目が覚めると、俺は自分の部屋に居た。時刻は午前10時半。
前日の夜、確か俺はお祓いをしたのだ。
本当に疲れた。
なぜなら、初めて本格的なお祓いというものをやったのだから。
あれが本当のお祓いというのかは定かではないが、少なくともあの気色悪い化け物は俺が退治したのだ。
それでも、何だかよくわからない。
俺の想像していたお祓いは、寺の住職とかがお経のようなものを唱えながら見えない相手を供養するって感じのばかりだと思っていた。
しかし俺は、突然現れた化け物に霊力を練って生成されたオーブのようなものを投げつけて退治したのだ。
だんだんと前日の記憶が蘇ってくる。
「あっ」
何を思ったか、俺は枕元に置いてあるスマートフォンを手に取り、電源を入れて画面を見た。
寝起きでパソコンやスマホの画面を見ると、眠気が覚めるという体験をしたことは無いだろうか?
俺は時々、その方法で無理矢理目を覚ますのだが、この時は眠気を覚ますためではない。
電源がつくと、メッセージの通知が表示された。
名前の欄には「すずな」というひらがな三文字が並んでいる。
城崎鈴那(しろさきすずな)、前日出会ったばかりの少し変わった同級生の少女で、俺をお祓いの道に引きずり込んだ張本人だ。
メッセージを開くと、「午後1時に昨日の喫茶店集合」とだけ書かれていた。
それに対し「了解」とだけ返信して、スマホを閉じると俺は居間に向かった。
居間に入ると、露がテーブルを拭いていて、俺に気づくと「おはようございます」と言ってニコリと微笑んだ。天使のようだ。
「おはよう。悪いな、昨日の疲れがあって起きるの遅くなっちまった。」
「いえ、すみません、先に朝食済ませてしまいました。旦那様、とても気持ち良さそうに寝ていらしたので。」
「いやいや、良いんだよ。あっ、今日午後1時から出掛ける用事が出来たから、留守番頼むな。」
「はい」
そうして俺は朝食のような、昼食に近いようなものを済ませ、予定通り、午後1時頃に着くように家を出た。
○
喫茶店には予定より3分程早く着いてしまったが、中へ入るとそこには既に城崎が座っていた。
「あ~、しぐ!昨日はお疲れ!」
「よぉ、しぐって、俺のことか?」
「そうよ!しぐるだからしぐ!」
まぁ、俺の呼び名なんて何でもいい。
「それで、今日は何の用だ?」
「今日は連れていきたいところがあってね~、今からそこに行くの!」
何のために店内へ入ったのか。
城崎は席を立ち上がり、会計を済ますと店の外に出た。俺も城崎の後に続き、入ったばかりの喫茶店を後にした。
○
木造の家々が並ぶ住宅街を抜け、少し歩くと、自動車1台が辛うじて通れるくらいの薄暗い路地に入った。
そこに俺たちの目的地はあった。
城崎は大きな木造の家の門前で立ち止まると、そこのインターホンを鳴らした。
ブーと音がする。
「はーい」と聞こえた直後に玄関から顔を出したのは、中学生くらいの女の子だった。女の子は俺と城崎を見ると、ニコリと笑ってこう言った。
「鈴那さんいらっしゃい!その方が、この前話していた雨宮さんですか?」
「そうよ!中途半端な霊能力者の!」
「だからさ、中途半端は余計だって。」
俺はそう言うと女の子の方に向き直り、「よろしく」と軽く挨拶をした。
その後、俺たちはリビングへ招かれ、椅子へと腰掛けた。
何も伝えられずにここへ来て、今から何が起こるのか分からないのだが、女の子がお茶を出してくれたのでとりあえずそれを飲む。
しばらくすると居間の戸が開き、一人の少年が入ってきた。少年は俺たちの方を見ると、「あっどうも」と言って会釈した。
「ふふふ♪雨宮しぐるを連れてきたよ~。」
城崎がそう言うと、少年は俺を見てもう一度会釈をした。
「こんにちは、今日は来てくださってありがとうございます。」
少年の名前は、神原零(かんばられい)と言い、年齢は16歳で高校一年生、俺の一つ下だった。
ちなみに、最初出迎えてくれた女の子は神原琴羽(ことは)と言い、14歳で神原零の妹だそうだ。
「早速ですが、しぐるさん、貴方は有名な霊能力者のお孫さんなんですよね?」
本題を切り出したのは神原零だった。
「え?ああ、そうだけど、知ってたのか。」
「知っているも何も、そうでなければ貴方をここにお招きしてません。鈴那さんから何と聞いてきたんですか?」
「何と聞いてきたって…連れていきたいところがあるから、って。」
「あー…そうでしたか、それは申し訳ありませんでした。鈴那さん、貴女って人は…」
「あっはー!ごめんごめん!何も言ってなかったね~。」
城崎は相変わらず適当な態度だ。
「それで、城崎はともかく、君達は何者?」
ここに来てからの一番の疑問だ。
俺の祖父のことを知っているということは、霊媒師か何かの関係者だろうか。
「これは申し遅れました。僕は呪術師です。霊や、妖怪の退治をしたり、霊にとり憑かれた人の中から霊を祓ったり、時には、霊や妖怪の手助けもします。」
「じゅずっ、じゅじゅちゅ…じゅ、じゅ、つし…霊の手助けまでするのか。」
「あっはぁ!言えてないし!!」
「うるせぇな城崎!じゃあお前言えんのかよ!」
「呪術師って、言えるわよ?」
「ぐっ…」
「まぁまぁお二人とも、言えようが言えまいがいいじゃないですか。そもそも呪術なんて世間一般では知られていないものなんですから。」
確かにそうだ。
俺が前日に体験したお祓いも、俺自身初めて知ったものだ。
それにしてもくだらない争いをしてしまった。
「そ、そうだな。俺のじいちゃんも、その、それだったのか。」
「とうとう呪術師って単語を使うことを諦めたぁぁっはぁぁ!」
「いちいち突っ込むんじゃねぇよ!じゅずっ…もういいや…」
こいつ…マジで何なんだよ…
「あ!あのね、ちなみにアタシも呪術師なんだけど、霊媒体質だから霊媒師としての活動がメインなのよね~」
「へぇ~、霊媒師ってあれだろ、口寄せとかなんとかってやつ」
「そうそう!しぐ、分かってんじゃん!なんだ~、満更バカでも無いみたいね~」
その程度の知識ならネットなどからでも入ってくる。
暇な時には某ネット掲示板を覗いてオカルト知識を取り入れたりしているのだ。
「あの~、すずなさん、しぐるさん、そろそろ本題へ移っても良いですかね?」
「お、あぁ、悪かった」
「ごめんね~ゼロ」
ん?ゼロとは、神原零のことだろうか?
「あ、そうでした!僕、皆さんからゼロって呼ばれてます。神原零の零でゼロです」
「お、おう。」
呪術師って、やっぱり変わったヤツが多いのだろうか…?
「それで、本題ってのは?」
「雨宮しぐるさん、貴方に、正式な呪術師として活動してもらいたいのです。」
「正式な呪術師に…?なんだ、それを職業にしろってことか?いや無理無理、そもそも俺、じゅじゅつ…とかってよくわかんねぇし、しかも…なぁ、呪術師になれば、霊も妖怪も、退治できんのか?」
三年前、俺の妹である雨宮ひなが死んだ理由は、何かの事件に巻き込まれて殺された。殺害されたのだ。
俺はこの時から薄々勘づいていた。俺の妹、雨宮ひなを殺したのが人ではないということに。
俺のじいちゃんは有名な呪術師だった。だからこそ、人ならぬモノから恨みを買うことも多かったはずだ。その恨みが、俺達の代にまで続いているのではないのか?
今まで俺の周りで起きた怪奇現象も、ひなの次の標的が俺だからではないのだろうか。
「え?まぁ…退治できますよ。何か、恨みでもあるんですか?」
「ちょっと敵討ちがしてぇんだ。よし決めた!俺はじゅずつ師なる!」
「・・・大事なとこで噛んでるし~」
「うっせぇな城崎!霊でも何でもとりあえずぶん殴りてぇんだ!ゼロ、俺はやるぞ」
「わかりました!ありがとうございます!では、明日履歴書書いて持ってきてください、呪術師連盟のT支部で面接をするので」
「面接なんてあるのか?意外と面倒だな…しかも呪術師連盟って何だよ。そんなもんあるのか?」
「大丈夫ですよ、面接官には合格にしてもらうように言っておきます。呪術師連盟とは、その名の通りですよ」
「待て待て待て、合格してもらうように言っとくって、お前何者だよ!」
「僕の父が、呪術師連盟T支部の支部長なんです。父にも、しぐるさんのことは話してあるので大丈夫ですよ」
「そ、そうか。ゼロお前、すげぇやつなんだな…」
「そんなすごいもんじゃないですよ。あと、明日手伝って欲しい仕事があるので、午前中に履歴書持ってきてください。そのまま仕事行くので」
「ああ、わかった」
「ありがとうございます。わざわざ呼び出したりしてすみませんでした。今後とも、よろしくお願いします。」
そう言うと、ゼロは椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。
それに対し、「いやいやこちらこそ」と返し、ゼロの家を後にした。
「ねぇ…しぐ、あなた、妹ちゃんのために今回の件を承諾したんでしょ?」
帰り道、城崎が俺に問い掛ける。
「なんでそんなこと知ってんだよ、露から聞いたか?」
「うん、ごめん…」
なんだか、珍しく城崎が素直だ。いや、本当は素直なだけなのかもしれない。あの悪ふざけも、素直だから何でも正直に言ってしまうのかもしれない。
「まぁな…いや良いんだ。妹殺った野郎をぶん殴ってやる。それを目標に頑張るか」
「でも気を付けて、あなたが呪術師になるってことは、自ら危険に晒されるってことよ?それに露ちゃんにも危険が及ぶかもしれない」
そうか…俺は大事なことを見落としていた。俺が危険に晒されるということは、身内の露にも危険が及ぶかもしれないのだ。いや、だが問題ない。
「それなら、露も守ればいいだろ!この俺が露を守る。だってさ、もう喪いたくねぇんだよ…敵討ちてぇけど、それも大事だけどさ、喪いたくねぇから。そのためにも、俺は呪術師になる。」
俺はこの時、覚悟を決めた。もう二度と、大切な人を喪わないために。
「って言うかさ~、あなたさっきから呪術師ってちゃんと言えてるよね~。言い慣れたのかしら?」
「あ、確かにそうだな。呪術師、おぉ!言えるぞ!」
「それ言えたぐらいで盛りあがんないでよ…」
「お?あぁ、すまねぇ、へへっ」
赤に染まる町の中を歩く俺は笑っていた。
過去を忘れたわけではない。だが、いつまでも引きずってはいられない。いつか立ち直らなければいけないのだ。
だから今も、こうして前に進み続けるのだ。
一歩一歩を大切に。
作者mahiru
これは2話です。
1話はこちら→ http://kowabana.jp/stories/26261