幾度となる長い時間の検査のあげく、癌だと診断された。
現代医療の進化、発展は癌患者を勇気づけるが、多岐にわたる診療方法があり、確立されてない分野が多く、それは多くの患者に不安と憤りの思いを育む。
最先端の放射線治療では多面方向から出る放射線を一点に合わせて照射し癌細胞を死滅させるという画期的なものだが、保険の適用外という事で約300万円程の出費を強いられる。
所詮、命も金次第かと深いため息がでる。
だが、医師に余命が持って3ヶ月、治療より時間を大切にして下さいと告げられた。
医師の言葉は全ての治療は徒労に終わるから残された時間を考え黄泉にへと旅立つ準備をしなさいとの事だと理解した。
死ぬとわかれば、やらなけりゃならない事が意外に多い事に気がついた。
まず、エッチな本とDVDを処分しよう。泣いてくれるであろう家族への遺品としてマニアックな“モノ”では笑いを取れない、きっとドン引きされる。
次に穴の空いたパンツや靴下、いやダサイ服は全て捨てよう。遺品整理のさなかに、家族からの“乾いた”笑いには耐えらない。
最後に遺言書を書こう。財産など無いからこそ、どれだけ家族を愛したか感謝の気持ちを文字に変えて、捧げよう。
その翌日の朝、全てを知り、ふさぎ込んだ面持ちの家族と、ともに食卓を囲んだ。
妻、息子、娘、お前達に感謝しているとの言葉と、自分は幸せ者だから悲しまないでおくれ、と言おうと泣き腫らした顔をあげた。
涙がにじんだ眼に写る愛しい家族達、、、
えっ!?誰?
俳優の温水(ぬくみず)さん風の男が妻と息子の間の後ろに立っている。
「はぁ?あんた誰や」
『あのぅ誘導員なんです、すみません』
「いやいや、返事になってへん。あんなぁアンタ朝から知らん人の家に入ったらあかんやないか?台所のオタマのような頭に残った毛ぇむしり上げるでぇ」
『私が聞いた中で一番の脅し文句です』
家族を見ると全員あっけに取られ、口を大きくあけていた。沈黙の末に息子が、、、
「あかん、父ちゃん、いってもうたわ」
「何がやねん、わしはお前の後ろでハゲ散らかしたおっさんに言うとんねん。お前、どこの世界に、知らんおっさんが家に入って黙っとる阿呆ぅがおんねん」
横にいた娘が、、、
「お父ちゃん、そんなおっちゃん、どこにもいてはらへんやん」と言うと、溢れる涙を拭いもせず、悲しい眼で見つめられた。
えっ、えっ?この男が見えているのは俺だけか、っと思った瞬間、温水さん風のその男、【以下(ぬ)と表示】は、、、
『そうです。貴方の残りの人生を誘導する、あの世からの使者なんで、他の人には見えないんです』
わかった!死神だ。だが待てよ、ずいぶん弱々しい野郎だ。
不思議もので、死の宣告を受けて自分の命を諦めていたが、目の前の弱々しい死神を見ているとコイツを何とかしたら生きられるんじゃないかと、、、生への欲望、いや希望がわいてきた。
大きな咳ばらいをして
「いやぁ〜父ちゃん取り乱したみたいや、スマンな、ほんまにスマン。もう大丈夫や。あの医者があかん言うても、あくこともあるやろ?わし、最後まで闘かってみよかって思ってんねん。そやから悲しみなさんな、な、ええか」
最初に予定していた言葉と正反対の言葉を口にした。僅かだか皆の顔に希望の表情が生まれた。
それを見た(ぬ)は動揺はしているが、情けない表情で、、、
『いや〜それはガッツ石松が東大入るより難しいと思います』
(ぬ)の言葉に反応したら家族が怪しむ、ここはスルーして突っ込みを入れずに、微笑を絶やさず、話を続けた。
「わしは嘘やなく、ホンマにええ嫁と子供達に恵まれている。そやから人生を簡単に諦められへんのや。闘うしかないやろ?負けると誰が決めんねん。医者じぁないやろ?わしらが決めることやて」
みんなの青ざめた頬が肌色を取り戻し始めたが(ぬ)がまた余計な事を言い出した。
『あのぉ〜力説されてるところ恐縮ですが誘導員の僕が派遣されておりますので、、既に決定しております。それを変更するのは具志堅さんに微分積分を教えるより難しいと思われます』
「やかましいわい、目ぇ突いたろかボケ!なんやねん、オノレ笑いを取りたいんか知らんけどな、難しい事あるかドアホ!わしはやる言うたらやるんや上等やないか、なんやったらカエルに足し算教えたる」
家族全員、目を見開いている。まさにあっけに取られるとはこういう様子を言うのだろう。息子が深いため息をして、、、
「やっぱり、お父ちゃんアカンわ。急に怒ったと思たらカエルに勉強やて?ガンが脳に転移したんや」
「何ぬかしとんねん、わしが言いたいのは不可能を可能にするっちゅうこっちゃ。諦めたらアカンって言いたいだけやて」
怪訝な面持ちの家族に会社へ行く時間だと言って玄関へと背を向けた。
「くそ〜あのガキどないしたろか」と呟きながら定刻の電車に乗る駅へと歩いていると(ぬ)が並んで歩いてきた。
『あのぉ〜貴方の残りの人生の誘導と申し上げましたが、その人生とは死後の49日も含まれます。現世では死ぬ迄を人生と言いますが、霊界では冥界へ入る迄の事です』
『なんやて?べっぴんさんやったらええけど、何が悲しいてヒジキ、頭に乗せたおっさんと残りの人生すごさにゃアカンねん?わかった罰ゲームかい?わしゃ犯罪者か』
『あのぉ〜それは割り当て制でして、簡単に例えて言うなら無数に区切られた大きなルーレットが回っていまして、、、
次々に球が投じられて球が区切に落ちていく様子を想像して頂けると分かり易いと思います。すなわち球が終末を迎える現世の方で区切が各誘導員達です』
『なんとなくやけど分かった。わしと言う球はアカンとこに落ちたちゅう訳やな』
『はいとは言えないじゃないですか』
『まぁええわ、そりゃそうと何かサービスとかないんかいな?えぇ?そりゃそうやろ残りの人生を足が臭そうなおっさんと二人三脚って天罰はひどすぎると思わへんか』
『また、はいとは言えないじゃないですか。でも、初めに言われたサービスって言うのが正しいかどうかは分かりませんが、僕といると霊とコンタクトできます』
『なにぃ?コンタクトレンズ?』
『そんなボケはいりません。現世に留まる霊達の声が聞けます。説明を続けます。先程、例えさせて頂いた巨大なルーレットには大きな穴の空いた区切が2つあります。
ひとつはそのまま冥界へと続く穴で、もう一つは現世に続く穴。この穴をくぐると霊体と化した魂は現世をさまよい続けます。貴方は私の区切りに落ちて次へと誘導される迄、現世の霊達と会話が出来ます。』
『なんやて?オノレ急に上から目線で何ぬかしてけつかんねん。わしがいつ頼んだ?
頼みもせんのに何、勝手な事ぬかしとんねん。
考えてもみんかい。
ワレが家におってやで、突然ラーメン屋が頼んでへんのにや、勝手に出前持ってきて、麺がのびるから早よ食えっちゅう事と一緒やろ?頼んでへんラーメンが食えるかボケ!ものには順序ってもんがあるやろ、ワレしばきまわすぞ』
『貴方の言いたい事はわかりますが運命は僕にも変える事は出来ないんです。受けいる事しか出来ないんです。すみません、貴方が仰るよう僕はただ命じられたラーメン屋の店員なんです。お気持ち、お察し致します』
『なんやて?お前いま店員、言うたな。ほんなら店長がおるやろ?誰や?エンマか?木村庄之助か』
『最後の方、相撲行司の方ですよね』
『もぅええ、そないな下手な突っ込みいらんちゅうねん。“誰が相撲せなアカンねん”っちゅうのが正しい突っ込みやね。
おいオイッ、お前、何メモっとんねん。書かんでよろしいわ』
『はぁ、あっ言い忘れました。僕と手を繋ぐともれなく現世の人の心が読めます』
『もれなく、か。腕あがったんちゃうか?
ん?まてまて心が読める?』
男は(ぬ)とともに定刻の電車にのりこんだ。
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作者神判 時
最後まで読んでいただきありがとうございます。シリーズ化したいと意気込んでいますが、いかがでしょうか、辛辣なご批判、ご指摘を是非お願い致します。