もう、これで三度目だ。
彼は電話に出ない。コール音が耳元で何度も繰り返され、気が狂いそうになる。と、不意にコール音が止み、電話越しからは「ゴゴゴゴッ・・・」という、強い風のノイズが聞こえてきた。
「もしもし。」
ノイズの合間に聞こえてきた声は、間違いない、彼のものだった。
「もしもしカラス?!今どこにいるんだよ!」
「・・・」
暫しの沈黙が続く。
「なぁ、何か言えよ。」
電話の相手はあれから一言も話さず、自然とこちらも黙り込んでしまう。ただ、暴風のノイズだけが俺の耳を劈いていた。
○
高校三年生の秋、以前からなりかけていた鬱の症状が一気に進行し、学校も中退しようと決めていた時のことだ。しばらく連絡を取っていなかった中学時代の友人であるカラスというヤツに話したいことがあり、久々に連絡を入れたのだが、いつまで経っても返事は無く、気になって彼の住んでいる借家を訪ねてみたところ、そこは既に空き家になっていた。
何も言わずに引っ越してしまったのか。そう不審に思い、彼のケータイの番号へ電話をかけ続けてみたところ、三度目で漸く出てくれたのだ。
しかし、俺が何と質問しようと、カラスは何も答えてくれはしない。取り敢えず、ずっと話したかったことだけを伝えることにした。
「そういえば、この前俺が病気して寝込んでたら、窓越しに赤い目の烏がずっとこっちを見ててさ。その後、すぐ吐血したんだ。気が付いたらもう烏は居なくなってて、確か、うつ病が酷くなったのがそのすぐ後からなんだ。」
「知ってるよ。」
やっと声を出した。
「え、知ってるって・・・なんで?」
「君さ、いつから自分のことを“俺”なんて言うようになったの?」
「・・・っ!」
待て、よく考えてみろ。俺の一人称は今まで何だった?僕、そうだ僕だった。だったらなぜ今は俺と呼んでいる?いつから、いつから俺は俺になったんだ。
「やっぱり、自分で気が付かなかったんだね。」
「だ、だから?そんなこと今は関係無いだろうが。」
正直、全く関係が無いとは思えなかった。何のためにカラスがそんなことを言ったのか。彼は無意味な発言などしない人間だ。何故・・・。
「あの時・・・からだ。」
俺の脳は静かに記憶を呼び覚まさせた。そう、あの時だ。あの赤い目をした烏が、俺の前に現れた時から。
「思い出した?そう、代わったのさ。僕から君へとね。」
「何を・・・。」
カラスの言っていることがさっぱり理解できない。何も言えずに呆然としていると、カラスは淡々とした口調で語り始めた。
「僕が中一の頃、まだ、君のいる町へ越してくる前に、赤い目の烏が僕の所へ来たんだ。そいつは人の言葉を話したよ。そして、僕と契約したいと言ったんだ。敵を倒すためにね。それ以来、僕は霊の居場所を探知する能力を得た。けどもうそれも限界だ。だから次は君に乗り換えるらしい。」
ついさっきまでは平凡だった日常を、彼の言葉が一気に崩壊させた。俺はしばらくの間、オカルトとは縁の無い生活をしていた。あの烏が現れたのが久々の怪異だったのだから。あの出来事がこんな、こんなにも突飛な世界の扉を再び開くことになるとは、一体何の縁なのだろうか。
「理解したかい?カラスくん。」
「俺が・・・カラス?」
ほんの数分で物事を理解してしまった自分が、どれほど恐ろしい人間だと思ったことか。中学時代、カラスと共に体験してきた怪異が鮮明に蘇る。
そうだ。これからは俺がカラスになるのだ。今後も多くの怪異と向き合い、ひたすら何かを探し続ける。
「なぁ、◯◯。」
「珍しいなぁ、君が僕を本名で呼ぶなんて。」
「それしか呼び方無いだろ・・・今からカラスは俺なんだから。あのさ、お前は、これからどうするんだ?」
「・・・さあね。ただ、僕らはまたいつか出会うかもしれないよ。」
俺もそんな気がする。そう言おうとしたが、言葉が喉に突っ掛かった。
「お前との心霊スポット巡り、散々だったよ。」
「それはどうも。じゃあね、カラスくん。」
そう言って彼は電話を切った。
記憶の中で、赤い目の烏が鳴いたような気がした。
作者mahiru
お久しぶりです。
お待たせいたしました!烏シリーズ新作です。