やあロビン魔太郎.comだ。
このお話は先月、見事に二度目の月間アワード賞を受賞された、よもつひらさか先生に捧げる「張り詰める食卓」のオマージュ作品です。
興味のない方はスルーして下さい。
でも、出来る事なら是非、読んで下さいψ(`∇´)ψひひ
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僕の鼻腔を饐えた匂いが刺激した。
目覚め始めた僕の脳味噌が思考を開始する前に、身体中からの痛みが容赦なく襲ってきた。
暗い天井。
僕は自宅リビングの中央辺りに倒れている。
視界の隅の暗がりで何かが動いた。
目だけでそれを確認する。
「お爺ちゃん?」
いつも自慢の白髪頭をオールバックにビシッと決めている祖父の髪はボサボサに乱れており、時折、頭全体がジジジと音を立てながら青白く光っている。
祖父はゆっくりと僕のそばまで歩み寄ると暫く無言でながめ、僕の太腿に突き刺さっていた包丁を抜き取り、部屋を出ていった。
祖父は何回僕を刺し、噛み付いたのだろう?
下半身の感覚はもう殆どない。
時間と共に暗闇に目が慣れてきたせいか、うっすらと掛け時計の針が見えた。
12時20分。
遠くから、玄関ドアを開ける音がした。多分、祖父が家から出ていったのだろう。
少しの安堵を感じ、頭だけを起こして部屋の中を見渡す。
僕のすぐ隣りで妹がうつ伏せに倒れていた。よろよろと手を伸ばし、背中を押してみたが妹はピクリとも動かなかった。
僕は母の姿を探して、重たい身体を床に這わせた。
「母さん、母さんどこなの?」
その時、何かが僕の頭に触れた。
それは母の白い指先だった。
「母さん!」
「祐希、早く、早くここから逃げなさい!」
ソファの上からそう聞こえた。
「か、母さんは大丈夫なの?!」
しかし、僕の問いかけも空しく母からの返事はなかった。
僕はとにかく救急車を呼ぼうと、テーブルの下に転がっている携帯電話を掴んでみたが、液晶は割れて、画面は真っ黒だった。
力なく電話を手から滑り落とす。
テレビ台の前には、父のものと思われる生首が彼方を向いて転がっていた。
「お爺ちゃん、なんでなの?」
今から4時間前。
いつものように、僕たち家族5人は食卓を囲みながらテレビを見ていた。
いつもの時間、いつもの風景、いつもの話題、いつもの母の美味しい手料理、優しい祖父、無口な父、小生意気な妹。
ただ、いつもと少し違ったのは突然、テレビ画面の上部に流れた緊急速報だった。
『人気コメンテーター、デニー伊藤さん死去』
僕たち5人は同時に箸を止め、画面を食い入るように凝視した。
ここ最近、連日のように続いている奇怪な殺人事件。
家族が家族を殺す。
事件はどれも恐ろしく類似しているが、背景にある動機も証言も、現場に残る物証も実に曖昧で、警察も事件と事件とを結びつける論理的な対策も立証も立てられずにいた。
「これは電脳ゾンビの仕業なんだよ!」
デニー伊藤氏が生放送中の番組内で発したこの言葉を皮切りに、世間では「電脳ゾンビ」というキーワードに対して、様々な憶測と物議を呼んだ。
噂によると、重い疾患でもう手の施しようのない患者の情報をスキャンしてICチップにコピーし、特殊な溶融物質で新しく人体を形成するとか。
警察が最初から目をつけていた唯一の確かな共通点。死の淵から生還した家族の元にだけ繋がる死の連鎖。
各現場から検出された僅かな青い溶液のカスや、犯行に使われた凶器から、デニー伊藤氏が警察に訴えた証言と一致する点が数多く見られたのだ。
そして、警察から一部のマスコミに流れたその情報は、瞬く間に世間の知る所となった。
『国は何かを隠蔽している』
『死体を生き返らせている』
『少子高齢化で減少した人口を増やす反面、増えすぎた老齢を減らす為の殺人マシン』
デニー伊藤氏はそれから間もなくして消息を絶ち、そして今朝、遺体となって発見された。
誰もが思った事だろう、消されたと。
そして、それは僕たち家族も同じだった。
「殺…されたのかな?このひと」
妹が恐る恐る口を開く。
「ま、まさか、ねえ?」
母が父の様子を伺う。
父の隣りでは、祖父が一度も瞬きをせずにテレビの画面を睨みつけている。
「そう言えばさあ、お爺ちゃんも去年あれだけ酷い交通事故に遭ったのに、いまでは何にも無かったかのようにピンピンしてるじゃん?」
妹がまた空気を読まずにそんな事を言う。
「頭とか身体の傷跡まで綺麗さっぱり消えちゃってるしさぁ、もしかしたらお爺ちゃんも電脳ゾンビだぢわたりじてー」
その瞬間、妹の左目に竹箸が突き刺さっていた。
口を大きく開けたまま、無言で椅子から転げ落ちる妹。
「何をいっテるんだお前は?」
「お義父さん!何を!!」
祖父は、取り押さえようと伸ばしてきた父の左手を手首ごと噛みちぎった。
母が泣き叫びながら父のもとへと駆け寄る。
『頭を狙え!』
僕は先日、ネットで読んだ電脳ゾンビの撃退法を思い出し、そばにあった花瓶を祖父の頭目掛けて投げつけた。
ジジ…
ビビビビビビビビビビ!!!
すると突然、祖父の頭から警報機のようなけたたましい電子音が鳴り響いた。
祖父は表情を変えず、頭を摩りながら僕にこう言った。
「何をやってルンだお前は?」
そして、祖父はガタリと席を立ち、キッチンへと向かった。
その後、僕たち家族は包丁で滅多刺しにされ、獣のように牙を剥いた恐ろしい顔をした祖父に噛みつかれたのだ。
逃げる暇も、抵抗する気力もなかった。
重たい眠気が僕を襲う。
深い闇が僕を呑みこもうと大口を開けている。
静まりかえったリビングには、カチカチと壁掛け時計の針だけが音を奏でている。
痛みは感じない。
眠い。
このまま瞼を閉じてしまえば、もう二度と開ける事は出来ないだろう。
【了】
作者ロビンⓂ︎
よもつ先生!受賞おめでとうございます!そして、こんなお話しか浮かばない魔太郎をお許し下さい!ψ(`∇´)ψ
【食卓シリーズ関連作品】
よもつひらさか先生作品「張り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25789
鏡水花様作品「貼り付ける食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25977
綿貫一様作品「切り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25981
綿貫一様作品「積み上げる食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25992
マガツヒ様作品「いずれ張り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25986
ロビン魔太郎.com「切り分ける食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25987
ロビン魔太郎.com「おわかりいただけましたでしょうか」
→http://kowabana.jp/stories/25995
よもつひらさか先生作品「ゾンビハンター」
→http://kowabana.jp/stories/25990