僕には大学時代からずっと付き合っている彼女がいる。二十歳を迎えた頃から、お互いに結婚を意識しだし、社会人になって生活が落ち着いたら結婚しようということになった。
大学を卒業後、僕は証券会社に。彼女は市内の図書館で働いた。たまの休日にはデートを楽しみ、ごくごくたまには有給を使って遠出したりもした。平凡だが、幸せだった。
僕が彼女の小さな「変化」に気付いたのは、それから半年後のこと。その日は僕の誕生日であり、彼女がサプライズでお祝いをしてくれたのだった。
アパートでささやかなお祝いをしていると、彼女が「これ、プレゼント」と言って紙袋を渡してくれた。意気揚々と中身を開けると、そこには絵本が入っていた。
「え……。何だって絵本なの?」
僕はわけが分からず、彼女に尋ねた。一方の彼女は更にキョトンとした顔をし、「え、だって恋人にあげるプレゼントっていったらコレでしょ」などと、意味不明なことを言うのだった。
それから彼女の「変化」は次第に異常さを増していった。
仕事先の図書館にパジャマ姿のまま通勤し、同僚達に引かれたらしい。単に寝ぼけたのだと解釈されたが、そんなことが三日も続き、先日ついにクビになった。
雨が降れば、スーパーのビニール袋を頭に被り、そのまま電車に乗る。知人の葬式には水着で参列し、「手料理を作った」と言って鍋に洗剤をなみなみとついで持ってきたり。ただ、本人は決してふざけているわけではなく、真面目なのだ。
心配になった僕は、彼女を病院へと連れていった。結局、彼女は総合失調症であると診断された。定期的に病院に通ってはいるものの、病状は少しも良くならない。むしろ拍車を掛けて悪化していった。
彼女はノイローゼ気味になり、アパートに引きこもってしまった。自分が正しいと思って行動したことが他人には奇怪な行動として見られるのだということが、ことのほかショックであったらしい。
「分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、分からない……、」
一日中、壁に向かってそう呟く彼女を見ていられなかった。彼女には一刻も早く良くなってほしかったし、彼女のことを支えてあげられるのは僕しかいないと思った。同情とか自己満足じゃない。彼女のことは一生支えると腹を括り、僕は言った。
「結婚しよう!君はもう大丈夫だから!良くなるまでゆっくり時間を掛けていけばいいよ!僕は君を愛してるから!一生支えていくから!……な?だから、結婚しよう」
「……嬉しい」
しばらく黙ってから彼女は振り向いた。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「…、う、うれじいどぎっで、なにずればいいのォ……?あ、い、あいでのりょうめをばざみでぐりぬげばいいんだっげぇ?あっでる?あっでるよね…?ね、ぞうだよね?わだじ、まぢがってないよね……?」
「まぢがってないよ、ね……?」
作者まめのすけ。-2