『えらいロマンチックな話やなぁ…。』
『やっぱり!?なぁなぁ、麗奈も行かへん??』
『ふぇ!?』
かの有名なオカルト雑誌ム○から顔をあげると、由梨花と佳苗がこちらを嬉嬉とした目で見つめていた。
『ふぇ、じゃなくて、聞いてなかったん?』
いやいやいや、このフリーメイソンに関する記事を読めと言ったのはどっちだ。
人が読んでいる間に、他の話をするのはいかがなものか。
と、抗議の声をあげたが、二人は聞く耳持たず。佳苗は興奮した調子のまま、さっきまでしていたらしい話を私にも話してくれた。
nextpage
あまりにも有名な京都の観光スポット、「三十三間堂」。千体もの千手観音が、音もなくずらりと並ぶ姿は、来たものを魅了するという。
そこには、こんな都市伝説がある。
「千体並ぶ仏像のなかに、心の底から会いたいと思う者に似た顔をした仏像が必ずいる」
要は、その仏像に祈ったら、恋が叶うんじゃね?のノリらしい。
華のキャンパスライフを想像して仲良く同じ大学に合格できた3人だが、まぁ食堂でム○なんか広げて仏像の話をしている私たちに、彼氏などいるわけはない。
でも、だからって…
オカルトを拗らせてというか、恋愛が出来なさすぎてというか、なんだか斜め上に向かっている気がするのは気のせいか…?
でも、仏像マニアの私にとって、かなり良い話だった。
三十三間堂といえば、阿修羅や風神雷神も安置されていたはずだ。恋云々はともかく、阿修羅には会いたい。
『麗奈、どうする?』
『行く。私のアイドルに会いに行く』
nextpage
wallpaper:70
――――――――――――――――――
すっかり葉桜になった並木通りを、自転車ですっ飛ばす。
二度寝してしまった。なんとか次のバスには乗りたい。
由梨花と佳苗と私は、無事に第一希望だったD大学に合格した。私と由梨花は同じ学部で、佳苗だけ別の学部だが、キャンパスは同じ場所にあるため、昼休みなどには食堂に集まって下らない話(主にオカルト)に花を咲かせている。
大学で新しい友達も出来たが、やっぱり由梨花と佳苗とは「戦友」のような、強い絆がある気がする。
あの長い受験期間を共に乗り越え、共に模試の結果に一喜一憂して
…あの鴨川の時だって…
そこまで考えて、私はブルっと身震いした。思い出したくないことまで思い出してしまう。今日はそんなことはないだろう。恋愛祈願(?)に行くだけなんだから。
私は頭を振って、記憶の片隅に甦ってきた生首を追い出した。
そのとき、視界の端にバスが発車するのが見えた。
『ああぁぁぁああぁぁ……』
nextpage
wallpaper:105
――――――――――――――――――
参拝券売り場は、外国人のツアー団体や学生服姿の人でごった返していた。
さすが日本屈指の観光地。混み方がえげつないのなんの。
その人混みのなかに、由梨花と佳苗の姿を見つけた。
『由梨花、佳苗!』
私が駆け寄ると、二人は鬼の形相で私を睨めつけた。
『おっっっそいっっ!!』
その怒鳴り声を聞いて、周りの外国人が何事かと振り返る。
30分遅れはさすがにまずかった、と平謝りして、私たちはお堂のなかに入った。
古い木造建築独特の香りのする廊下を曲がると…
『うわぁ……』
生粋の京都県民である私たちでさえ、来る度に息を呑む光景だ。
ずらりと並ぶ千手千眼観世音…。これが千体…。鬼気迫るというか…。穏やかな顔をしているのに、この圧迫感や威圧感はなんなのだろう。
しかし不思議と落ち着いた気分にもなる。
『すごいなぁ…やっぱり』
『ほんまに…何本腕あんねんやろ』
そっち?
由梨花が鼻息荒く言った。
『そんなことより!!会いたい顔を見つけるで!』
そういえば、由梨花と佳苗のメインはそれだった。
『そうやな!りょう~♡』
『つばさ~♡』
二人の叫んでる名前がアイドルな気がするけど、きっと気のせい、同名なだけ。
長い長いお堂のなかに、整然と並んだ千手観音。その最前列に、数メートルごとに、千手観音以外の仏像も並んでいる。例を挙げるのであれば、私が愛してやまない阿修羅や迦楼羅など。あぁ…やっぱり仏像はいい。
そして、後ろに並ぶ千手観音も、よく見れば一つ一つ顔が違う。基本的には薄い目に少し低めな鼻、きゅっと軽く閉じられた口元など、同じ系統の顔はしているのだが、そのなかでも目の少し大きな顔や、微笑んでいる顔、シャープな顔など…。
これが千体もあれば、会いたいと願う人に似た顔もあるだろう。
私のメインは阿修羅なのだが、少し由梨花と佳苗に便乗して、会いたい顔を探してみることにした。
3年前に癌で亡くなった、大好きなお祖父ちゃん。ちゃんと看取ることも出来たし、たくさんお見舞いにも行ったから、悔いはない。でも、今でも時々どうしようもないくらい会いたくなる。
もしもこの中に、お祖父ちゃんの顔をした観音様がいてくれたなら、会いたくなれば、会いに来ることができる。
『おぉっ麗奈も探し始めたかっ愛しの彼を!!』
『誰や誰や!?正直に言いなさい!!』
なんか真剣になりすぎて変なテンションになってる由梨花佳苗コンビを適当に流しつつ、仏像一つ一つの顔を見ていく。が、そうそう簡単には見つからない。
そもそもほとんどの仏像には性別という観念があまりなく、顔も身体も中性的に造られることが多い。
だからこそ、会いたい人が男性でも女性でも探せるということなのだろうが、生憎私のお祖父ちゃんは、男らしく厳つめの顔をしていた。
残念ながら、目の前で私たちを見つめ返してくれる千手観音に、そんな顔は見当たらない。
nextpage
『あ、阿修羅来たで!!麗奈!!』
『ふぇ!?ふぉう!!』
千手観音に夢中になっていて、阿修羅のことを忘れていた。お陰で大勢の前で歓喜の奇声をあげてしまった。
相変わらずお美しい…。興福寺の穏やかな阿修羅も良いが、やはり戦闘の神 阿修羅といえば、この荒々しさがポイントだろう。悪鬼の如く目尻を吊り上げ口角を下げ、何かを叫んでいるようにも見えるその姿には吸い込まれそうな何かがあ――
nextpage
『麗奈、置いていくでー』
薄情ものの友人に、私と阿修羅は引き離されてしまった…。あぁ…阿修羅ぁ…。
さて、もう一度千手観音のお顔を丹念に見ていくとするか…。
穏やかな顔、冷たい顔…うーん、やっぱりないか…。
日本男児って感じの千手観音っていうのも、なんか変だし…。
もうすぐ長いお堂も終わってしまう。残念だが、諦めるしかないか…。
nextpage
そのときだった。一番端の列の真ん中あたり。そこに佇んでいる千手観音。そこから目が離せなくなった。
『つばさくん…おらんかった…』
『私もあかんかったわ…。麗奈?』
返事をすることさえ出来ない。
そこにいる千手観音の顔は、間違いなくお祖父ちゃんの顔だった。この柵がなければ、この千手観音たちの隙間を駆け登って、抱き締めたい。
紛れもなくお祖父ちゃんだ。
『麗奈?どうしたん?』
『あれ…あそこにいる千手観音、亡くなったお祖父ちゃんの顔してる』
由梨花と佳苗は目を丸くした。
『じゃぁ、麗奈が会いたかったのって、お祖父ちゃんやったんや』
『良かったやん!!お祖父ちゃんの写真とかある?どれくらい似てるのか見たい!!』
私はスマホを取り出して、アルバムを開いた。確か、まだお祖父ちゃんが元気だったときに旅行に行ったときの写真があるはずだ。
『えっとね…あ、これこれ』
二人は私のスマホを覗きこんで首を傾げた。
『…ん?…似てる?』
『私はあんまり思わないかな…』
え?そんな馬鹿な。私も写真を見直した。
本当に似ていない。似ていないのだ。全く。
でも、佇んでいる千手観音がお祖父ちゃんに似ていないわけではない。
さっきまで声が出せないほど衝撃的に似ていると思ったのだから。
どちらもお祖父ちゃんなのだ。でも似ていない。
…どういうこと?
nextpage
なんだかモヤモヤした気分のまま外へ出る。
『せっかくやからさ、通し矢する場所も見たいなぁ』
『そうやな!いこいこ』
建物の裏にまわると、綺麗に整備された庭の様なところに出た。
ここでお正月に通し矢が…などと3人で感慨に耽っていると、後ろから声が聞こえた。
『もしもし…お嬢さんたち』
振り返ると、とんでもなく背中の曲がった老人が建物に続く階段に、ちょこんと座っていた。性別がわからないくらい嗄れ声だけど、多分、おばあさん。
『はい?』
『心から会いたい人を探しに来たんじゃろ…?』
『うわ、恥ずかしい会話を聞かれていたんですね』
顔を赤くする由梨花。佳苗もばつが悪そうに頭をかいた。私は、少し変な気分になった。
こんなおばあさん、中にいたっけ…て言うか、おばあさん腰も足も悪そうなのに、一人でお堂を歩いたのかしらん。
おばあさんは、かっかっかっと笑っているようだったが、痰が絡まっているようにしか聞こえない。
『若くてよろしいやないか…でもなぁ…ここの観音さんには、他の言い伝えがあるのも知っとるか?』
『他の?』
『せや…知りたいか?』
嫌。なんか嫌な予感する。
でも、由梨花と佳苗のオカルトスイッチは入ってしまったらしい。
『聞かせてください!!』
『是非!』
…あーあ…
おばあさんは咳払いをひとつした。
『…昔昔の話や…ここが出来た頃やな…千体もある観音さんのなかに…自分に似た顔があるゆう噂がたってな…』
『自分に、ですか?』
『せや…会いたい人の顔があるっちゅうことは、自分の顔があってもおかしないやろ?…ただなぁ…自分に似てるって言うた人は…つぎつぎ死んでいきおってん…』
『え…』
『…それから、こんな噂がまたたちよった…千手観音のなかに…自分の死に顔をしたもんがおる…てな』
『自分の死に顔なんか、わかるんですか…?』
『死期が近い者には…わかるんやろな……ところでお嬢さんがた、お堂の中には今何体の観音さんがいらっしゃるか知っとるか?』
佳苗が首を傾げながら言った。
『え?千体じゃないん?』
私ははっとした。違う。千体じゃない。
nextpage
『千一体…ですよね?』
おばあさんは私の顔を見てニヤリと笑った。
『お嬢さん…よぉ知っとる……せや…真ん中の大きな観音さん入れて千一体や……もともとは無かったんやけどなぁ…』
『どうして千一体目が造られたんですか?』
『…千体は、“割り切れる”数字やろ?…自分に似た顔を見つけてしもた人の命が“割りきれない”ように、千一体目が造られたんや……それから…死んでまう人は減ったそうや…』
さっきまでぽかぽかしていた気温が、下がった気がする。
私たちは、何も言えずに突っ立っていた。するとおばあさんは、手をヒラヒラさせて言った。
『話は終わりや……年寄りの話に付き合わせて…すまなんだな…』
私たちは、無意味にお辞儀をすると、その場を後にした。
nextpage
wallpaper:1
『いやー、ええ話聞けたな!!』
『ほんまに!!まさかオカルトネタが拾えるなんて』
再びテンションマックスの由梨花佳苗コンビ。だが、私はそんな気分じゃない。
おばあさんの正体とか千一体目とか、なんかもうどうでもいい。
『麗奈?お腹すかへん?なんか食べに行こー』
『このあとどこ行こかー?』
nextpage
そして、この私しか気付いていないことを、この二人に告げるつもりもない。
nextpage
『う、うん。あ、マックの新しいハンバーガー食べよ!』
nextpage
あの千手観音。
あのお祖父ちゃんの顔の千手観音。
あれは、
お祖父ちゃんの死に顔に似ていたのだ。
作者ほたて
麗奈たちをシリーズ化してみることにしました。
いつまで続くかわかりませんが、頑張りますので、よろしくお願いいたします。