叔母から聞いた話だ。
私の叔母は今年で四十になるが、未だに独身だ。叔母は両親から継いだ家に住んでおり、悠々自適に暮らしている。
叔母の家の近所には、少し風変わりなおばあさんか住んでいた。人当たりのいい、明るく朗らかな性格なのだが……あまり普及していない、変わった宗教に入会しているという噂だった。叔母も何度か宗教に勧誘されたらしいのだが、全て断ったという。
ある日のこと。急に叔母の家に例のおばあさんが訪ねてきて、こう言ったそうだ。
「要らなくなった箪笥を引き取って貰えませんか」
半年前に五十年以上連れ添ったおじいさんが亡くなり、それを機に要らない家具を処分することにしたのだとか。箪笥もその中の一つなのだが、造りの良い箪笥なので、棄てるには忍びない。なので、叔母に出来るなら引き取って貰いたいのだと、おばあさんは切実に訴えた。
最初は有り難い話だと思った。その箪笥というのは桐箪笥で、仙台で購入した質の良い物だということは前々から聞いていたからだ。だが、おばあさんがあまりにも執拗に引き取るようお願いするので、少し妙な気もした。
使わなくなった箪笥なら、他人に譲るよりもリサイクルに出せばいいのに。リサイクルショップにでも売れば、少しはまとまったお金が手に入るのに……。
叔母は引き取る前に箪笥を一度見せて欲しいと申し出た。おばあさんは渋い顔をしたが、仕方なさそうに了承した。
おばあさんの家に上がり、日本間に鎮座した箪笥を拝見した。なるほど、確かに材質は良さそうだ。手垢などもないし、黴臭くもない。見事な桐箪笥である。
だが。引き出しを開けてみようと手を伸ばすと、おばあさんが物凄い形相になって阻止した。普段の印象からはまるで想像もつかない、鬼のような顔つきになって甲高い奇声を上げて。叔母の手に噛みつくような勢いで掴み掛かってきたらしい。
驚いた叔母が手を引っ込めると、おばあさんは我に返ったように目を瞬かせ、そしてこう言った。
「その引き出しはね、開けたら駄目なのよ。おじいさんが……」
おじいさんが。その続きは、おばあさんは頑として言わなかった。
後々聞いた話によると、おばあさんの信仰する宗教とは、生きた人間を生け贄に捧げれば病魔を退治出来るという謂われがあったらしい。
半年前に亡くなったおじいさんも、実はおばあさんによって殺害されており、生け贄として箪笥の引き出しに長いこと入れられていたそうだ。
ただ……。生け贄として捧げなければならないのは、男性一人に女性一人。まず男性を生け贄として捧げ、その一年後に女性を捧げるのがしきたりなのだそうだ。しきたりを破ると、重い病魔に掛かり死んでしまうのだという。
そこまで話した叔母は、最後にぼそりと呟いた。
「……あのババァ、私を第二の生け贄にしようと考えていたみたいだよ」
作者まめのすけ。-2