皆様は古本、古道具の類いをお買い求めになることは、有りますでしょうか。
・・・・・・いえ、深い理由がはございません。単に、此れから話す物語の舞台が、とある古道具屋なだけでして。と言っても、私の生家で、祖母に教えられた話なのですけれど。
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さて、それでは一番手、小宮寺 春。語らせて頂きます。題は『運命の一品』
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先ず、一寸した私の話からお話しましょう。
先程も申しましたように、私の家は古道具屋を営んでおります。壷や掛け軸、日本画に日本刀等の、骨董として極めて価値の高い物から、箪笥に机、椅子等の家具、果ては、古本まで幅広く扱っている・・・良く言えば品揃え豊富、悪く言えば、統一性の無い店です。両親は普通に働いているので、休みの日に私が手伝いをしていることを除けば、祖母が一人で切り盛りしています。今年で齢七十三となりましたが、まだまだ現役です。
そんな彼女に私は幼い頃から、こう聞かされておりました。
「この店はね、運命の待合室なんだよ。」
と。・・・・・・何のことかお分かりでない方もいらっしゃるでしょうね。彼女が言うには、こういうことなのだそうです。
「人と人が運命で結ばれているように、物にも、運命の持ち主が居るの。一度手にしたらどちらかが死ぬか壊れるまで共に過ごせるような、持ち主がね。
けれど、買ってくれる人が運命の相手とは限らない。この店に有る品は、どれもそんな物達ばかり。
だからね、此処は、品物が本当の運命の持ち主と巡り会うまでの、待合室なんだよ。本当の相手に出逢えた時に恥ずかしくならないように、品物はキチンと綺麗にしておこうね。」
小さい頃から、それこそ耳にタコが出来る程に聞かされている言葉です。もう一言一句間違えることはございません。
・・・・・・これからお話するのは、数十年前に彼女が見た光景。
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数十年前、私の父がまだ産まれておらず、祖母が祖父の元へ嫁いで二年目の冬の日。表で雪がちらつく寒い日であったそうです。
一人の女性が、店を訪ねて来ました。随分と草臥れた様子で、顔が見えない程俯いています。髪も結わずにザンバラに乱れていて、髪の間から覗く肌は土気色。足取りもフラフラとしていて、病み上がりか何かのようにも見えました。
心配になった祖母は、思わず声を掛けました。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう。何か、お手伝い出来ることはございますか?」
「ええ。御願い出来るかしら・・・・・。」
顔を上げた彼女を見て、祖母は唖然としました。
「・・・貴女は。」
その女性は、佐々木さんという常連客の奥方だったのです。剰りに窶れてしまっていたので、真正面から顔を見なければ、分かりませんでした。そもそも彼女は、何時も夫である佐々木さんと一緒に来ていたので、一人で来るとは思ってもいなかったのです。
「ご主人は、今日は御一緒ではないのですか?」
「ええ。秘密で来ているの。・・・売り払ってしまいたい物が有って。」
佐々木夫人の表情が、一瞬固まった気がして、祖母は慌てて鑑定台へと案内をしました。
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「これを。」
そう言って鑑定台に置かれたのは、一本の簪でした。赤い珊瑚の玉簪。嫁入りの時に母親から譲り受けた品なのだと、以前彼女が嬉しそうに話していた物でした。
「・・・・・・本当に、良いのですか。」
「ええ。」
これはただ事ではないーーーーーー祖母は直感的に、そう感じたと言います。
「分かりました。其れでは、鑑定させて頂きます。」
玉の色は見事な深紅。先端に付けられた金の細かな細工も、実に繊細で見事です。艶やかな漆塗りの部分にも傷一つ付いていません。見るだけで分かります。長い間、随分と大切にされて来たのでしょう。
パチパチと算盤を弾き、買い取り価格を算出します。
「当店ならば、この値段で買い取るということとなりますが、 如何なさいますか。」
「・・・・・・これは、本当に?」
紙に書いた金額を見て、彼女は少しばかり驚いた様子でした。
「本当に幾らでも構わないのよ?・・・これでは、貴女達の利益が・・・・・・。」
祖母はそっと首を振りました。
「これが、この簪の正当な値です。貴女が売り払う、貴女が受け継いだ思いと、貴女が紡いで来た思いの値です。」
「売るな、とは言わないのね。」
「言えません。私共は、物と人との仲介役でしか御座いませんので。言う権利など、端から持ち合わせていないのです。」
そう言うと、夫人は、ほんの少し笑ったようでした。
「そう・・・。それならば、この簪を新しい誰かの元に届けてあげて頂戴。その値で売るわ。」
祖母は黙って、深く礼をしました。
そして売られた簪は、店で一等良い場所に据えられました。店の灯りに照らされて、珊瑚玉は愈々赤く輝き、目映いばかりだったといいます。
夫人がそれを見上げながら、ポツリと言いました。
「いいお店ね。此処に売って良かった。この店にも、きっと近々良いことが有るわ。」
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それから数ヵ月後、佐々木さんが店にいらっしゃいました。彼の隣に居た女性は、佐々木夫人ではありませんでした。
「ねぇねぇ、本当に何でも良いのー?」
「ああ。お前の好きな物を選びなさい。」
佐々木さんはニコニコしながら女性の頭を撫でました。一見、父娘にも見えますが、彼に娘が居る等という話は、今まで聞いたことも有りません。
祖母は何も訊かずに、着物の上からでも判る、彼女の膨れた下腹部を見詰めました。恐らく、身重なのでしょう。臨月かも知れません。
「この簪、凄く綺麗!ねぇ、これを買って。」
佐々木さんの腕に絡み付いていた女性が、目を光らせて棚の上を指差します。指の先に有ったのは、赤い珊瑚の玉簪。そう、あの佐々木夫人が売り払った、あの簪でした。
値段は然程高くしていなかったのに、何故か売れ残っていたのです。
佐々木さんが見たら夫人の物と気付くかと思った祖母でしたが、そのようなことはなく、彼は只笑顔のままで
「いいよ、いいよ。きっとお前に似合うだろう。」
と、懐から財布を取り出しただけでした。
そして簪はその女性へと売られてゆきました。珊瑚の玉は、変わらず赤く輝いておりました。
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其れから一週間と経たぬ内に、佐々木さんの御宅は火事で、全焼してしまいました。出てきた死体は二体。一人は佐々木さん、もう一人は女性だったそうですが、何分酷く焼けてしまっていて、何処の誰なのかまでは判りませんでした。
佐々木さんと誰かの居た寝室から出火したとの話ですが、寝室には火事の元となりそうな物は無かったとのことです。なので、一時期は謎の人体発火現象等と騒がれたとか。
けれど、夜の間に燃えたので、原因は今となっては不明です。
母屋は殆ど焼け落ちてしまいましたが、二つ有った倉の内、佐々木さんが集めていた骨董の類いを仕舞っていた倉のみは、不思議と無傷でした。
遺された骨董達は、全て安値で祖母達の店へ卸され、そのお陰で店は随分と潤ったと聞いています。何せ、隣の空き家を買い取って、店の拡張までしたとの話ですから。
夫人が言っていた、近々店に有る良いことというのは、このことだったのかも知れないと、祖母は言います。ですが、本当の所どうなのかは誰も知る由も御座いません。
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さて、これで最後になります。祖母にとっては幸運、佐々木さんにとっては悲運をもたらした簪。どのような物か御興味の湧かれた方もいらっしゃることと存じます。
・・・・・・・佐々木さん宅が焼け落ちた日の朝、祖母が店を開けると、地面に何やら黒い塊が落ちていたのだそうです。拾い上げようとすると、塊はクシャリと潰れ、焦げた臭いが鼻を突きました。潰れた塊の中から出て来ましたのは・・・・・。
・・・・・・私の話は、此れで終いです。
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あの簪は、今朝も、とても美しゅう御座いました。
作者紺野
どうも。紺野です。
因みに今も販売されていますが、店には置いていません。店の者に話し掛ければお見せしましょう。もし貴方がこの話の店に辿り着くことが有れば、是非ご覧になってください。ぐうたらしている店主ではなくバイトに話し掛けることをお勧めします。
リレーの結果が出ているようですね。
選ばれているか不安で仕方有りません。おそろしやおそろしや・・・。
バレンタインデーの菓子を作っているのですが、結局妙に手の込んだ物よりチョコチップクッキーとかの方がウケが良いんですよね。なんだかなぁ。