。

「見えなかったのかよ・・・・・足が・・・蝋燭を点けたとき、真ん中に・・・・裸足の足が・・・あったんだよ・・ほんとに見えなかったのか!?おい!!」

だんだんと敏樹の声が大きくなる。

「あっただろ!そこに!!蝋燭点けたときに!!!二本の足が俺らのど真ん中に立ってたんだよ!!!誰もみてねぇのかよ!!おい!!!おい!!!!!!」

まるで気でも狂ったかのように、物凄い怒鳴り声をあげる敏樹に、とうとう僕は泣き出した。

「ひ・・・く・・やめてよ・・・もう嫌だぁ・・・」

「なんで誰もみてねぇんだよ!!!いただろ!!そこに!!!」

敏樹がその場に立ち上がって手をブンブンと振り回しているのが気配で分かった。

「おい!落ち着け敏樹!」

「もうやめろよ!」

俊とマサルが敏樹を止めようと叫ぶ。

「いたんだよ!!立ってたんだよ!!!!」

「分かったから!」

「もういいよ、やめろよ・・・」

「もう嫌だぁ・・・やめてよ・・・・・ひ、く・・」

「落ち着け!敏樹落ち着けって!」

「早く明かり点けようぜ」

「そこにいる!!まだいるんだ!!!」

「やめろって!お前おかしいぞ!」

みんなの怒鳴り声、僕のすすり泣く声が部屋中に響き渡る。

もうみんな限界だった。

僕は泣きながら、なぜこんなことをしてしまったんだと、ひたすら後悔することしかできなかった。

その時ーー

部屋の声がピタリと止んだ。

再び訪れる静寂。

「いま・・・動いたよな・・・」

喋ったのは俊だった。

俊だけではなかった。

その場にいた全員が、なにかの気配が五人の真ん中でモゾリと動いたのを感じたのだ。

「・・・・・・・」

みんな黙っていたが、また誰も否定しようともしなかった。

だんだんと目が暗闇に慣れてくる。

周りにいる四人の輪郭がぼんやりと暗闇に浮かぶ。

僕は涙で滲んだ目を見開いた。

五人で囲んでいる、その真ん中に、

なにかがしゃがんでいたのだ。

俊や他の三人も、その存在を認識しているようだった。

「・・・・・ひ、」

恐怖のあまり漏れた声に、僕はとっさに口を塞いだ。

真ん中の影がゆっくりと顔を上げる気配を肌で感じた。

ゆっくりと、ゆっくりと真ん中の気配が、顔を僕の方へ近づけてくる。

まるで四つん這いで僕の顔を覗き込むかのような・・・

目の前に、僕の鼻のすぐ先に顔があるのが分かった。

「~~~~~~~!!」

声にならない叫び声が、口を塞いでいる僕の両手の指の間から漏れた。

その時、目の前の何かの吐息を、揺れた僕の前髪で感じた。

とんでもない腐敗臭が鼻の穴の中へと流れ込んでくる。

「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!!」

耐え切れなくなった僕は大声で叫ぶと、ブンと右腕を思いっきり横に振り切った。

その瞬間、目の前の気配が一瞬で闇に溶けるように消え、僕の腕は空を切った。

ハァハァと荒く息を吐きながら僕は辺りを見回した。

「みんな・・・・いる?」

・・・・・・・・・・・・・・

「お、おう」

「なんだよ・・・いまの」

俊とじゅんちゃんが口を開いた。

それに続いて敏樹とマサルの動く気配を感じた。

「二人とも、大丈夫・・・?」

「・・・・・・ぉぅ」

敏樹がか細い声で呟いた。

マサルもブンブンと首を縦に振っているのが分かった。

「よか・・・・」

僕はそこで言葉を切った。

マサルが首を振るのをやめない。

ブンブンと首をもげてしまう勢いで振り続けているのだ。

「おい!マサル!?」

マサルの隣の俊がマサルの方へと近寄る。

その時、

「ぐ・・うぐぎぃ・・ぃぃぐ・・」

マサルが苦しそうな声を上げ、その場で悶え始めた。

「おい!!だい・・・」

「うぉえっうげえええええええええぁぁ」

マサルの嘔吐する声とともに、その場にビチャビチャと何かが落ちる音が部屋に響き渡った。

「げぇぇぇぇうぉえああぁぁぁ・・」

マサルの声は止まない。

あまりの衝撃に僕らは固まった。

ビチャビチャと何かが地面をならす音と、マサルの嘔吐する音だけが、室内に鳴り響く。

「うぐっ・・・・・・」

隣で敏樹が声を上げた。

続いて俊も、じゅんちゃんもその場で悶え始める。

それと同時に始まる嘔吐。

部屋の中は一瞬にして、四人のうめき声と嘔吐する音で埋め尽くされた。

僕は何が起きているのかが全く分からなかった。

部屋に広がる異臭・・・

その時、なにかが物凄い勢いで僕の顔をガシリと掴んだ。

あまりの力に、顔の肉が破れてしまうのではないかと思った。

「い・・・いぃ・・ぐぅぎぎ・・・」

顔が裂けるような激痛に、僕はその場に這いつくばった。

僕の顔を鷲掴みにした指が、口の中へと入り込んでくる。

思わず僕はその場に嘔吐した。

ボロボロと何かが口から地面に零れ落ちる。

僕の歯だった。

一瞬にしてすべての歯が僕の歯茎から抜け落ちたのだ。

「うげぇっぇえぇぇぇ」

それでも僕を襲う吐き気は治まらない。

何が一体こんなに腹から出てくるのか分からない。

もう嫌だ、息ができない・・

鼻水と涙が入り混じり、僕の顔がぐしゃぐしゃになる。

瞬間、

脳を貫くような激痛と共に、僕は意識を失った。

ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーー

カーテンの後ろから漏れる光で、僕は目を覚ました。

だんだんと意識がハッキリとし、天井の木目が見えてくる。

ガバッと僕は飛び起きた。

俊、マサル、じゅんちゃん、そして敏樹も同じく目を覚ましたようだ。

みんな目をこすりながらその場に起き上がった。

真ん中には、ドロドロに溶けた蝋燭。

そしてーーー

「あれ、歯がある・・・」

口を開いたのはマサルだった。

僕もとっさに舌で口の中をなぞる。

確かに、歯がきちんと並んでいるのが感触で分かった。

「夢・・ってこと?」

「・・・・でも、臭いな・・・」

敏樹が顔をしかめて呟いた。

部屋には、昨夜ほどではないが、確かにあの時の嫌な腐敗臭がたちこめていた。

「おい・・・」

俊がゆっくりと俺たちを取り囲んでいた盛り塩を見回した。

真っ白だった塩は、まるで上から腐っていったかのように黒く変色していた。

そして、まるでその盛り塩の周りをなんども歩き回ったかのように、無数の黒い足跡が僕らを取り囲んでいた。

みんな口を開けたまま、その場で固まってしまった。

どこからが現実で、どこからが僕らの夢だったのかが全く分からなかった。

僕の顔にも、まだあの鷲掴みにされた感触がなんだか残っているような感じがする。

僕がそっと頬を触ったとき、俊がぎょっとした顔で言った。

「おい、良平その手どうしたんだよ!それに首も!」

「え・・・?」

視線を僕の手に移すと、指先は赤く、爪の間にはなにか皮膚のようなものが挟まっていた。

それと同時に何か首に違和感を覚える。

「血ぃでてんぞ!」

敏樹が僕の首を指差す。

「でも・・・・俊も、敏樹にも・・・」

僕は一人ひとりの首を見回した。

僕だけではなく、四人全員の首に、首を鷲掴みにしたような跡がくっきりと残り、うっすらと血が滲んでいた。

手にも僕と同じように、血と皮膚がこびりついている。

おそらく僕も同じなのだろう。

「僕たち、お互い首を絞めあったってこと・・・・?」

「それか自分自身で自分の首を絞めたか・・・・」

じゅんちゃんが呆然と自分の手を見つめながら呟いた。

僕らは、その場にただ黙って立ち尽くすしかなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この後は大変だった。

まず部屋の窓も障子もすべて開け放ち、漂う腐敗臭を室外に出した。

蝋燭と変色した塩はビニール袋に入れ、ゴミ箱の奥へ押し込んだ。

一番苦労したのが、黒い無数の足跡だった。

何度拭いても、まるで畳の奥に浸透しているかのようにこびりついて、全く取れないのだ。

結局僕たちは、泥の付いた足で部屋中を走り回ったと嘘をつき、後で俊のお母さんから大目玉を食らった。

本当のことを言っても、きっと信じてもらえないだろう、

そう思っての嘘だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夏休みも中盤に差し掛かり、蝉の声が更に五月蝿さを増した頃、僕たちはまた集まった。

縁側でカラカラと氷の入ったカルピスのグラスをかき回しながら、俊が苦々しい顔で口を開いた。

「あの後さ・・・じいちゃんに呼び出されたんだよね、俺」

「え?なんで?」

僕は聞き返した。

他も一斉に俊に注目する。

「いや、なんかじいちゃん分かってたみたいでさ、俺たちが百物語したこと」

「まぁ話した数は十個だけどね」

敏樹が横から口を挟んだ。

「いいだろ、そんなこと。でさ、めちゃめちゃ怒られた。死にたいのか!ってすごい剣幕でさ。なんか百物語自体よりも、蝋燭を囲んでみんなで怪談話をするっていうことがいけないみたいで、ほんとにイケナイものが集まってくるとか、なんとか・・・」

じいちゃんの話をちゃんと思い出せないのかだんだんと俊の声が小さくなった。

「あっ、でもじいちゃんに、盛り塩で結界を作ってたことと、何かが見えた後に明かりを点けなかったことは褒められた。」

「盛り塩は分かるけど・・でも明かりはなんで?」

「寄ってくるんだってさ、その明かりに。その時見えた以外のモノも。」

「じゃあ逆に点けてたら、僕たち・・・・・」

あれだけではすまなかったと考えると、全身に鳥肌が立った。

その後分かったことがもう一つ。

あの時、

「早く明かり点けようぜ」

そう口にした人が誰なのか、未だに分からないのだ。

Concrete
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ネタバレ注意
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すんごい鳥肌と、恐怖でヤバいです

百物語とは儀式ですからね

軽はずみにやってはいけないものですよ

返信

aoiさん
最近登録されたんですね、はじめまして^ ^
そろそろ怪談の季節がやってきますね。
ワクワクもしますが、やっぱり怖さの方が上ですな(~_~;)
んーむ、自分も恥ずかしながら盛り塩に関しての知識を殆ど持たないままにこの話を書いたもので、どの塩が効果的なのかは分かりませんねぇ…
でももしかしたら名の通っているブランドの塩の方がパワー強めだったりする……んですかね笑
はっかっ○っのっ塩!
これからもよろしくお願いしますm(__)m

返信

初めまして最近このサイトに潜りこんで来たものです。

百物語と言えば夏の風物詩ですね。
今年の夏も何人者の勇者が異界への扉を開くのでしょうね。
恐ろしい事です。

ところで、結界の塩って食卓塩よりミネラルたっぷりの伯○の塩みたいな方がいいのでしょうかね?
私には試す勇気はありませんけどね↓

返信

苦粗矢蝋さん
コメントありがとうございます。
このようなコメントがいつも自分の次作への励みになっています^ ^
楽しんで頂けたのなら嬉しい限りです。
新作を楽しみにしてくれている苦粗矢蝋さんのためにも、また次作も頑張って書かせて頂きます^_^
これからもよろしくお願いしますm(__)m

返信

いや~ぞくぞくしました。
そんな謙遜しないでください。
鉄板といっても、その中でもいろんなストーリーや描写がありますし、ここまで読み手に恐怖を与える作品はなかなかできないですよ。
籠月さんの他の作品もとても読みやすくおもしろいです。
誠にわがままではございますがどんどん新作お願いいたしますm(__)m

返信

パルプンテさん
鉄板中の鉄板ですね笑
題材がベタなものなので、話の展開もちょいとベタよりになってます…^_^;
それでも怖いと感じて頂けたのなら有り難き幸せ!
またよかったら次回作も読みに来てくださいm(__)m

返信

百物語のお話は怖い話では鉄板ですね。
とても怖いお話でした。

返信

酢物さん
きっと自分も即失神です笑
暗闇っていうのは色々な創造力をかきたてるので怖いですね…
だからといっていつでも明かりをつけるのが正解、ではないということですね(~_~;)
いやー自分で言ってて怖くなりました笑
またよろしくお願いします^ ^

返信

ガラさん
百物語をしたら実際にはどうなるんでしょう…
本当に霊は集まってくるんでしょうか(−_−;)
だとしたら友達はガラさんに救われましたね笑
コメントありがとうございました^ ^

返信

お、おう…
その場にいたら気を失ってしまいますね。
明かりをつけてたら…ぞっとします。

返信

この前 百物語しようってダチに言われたけどやめさせて良かった気がする、、、、、、マジ怖い。

返信

ロビンMさん
いつもコメントありがとうございますm(__)m
毎度、怖い話を書く励みになってます。
今回は少しベタな展開になって目新しさはあまりないのですが、それでも楽しんで頂けたのなら嬉しいです^ ^
自分も多分リアルでこれをすることはないと思います…なにか起こったら自分で対処する自信がないので笑
ロビンさんの次回作も楽しみにしてます^ ^

返信

やあロビンミッシェルだ。

籠月先生、新たな恐怖を有難う!…ひひ…

俺も興味はあるが未だに百物語なる儀式に手を出した事はない、今回は俺も一緒に体験出来た様な気がしてラッキーだったよ!

少しこ、怖すぎだがな…ひ…

俺がリアルでこれをする事は絶対に無いと断言しておくよ…ひひ…

返信