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車を走らせ、当然のことのようにしばらく続く無言。
さっきのこと(※ある人との出会い-3-参照)があってから、何も話していない。
自分が今まで育ってきた家が、霊達の住処のようになっていたと知り、更には家から出て行け、離れろと言わんばかりに攻撃され、逃げる間際に、私にずっと憑いていた男から「おかえり」を言われる。
頭の中は、ごちゃごちゃになっていた。
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相手:「ー丹狐ちゃん、牡丹狐ちゃん!」
私:「ぅあ、はい!」
相手:「大丈夫?」
私:「…大丈夫です。」
嘘だ。全然大丈夫ではない。頭じゃ、ついていけてないけないほどの現実に愕然としていた。
相手:「話、していい?」
私:「はい。」
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要約すると、男は今まで簡単に取り憑けたが、彼が無理に追い返し、簡単には取り憑くことが出来ないことに対して怒りを覚え、どうにか取り憑こうと私の家で待ち構えていたようなのだ。車に乗り込もうとしたが入れず、途中まで車の後ろに張り付いていたようだが、振り落としたらしい。
彼曰く、異常なまでに私にこだわり、執拗に探して憑こうとするのだ、と。
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相手:「だから、何処にいても逃げられない。本当に探して来る。」
私:「…どうすればいいんですか?」
相手:「持って帰る」
私:「え…?」
相手:「俺に憑かせて持って帰る。」
私:「何言ってるんですか⁉︎」
相手:「それしかない。」
私:「それは危険です!」
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相手:「それしかない。祓える知り合いには連絡してある。」
私:「…その知り合いの人のとこには、行けないんですか?」
相手:「行く必要はない。」
私:「え?」
相手:「向こうは、準備してある。ただ…」
私:「ただ?」
相手:「牡丹狐ちゃんの髪を貰いたい。その髪を牡丹ちゃんに見立てて、封印する。」
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私:「…いいですけど、Hさん(※相手のこと。以下Hとします)は、どうなるんですか?」
H:「大丈夫。ちゃんと持って帰るから。牡丹ちゃんは、心配しないで?」
私:「心配しないでと言われても、心配してしまう状況です!逆に何で心配しないでなんて言えるんですか?」
H:「…俺は、実は牡丹狐ちゃんより、ずっと憑かれやすい。その性質を活かして、取り憑ついたものを知り合いの坊主のYに祓って封印して貰う方が良いんだ。」
私:「そんな…」
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H:「やり方は強引だ。だけど、ずっと逃げ続けるよりはマシだよ。」
確かにそうである。が、そんなやり方はあまりにHさんに負担がかかる。下手すれば、取り殺されるかもしれない。
どうしたらいいんだろう、分からない…
Hさんが、もし、取り殺されてしまったら…
想像してだけで、嫌だった。
何も出来ない自分が悔しくて、手が痛くなるほど握り締めていた。
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髪を少し抜き、綺麗に紙に包むと、宿を探し始めた。
H:「宿、見つからないね…」
私:「はい…」
やっと見つけたビジネスホテルだったが部屋が一つしか借りられなかった。
H:「ごめんね、一部屋しか借りられなかった。」
私:「そんな、仕方ないですよ。たまたまなんですから。」
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エレベーターに乗り、7階を押す。
H:「牡丹狐ちゃん。」
私:「はい。」
H:「ごめんね?さっき、あんなこと言って。」
私:「いえ、私こそ、すいませんでした…。」
H:「ううん、嬉しかったよ。」
私:「え?」
H:「あんなに心配されたのは、久しぶりだったからさ…」
少し寂しそうに笑うと、
7階に着き、開くボタンを押してくれた。
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廊下を歩き、<708>と端っこの部屋だった。
鍵を開け、部屋に入るとすでに明かりが点いており、広い空間に出た。
少し遅れて、Hさんが入って来て、全体を見渡すと少し難しい表情をするが、すぐ元の表情に戻る。
H:「意外に広いね。」
私:「ですね。」
荷物を置き、少し一息ついた後、お互いのことを色々と話始めた。
彼なりに緊張を解したり、距離を縮めたいのかな、と思い始めた。
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交互にお風呂を済ませると、Hさんは、私のことを話始めた。
H:「牡丹狐ちゃんは、入られやすい。心に隙間があって、すぐ入れちゃうんだ。心を部屋に例えるなら、牡丹狐ちゃんは、たくさん部屋があって、中が空っぽな部屋が多い。だから、入るには、丁度良い。」
私:「そう、なんですか…。Hさんは?」
H:「俺は例えるなら、鍵をかけて入れないようには出来てるけど、寄って来るものは来るから、タバコ吸ってるよ。」
私:「…私にも寄って来るんですか?」
H:「牡丹狐ちゃんが怖いと思ってしまうと反応して寄って来るね。牡丹狐ちゃんは反応が良いし、念というか、そういうモノをキャッチ出来る幅が広い。」
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私:「そうなんですか…」
H:「初めて知った?」
私:「はい…。」
H:「そっか。」
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電話が鳴った。
HさんのiPhoneで、別室へ移動した。
一人になってしまって、急に心細くなり、ベッドに寝ているとHさんが戻って来た。
H:「…。」
私:「あの…?」
H:「後ろ、向かないで。動いちゃダメだよ。」
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怖い…
どうしよう…
だんだんと空気が冷たくなってくる。
ピシ、パシと音が聞こえる。
H:「大丈夫」
私:「え?」
次の瞬間、Hさんがソファーに叩き付けられた。
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ドカッ!ドカッ!
ドカッ!ドカッ!
ドカッ‼︎
私:「ひっ…っ!」
何かに髪を掴まれ、何度か頭をソファーに打ちつけられた後、Hさんは、起き上がるとドアの方に移動した。が、今度は倒れて何かが背中に乗った。
H:「重い重い重い重い重い重い重い重い重い‼︎」
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男の霊だけじゃない、何か、背中に乗っている!
どうすれば、どうすればいいの⁉︎
やめて、やめてよ、やめて‼︎
声が出ず、涙が流れ、身体が震えだし、見ていることしか出来なかった。
H:「くっ…ッ、お前、皆引き連れて来たな…このホテルにいる奴らや、祓った奴らまで、乗っかりやがって…ッ、ガッ‼︎」
Hさんは男の霊に話すが、男は聞く耳を持たず、攻撃をする。
H:「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼︎」
背中を何かで刺され、Hさんの首を絞め始める。
H:「っ…ぅ…っっ、あっ…っ、っ…ッ!」
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見えない
けど、確かに苦しめられてるHさんと怯えて動けない私
空気が肌を切り裂くように冷たい。
一歩でも動いたら、彼らがこちらに向かって、私の中に入って来ようとするのが、肌で分かる。
本来のターゲットは、私
私は、彼らにとって居心地の良い巣であり、都合のいい器なのだ。
そんな私が止めに入れば、Hさんが今やっていることは、全て無駄になる。
攻撃しないのは、取り憑かせる為なのだから。
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H:「っ、いい、加減に、しろっ!」
力み、何かを祓った。激しく咳き込む。
H:「っ…ハァ…ハァ…っ、ぅ、ゲホッゴホッ!」
Hさんは倒れて、動かなくなった。
空気が急速に軽くなり、Hさんの元に駆け付ける。
私:「Hさん!Hさん!」
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H:「うっ…っ」
私:「Hさん!」
H:「大丈夫…」
掠れた声で呟き、ベッドに連れ行こうとするが拒み、ソファーへ行き、横になった。
私:「水、持ってきます。」
H:「ん…」
水を持って行き、飲ませる。
H:「ありがと…少し休ませて」
私:「はい…」
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眠ることが出来ず、Hさんが心配で仕方なかった。
朝になるが、Hさんは起きない。時々、うなされている。
どうしよう…
眠っているHさんの手を握ることしか出来ずにいた。
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いつの間にか、ソファーにいた。
私:「…あれ?」
H:「おはよ」
私:「っ!あ、おはようございます…」
H:「…どしたの?」
私:「…身体、大丈夫ですか?」
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H:「なんとかね。」
私:「…ごめんなさい。」
H:「…そんなに気に病まないで。」
私:「でも、あんな状態を目の当たりにしたら…」
H:「…経験上、もっと酷いものだってあった。それに比べたら、全然大丈夫。」
どうしてそんなこと言えるんだろう…
苦しんでいたのに…。その姿を目の当たりにして、怖くて、何も出来なくて…
思わず泣いてしまった。
H:「…。」
私の手を握り、顔に手を当て、
H:「海に行こうか。」
と呟いた。
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受付を済ませて、車で近くの海に向かう。
その間に聞きたいことを聞いた。
私:「男の人、いるんですか?」
H:「ちゃんと俺に憑いてるよ。」
私:「そう、なんですか…」
H:「うん。」
私:「あと、何で私、ソファーにいたんですか?」
H:「俺が移動させた。」
私:「そうですか、ありがとうございます…」
H:「いえいえー」
そこからは、お互い無言になってしまった。
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海に着くと、車から降り、浜辺を歩く。
H:「…牡丹狐ちゃん、LIVEの話は断ったよ。」
私:「そう言えば、そうでしたね、すっかり忘れてました。」
笑って誤魔化すが、うまく笑えない。
そんな雰囲気を察してか、Hさんが話をする。
H:「牡丹狐ちゃん。そういえば、お仕事先に連絡した?」
私:「あ!」
忘れていた。
慌てて携帯を取り出し、連絡する。
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Hさんは、そんな様子を見て笑い始めた。
私:「何で笑うんですか!」
H:「いや、だって、コロコロ表情も変わるし、見てて飽きないし…」
私:「もうー!」
H:「そういうとこ………よ。」
聞こえなかった。
さざ波がやけに大きな音を立てたから。
でも、嬉しいことを言われたのは、分かった。
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ごはんを食べに行って、あとは帰る。
帰路につき、言葉少なく、今までのことを振り返る。
短い間に、色々あった…
Hさんと会って、たまたま道に迷い、近くの心霊スポットへ行く道だった為、方向を変えたことから始まった。
ボーッとしていると家に着く。
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H:「着いたよ。」
私:「ありがとうございます。」
H:「短い間に、色々あったね。」
私:「色々あり過ぎました…。」
H:「まあ、牡丹狐ちゃんからしたらそうだよね。」
私:「けど、本当にありがとうございました。
Hさんがどうして私を救ってくれたか、分かりませんが、感謝しています。本当に、ありがとうございました。」
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H:「どういたしまして。」
ニコッと笑った。
H:「これからYのとこに行くから。終わったら、連絡するよ。」
私:「分かりました。」
H:「…不安?」
不安にならない訳がない。原因は、私なのだから。
また、あの時みたいに苦しむじゃないかと、考えてしまう。
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H:「大丈夫だよ。」
私:「!」
頭を撫でられ、安心させられた。
H:「また今度会えるよ。それまでに終わらすから。」
私:「はい…。また、お会いしましょうね。」
H:「さよなら」
私:「さよなら」
そうして、短いお祓いの旅は終わった。
家に入り、部屋の中に入ってベッドに寝転がるとそのまま眠ってしまった。
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後日、封印が終わったと連絡が入り、また会うこととなった。
その時に何故ベッドで寝なかったのか、聞かせくれた。
ベッドに、祓ったはずの彼氏の生霊が私の後ろに寝ていたのだ。
彼氏にまで攻撃はされたくないし、近付いたら睨まれていた為、極力近付かない様にしていたらしい。
朝になったら、消えていたとのこと。
そうして暫くした後、Hさんと恋仲になり、祓った後の様子を見守られた。
夜の仕事を辞めて、Hさんは、私の顔から死相が消え、生気が戻り始めたと言ってくれた。
Hさんと出会って、色々と変わった。
荒んで、夜の街をフラフラしていた時とは、全然違う。
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死にたいとは、思わなくなった。
もっと生きたいと思うようになった。
そして、今も私を守ってくれている。
身体と命を張って、私を守ってくれたことを忘れはしない。
今も私を守ってくれている以上、忘れる訳にはいかない。
作者退会会員
最終話です。
多少、Hさんとの絡みがあります。
誤字脱字はご指摘をお願いします。
質問は、感想でどうぞ。