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タクシー運転手のAさんに聞いた話である。
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Aさんは深夜、広い霊園内の道を走っていた。
その日は雨の金曜日で、飲み会帰りの客がよく捕まった。
今も一人、客を目的地まで送り届けてきた帰りである。
再び人通りの多い通りを流すため、近道をするのにこの霊園を通過していた。
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Aさんは気持ち、スピードを上げていた。
ぽつり、ぽつりと街頭が灯るだけの暗い霊園内を走っていると、自然、ある怪談話が脳裏に思い出されたからである。
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「あるわけない。あるわけない」
Aさんは苦笑してひとりごちたが、その直後、街灯の足元に手を上げる人影を見つけてしまった。
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その影は、
ふら、ふら、
と頼りなげに揺れている。
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ウインカーを出してスピードを落として近づくと、果たしてそれは傘を差した、髪の長い女だった。
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(厭だな……)
Aさんは思ったそうだ。
頭に浮かんだ怪談話と酷似した状況に、厭な気がしたのである。
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後部座席に女がゆっくりと乗り込んできた。
女と一緒に様々な「におい」も流れ込んでくる。
雨の匂い。
墓地特有の線香の匂い。
そして――
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(酒くさ!)
どうやらこの女は大量にお酒を召し上がっているようで、車内は瞬く間にむせかえるような酒くささに満たされた。
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「どちらまで?」
Aさんが尋ねると、
「○○町の~…、××の×まで~……」
女は呂律の怪しい口調で番地を指示すると、すぐに寝息を立ててしまった。
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霊園を抜け、駅前を通り、静かな住宅街を進む。
Aさんはすっかり力が抜けてしまった。怖がっていた自分が馬鹿馬鹿しく思えたのである。
おおかた、この女は飲み会で深酒して、酔い覚ましに少し歩くつもりが霊園に迷い込み、たまたま通りかかったこのタクシーに手を挙げたものだろう。
その証拠に女が指示した場所は、乗り込んだ場所からそれほど離れてはいなかった。
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目的地に到着し、後部座席に向かって声をかけた。
「お客さん、着きましたよ」
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返事がない。
不審に思って、Aさんはバックミラーを覗きこんだ。
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鏡の中に、女の姿はなかった。
「えっ?」
(馬鹿な!さっきまで座っていたのに!)
Aさんは慌てて振り向いた。
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なんのことはない。女は車の揺れに体勢を崩し、後部座席に横になって寝ていたのだった。
一瞬だが肝を冷やした自分が恥ずかしくなり、それをごまかすために少し怒気を含んだ声で女を起こす。
「ちょっと。お客さん、着きましたって。起きてください」
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その声に女は目を覚まし、
ああはいはい、などと呟きながら料金を払った。
ところがそこで、ゼンマイが切れてしまったかのように前のめりになり、再び眠り始めてしまった。
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(――ったく。しょうがねえなあ)
いくら呼びかけても起きない客にしびれをきらし、運転席のドアを開けて外に出ると、後部座席のドアを開けてやった。
幸いだったのは先ほどまでの雨が止んでいたことだ。
外から女に呼びかける。
「ほら起きて。降りてください」
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ややあって、女は車内からのそのそと降りてきた。
そしてふらついた足取りのまま住宅街に消えていった。
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(やれやれ……)
ため息をつくと、回り込んで運転席に乗り込む。
車を発進させようとバックミラーを覗きこむと、
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先ほどの女がいた。
うつむいたまま、後部座席に座っている。
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(――馬鹿な!さっき出ていったはずなのに!)
振り返って見ると、確かに先ほどの女だった。
女はぴくりとも動かない。
いやそれどころか、肩も上下していない。
Aさんの顔からみるみる血の気が引いていった。
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Aさんは慌てて車から降りると、先ほど女が消えていった方に目をやった。
そして深夜、近所迷惑になることを承知で大声で叫んだ。
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shake
「お客さーん!忘れ物!忘れ物ーーー!」
作者綿貫一
こんな噺を。
【都市伝説‐亜種】シリーズ
「ベッドの下の女」
http://kowabana.jp/stories/26025
「ひとりかくれんぼ」
http://kowabana.jp/stories/26093
「メリーさん」
http://kowabana.jp/stories/26112