よお、久しぶり。聞いてくれよ。
Tっていたじゃん?俺のダチで、前にお前とも一回呑みに行ったことある……、そーそーアイツアイツ。
アイツな、俺と同じ美術史専攻で、日本画が好きな奴なんだけどさ。
最近、古物市で掘り出し物を手に入れたって言うんだよ。
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それがさ、幽霊画の掛け軸なんだよ。
そーそー、うらめしや~ってやつ。
アイツが言うには、足のない幽霊画の元祖、円山(まるやま)応挙の影響を受けた、江戸後期のだれかの筆によるもの、とかなんとか。
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俺も見せてもらったんだけどさ。
背景もなにもない空間に、白い着物の女が立ってんの。
幽霊って言ってもあれだぜ?怖い顔とか、気持ち悪い顔だとかじゃないんだぜ。静かな表情してんだよ。
切れ長の目でさ、結構な美人だよ。
長いざんばら髪が肩までかかって……。
……ん?ああ、そうそう。
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で、Tなんだけどさ。
アイツ、その掛け軸をえらく気に入って、自分の部屋に飾って毎日眺めてたんだと。
そしたらさ、そのうちに
「掛け軸の中の女が動く」って言うんだよ。
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大学から帰ってくると、朝見たときと女の顔の角度が微妙に変わってるって言うんだ。
毎日。
毎日だぜ?
気味悪いじゃん?
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でもさ、Tの奴。
それを嬉しがってんの。
「また動いた」
「また角度が変わった」
とか、毎日俺に言ってくるんだぜ?
そう言うときの奴の顔。
あれだよ。好きな女のこと話してる時みたいな?のろけ話語ってる時みたいな顔すんだよ。
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でさ、
「あー、俺、絵の中のこいつに逢いたいわー」
とか言うからさ。
あ、やべー、こいつマジで絵の中の女に惚れてるなって思ったんだよ。
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でな、俺思いついちゃったの。
その幽霊の掛け軸と同じくらい、古い、日に焼けた紙を探してきてさ。
そっくりの偽物作ったの。俺、こう見えて手先器用だからさ。
絵?ああ、絵は描いてねーよ?真っ白な紙だよ。
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でさ、アイツが講義で部屋開けてる間に部屋入ってさ。
アイツ部屋が大学に近いボロアパートだから鍵かけねーし。
で、掛け替えておいたんだよ。本物と偽物を。
どーなったと思う?
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アイツ、
「女が掛け軸の中からいなくなった。抜け出て来たんだ」
ってさ。
悦んでんの。
本物は俺が持ってるってのにさ。
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で、
「女を探してくる」
ってさ。
いなくなっちゃったんだよ。
え?もう……三日くらい前から。
ああ、連絡も取れないんだけどよ……。
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……絵?
ああ、だから俺が持ってるよ。
なあ……、俺、悪くないよな?
俺、どうすればいいかな……。
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………
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………
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………
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………
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………
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………
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よお、久しぶり!聞いてくれよ!
前に話したあの掛け軸のことだけどよ!
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……T?ああ、Tは知らねーよ。
あの掛け軸なんだけどさ!せっかくだから俺も部屋に飾ってみたんだよ。
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そしたらさ、
動くんだよ。
毎日。
ちょっとずつだけど。
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髪がさ、角度変わって肩にぱさりとかかってんの。
最近、表情も変わってきた。
目が合うんだ。
俺のこと見てんだよ。
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アイツ、綺麗だわ。
Tが惚れたのもわかるって感じ?
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俺、Tにイタズラしたけどさ。
Tの奴、マジで嬉しかったんじゃないかな?
女が掛け軸から抜け出てきたって。
これで女に逢えるって。
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俺も逢いてーもん。あの女に。
でも……、無理だよな。絵から出てくるわけねーし。
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……え?
お前が絵の中に入ればって?
お前さ……、
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天才だな!
気が付かなかったわ!馬鹿だー俺。
悪い!午後の講義さぼるわ!
うまくいったらお前に酒おごるから!
じゃーな!
作者綿貫一
こんな噺を。