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祖母達の家・屋根に住まう者②

長編8
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祖母達の家・屋根に住まう者②

・・・・・・・・・

祖母の家に泊まる時の為、僕には自室として二階の屋根裏部屋が宛がわれている。今回は薄塩も一緒だ。

窓の外に見えるのはひたすらに山の景色。新緑の季節を迎え、山は濃淡それぞれの緑に染まっている。

友人の薄塩が、驚嘆の声を上げた。

「おぉー、山だー。」

さっきも同じようなこと言ってなかったか?

グロッキー状態で車から降りた時、確かそんな発言を聞いた気がする。

お前は其れしか言えないのか・・・と考え、瞬時に納得した。其れしか言えないのだ。何せ本当に山しかないのだから。

「にしても本当に田舎だな。いや、俺達の町も大概田舎だけどさ。」

薄塩が勝手に窓を開けた。初夏とは思えない冷たい風が部屋に吹き込んで来る。

「うわっ。」

思わず声を上げた。一緒に小雨も吹き込んで来たからだ。

「あれ。止んだと思ってたんだけど、まだ降ってたか。」

薄塩が少し驚いた様子で窓を閉める。

部屋がびしょ濡れという程ではないが、畳が少し湿った。

「すまんすまん。」

あはは、と笑いながら薄塩が荷物からタオルを取り出した。床を軽くなぞるように拭く。

「あっ。普段使ってないから汚れるぞ。」

「え?いや、綺麗だけど?」

ほら、と此方に差し出されるタオル。淡い青地の其れには埃一つ付いていなかった。

「本当だ。今回は薄塩も居るし、叔母さんが掃除してくれたのかな。」

「何時もは違うのか?」

「うん。何時もは自分で・・・・・・」

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コン

窓の方から微かな音が聞こえた。目を遣ると窓の外に黒くて細い何かが見えた。

「薄塩!後ろ!窓!!」

バッと薄塩が振り向き、窓を見る。

だが、窓の外に、あの黒くて細い何かの姿はもう無かった。一瞬で引っ込んでしまったからだ。

薄塩が此方を向き、少し困ったような顔で笑う。

「ごめん、俺には見えなかった。」

「・・・・・・うん。」

どうして僕だけに見えるのだろう。僕の前だけに現れるのだろう。一体あれは何なのか。木の枝にしては動きが明らかに可笑しかった。何より、今まで此の家であんなもの、見たことなかったのに。

胸の中に不安の影が差す。

慌てて窓に駆け寄り、屋根の方を見た。あの黒くて細い物は、確か上に向かって引っ込んでいた。ならば、何か居るなら、屋根の上だ。

顔を目一杯上げ、体をギリギリまで乗り出す。

・・・何も居ない。黒々とした瓦が見えるだけだ。

薄塩がサッとカーテンを閉め、問い掛ける。

「何を見たか、説明、出来るか。」

僕は戸惑いながらも、なんとか「はい。」という返事を絞り出した。

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・・・・・・・・・

初めて見たのは、薄塩がクロワッサンドーナツを食べている時。

二回目は、曾祖母の話が終わり薄塩が立ち上がって此方を見た時。

そして、三回目。僕の部屋に着き、薄塩が窓から背を向けた瞬間。

「どうして、僕しか見てないんだろうな。」

話を終えた僕がそう言うと、薄塩は少し考えた後に言った。

「それ、もしかして、お前だけしか見てないっつーより、俺に見られたら不味いってことなんじゃないか?」

成る程。そういう考え方も有りえる。然し・・・

「薄塩に見られたら不味い・・・・・・。って、なんでだ?」

そもそも、僕は今までに何度も此の家に来ているのだ。其れなのに、今までに一度だってあんなものを見たことはなかった。現に、今年の正月だって・・・。

思案する僕を見て、薄塩も首を捻る。

「いや、今まで来た時は見なかったんだろ?普段の帰省との一番の違いは、やっぱり俺が居るかどうかってところな気がしてさ。」

「薄塩が居るかどうか?」

おうむ返しをすると、小さく頷かれた。

「自意識過剰かも知れねーけど。言ったろ?監視されてる気がするって。」

「薄塩に見られたら駄目で、薄塩を監視している何か・・・・・・。」

「まあ、其れが何かは、俺もとんと検討が付かないんだけどな。」

薄塩に分からないのだ。僕にも分かる筈が無い。

けど、もし害を為すものなら・・・

「大丈夫だろ。」

見透かしたような一言に、思わず顔を上げた。

薄塩は呑気そうな顔で笑っていた。

「多分、害はない。そんなのが居たら家に入った時点で分かる筈だし。・・・お前も変な感じとかしなかったんだろ?」

ポン、と肩を叩かれた。

「そんな顔すんなよ。折角テスト終わったんだし、あんまごちゃごちゃ考えるのは止めとこう。大丈夫だから。な?」

「・・・うん。」

安心、ではないが、少しだけ落ち着いた。

僕が返事をしたのを確認すると、彼はもう一度ニッと笑う。

「姉貴も居ないんだし、そうそう厄介事には巻き込まれないって。」

「うん。」

そうだ。今日はのり姉が居ないのだ。

何時も面倒や騒動を起こす彼女は、今頃お家でお留守番である。居るのは人畜無害且つ地味な僕と薄塩だけ。そう考えると、益々安心だ。

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「おーい、そろそろご飯だから降りてきてー。」

叔母さんの声が下から聞こえた。

薄塩が先に階段に繋がるドアへと向かう。

「行こう。」

僕も軽く頷き、後に続いた。

カーテンを開いてチラリと見た窓の外には何も居なくて、一先ずホッとした。

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・・・・・・・・・

夕飯は此の家には珍しく肉や魚が多く並んだ。叔母さん達の気遣いだろう。

今年で確か小学二年生になる従姉妹は、思いもよらぬ御馳走に大層喜んでいた。久し振りに訪れた僕にも、初めて会う薄塩にも目もくれず、ひたすらに幸せそうな顔で唐揚げを頬張っている。

・・・まあ、唐揚げが有ろうと無かろうと、彼女は最初から僕に興味なんて無いのだが。

机に目を戻すと、何時の間にか大量のビールと日本酒の瓶が並べられている。此の場に居る人物で酒を飲むのは叔母さんと祖父だけだが、其れにしては随分と多い。

・・・・・・飲まされないよう、気を付けなくては。薄塩はきっとちゃんと断れないだろう。其処も考えて、勧められたら僕が毅然とした態度で断らなければ。

「二人とも、遠慮しないでどんどん食べてねー。」

僕が密かに決意をしていると、叔母さんがご飯茶碗に此れでもかと炊きたてのご飯をよそい、手渡して来た。

「頂きます。」

先に受け取った薄塩が手を合わせ、神妙な顔で箸を手に取る。

どうやらまた緊張しているらしい。

・・・・・・まあ、仕方無いか。

「頂きまーす。」

僕も箸を持ち、従姉妹が独占している唐揚げの皿に手を伸ばした。

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食事を始めて直ぐ、薄塩がハッとした後尋ねた。

「コンソメ、お前もしかして此処で料理習った?」

「分かるのか。」

少し驚いた。本当にその通りだったからだ。

叔母さんと祖母が二人してキャアと歓声を上げた。

「分かるもんなのねぇ!」「すごーい!」

叔母さんはお酒が入っているから反応がややオーバーになっているが、祖母は此れが素である。

其れほど反応されると思っていなかったのだろう。薄塩は口の中でゴニョゴニョと何か言いながら、たじろいだ。

祖母が嬉しそうに話す。

「○君は昔っから甘えッ子でねぇ。ミツに料理や洗濯を教えるでしょ?その時も『僕も僕も』なんて言いながら付いて来て、何時も一緒になって教わって、結局最後は嫌々やってたミツより上手になってるんだから。」

因みに、ミツ、というのは僕の従兄弟である満治の渾名である。ミツハルのミツ。

此の家に生まれた男子は皆、何故か幼い頃から家事を一通り仕込まれるのだ。

「甘えッ子ねぇ・・・。」

隣の薄塩がニヤリと笑って此方を見た。低いテーブルの下で組まれた足を、爪を立てて全力でつねり上げる。

声は辛うじて抑えたらしいが、薄塩の顔が分かりやすく歪んだ。

僕が何をしたのか分かったのだろう。取り成すように叔母が言う。

「本当、何時の間にこんなしっかりした子になったのかしらねー。うちの愛美も早くこうなってくんないかなー。」

愛美とは、今、当に唐揚げを頬張っている従姉妹の名前である。序でに言うならば、彼女は祖母達に家事を習わされていない。

強制的に家事を習うのは男子だけなのだ。

「愛美ちゃんも直ぐしっかりしますよ。僕なんて目じゃないぐらいに。女の子は成長が早いし、叔母さんの娘です。地頭からして違う。」

そう言うと、叔母さんは豪快に笑った。

「そんなおべっか使わなくてもいいよ。もう、本当に子供らしくないんだから。」

そして、持っていたコップの中のビールを一気に煽る。

「薄塩君はさ、○○君と仲良いんだよねぇ。」

どうやら、酔いが回って来たらしい。

絡み酒。今日は随分とペースが早い。

「何処で知り合ったの~?この子、あんまし人の多い所に行きたがらないでしょ?あ、学校?」

「いえ、公園で・・・」

哀れ薄塩。叔母さんは滅多に酔わないのだが、一度酔うとしつこい。暫く離してもらえないだろう。

・・・けれど、此れでもう彼女が僕を構うことは無くなった。

ホッと安堵の溜め息を吐く。

「美智子の酒癖も参ったものね。」

祖母が困ったように笑い、チラリと此方を見る。

「助け船、出してあげないの?」

黙って頭を振る。

あはははは、と華やかな笑いが斜め前から上がった。叔母さんだ。

薄塩も案外楽しそうにしていた。流石、鬼嫁ならぬ鬼姉であるのり姉と同居しているだけある。

あしらい方が堂に入っている。

じっと見ていた祖母はふふふと笑った。

「良いお友達じゃないの。」

何だか素直にそう思えたので、声に出さないにしても頷いて見せようと思った。

その時、背後から音が聞こえた。

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コツ、コツ、

棒でガラスを突いたような微かな音。けれど、不思議とハッキリ聞こえた。

慌てて立ち上がり、障子を開けて外に面した廊下に出る。

ガラス戸の外、ソロソロと動く黒くて細い何か。

間近で見たから間違いない。さっきと同じ物だ。

人の腕だった。

僕が枝か何かだと思っていたのは、痩せ細った人の腕だった。

後ろを振り向くと、祖父が僕を見ていた。

・・・・・・いや違う。見ていたのは、あの腕だ。視線の動きで分かった。

「どうしたの?」

能天気な口調で叔母さんが問い掛ける。

僕は黙って頭を振った。

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・・・・・・・・・

夕食が終わり、僕が皿を纏め始めると、祖父が部屋から出て行くときにボソリと言った。

「・・・片付けが終わったら、仏間に。」

薄塩も一緒に連れていくべきか尋ねようとしたが、擦れ違いざまのことだったので、彼はもう扉の外に行ってしまっていた。

・・・とにかく、早く洗い物を片付けてしまおう。

大皿を数枚重ねていると、後ろから苦し気な呻き声が聞こえた。

見ると、薄塩が従姉妹にじゃれつかれている。

気に入られたのか。珍しい。

薄塩が此方に助けを求めてきた。能天気なものである。他人の気も知らないで。

「コ、コンソメ・・・助け・・・て・・・。」

僕は従姉妹に登られて潰されている彼に近付き、差し出された手に、ピン、と軽くデコピンをした。

Concrete
コメント怖い
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mamiさんへ
コメントありがとうございます。

叔母や祖母達の前で薄塩を酔わせる訳にはいかなかったんです。其れこそ、ライオンの檻に鶏を放つようなもの。死んでしまいます(笑)

僕としても、やっぱり此れが一番書き易いです。言い回しとかも気を遣わなくて済みますしね。
其れでも、文章のクオリティはまだまだです。精進せねばなりませんね。
元々自己満足で始めた話であっても、皆さんに喜んで貰えるに越したことはありません。

そんなことしたらmamiさんをネタにしちゃいますからね(*ΦωΦ)フシャー

次回で一応一段落着きます。宜しければお付き合いください。

返信

はるさんへ
コメントありがとうございます。

此処に祖母の悪口を書き込んでいる時点で僕も同類だということに気付きました。汗顔の至りとは正にこのこと。お恥ずかしい限りです。
作者コメントは一部変更させていただきました。

オチに関しては本当にパンチが無くて・・・
どうしたものかと少し困っています。少なくともあまり怖くはないです。怪談というよりは、日本昔話的な感覚でお読みいただければ幸いです。

最後に。
はるさんは家の祖母のようにはなりませんよ。
女性にこんなことを言うのはどうかとも思うのですが、はるさんみたいな人が祖母だったらとさえ思うんですから。
ご不快に思われたのなら申し訳御座いません。

返信

高校2年生…の頃の私…なら、喜んで酒のお供になって…いえいえ、100年も昔の話です。
これぞ【薄塩シリーズ】と思う語り口調で、嬉しくなります。
他のお話しも、紺野さんらしいのですが…何故でしょうね?すごく懐かしく感じます。
紺野さんのお話しの進め方がお上手なのでしょう…
部屋に監禁…ならば、どんどん続きが読めるのかも…(*´∀`)と、悪魔の様な発想をしてしまいました。
次回も楽しみにしております。

返信

紺野さんのお話しを見つけて、仕事の疲れが吹っ飛びました〜o(^▽^)o
またまた次回が気になる終わり方で…想像しながらワクワクしております。
お祖母様がいらしてるんですか。 年を重ねるとどうにも悪態ばかりつくようですね。紺野さんのお祖母様に限らず、不思議と私の周りの方にも多いですよ。終いにはテレビに出てるタレントさん方の悪口大会ですよ(>_

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