7月下旬、夏休みのとある一日。
少し離れたところにある知り合いの家に用があり、今はその帰り道。
影の背が伸びる時間帯、カラスが鳴いている。
知り合いの家は海の近くにあり、帰るときも、しばらく海沿いの道を直進していくのだが、途中でかなり雰囲気のある廃屋があるのだ。
しかし、雰囲気があるだけであって、そこで霊を見たことはない。
だから今日もいつも通り、その海沿いの道を歩いていた。
廃屋が見えるところまで来た。
俺はいつものように、廃屋を眺めながら歩いていた。本当にやめておけばよかったと後悔している。
いつもは何でもないその廃屋。しかしそこには、赤い浴衣を着た少女が立っていた。
祭はまだ先だし、こんな夕方に一人であんなところに?明らかにおかしい。
どう考えても霊だ。そんなことを考えながら廃屋に目を向けて歩いていると、その少女と目が合ってしまったようだ。
暗くて顔はよく見えないが、明らかに目が合った。
俺は一刻でも早くその場を立ち去ろうと足を速めた。廃屋を通り越し、そのまま直進した。
しかし、何だ?後ろから足音が聞こえる。
草履のようなものを履いている足音だ。
どうして今日に限ってあの廃屋に居たのだろう。
しかも後をつけられてる。最悪だ。
「お兄ちゃん…」
後ろからそう呼ぶ声が聞こえた。あの少女だろう。
「お兄ちゃん…」
そう呼び掛ける声は、三年前に亡くなった妹を思い出させた。
しかし振り返れば終わりだ。そんな気がする。
妹のことを思い出させたその少女の霊に少し苛立ちながらも、俺は先を急いで歩いた。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
呼び掛ける声は遠ざかるどころか段々と近づいてきているような気がする。
「お兄ちゃん。」
声が大きくなってきた。
高い少女の声だが、こういう場面ではそれが逆に恐怖を掻き立てる。
家に着けば大抵の霊は入ってこれないので、早く着きたいのだが家はまだ先だ。
何故だか不思議と俺の家は、霊的なものを寄せ付けないのだ。
名のある霊能力者だった祖父が何かをしたのかもしれない。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん!」
声に力強さ入る。無視をする俺に怒っているのだろうか。しかし、その声には違和感を感じる。
「お兄ちゃん!ねぇ!お兄ちゃん!!」
どこのヤンデレ妹だとツッコミを入れたくなると思うが、実際本当に怖くてそんなこと考えてはいられない。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
さらに強くなっていく声を聞いているうちに、俺は声の違和感が何かわかった。
感情が籠っていない。先程から聞いていても、まるで機械が喋っているようだ。
「お兄ちゃん!!」
誰か来てくれ、頼む!そう心の中で叫んだ瞬間、左手を何かに捕まれた。
俺はその勢いで後ろを振り返ってしまった。
しかし、後ろには誰もいない。あの感触、人の手のような感触だった。
おそらく、さっきまで俺を呼んでいたあの少女が手を握ったのだろう。
ということは、前を向き直るとそこにいるというパターンなのだろうか…恐る恐る前を向くと、近くには誰も居なかった。
しかし、少し遠くに少女のような人影が見えた。陽炎の中に、浴衣を着た少女のような影。
このまま進んではまずい。そう思い、右の方にある道へと進むことにした。
俺はその方向へ歩き始めた。だが、しばらく歩くと、遠くにまた人影が見えた。
赤い浴衣の少女だ。最悪だ。帰り道はあの少女に塞がれた。恐怖というより、なんだか気が遠くなった。
しばらくその少女が立っている方向を呆然と眺めていると、後ろから服を引っ張られた。
全身に悪寒が走る。振り向いたらどうなるのだろうか。
俺は死ぬのか?そんな恐怖と絶望を感じていると、後ろから声が聞こえてきた。
「旦那様?何をなさっておられるのですか?」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
「え?」
後ろを振り向くと、そこには露が俺の顔を覗きこむように立っていた。
「今、服を引っ張ったの、お前か?」
俺がそう聞くと、露は頷いた。
「あまりにも帰りが遅かったので、迎えにきてしまったのですが、いつもの道を通らずに帰っておられたのですね。
探してしまいました。さぁ、帰りましょう。お手をこちらへ。」
露は溜め息をつきながら優しく言った。
「ああ、ありがとう。」
しかし、俺はあることが気になっていた。
先程の少女はまだ居るのだろうか。だが、帰る方向を見ても、それらしき影は見当たらない。
居なくなったのか?
それなら良かったと帰路を歩き出した直後、背後からものすごい殺気を感じた。
急いで後ろを振り向くと、そこには人っ子一人も居なかった。
そこにはただ、カゲロウの揺らめく真っ直ぐな道が伸びていた。
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海辺の町、陽炎が揺らめく真夏日に、電柱の下に一人の少女が立っていた。
歳は17くらいで黒髪。怪しい笑みを浮かべながら見ていたのは、道の向こうを歩いている、青年と青髪の少女だった。
「助けてあげたのよ、感謝しなさいよねぇ~、雨宮しぐる…フフッ、変な名前。」
黒髪の少女は怪しく笑いながらそう呟き、二人とは反対方向へと歩いていった。
作者mahiru
雨宮しぐるシリーズの三作品目です!
毎度怖いやコメント等ありがとうございます!!!