夢を見た。薄暗い世界の中、二つの目が紫色に光り、こちらを視ている。そいつは、口からシュルシュルと赤いものを出し入れしている。蛇だ。
「よぉ、相棒。気分はどうだ?」
そいつが俺に話しかける。俺はそいつのことをよく知っている。
「最悪だ。」
「そうかそうか、なぁ、今回のヤツはなかなかやべぇぞ。いざという時になったら俺を出せ。じゃねぇとお前の仲間が危ねえぞ。」
「わかったよ、そうする。」
「ほんとかよぉ、この夢はお前が目覚めたら覚えてるか分からねえんだぜ?」
「大丈夫、だと思う。」
「・・・そっか。まぁ、とにかく気を付けろよ。」
○
目が覚めると、俺は自室で寝ていた。
確か、ゼロたちと龍臥島で・・・。
布団で寝転がっていると、徐々に記憶が蘇ってきた。俺は、また倒れたのか。
今は何時なのだろう。時間を確認しようと思い、時計の方を見る。午前九時過ぎ。もう起きなければ。
自室を出て居間へ向かうと、誰かの話声が聞こえてきた。義妹の露と、もう一人誰か居る。襖を開けると、その人物が誰なのかすぐにわかった。
「鈴那!お前・・・随分早いな。」
「あ、おはよーしぐ!体調どう?」
「あわわ!おはようございます!大丈夫ですか?」
鈴那の存在に驚いた俺はただでさえ慌てているというのに、寝起きで急に心配されたら余計にあたふたしてしまう。昨日はそんなにやばかったのか俺は・・・
「あ、ああ、もう大丈夫だから。ってか鈴那、なんでうちに居るの?」
俺がそう訊くと鈴那はアハハと笑って答えた。
「あたしね、昨日はここにお泊りしたの~!」
「なんだぁそういうことか~・・・え、お泊り!?う、うちに!?」
鈴那の口から発せられた“お泊り”という言葉に驚いていると、鈴那は話を続けた。
「だって~しぐのことが心配だったんだもん。それに昨日はゼロのパパさんが車で送り届けてくれたんだから、あたしの家まで行ったら時間かかっちゃうでしょ?」
知らなかった。いや、知ることができなかった。昨日、俺は気を失っていたせいで途中から何があったのか全く覚えていない。ゼロの親父さんが来ていたなら挨拶ぐらいしておきたかった。
「そうだったのか。まぁ、心配かけて悪かったよ。ちょっと、シャワー浴びてくる。」
そう言って俺は居間を出た。鈴那の服装が昨日と変わっていないことには、敢えて触れないように。
○
シャワーを終えて居間に戻ると、露が少し遅めの朝食を用意してくれた。朝食を食べている時、鈴那から今日も夕方から龍臥島での調査があることを伝えられ、昨日起きたことも全て聞かせてもらった。
鈴那は一通り話し終えると席を立った。
「じゃあ、あたしは一旦家に帰るよ!また後で、ゼロの事務所に集合ね!」
そう言って彼女は手を振った。
「ああ、また後で。」
俺も手を振り返す。
それにしても、鈴那から聞いたことの中に気になるのがあった。もう一人の俺についてだ。俺の中に何かが居ることは分かっている。昨日意識が途切れる前に、そいつの声を聞いた。
だが、そいつが何者なのか、何が目的なのかなどは検討も付かない。それに、そいつはもう“俺”ではない。
少し前までは人格が変わると気性が荒くなっていたが、解離中の記憶が断片的には残っていた。しかしここ最近のものは、まるで身体を何かに乗っ取られたかのような感覚だ。
そしてもう一つ、俺はそいつのことを知っている気がする。名前も、そいつの名前も知っているような気がするのに、何故か思い出せないのだ。勿論、俺の勘違いである可能性もあるのだが。
とりあえず、今はそんなことよりも目の前にある仕事が優先だ。
海中列車と謎の怪物・・・俺は、ゼロたちの力になれているのだろうか。足手まといになっていないだろうか。どちらにせよ、今年の夏はいつもよりなんだか楽しい。そんな気がした。
○
相変わらず、蝉たちが狂ったように耳障りな音楽を奏でている。そんな蝉騒から耳を塞ぐかのように、イヤホンで音楽を聴きながら炎天下の道を歩いている。
目的の場所に着くと、ガラガラと入り口の門を開いて中へと入った。
「こんなボロいのにクーラー完備なんだな。」
神原探偵事務所。俺が世話になっている一つ年下の祓い屋、ゼロの怪異専門探偵事務所だ。
「あ、しぐるさん。昨日はお疲れ様でした。体調、大丈夫ですか?」
ゼロは心配そうな顔で俺を見た。
「ああ、今はもう何ともない。途中で意識無くして悪かったな。」
事務所にはすでに鈴那も来ており、それともう一人少女がいる。
「えっと、確か君は琴羽ちゃんだったっけ?」
俺がそう訊ねると、少女はニコリと笑った。
「はい、零の妹の琴羽です。」
琴羽ちゃんとは初めてゼロの家に行ったとき以来会っていなかったので、改めて挨拶を交わした。
するとゼロが「あ、そうそう」と、何かを思い出したかのように話し始めた。
「この前言ってた腕のいい情報屋っていうのは、琴羽のことですよ。」
「え、そうだったのか!」
以前、ゼロが情報を仕入れるのがあまりにも早かったので、どうやって情報収集しているのかと訊いたことがあった。まさか琴羽ちゃんがそうだったとは、意外だった。俺が驚いていると、琴羽ちゃんは照れくさそうに笑った。
「さぁ、メンバーは揃いましたし、そろそろ出発しましょう。」
ゼロはそう言って、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「ふゎ~・・・行こう行こう~。」
鈴那が欠伸をしながら言った。相変わらずだ。服は着替えたらしく、さっきと変わっている。
なんだか、今年の夏は楽しい。そう感じた。
○
現地に到着すると、管理棟の前に見たことのある顔の男が立っていた。彼は俺たちの存在に気が付くと、さわやかな笑顔で軽く手を振ってきた。北上昴。左目が瑠璃色の義眼で、歳は俺と同じだが少し背が高い。
「やぁ、みんな。蛛螺封印のとき以来だね。」
「よぉ、お前も来てたのか。」
「僕が呼んだんです。やっぱり、僕らだけではどうにも・・・よくわからない怪物も出てきちゃいましたからね。」
ゼロが苦笑しながらそう言った。確かに、昨日現れたあのミイラのような怪物は異様な気を感じた。
「その怪物、昨晩ゼロくんから連絡もらったあとに調べてみたけど、僕も詳しくは分からないよ。ただ、少し心当たりがあってね・・・。」
昴は顎に手を当ててそう言った。
「心当たりですか?」
ゼロが首を傾げる。
「うん、御影が似たようなものを飼っていたんだ。飼っていたというより、持っていたかな。彼の家には蔵があったんだけど、その中をこっそり覗いたときに、頑丈な結界の中に沈めて置かれていたんだ。沈静させているはずなのに凄まじい妖気を放っていて、直ぐに蔵を出たよ。」
御影。またこの名前が出てきた。一体何者なのだろう。
「そうですか・・・もし御影が関わっているとなると厄介ですね。とりあえず、そちらにも気を使いながら、まずは海中列車をなんとかしましょう。」
ゼロが難しい顔で言った。確かに、今回の依頼内容は海中列車の調査だ。それにしても、昨日感じた霊の気配は何だったのだろうか。今まで感じたことのない、尋常じゃない数だった。
「異常だ・・・。」
俺は思わずそう呟いた。
「ん?しぐ、何か言った?」
鈴那がこちらに顔を向け、首を傾げている。
「いや、なんでもない。」
俺は頭を振った。
「ふ~ん。」
鈴那は特に追及するようなこともせず、ただそう言った。
「みなさん、そろそろ調査開始しましょう。」
ゼロがそう言うと、俺たちは目的地へ向かい歩き始めた。
○
夕方の海辺、美しいようでどこか不穏な空気が漂っている。もうすぐ黄昏時だ。今日もあの気配は沸いてくるのだろうか。
「あっ!」
不意に昴が声を上げた。
「なっ、どうした!」
俺が咄嗟にそう訊くと、昴は視線を彼方此方に向けながら「いる」と言った。いるって、霊のことだろうか?俺は何も感じない。
「何が?霊なのか?」
「ごめん、そうなんだけど、しぐるくんはまだ見えない?見えなくても、何か感じない?」
「ああ・・・何も感じない。」
俺がそう言うと、昴は周囲に気を配りながらもう一度「ごめん」と謝った。
「僕、左目が義眼でしょ。実はこれ呪具の一種で、これのせいで霊がよく見えるんだ。恐怖という感覚が麻痺してしまうほど。」
ゾッとした。どんなに霊感が強くても、全ての霊が見えるわけではない。それが昴には見えてしまうのだ。そして何より、俺の見えないところに霊がいるということに言い知れぬ恐怖を覚えた。
「昴さん、流石ですね。どんな感じですか?」
ゼロが昴に訊ねる。
「特にこっちを気にする様子はないよ。でも悪意みたいなのを感じるし、数が多いね。今のところ三十以上はいる。どこから沸いてきたのか・・・。」
「そろそろ、来るかもしれないね。」
鈴那がそう言って身構えた。釣られて俺も身構える。
「しぐ。」
鈴那の呼びかけに視線を向ける。
「たとえそこに存在していたとしても、見えなければ何もない。虚無同然よ。」
その言葉にハッとした。そういえば、あの時も鈴那は同じことを教えてくれた。見えなければ影響を及ぼさない。虚無なのだ。
「そうだったな、ありがとう。」
「見えるものだけ、見ていればいいから。」
彼女は軽く微笑みながら言った。
「来ますっ!」
不意にゼロがそう言った直後、じわじわと何かの気配が周囲に沸き上がってきた。姿は・・・見える!昨日は気配のみで見えなかった者たちが、今はハッキリと目視できる。それは皆も同じようで、一様に驚いた顔をしていた。
「霊・・・だ・・・。」
ゼロの表情が険しくなり、何かの構えをとった。その瞬間、背後で汽笛のような音が鳴り響いた。それと同時に俺の身体の主導権は入れ替わる。
「海中列車かぁ。」
俺の声だ。俺ではない方の。今日はちゃんと意識がある。
「やっと出てきましたか、サキさん。」
ゼロが俺を睨みながら言った。サキとは、今の俺のことだろうか?
「よぉ、なんか大変そうじゃねーか。手伝うぜ。」
そいつは指を鳴らしながらそう言った。
「手伝うなんて、どういう風の吹き回しですか?」
「相棒の友人に手を貸すのは当然だろぉ。敵の敵は味方って言うしな。おい見てろ、これが俺だ。」
そいつの最後の言葉は、俺に向けて言われたような気がした。ゼロは両手に力を集め、バチバチと電磁波のようなものを発生させている。
「僕は今からこの大群を一掃します。サキさん、海中列車をお願いできますか?」
ゼロは相変わらず俺のことを睨んでいる。いや、今はサキと呼ぶべきか。
「おう、任せとけ。」
サキは静かにそう答えた。
「鈴那さんは僕の援護をしてください。昴さんは列車にも気を向けながら適当にそこらの雑魚をお願いします。」
ゼロはそう言い終わるや否や、益々激しくなった電磁波で大鎌のようなものを生成した。
「ほう、やっぱりそこそこ力はあるんだなぁ。」
サキが揶揄するように言った。
「プラズマサイズです。ここまでしないと流石にこの数はキツイですからね。サキさん、列車を。」
「わかったよ、やってやるからそう急かすなって。」
サキはそう言うと、海面の真下をゆっくりと走る列車に視線を向けた。
「サキくん、その列車の正体は怨念の塊だよ!気を付けて!」
昴がそう言った。
「怨念かぁ、道理で悪意感じると思ったら。昴とかいったか?詳しいんだな。」
「ちょっとばかり目がいいんでね。見ただけでそういうのが分かるんだ。」
サキは妖力で巨大な黒い蛇を作り出し、その蛇は海中列車目掛けて海の中へ飛び込んだ。
「丸呑みだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サキの声が周囲に響き渡り、付近にいた数体の霊を消滅させた。声の波動だけで霊を消せるとは、どうやら俺の中にはかなりやばいヤツが住んでいるようだ。蛇は列車に喰らいつき、そのまま吞み込もうとしている。列車は抵抗しているのか、その形を徐々に崩しながら蛇の胴体に纏わり付いた。蛇はそれでも構わず、もはや列車では無くなった怨念の塊を吸い込むように呑み込み、動きが鈍くなったかと思えば、その場で爆発した。その衝撃で起きた波と爆風が押し寄せてきたが、ギリギリのところでゼロが結界を張り巡らし、それらを塞き止めた。
「ふぅ・・・間に合いました。」
ゼロが額の汗を袖で拭いながら言った。
「よっしゃぁどうだ!!」
サキはそう言ってハッハッハと笑った。
「除霊・・・出来たの?」
昴がサキに訊ねる。
「おう、あいつが腹の中で消化しちまったよ。雑魚どもは?」
「清掃完了ですよ。」
ゼロが左手でピースサインを作りながら言った。その直後だった。
「グ・・・グガㇻァァァァァァァ・・・。」
突然響いたその音、いや・・・声に、謎の恐怖を覚えた。
「ねぇ・・・あいつ・・・。」
鈴那が声を震わせながら指さした方を、皆が一斉に見る。そこには、あの白くて背が異様に高いミイラのような怪物が、まるでこちらの様子を窺うかのように立っていた。
「御影の蔵にいたヤツと同じだ・・・。」
昴が身構えながら言った。
「テメェ・・・なんか見たことあるヤツだなぁ。まぁいい。おいゼロ、こいつは倒していいのか?」
サキはゼロにそう訊きながらも、倒すべきだと自己判断したのか妖力をフルに右拳へ溜めている。俺の身体だから分かるが、サキの妖気から緊張感が伝わってくる。
「はい、お願いします・・・。」
ゼロも既に妖力で生成した刀を手に持っている。
「いくぞ。」
サキはそう言い終えると同時に、物凄い速度で怪物へ飛び掛かった。拳が怪物の腹部に直撃し、怪物は突き飛ばされた。
「頼む・・・。」
サキは緊張感を解さず、願うようにそう言った。しかし怪物はゆっくりと立ち上がり、こちらへ向かってノソノソと歩き始めた。
「おいマジかよ・・・俺、もうガス欠なんだけどなぁ・・・。」
サキが力なくそう言った。
「サキさん、ご協力に感謝します。あとは僕たちでなんとかします。」
そう言ったゼロの声は緊張感に満ちていたが、どこか温かみの感じられるものだった。
「おう、頑張れよ。」
サキがそう言い終えた瞬間、身体の主導権が俺に戻った。一瞬クラッとなったが、なんとか動けそうだ。
(しぐる、聞こえるか?)
不意に聞こえてきたその声は、サキのものだった。
「あ、うん。サキなのか?」
(そうだ。あれはやばい。おそらくさっきまでの戦いでエネルギーを消耗したあいつらじゃあれには勝てねぇ。だからお前がやれ。)
「はぁ?いや、俺じゃどうにも・・・。」
(お前、自分の潜在能力を上手く引き出せてないだけなんだよ。いいか、俺がお前の力を制御してやるから、全力で戦え。)
「おい待て・・・マジか。わかった。」
サキとの会話を終えて気が付いたが、今の傍から見ればただの独り言だったのでは?そう思ったが、俺以外の三人は怪物に集中していたので、幸いにも見られずに済んだ。依然として怪物はノソノソと歩いているが、何かとてつもなく悍ましい気を放っており、そのせいかゼロも刀を持って怪物を凝視したまま動けずにいる。
「ゼロ・・・俺がやるよ。」
俺のその言葉に、皆が驚いた顔で振り向いた。
「だ・・・大丈夫なんですか!?」
「大丈夫・・・だと、思う。」
俺は怪物の方へと歩みを進めた。怪物もこちらにゆっくりと歩いてくる。よし、射程圏内に入った。俺はなるべく多くの霊力を練り、球状の物体をイメージした。すると俺を囲むように、いくつもの光の玉が生成された。出来た!記憶の中にある、もう一人の俺が使っていた技だ。
俺はすべての玉を全力で怪物目掛け放った。
「しぐ!すごいっ!」
鈴那が褒めてくれたが、生憎喜んでいられる余裕は無い。玉が直撃したのを確認し、すぐさま両手に霊力を集めて拳を作ると、全速力で怪物目掛けて飛び掛かった。怪物の姿は先程の攻撃で起きた爆発の煙により、ハッキリと見えない。そのうえ辺りはもう暗くなってきているので、余計に視界が悪い。だがあの攻撃は確実に効いているはず、となれば・・・
「くらえっ!」
俺は全体重を乗せて怪物を殴った。当たった!その衝撃波で怪物を包んでいた煙は消え、それの様子を目視できる状態になった。
怪物は、右腕が無くなっていた。どうやら俺の拳が右肩に直撃したようだ。怪物との距離はごく僅か。至近距離で見ると、その恐ろしい風貌に少し怯んでしまいそうになる。
だが油断はしていられない。そう思い、両掌にエネルギーを集めていたそのときだった。怪物は凄まじい速度で後ろに撥ね退け、足を着いたかと思うとその勢いをバネにして俺へと突進してきた。もうこうなったらやるしかない。
俺は両手を前に突き出し、そこに霊力を集中させた。
「来いっ!!!」
俺はそう叫んだ直後、怪物とぶつかり、目の前で爆発が起きた。その衝撃波で俺の身体は後ろへ突き飛ばされ、砂浜に倒れた。
そこからの記憶は、もう無い。
○
目が覚めたとき、俺は事務所のソファーで横になっていた。
「しぐ・・・?」
声が聞こえる。鈴那の声だ。声の方に視線を向けると、俺を心配そうな顔で見る鈴那の姿があった。
「・・・俺、生きてるよな。」
「うん、生きてるよ。怪我も大したことなくて良かった。」
鈴那はそう言って涙ぐみながら笑った。するともう一人、誰かの気配を感じた。
「目が覚めたか、しぐるくん。」
大人の男の声だ。見ると、眼鏡をかけた四十代ぐらいの男性が鈴那の後ろから俺を見下ろしていた。
「直接会うのは初めてだな。神原零の父、雅人だ。」
「あ、どうも初めまして。」
俺はそう言って身体を起こした。
「起きられたか、よかった。よくやってくれたなぁ。感謝するよ。」
そう言って雅人さんは軽く微笑んだ。
「依頼は・・・倒したんですか?ゼロは?」
「君が倒したんだよ。ゼロは琴羽のところにいるが、呼んでくるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
俺は雅人さんに頭を下げた。
「いやいや、そちらこそお疲れ。それと、あの白い怪物なんだが・・・本来、この地域には存在するはずのないものだった。俺も詳しくは知らないが、もっと遠くの県に似たような特徴の妖怪が居るらしい。やはり霊を食べるそうだ。誰が持ち込んだのか分からないが、しぐるくんが退治してくれて助かった。」
俺はアハハと照れ笑いをした。あの怪物、やはり御影という男が持ち込んだのだろうか。だどすれば、御影とは本当に何者なのか。
話を終えると、俺と鈴那は雅人さんに別れを告げ、事務所を出た。送っていこうかと訊かれたが、悪いので徒歩で帰ることにした。事務所を出るとき、雅人さんがボソリと独り言を呟いたのが聞こえた。
「何が起こっているんだ・・・この街で。」
確かに、ここ最近は怪異に遭遇することが多くなった。それは、俺が祓い屋になる前からだ。そして今回の霊の大量発生、海中列車、異常だ・・・。何か、良くないことが起こる前兆なのではないのだろうか。
「しぐ、なに難しい顔してるの?」
不意に隣を歩く鈴那が顔を覗き込んできた。
「お、おう。なんでもないよ。」
「それにしても凄かったね!しぐ、いつの間にそんな力を身に着けちゃって。」
「アハハ・・・それはどうも。」
あの力はサキが制御してくれていたからこそ上手く使えたのだが・・・まぁ、今回は黙っておこう。
「ねぇ、今夜も泊まっていい?」
「は?なんでだよ!」
「いいじゃん~!露ちゃんのごはん食べたいの~!」
「わ、わかったよ。着替えは?」
「今からお家に取りに行く~。一緒に着いてきて!」
「はいはい。」
そんなたわい無い会話を交わしながら、俺たちは帰路に着いた。
やっぱり、今年の夏はなんだか楽しい。
作者mahiru
海中列車『前編』→http://kowabana.jp/stories/27647
続きです。