ある男が事故を起こした。夜中に仕事先の同僚と酒を飲み、あろうことか車で帰宅していたのである。
酒のせいで視界が定まらず、蛇行運転を繰り返していた。そのため、横断歩道を横切ろうとしていた人影に気付くのが遅れてしまったのだ。
あっと思う間もなかった。物凄い衝撃音がし、車は何かを乗り上げる格好になっていた。恐らく誰かを車の下敷きにしてしまったのだろう。
男は焦った。今すぐに警察や救急車を呼べばいいのだということは分かっていた。しかし、事故を起こしたことが会社に露見したら、クビになるかもしれない。自分には妻や子どももいる。被疑者の家族だと後ろ指を指されるのは目に見えていた。
悩んだ末、男はその場を立ち去った。車に飛び乗り、逃げるようにその場を後にした。
そしてその翌日。早朝から男の家に二人の刑事が訪れた。一人はベテランそうな初老の男。もう一人は新米という二文字がぴったりな若い男。対応に出た男は警察手帳を見せられてドキリとしたが、表面上では取り澄ました表情を浮かべていた。
「で、刑事さん。朝っぱらから何の用件ですか」
そう切り出すと、二人の刑事は何故か複雑な表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。てっきりこの場で逮捕されるのではと内心震えていた男は、何だか拍子抜けしたような気分だった。
やがて初老の刑事のほうが重い口を開けた。
「昨夜、駅前で轢き逃げ事故があったのをご存知ですよね」
断定的な口調とは裏腹に、どこかしら複雑な声音だった。男がとぼけて「知りません」と答えると、刑事は決まり悪い表情を浮かべ、歯切れ悪く話し出した。
「轢き逃げ事故の通報がありましてね……。サラリーマン風の男が倒れていると聞いたもんで、駆けつけたんですが……。その、ちょっと現場の様子がね……変わっていたもので……」
「変わっていた?」
「ええ、まあ……。話は遡るんですが、事故が起きた時、目撃者は誰もいなかったんですよ。深夜でしたしね。でも、私らはあなたが轢き逃げ事故を起こした犯人だとすぐ分かったんです。何故だと思いますか」
「………?」
急に質問を振られ、男は首を傾げた。この刑事は一体何が言いたいのだろう。隣に佇む若い刑事は、口を挟むつもりはないらしく、居心地悪そうに黙っていた。
男が何も答えないでいると、初老の刑事はぼそりと言った。
「……轢き逃げされた遺体の一部がタイヤに巻き込まれていたみたいでね。現場からあなたの自宅まで、血液やら遺体の細切れやらが一直線に続いていたんですよ」
作者まめのすけ。-2