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駅から二十分くらい揺られたであろうか。妹の希沙がブレーキを踏んだ。かくんと止まった車。
「小夜子さん、お待たせ。どうぞ」
「ありがとう、希沙さん」
二十分で程よく打ち解けた小夜子と希沙の後ろを着いていく。闇夜に溶けた小夜子の黒髪が靡いた。温い風。台風が近い。
「夜ご飯、簡単なものでごめんなさい」
希沙が笑うと小夜子も笑った。
小夜子と結婚したからといってここに住む訳ではない。今晩泊まるだけだ。希沙と父親に紹介するだけなんだ。
すぐに出ていくから。
むせ上がる吐き気。温い風に当たると鳥肌が立った。
変わらない小さな家に上がる。いつの間にか後ろにいた小夜子が背中を擦った。
「大丈夫よ」
深緑色の右目が明かりに輝いた。このまま押し倒したい衝動をなんとかしまいこむ。丸裸になって小夜子に抱き締めて欲しい。
無言の父親と希沙、俺と小夜子でささやかな食卓を囲む。小さな川魚を焼き、青菜を茹で、精米しきれない茶色のご飯。汁物はなかった。
「大学からの知り合いだったんだ。お互いの単位をよく心配したよな」
「そうね。どうしても遊びたくなるのよ」
「小夜子さん、モテたでしょ」
「まさか。全然よ」
「ウソ、兄貴、どうだったの?」
小夜子は確かに美人だ。ビスクドールみたいな肢体に陶器仕立ての完璧な顔がのっかっている。
「見た目だけならな。でも小夜子は変わってたからさ」
「変わってた? うーん。あ、アニメが好きすぎるとか。脱いだらムキムキ筋肉質とか」
くすりと笑う小夜子。伸びた指先が何かを描いていた。
「違うよ。魔女なんだ、小夜子は」
魔女、イタコ、術師、狐憑き。いろんな肩書きが小夜子に与えられた。
「無くしたものを何でも見つける。テスト範囲は毎回バッチリだった。人探しもお手の物だ。呪うことも願い事も完璧。死んだ人間や動物と話すのもわけないよ。だから結婚しようと思ってね」
大きな雷が轟いた。激しい雨が会話を不成立とさせた。
無言の父親はもういない。小夜子と仲よくなった希沙ももう消えた。駅まで歩くとどのくらいかかるのだろう。小さな家にも雨は降り注ぐ。小夜子と身を寄せる。
「大丈夫。怖かったら目を瞑って」
小夜子の甘い香りが眠りを連れてくる。口づけると小夜子の冷たい舌がするりと絡まる。足を血だらけの母親に掴まれた。小夜子は母親を見下ろして言った。
「だめ、もうこれはアタシのもの」
空洞の母親の目が蠢いた。
「あなたたちはもう、昔話になったの。アタシが語る昔話に」
小夜子は俺の身体に腕を巻き付ける。
耳元で笑う小夜子に、それだけで逝かされそうだった。
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