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廃村になった故郷、そのために廃線になった電車。今考えれば、電車がなくなったことで村が廃れたのかもしれない。小夜子と初めて会った六年前。大学生活が身体に馴染んだ頃、父親と妹の希沙は俺のアパートにやってきた。全てを売ってきた、もう何もない。そう言った父親の目はあまり見えていないと希沙が付け足した。
「アパート、空き部屋ないかな?」
希沙は一緒に住もうとは言わなかった。
「明日、聞いてみるよ。このアパートはワンルームだから。不動産屋に行こう」
その晩はワンルームに無理矢理三人で寝た。少し寒かったが仕方ない。冬場でないだけ、よかったかもしれない。
次の日、不動産屋を巡り、安いアパートに二人を案内した。俺のアパートから歩いて五分くらいの所だった。
希沙は俺を心配してか、よく泊まりにきた。くだらない昔話をしては、ふわりと笑って帰っていった。
ある講義のとき、小夜子が隣に座った。小夜子はヤバイ、なんて噂は俺まで届いていたが、気にしたことはなかった。小夜子は俺を見ると一つだけ質問した。
「昔話って、昔々って始めなきゃいけないの、知ってる?」
記憶がフラッシュバックする。
昔話ってのは、あってもなくても、あったことにして、聞かないとならない、だから、昔々、で始まって、だとさ。で終わる。そう言ったのは母親だった。
「知ってるよ」
「そう。よかった」
小夜子はにこりとするとハンカチを差し出した。
「え」
「明日、出席カード、出してくれない? ハンカチはそのお礼」
講義が始まってしまい、ハンカチを返しそびれた。
その夜から希沙は泊まりに来なくなった。
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作者退会会員