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長編43
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*HANA*~カランコエ~

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金色に光る蝶が、静かに深い闇を飛んで行く。

温かい生命の息吹、そして死を見守る、深い夜の森の中、木々を縫うようにヒラヒラと飛ぶ。

そこには横たわる一匹の犬。

傍に寄り添う仔犬がその身体を舐めている。

金色の蝶が、その真上を旋回するように飛ぶと、仔犬は蝶を見上げ、悲しそうに一声、細い尾を引く様に鳴いた。

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*********************

「壮介~!(そうすけ)あまり遠くに行っちゃダメよ~!」

「は~~~い!!すぐ帰る~!!!」

母の声を背に、壮介はキャンプ場奥の木々の中に入って行く。

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今日は、両親、妹と共に、キャンプに来ていた。

母は、夕食のバーベキューの為の下拵えをし、父は炭の火おこしをしている。

その父の傍には壮介の妹の瑠菜(るな)が、ジュースの入ったペットボトルを手に、父の作業を見守っている。

目の前の川での遊びに飽きた壮介は、虫かごを手に、川とは反対側に広がる森に入って行った。

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昼間だと言うのに、日の射さない森は陰鬱として、都会暮らししか知らない壮介にとっては未知の世界。

好奇心でワクワクする反面、突然鳴く鳥の声にもビクッとしてしまう。

振り返ると、河原から随分入って来てしまったようだ。

不安になった壮介が、両親の元へ戻ろうと踵を返したその時、ふと近くの木を見ると…

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そこには、大きなカブトムシが一匹止まっていた。

「嘘だろ!?こんな大きいカブトムシがいる!!」

壮介は、喜び勇んで大きなカブトムシを捕まえると、しばらく眺め、ニッコリ笑うと虫かごにしまった。

そして、周りの木々をよく見渡してみると、カブトムシだけではなく、ノコギリクワガタや雌のカブトムシ、雌のクワガタが、まるで壮介に捕らえれるのを待っているかのように、あちこちで木の樹液を吸っていた。

壮介は、夢中になってカブトムシやクワガタを捕った。

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そして、壮介が我に返った時には、森の奥に踏み込んでいたのだ。

「どうしよう…」

自分がどこから来たのか、どこに向かって戻れば良いのか、壮介は見知らぬ森で迷子になっていた。

空を見上げても、鬱蒼と木々が茂り、木漏れ日が僅かに降り注ぐだけで、太陽の姿も殆ど見えない。

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「お父さん~~~ん!!!お母さ~~~ん!!!」

張り裂けんばかりの大きな声で両親を呼ぶが、両親の元に壮介の声は届いていないようで、いくら待っても返事が返って来ることはなかった。

やがて、木々から射し込む光は茜色に染まり、壮介が見知らぬ森をうろついている間に、みるみる暗闇に包まれてしまった。

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壮介は涙声で両親を呼ぶが、聞こえるのは木々を揺らす風の音と虫の鳴き声だけ。

時々、鳥の声が聞こえ、その度恐ろしさから足を止めていたが、光も射さぬ闇の中、明かりも持たず歩く事で、壮介は次第に動けなくなってしまった。

太い木にもたれ掛かるように座り、膝を抱え泣き出した。

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来年の春には中学生になると言っても、未だ小学生の子供だ。

後先考えずに森の奥に入り込んでしまった事を後悔しても後の祭り。

心細さと暗闇の恐怖から、壮介はしゃくりあげ泣いていた。

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その時、壮介の背後から…

―――

パキッ…

―――

草や落ちた木の枝を踏み鳴らす音が聞こえた。

壮介はすかさず立ち上がり、木の陰から音のする方を見るが、深い闇が広がるだけで音の正体が分からない。

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全神経を耳に集中させ、小さな葉の擦りあう音さえ拾う。

心臓は早鐘の如く、空まで響き渡っているのではないかと思うほど激しく音を立てる。

(バカ!ダメだよ!そんなにドキドキ大きな音立てたら、近くにいる何かに気付かれちゃうじゃないか!!)

壮介は自分で自分に言い聞かせ、泣くことも忘れ、木の陰から闇の気配を全身で感じとろうとしていた。

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どのくらいの時間、そこで固まっていたのか分からないが、あれ以来、風の吹く音と虫の声、そして時々聞こえるフクロウなどの声がするだけで、草むらからの音がしない事に壮介は安心し、時々木々の間から漏れる月明りを頼りに歩き出した。

歩き出し数歩行くと、又、後ろの草むらから音がする。

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壮介は立ち止まり、耳を澄ませ、音の出所を探る。

だが、壮介が止まると音は止み、又歩き出すと、壮介の歩調に合わせるように一定の距離を保ったまま何者かが背後をつけて来る音と気配がする。

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これが普通の道路なら、迷わず壮介も走り出していたのだろうが、見知らぬ山の中。

まして辺りは真っ暗闇と言っても言い過ぎではない、深い闇がただ広がっているだけ。

壮介は震える手で、足元に落ちた木の枝を拾い持つと

「誰なんだよ!?着いてくんなよ!!!」

上ずった声で叫ぶが、暗闇に潜む者は声すら立てず、だが、壮介からそう遠くない場所にいる気配はある。

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「オレは、ちっとも怖くなんてないんだからな!!

お化けだって幽霊だって、オレはちっとも怖くなんてない!!」

壮介は自分を奮い立たせるように言い放った。

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その時、暗闇で赤く光る二つのものを壮介の視界がとらえた。

「う…うわぁーーーっ!!!」壮介は尻餅をつくように後ろに倒れ込んでしまった。

すると、その二つの赤く光るものは、ジリジリと壮介との距離を縮め、近付いて来た。

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壮介の心臓ははち切れんばかりに激しい動悸を繰り返す。

(ヤダ…来ないで…あっち行け!!!)

言葉にならない声で壮介は呟くが、何者かは草むらから身を低くして壮介にジリジリと近寄って来る。

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やがて、壮介の目の前に現れたものは……

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未だ小さい、闇のような真っ黒の仔犬だった。

壮介は、その姿を見た途端、堰を切ったように泣き出した。

仔犬は壮介の目の前に来ると、真っすぐに壮介の顔を見上げる。

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壮介は仔犬を抱き締め、声を上げて泣いた。

仔犬を抱き上げると、犬は壮介の腕の中で暴れるので下におろし、共に暗い道を歩く。

野犬の子供なのだろうか?

犬は、壮介の後ろをぴったりと着いて来るように歩く。

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犬を従えるような形で、暗い山の中を歩いていると、犬は突然、壮介のズボンの裾を噛み、低く唸る。

「なんだよ?どうしたんだ?」壮介は振り返り、犬を撫でようと振り返った時、カラン…

壮介の踵の辺り、足元の石がどこかへ転げ落ちる音が…。

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そして暫く転がった後、ポチャン…水音を立てた。

暗くて見えないが、沢か川の崖になっていたようだ。

犬がいなかったら、真っ直ぐに進み、そのまま崖から石のように転がり落ちていたのだろう。

暗い崖から離れ、歩き出した。

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時々、犬は壮介のズボンの裾を噛んでは唸る。

そういった時は、真っすぐ進みことの出来ない場所だと犬に教えられ、しばらく歩いていると、何処からか壮介を呼ぶ声を聞いた。

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「ここだよーーーっ!!!」力の限り叫んだ。

やがて、壮介を呼ぶ声が大きくなり、明かりが一つ、二つ、木々を照らしながら近付いて来た。

壮介は、その明かりへ一目散に走った。

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地元消防団員に発見された壮介は、両親と妹の待つ、テントへ戻る事が出来た。

自分が思うよりも河原の近くにいたようで、両親が消防団の人に捜索をお願いして、すぐに見付かったらしい…

両親にはこっぴどく叱られたが、壮介の無事な姿に安心し、母は泣きながら抱き締めた。

そして、家族は遅い夕食のバーベキューを始めた。

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ふと見ると、仔犬は茂みの中で佇み、こちらを見ている。

「おい!こっち来いよ!!」

壮介は仔犬を呼ぶが、茂みから出てこない。

そこで、焼きあがった肉を持ち、壮介は犬のところへ行き、目の前に差し出すと、余程腹が減っていたのだろう。

ガツガツと、丸飲みするように一切れの肉はアッと言う間になくなった。

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父は壮介の後を付いて来て、犬を見る。

壮介はこの犬に助けられ、帰ることが出来た経緯を話すと、父は微笑み頷き

「壮介の命の恩人…じゃなくて、恩犬だな!

ありがとう…」

そう言うと、仔犬の頭を撫で、父は抱かれる事に慣れていない暴れる犬を無理矢理抱き上げると、家族の集まる場所へ連れて行った。

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仔犬は初め、警戒するように身を低くし、上目遣いで家族を見詰めていたが、次々と目の前に差し出される肉を食べているうちに、やがて尻尾を振り、人懐こい笑みを見せるようになった。

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その晩、仔犬は同じテントの中で、壮介に寄り添うように眠った。

次の日、両親は帰り支度を始めたが、壮介はどうしても犬を置いて帰る事が出来なかった。

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そして、父に、母にお願いした。

「オレの命の恩犬だから、この子を飼いたい!!お願いします!!」

壮介は両親に深々と頭を下げた。

すると…

「当たり前だろ?こいつは、もう家族の一員じゃないか!」

父は笑い、壮介の頭をワシャと掴んだ。

「弟の面倒も、ちゃーんと見るのよ?」

母も笑顔でクーラーバッグの中の溶けた氷を流しながら言う。

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壮介は、仔犬を抱き締めて

「これからもずっと一緒だよ!

オレがお前のお兄ちゃんだ!!」

そう言うと、仔犬は尻尾を振り、壮介の頬を舐めた。

家に帰ると、父は得意の日曜大工で、猫の額ほどの狭い庭に、家にあった木材を使い、急ごしらえで犬小屋を作り、妹は自分のお気に入りだった古い毛布を犬小屋の中に敷いた。

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―――――――――――――――――――――

ガーデニングに無頓着な母の代わり、父が枯れにくい多肉植物を庭にも家の中にも沢山飾っていたが、父の心配を他所に、犬はそれらの植木を齧ることも、触れることもなく、まるで愛でるように寝転がりながら眺めていた。

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「ホラ!!どうだ!!」

父は、アンティーク調に塗装した小さめのブリキ缶に、小さな色とりどりの多肉植物を寄せ植えし、壮介や瑠菜に自慢げに見せた。

「へぇー♪父さん、腕上げたんじゃない?」

「ホントだぁー。お父さん、ヤルじゃん♪」

壮介と瑠菜の言葉で、父は嬉しそうに益々ドヤ顔をする。

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そして、両手にブリキ缶を持ち、父が立ち上げると、いきなり父の両足の間から犬が顔を出し、父は手にしたブリキ缶を落としそうになった。

「こらー!やめてくれよ~」

父は自分の両足の間から顔を出して見上げる犬に懇願するが、犬は嬉しそうな顔をして、そのまま父の両足の間をすりぬけて、壮介と瑠菜の元へ駆けて来た。

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犬は、沢山の多肉植物の中から、特にカランコエの鉢を気に入ったようで、丸い、ぷっくりと膨れたような葉を、飽きもせず眺めていた。

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犬は賢く、どこかでサイレンが鳴っても、吠えることもなく、トイレも自分で決めた場所にキチンとし、家族にとても懐いた。

だが、習慣なのか、犬は、散歩の時でもいつも後ろを付いて来るから…

【バック】と言う、名前を付けられた。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「バック!!行って来るね!!」

オレはリビングの窓からカランコエの花の咲く犬小屋で寝そべるバックに声をかけると、慌てて玄関に走って行きスニーカーを履きながら、今度は台所で食器を洗っている母さんに向かい「行って来まーす!!」そう言い残すと家を飛び出した。

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バックが家に来てから、もう一年半が経ち、オレも中学生になっていた。

夕べも遅くまでケンヤとLINEをしてて、終わってからお風呂に入ったりしてたもんだから、今朝も寝坊しちゃって朝練はサボっっちゃった!

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ダッシュで学校に着き、チャイムが鳴る直前に自分の席に滑り込みセーフしたオレは、通学カバンにしているスポーツバッグを机の上に投げ出すと、その上に両手を伸ばして頭を乗せ、フゥ~…と溜息を漏らす。

隣の席のケンヤが笑いながらオレに親指を立てて見せるから、オレもつられて顔を上げると、真一文字に口を結んでケンヤに親指を立てて見せ、その後にニッコリ笑ってやった。

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午前の授業が終わり、「腹減ったぁ~」って、バッグから弁当を出していると…

「てめえ!早く買って来いよ!!」

「オレ、焼きそばパンな!!」

「遅えんだよ!早く行けよ!!」

トモカズ達の声がする。

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トモカズは、オレやケンヤとオナ小(同じ小学校)から来た奴で、前はよく一緒に遊んだりしてたんだけど、中学受験に失敗して、この公立中学に入って来てから、以前とまるで変ってしまったんだ…

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トモカズ達がパシリにしてるハルヒコも、オナ小出身で、6年間同じクラスになった事がないから、一緒に遊んだ記憶はないけど…

でもさ…

最近、トモカズ達のハルヒコへの態度を見てると、パシリの度を越してるんだよなぁ…

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確かに、トロくて勉強もあまり出来ないハルヒコは、イラッとさせるところもあるかもしれないけど、【イジメ】はやっぱり許せないんだよね…

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モヤモヤした思いでケンヤと弁当食ってると、ハルヒコが学校のすぐ目の前にあるコンビニのマークの付いたレジ袋を抱えて戻って来た。

それを奪うようにトモカズが袋に手を突っ込んでガサガサやり

「なんだよ!!オレの頼んだ物、無いじゃん!!何だよコレ?ピザパンやツナパンとか、オレ食いたくねーんだよっ!!」

「マジかよ?俺が頼んだ焼きそばパンもねぇーし!!」

「おっ!オレのコーヒー牛乳だけはあるじゃん♪」

トモカズはハルヒコの腕にパンチをした。

「い…痛いよ…

……僕が立て替えたお金、返して…」

ハルヒコがそう言うと

「はあ?だって、お前、オレたちが頼んだもん、買ってきてねえじゃん!!

こんなもん勝手に買ってきといて、それで金よこせだ?」

胸を張り、威嚇しながら掴みかからんばかりのトモカズに圧倒され、ハルヒコは俯き、無言で自分の席に戻った。

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そして、ハルヒコが自分の弁当をバッグから出し、食べ始めようと卵焼きに箸を伸ばした次の瞬間、ガチャン!!

ハルヒコの弁当が机から床に転げ落ちた。

未だ、一つも手を付けていない弁当は、教室の床に中身をぶちまけられ、そのすぐ横には薄汚れた上履きが…

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「うっ…」

ハルヒコは一声唸るとうずくまり、床に広がるおかずやご飯を両手で拾い集める。

「悪いなぁ~!足伸ばしたら、上履き、飛んでっちまいやがんのww」

トモカズはニヤニヤ笑いながら、「オレの上履き、取ってくんね?」とハルヒコに言う。

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ハルヒコは泣いていたのだろう…

ブレザーの袖で、グイと顔を拭うと俯いたままで、放り投げられた上履きを手に立ち上がった。

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オレは、つい…我慢が出来なくなり

「おい!!自分で飛ばしたんなら、自分で取りに行けよ!

それで…ハルヒコに言うことがあんだろ?トモカズ!」

立ち上がり、トモカズを真っ直ぐに見詰めて言った。

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トモカズは、最初、目をまん丸くしてオレを見て、その後、取り巻きみたいな奴らの手前、粋がって

「ああ~ん?壮介?オレはお前に言ってんじゃねえんだよ?

ハルヒコに言ってんだよ!」

オレにそう言うと、ハルヒコを横目で睨み付ける。

「トモカズ…お前のやってることは、【イジメ】だろ?

ハルヒコの弁当食えなくしたのはお前なんだから、謝れよ。」

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オレがトモカズに言い放つと、ケンヤが助け舟を出してくれた。

「壮介の言ってることは間違ってないよ?

間違えて上履き飛ばしちゃったんなら尚更、ハルヒコが午後も腹ペコで勉強しなきゃいけなくなった事に、一言謝罪するべきだろ?」

そう言い、ウインナーを箸でつまむと、ケンヤはハルヒコの元へ行った。

「最後のデザートに取っといたんだけど、しょーがねーww

お前にやるよw」

笑いながら渡した。

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オレも、弁当箱ごと持っていき

「ごめん!食いかけで悪いんだけど、家の母ちゃんのハンバーグ、美味いんだぜw」

半分しか残っていなかったが、弁当箱の中のハンバーグをハルヒコの弁当箱の蓋に乗せた。。

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一部始終を見ていた同級生達も、一人、二人とハルヒコの元へ行き、弁当のおかずやおにぎりを渡していた。

「勝手にやってろ!!!」

トモカズはそう言い捨てると、取り巻き達を引き連れて勢いよく教室のドアを閉めて出て行った。

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ハルヒコは、嬉しそうに笑い、一人一人に「ありがとう。」とお礼を言い、そして、オレとケンヤの元に来ると「僕の為に…壮介くん、ケンヤくん、本当にありがとう…。」

と、深々と頭を下げた。

「ちょ…やめてくれよ~

お礼言われるようなことなんて、オレら、な~んもしてないから」

「うん。ハルヒコくんも、あんな奴等の言いなりになんてならないで良いのに。」

二人でハルヒコの肩を叩き、笑っていたのに…

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…まさか…

…あんな事になると…

オレもケンヤも知らずにいたんだ…

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*********************

あの事があってから、ハルヒコとオレたちは仲良くなったんだ。

ハルヒコは、お父さんが出版社に勤めていると言って、昔のものから最新のものまで、漫画に関しては博士並みにすごい知ってて、部活も漫研(漫画研究部)に入ってた。

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オレは小学校の時からやってたサッカーを中学生になってからも続け、ケンヤは陸上部に所属してたから、帰りはいつもそれぞれ同じ部活の仲間と帰ったりしてたんだけど、休みの時は3人集まって、よくハルヒコの家に上がり込んではハルヒコお勧めの漫画を読んだり、それぞれの家に泊まりあったりして過ごしていた。

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ハルヒコが時々、オレたちの話しに上の空になることにも気付いていたけど、元々ワンテンポ遅いハルヒコだから、一人で悩んでいるなんて、思いも寄らなかった…

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あの日は、サッカー部の顧問が用事があるとかで、試合後だったこともあって部活は休みで、珍しくハルヒコと二人で帰ったんだ。

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帰りに通る児童公園のところでトモカズ達と偶然会った時、ハルヒコは俯いてしまった。

(前のことを思い出しちゃったんだろうな…)ってオレは気楽に思って、そのままトモカズ達の前を通り過ぎ、公園から少し先にあるオレの家の前に来たら、普段は無駄吠えしないバックがオレたちを見て、まるで呼ぶように吠えるから、二人でバックのいる庭で、首に繋いでいる鎖を外して遊んだ…

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見た目はちょっと強面のバックだけど、ハルヒコはとても気に入ってて

「家はマンションだからペットが飼えないんだ。

僕が大人になって家を持ったら、絶対にバックみたいな大きくて賢い犬を飼うんだ!」

そう言いながら、バックにしがみ付く様に首を抱えて、少しゴワゴワの毛を撫でていた。

バックもそれに応えるように、尻尾を大きく振ると、ハルヒコの頬をベロンと舐めあげて、その拍子にハルヒコは後ろに尻餅を着く様に転ぶから、オレは可笑しくて大笑いしてた。

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それが、オレが見たハルヒコの最後の笑顔だった…

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*********************

その日の夜、夕食の後片付けで食器を洗ってる母さんのスマホにメールが届いた。

オレは生意気な妹と、リビングでバラエティ番組を観てたんだ…

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「はいはーい!PTAからの連絡だ!」

母さんはエプロンの裾で濡れた手を拭いて、スマホを見ていた。

PTAからなんてオレには関係ないから、妹と、ザリガニのハサミで鼻を挟まれてギャーギャー言ってるコメディアンのリアクションを観て、大笑いしてたんだ…

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「…壮介…。

ハルヒコって、壮介の友達だよね?

お父さんが出版社に勤めてるって言ってた、大人しい子…。」

母さんがオレの座ったソファの横に立ち、スマホを見ながらオレに話しかけてくる。

「んー?そうだけど?あっははははwww」

オレはテレビを見ながら母さんに答え、相変わらず大声で笑ってた…

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「壮介…。

ハルヒコくんが、亡くなったって…。」

「んー?そう!ギャハハハ…!!

…えっ?」

条件反射のように答えてたオレは、笑いが一瞬で止まり、母さんの顔を見上げた。

「ハルヒコが…?そんな馬鹿な…」

「今日の夕方…この先にある踏切で…」

母さんの言葉が信じられなくて

「馬鹿言うなよ!!そんな筈ないから!!

だって、今日は部活が休みで…オレ、ハルヒコと一緒に帰って来て…

そんで、バックと一緒に遊んでたんだ…

あいつ、大人になったら犬を飼いたいって…

そんな奴が死ぬわけないよ!!!」

気が付いたら立ち上がり、母さんに向かって怒鳴っていた。

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「ごめん…」

母さんにそう言うと、走るように2階にある自分の部屋へ駆け込み、ドアをバタンと閉め、ベッドに放り投げたままのスマホを手に取った。

画面を見ると、ケンヤから何度も着信が入ってた。

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「もしもし!?ケンヤ!?」

オレが言うなり

「壮介!!!ハルヒコが…」ケンヤが電話の向こうで泣いている。

「…

……

ちょっ…待てよ…

冗談だろ?ハルヒコが死んだなんて、冗談だろ?」

「馬鹿かっ!こんな悪趣味な冗談なんか言えるかよ…」

ケンヤに言われて、改めてこれは現実だって思い知らされたオレは…

「オレ、今日はハルヒコと一緒に帰ったんだ。

あいつ…楽しそうに家のバックと遊んでたんだよ…

それなのに、なんで?

なんであいつ…自殺なんて…」

「悩みがあるような事、ハルヒコは言ってなかったのか?

自殺なんて…何か理由がなければ…

追い詰められなきゃ、考えられないだろう?」

壮介は、ケンヤの言葉でハルヒコの言葉を…行動を、思い返していた。

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帰りの通学路にある公園の前で、トモカズ達と会ったけど、壮介とケンヤ、ハルヒコが仲良くなった今、トモカズ達がハルヒコを虐めている素振りはなかった。

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何を悩んでいたのか…

なんで、死ぬほど辛いことがあるなら、相談してくれなかったのか…

ケンヤとの電話を切った後、ベッドに仰向けで寝転がり黙って天井を見上げていたら、庭でバックが、細く長く、悲しい声で一声鳴いた。

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オレが悲しい思いをしたり、悔しい思いをすると、バックは全てお見通しのように、オレを励ましてくれたりするんだ…。

でも、今日は…

バックもオレと一緒に悲しんでる…。

オレが部屋の窓からバックを見ると、いつもクルンと巻いた尻尾も項垂れ、悲しそうな瞳でオレを見上げていた。

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次の日の朝練はサボり、それでも予鈴の鳴る前に学校に着いていたオレは、同じく朝練をサボっていたケンヤと二人、何も言わずに黒板だけを見詰めていた。

女子達の泣く声や啜り泣きで、オレ達までもらい泣きしそうで…

口を開くことが出来なかったんだ…

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そんな中、馬鹿笑いをしながら教室に入って来たのは、トモカズ達だった。

手には、エリカの花の刺さったペットボトルを持ち、笑いながらハルヒコの机に置くと、オレを見て

「壮介!お前、ハルヒコを殺したんだろ?」

ニヤニヤ笑い、中指を突き立てて笑う。

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オレは席を立つと、トモカズに突進して体当たりをして倒すと、馬乗りになった。

「お前…もう一度言ってみろ!!!」

オレの言葉に笑いながら、

「何度でも言ってやんよ!!お前がハルヒコを殺したんだろ?あっはははははははははは」

「トモカズーーーーっ!!!」

オレは、ハルヒコの左頬に拳を振り下ろした。

トモカズは、未だ笑うのをやめない。

ケンヤが来て、黙ってオレの腕を取りトモカズから離すと、トモカズを立ち上がらせ、ニッコリ笑った次の瞬間、トモカズに飛び蹴りを喰らわした。

トモカズの体は、後ろに立ちすくんでいた取り巻き達にぶち当たった。

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「悪いな!蚊が止まってたんだよ。」

ケンヤは無表情でそう言うと、オレの腕を引っ張るように椅子に座らせた。

「馬鹿は相手にすることない!」

吐き捨てるようにそう言うと、自分も椅子を引き、座り込んだ。

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その日の夜、オレとケンヤ、そしてそれぞれの母さん達が連れ立ってハルヒコの通夜に行った。

ハルヒコのおばさんは、泣く事も忘れたように、ただボンヤリとハルヒコが納められた棺桶を前に座り込んでいる。

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おじさんが、オレ達の顔を見て、「有難う…」悲しい目をして呟いたが、ハルヒコには会わせてもらえなかった。

「壮介君とケンヤ君には、ハルヒコの笑顔だけを覚えていて欲しい…」

涙ぐむおじさんにそう言われたら、強引に棺桶を覗き込む事なんて出来ないよ…

オレもケンヤも、泣きながら頷く事しか出来なかった。

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*********************

それから数日後、ハルヒコのご両親の意向で、学校長、教育委員の人を呼んで、臨時の保護者会が夜に行われた。

未だに、ハルヒコの死の原因が分からず、ご両親にしてみれば、納得できるものではなかったから…

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そこで、ハルヒコがイジメを受けていたと言う事実が語られたらしい…

何が理由で?

何をされたか?

そこまでは、誰も分からなかったが、イジメが原因で、ハルヒコが命を絶ったと…

オレは後から知ったんだ…。

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母さんが帰宅したと同時に、オレは玄関に走り

「母さん!どうだった?」

そう聞くなり、母からいきなりの平手打ちを喰らった。

「えっ?…」

何が何だか分からないオレが一言発した後に、もう一発喰らった。

母は泣きながら、崩れ落ちるようにその場にうずくまった。

オレは、何が起こったのか…

ハルヒコの死について、何が明かされたのか…

何も聞く間もなく、嗚咽を漏らす母さんを、ただ見詰めていた。

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やがて、父さんが帰って来て、玄関で泣く母さんと、その前で呆然と立ち尽くすオレを見て、母さんの腕を取り、優しく語りかけながら立たせると、そのまま寝室に連れて行った。

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暫くすると、父さんがリビングに来て、夕飯も未だだと言うのに

「壮介!たまには父さんと一緒に、バックの散歩に行くか!」

そう明るく言い、渋るオレの肩に手を回し、リードを手にすると庭に行った。

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バックは、オレの瞳をのぞき込み、悲しそうに

「クゥ…ン」

一声鳴くと、オレの足に頭を摺り寄せて来た。

オレは…その声を聞いて…

堪らなく悔しくなってしまった…

母さんにぶたれたからじゃない。

痛かったからでもない。

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ただ、母さんがあんなに取り乱したのには、何か複雑な想いがあるって…

それは決して、良い意味ではないって…

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オレはしゃがむと、バックを強く抱き締めた。

そんなオレを、父さんが抱き締めてくれた。

「父さんは、壮介を信じている。

親だからと言う訳ではないよ?

壮介と言う人間を知っているから、信じているんだ。」

そう言うと、バックの首輪にリードを付け

「さあ!壮介!バック!行くぞ!!」

父さんに促され、オレも立ち上がった。

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相変わらず、バックはオレと父さんの後ろから着いて来る。

そして、帰り、家の近くの児童公園で、父さんと二人、何年振りかに並んでブランコに乗った。

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「壮介。どうやら、友達の自殺に壮介が関わっていると、母さんは今日の保護者会で言われたらしいんだ。

壮介がイジメをして、それが原因でハルヒコ君が亡くなったと…

母さんにしたら、寝耳に水で、疑いたくないけど、感情が高ぶってしまったんだろうなぁ…

母さんに代わって、父さんからも謝るよ。

すまないな。壮介。」

父さんは、ブランコから降り、オレの目の前に立つと、深々と頭を下げた。

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何となく、そうではないかと壮介も感じていた。

母さんが悪い訳ではない事も、壮介にも分かっていた。

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ハルヒコが死んだのだって…

死を選ぶほど、辛いことがあったなんて…

友達なのに、何もしてあげられなかった、何も聞いてあげられなかった…

自分は、ハルヒコの何を見ていたのか…

壮介は、そんな自分を責めていた。

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散歩から戻り、庭でバックを犬小屋の鎖に付け替えていると、母さんがウッドデッキから裸足で飛び出して来て

「ごめんなさい…

壮介…

ごめんなさい…」

そう言いながら、オレを抱き締めた。

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「まったく、母さんの早とちりは今に始まった事じゃないだろ?」

笑いながら言うと、横で父さんが

「母さんのドジには参ったな!」

笑いながら言う。

母さんは、「本当に…母さん、ドジだよね…

息子を信じてあげないで、馬鹿だよね…」

涙をポロポロ零す。

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何が苦手って…

鬼のような母さんより、泣いてる母さんが苦手だ…

オレの事で泣かせてしまう事に、ものすごく罪悪感を感じてしまう…。

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困った顔をしたオレを見兼ねた父さんが

「ホラ!母さん。いつまでも壮介にしがみついてたら、家に入れないじゃないかww」

そう声をかけてくれて、やっと母さんはオレから離れてくれた。

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次の日、学校に行くと、ケンヤがオレの姿を見て、慌てて駆け寄って来た。

「まったく…ふざけんなよ…」

ぶつぶつ文句を言いながら

「誰なんだよ!?

ハルヒコの自殺の原因が、壮介のイジメだなんて嘘言いやがったのは…」

いつもは壮介よりは冷静なケンヤが、珍しくマジ切れしている。

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「わっかんねーよ。でも、ハルヒコが死ぬほど思い悩んでいた事にも、オレ等、気付いてやれなかったんだよな……」

その言葉で、ケンヤも項垂れてしまった。

教室に入ると、同級生の男も女もオレのところに駆け寄って来て、口々に励ましてくれた。

「壮介がそんな奴じゃない事、オレらも分かってるから!」

「ハルヒコ君を助けたのは、壮介君とケンヤ君じゃない・・・

なのに、なんで?誰が言ったの?」

オレは…

そんな同級生たちの言葉で、それだけで…

そんなデマと立ち向かう覚悟が出来た。

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それからは…

担任や、学年主任の先生。

そして、校長先生とも、オレは話しをした。

勿論、クラスの同級生達からも話しを聞いていたみたいで、先生達は、黙って頷いていたんだ。

そして臨時保護者会から一週間が経った頃…

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週刊誌にハルヒコの自殺についての記事が掲載された。

・・・

・・・

そこには、目隠しはされているものの・・・

見る人が見れば、一目瞭然。

イジメ張本人【A君】として、オレの顔写真があった。

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そして、週刊誌が発売されたその日から…

家族は、謂れなき中傷を受けることとなった。

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家の前には、常時、テレビ局、雑誌や新聞社の記者にカメラマン達が押し寄せ、インターホンを無闇矢鱈に鳴らし、自社の名前を叫びつつ、壮介君と話をさせてくれと、それが無理なら、保護者の方(両親)は、今回の件について、どう思っているのか?

問い詰めるように、ひっきりなしなので、母さんはインターホンのスイッチを切った。

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やがて、瑠菜は怖がり、家を出ることが出来なくなった。

父さんは、家族を守るため、そんな中でも会社に行き、仕事をしていた。

心配するオレに

「父さんなら大丈夫だ。

何もやましい事がないから、堂々といつも通りの生活をしなくちゃいけないからね。

壮介も辛いだろうが、母さん達を頼む。

いつか…

いつか…

分かってもらえる日が来るから、何があっても卑屈になるな。

今まで通りの、真っすぐな壮介でいろ。」

そう言い、記者やリポーターにもみくちゃにされ、父さんは家を出て行った。

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向けられたマイクに、父さんは堂々と答えていた。

「いずれは、事がはっきりするでしょう。

今、言えることは、これだけです。

そして、皆さんにお願いしたい。

ご近所の方々の迷惑になっています。

取材も大切でしょうが、どうぞ、ご配慮、お願いいたします。」

深々と一礼すると、会社に向かった。

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オレも妹も、母さんも家を出ることが出来なかった。

一歩玄関から出ただけで、フラッシュの嵐。

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疑われている以上、仕方のないことだと思ったが、昼間なのに、まるで夜のように、カーテンを閉め切った家にいることが、堪らなく、苦痛だった。

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誰かが、門を超え、家の敷地内に入り込もうとしてるのだろう…

時々、バックが唸り、吠える

父さんだけが仕事に行き、母さんもオレも瑠菜も、一歩も家を出られない生活が続いたある日…

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毎日、オレの心配をしてLINEをくれるケンヤが、その日は慌てたように電話をかけて来た。

「壮介!!

お前、ネットは見てるか!?」

「いや。少しでも瑠菜や母さんを笑わせたいから、あれからずっとお笑いのバラエティしか観てないよ?

ハハハ…

二人とも、ちっとも笑ってくれないけどなぁ」

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すると、ケンヤが電話の向こうで溜息を吐いた。

「壮介…〇ちゃんねる、見てみろよ。

大変な事になってるんだよ…

お前の顔写真も、お前の家族の写真も晒されてんだよ…

しかも、お前ん家の住所も、家の写真まで晒されてる…」

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オレは、息を飲んだ。

まさか…

そんな筈は…

そして、ケンヤにお礼を言うのも忘れて、すぐにスマホから〇ちゃんねるに行った。

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鬼女版…

そこには、確かに…

ハルヒコの笑顔の写真。

経緯…が書かれていて、スクロールして行くと、中学に入ってすぐに撮った、集合写真から切り取った、オレの顔が…

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・・・

56:可愛い奥様@ 2017/1/〇〇(水)18:17:13

これが、ハルヒコ君を自殺にまで追い詰めたA君。

本名:〇〇壮介

そして、その下は、壮介の両親と妹。

住所・・・・・・・

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「・・・

なんだよコレ!!!」

そのスレが立った日から、今度はテレビ局や新聞社だけでなく、見えない悪意の攻撃が始まった。

無言電話は未だ良い方で、電話に出た途端の暴言や誹謗中傷。

脅しとも取れる言葉の数々を吐き付けられた母さんは、益々外出が出来なくなり、買い物もネットスーパーや、デリバリーで済まし、寝室に籠ることが多くなった。

父さんは、そんな中でも、オレ達の為に仕事に行く。

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オレはと言うと…

やましい事などないんだから!と、言い聞かせてはみても、やはり学校へ行く足も鉛の様に重くなっていた。

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だけど、そんな中、妹の瑠菜が学校へ行くと言う。

そんな中、兄のオレが休むわけにはいかない。

久しぶりの登校をする朝、母さんは瑠菜とオレにおにぎりと卵焼きを作ってくれた。

『ワンっ!!』

バックはオレ達が出掛ける時間になると、応援するように、喝を入れるように一声吠え、大きく尻尾を振って見送ってくれた。

「バック!頑張るからな!」

オレは、バックにそう言うと、ゴミ袋を手に持ち、先に瑠菜を小学校へ送る為にいつもより少し早く家を出た。

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大きな声で井戸端会議をしていた近所のおばさん達は、オレと瑠菜の姿を見ると、ゴミ集積所で固まったまま、ピタリとお喋りを止める。

そして、引き攣ったように笑い、何かを聞きたくて堪らないって顔で、オレたちの一挙一動を息を殺して見詰めている。

「おはようございます。」

オレはそんなおばさん達の横をすり抜け、集積所の扉を開けて中にポンとゴミ袋を投げ入れると、瑠菜を促し、歩き出した。

後ろから「行ってらっしゃい!」とおばさん達の声が聞こえた後、今度はあからさまなひそひそ声。

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俯く瑠菜のランドセル越しに手を背中に回した。

「大丈夫だ。人の噂も七十五日って言うだろ?そのうち飽きるから。

まして、瑠菜は何も悪い事なんてしてないんだから。

ごめんな。

オレの所為で瑠菜にまで嫌な想いさせちゃって…」

そう言いながら、悔しくて悲しくて、泣きたくなった。

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すると瑠菜は、ランドセルの肩ベルトを両手でしっかり握り直し、顔を上げて真っ直ぐに前を見詰めると

「お兄ちゃんが悪いわけじゃないのに。

お兄ちゃんも瑠菜も、間違った事してないから逃げない!」下唇を噛み締め呟いた。

いつもは生意気な妹が、小さな体で精一杯踏ん張ってる姿を見せ付ける。

「ああ。何も間違った事はしてない。

瑠菜…兄ちゃんも頑張るからな!」

壮介も瑠菜と同じように、前を真っ直ぐに見詰め、アスファルトを踏み締め歩き出した。

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瑠菜を小学校の門まで送ると、オレは中学校に向かった。

一週間も休んだから、勉強も心配だけど、なんと言っても…

学校で、どんな事が待ち受けているのか…

恐る恐る教室に入って行く。

クラスの連中はビックリした様に、一斉にオレを見て、駆け寄ってくれる奴もいたけど、顔を背けて目配せする奴もいた。

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オレは、いつも通り自分の席に行くと、スポーツバッグを机の上に投げ出し、椅子を引いて座ろうと…

すると、机の上に真新しい傷が。

バッグを退かして見ると、そこには【人殺しの机】と、カッター等で削られた文字が。

オレは、クラスの連中の顔を見回した。

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心配して駆け寄ってくれた奴等が

「それ、壮介が休みの時に、トモカズ達が…」

「壮介がハルヒコを助けた事、オレらだって知ってるし、壮介がイジメなんて出来ない奴だって知ってるから。」

「先生達だって分かってんだよ。誰が壮介を犯人にしたんだよ!」

皆、口々に壮介を励ましてくれる。

机に傷を付けた犯人くらい、考えなくても分かっていたが、そんな事よりも、自分の事を信じて心配してくれるクラスメイト達の言葉が、熱く胸に響いていた。

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やがて、ケンヤが朝練を終えて教室に入って来た。

タオルを首にかけ、ケンヤはオレを見るなり唇を尖らせるとウィンクをして、いつものように親指を立ててみせる。

「オレはお前の彼女かっww」

つい、こんな時だって言うのに軽口が口をついて出てしまう。

「お前がちゃんと工事したら、彼女にしてやんよ♬」

ケンヤはふざけてオレの頭を抱え込むと優しく髪を撫でる。

「やめろよーっ!オレはそんな趣味ないってww」

「その割に嬉しそうだけど?ww」

オレとケンヤのやり取りを見ていたクラスメイト達がクスクスと笑い出す。

久しぶりの笑い声…

オレはケンヤ達の気遣いを感じ、心まで温かくなっていた。

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「グッモーーニン」ドアをガララッと音を立てて現れたのは、トモカズ達。

オレの顔を見るなり、唇を窄め「ヒュー」と鳴らすと取り巻き達を従えて

「おっ!!殺人犯の登場だな!!www

少年法って奴で、未だ実刑にはならないからってか?」

ニヤニヤ笑いをしながら自分の椅子に座り、足を机に投げ出す。

ケンヤはトモカズを睨み付け

「壮介がそんな奴じゃない事は、オレらが一番分かってる。

もし、壮介が殺人犯だって言うなら、ハルヒコの死ぬほど辛い悩みを気付いてやれなかったオレら全員だろ?」

クラス中の奴等が揃って頷く。

トモカズは、ケンヤの言葉に反論する事が出来ず、不貞腐れたように窓に目を向けた。

そして、チャイムが鳴り、担任が教室に入って来ると、オレの顔を見て言葉が詰まったような表情をし、泣きそうな笑顔でウンウンと頷いていた。

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その日の放課後。

サッカー部の部長に、暫く部活に出る事が出来ないと話すと、最後に

「お前じゃないんだよな?」

一言、硬い表情を浮かべ、オレから目を逸らすことなく聞いた。

オレは部長の瞳をジッと見詰め返し、黙って頷く。

部長はホッとした様に表情を緩めると

「壮介!お前が帰って来るの、待ってるからな!」

そう笑顔で言うと、オレの肩を軽くポンと叩き、仲間の待つフィールドへ走って行った。

その後ろ姿を目で追うと、トラックの向こうでケンヤが手足を伸ばし、走る準備をしている。

オレは、ケンヤが走り切るのを見届けると、家に向かって歩き出した。

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家に帰ると、道路に面した壁に色取り取りのペンキで何かが書かれている。

【人殺し!!】

【死ね!!】

【殺す!!】

やることがまるで、トモカズみたいじゃん…

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オレは眉根を寄せ、ボンヤリと…

(ペンキって、何で消せば落ちるんだろう?)

なんて、考えていた。

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バックは庭からオレの気配を察し、「クゥゥン…」切ない声を出す。

オレは、バックが見える柵のところまで行き、

「バック。ごめんな…」

そう言うと門まで戻り、ドアを開けながら、大きな声で

「ただいまーっ!!」と、家の中に入って行った。

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すると、玄関には父さんの靴。

不思議に思い、そのままリビングまで行くと、父さんが神妙な面持ちで、声を殺して泣く瑠菜と母さんの肩を抱いている。

「どうしたの?何かあったの?」

オレの問いに父さんは

「今日…学校の帰り、瑠菜が攫われそうになった…」

と・・・・・

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学校でも瑠菜は同級生や上級生にまで、壮介が友達を虐めて殺したと、散々言われたらしい。

同級生と取っ組み合いの喧嘩になったそうだが、教師が仲裁に入り、その場を収めた。

そして学校帰り、仲の良い友達と別れ、一人になったところで見知らぬ男達に車に連れ込まれそうになった。

たまたま近所を巡回中の巡査が通りがかり、事無きを得たのだという。

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瑠菜を攫おうとした男は

「壮介の妹の瑠菜ちゃんでしょ?

お兄ちゃんの代わりに瑠菜ちゃんが罰を受けなくちゃね!」

そう言い笑っていたと…

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学校での誹謗中傷はさることながら、誘拐をされそうになった事は、瑠菜自身も、父さん、母さんも相当のショックになっているようだ。

オレ自身、瑠菜になんと声をかけたら良いのか…

言葉が出て来ない。

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オレは、自分の部屋に戻るとバッグを放り投げ、ベッドに俯せに倒れ込むと、布団に顔を押し付けて、声にならない声で叫んだ。

(何でこんな事になった?

オレが疑われるなら未だ分かる。

オレは…

ハルヒコを助けてあげられなかったのだから…

でも、何でよりによって、瑠菜を…)

何処にぶつけたら良いか分からない怒りを、爪が肉に食い込む程強く拳を握り、ベッドを叩いていた。

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ふと、目を開けると、部屋の電気が点いていて、眩しさに手をかざす。

「起きたか?」

オレのベッドの足元に座り、父さんが微笑んでいた。

いつの間にか、眠っていたようだ。

手にコンビニの弁当を持ち

「夕飯、未だだったろ?

育ち盛りなんだから、ちゃんと食え!」

父さんはそう笑いながらオレに手渡す。

「瑠菜と母さんは?」

父さんに渡された弁当を受け取り聞くと

「今日は色々有ったからな…。

少し前に寝たよ。母さんのベッドで、二人、抱き合って寝てるよ。」

そう言いながら、疲れたように父さんは小さく溜息を漏らした。

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オレは箸を手に

「父さん…ごめん…」と…。

すると、父さんは立ち上がり、オレの隣に座り直し、肩をギュっと抱き

「謝るな。壮介は何も悪くない。

母さんも瑠菜も、それを分かっているから…。

壮介は何も悪くなんてないのに……」

父さんはそう言うと、声を詰まらせた。

オレは、そんな父さんの顔を見上げることも出来ず、黙って、流れる涙を静かに零しながら、弁当を食べていた。

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悔しかった…

全てが悔しかった…

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ハルヒコが悩んでいるのに気付けなかった自分に…

何も言わずに命を絶ったハルヒコに…

訳の分からない事に、オレ達家族が巻き込まれた事に…

オレを信じて、勇気を振り絞った瑠菜にまで、悪意の手が及んだ事に…

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「壮介。お前もあまり考え込まず、早く寝ろ!」

父さんも、今日はちょっと疲れちゃったからな。

風呂入って寝るとするか!」

父さんは両手を上に上げ、伸びをするように言うと部屋を出て行った。

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時計を見ると、もう少しで日付が変わる頃。

オレは眠れず、ベッドの上で頭の下で両手を組むように寝転がり、天井をただ見詰めていた。

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ふと、立ち上がり、部屋の窓から庭を見ると、冷え冷えとした空気。

月明りに浮かび上がるカランコエの花と、その隣の黒々としたバックの光る毛並み。

バックは、オレの視線を感じたのか。

ふいと顔を上げ、オレと目が合った。

オレは静かに階段を下りると、リビングに行き、リードを手にバックのいる庭へ行った。

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バックは何も言わず、オレの姿を見ると立ち上がり、静かに尻尾を振り、口を開けて笑っているような表情でオレを見詰める。

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「バック…。」

オレは、バックの首元にしがみ付く様に抱きつき、声を殺して泣いた。

バックは声も出さず、ジッと佇み、頭を下げてオレの頬に鼻を何度もくっ付けていた。

そして、リードを首輪に付けると、バックを連れて、門から静かに外へ出た。

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キンと冷えた澄んだ空気は、都会の夜空の星だって輝かせて見せる。

深夜でも車通りの多い道路は避け、住宅街の中をバックを後ろに、オレは走った。

バックはそんなオレの歩調に合わせ、ピタリと後ろを着いて来る。

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やがて、前に父さんと行った児童公園に着いた。

息を切らし、滑り台の下に座り込み、休んでいると、バックがオレの前に立ちはだかるように来ると、低い唸り声をあげる。

―――

ウウウ…

―――

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「バック?どうした?」

オレがそう声をかけるが、バックは毛を逆立て、唸るのを止めない。

「どうし……!!」

ふと見ると、目出し帽を被った男が、木の陰から静かにこちらに向かって歩いて来る。

反対側からも、フルフェイスのヘルメットを被った男。

そして、キャップにマスク姿の男は正面から。

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「壮介くんだよね~?僕達はね、君を成敗しに現れた、正義の味方なんだ♪

君がハルヒコくんにした仕打ち、酷かったそうだね~。

そんな悪者は、誰かがやっつけないといけないんだよ?

昼間は、君の妹の瑠菜ちゃんを攫い損ねちゃったし、やっぱり当の本人に手を下すのが、筋ってもんじゃないかと思って、君が現れるのを待っていたんだ。」

くぐもった声でマスクの男が言うと、目出し帽もフルフェイスも、頷き、乾いた声で笑う。

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それぞれの手には、バットや鉄パイプが握られている。

バックは身を低くし、オレの前に立ち塞がる様に唸っている。

少しずつ男達は近付いて来る。

オレは、バックを連れて、滑り台の向こうに回り、逃げようと向きを変えると、そこにも男達の仲間と思しきニット帽を目深に被った男が立ち塞がる。

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バックを連れていると言っても、中学生のオレが大の男4人なんて、いくら何でも敵う筈もなく、逃げ場もなく、その場に凍り付いてしまった。

男達は、ジャリジャリと音を立て、オレとバックに近付いて来る。

バックは頭を低くしたまま、唸り、威嚇をしている。

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「ゴメンな~!僕達が直接、君の被害を受けた訳じゃぁ~ないんだけど♪

でもね、少年法とか面倒な事があるだろ?

そんなのに守られちゃって、君が罰を受けないなんて、余りにもハルヒコ君が可哀想だから。

有志の皆さんが集まってくれたから、こうして君にお仕置きする事になっちゃったんだ。ハハ」

キャップを片手でグイと目深に被り直すと、男は指をパチンと鳴らした。

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それが合図のように、男達が四方から走り寄って来る。

オレは、恐怖で動けず、立ち竦んでしまった。

オレの前に立ち塞がるバック目掛けて、バットや鉄パイプが振り下ろされる。

オレの顔に、バックの血が飛び散る。

「やめて…やめて…

やめろーーーーっ!!!!」

オレは、情け容赦なくバックの頭を、背中を、殴り付けるバットを、必死で掴んだ。

「離せ!!」フルフェイスが叫ぶと、誰かがオレの腕を鉄パイプで殴り付ける。

その時、バックを繋いでいたリードが手から離れた。

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バックは血塗れになりながらも、オレを助けようと、鉄パイプを持った手に飛び掛かり、腕に噛み付く。

「ウギャーっっ!!!」

目出し帽は悲鳴を上げて、鉄パイプをカランと落とした。

すると、今度は他の3人が、オレとバックを取り囲み、バットや鉄パイプを振り下ろして来る。

オレは両手で頭を抱え込み、蹲った。

「こんのーっ!!」

男達の叫び声。空を切る風の音。何かに当たる鈍い音。

そして、バックの苦しそうな息遣い。唸り声…。

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やがて…細い糸が切れるように

―――

クウ…ウ

―――

小さく声が聞こえると、あの激しい息遣いも、唸り声もパタンと消えた。

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オレは、蹲った姿勢のまま、そっと顔を上げた。

バックは…

バックは……

赤黒い塊になり、静かに横たわっていた。

男達はそれでも尚、バックを取り囲み、手にした凶器を振り下ろす。

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バックから流れ出る鮮血…。

オレは、立ち上がると、一番手前にいたニット帽の男に向かって走り出していた。

「うおおおおおおおおおおおお・・・」

獣の咆哮のような声が喉の奥から口を吐いて出る。

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男の腰に掴みかかり、力一杯男に体当たりした。

ニット帽は横向きに倒れ込み、オレは両手で拳を作り、男の頬を、頭を力一杯殴り付けた。

その時…

―――

ガツンッ

―――

後頭部に激しい衝撃を受けると、目の裏から火花が飛び散った。

オレは、そのまま…ニット帽の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。

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*********************

「・・・きろ!!」

「お・・・ろ!!!」

誰か声がし、体を揺さぶられる。

起きようと思うのだが、両手が背中に回り、頭にはニット帽が顎の辺りまで被せられ、視界は全く効かない。

そして、頭が割れそうに痛む…。

後頭部から肩口にかけて、生暖かい物が身体を濡らしているのが分かった。

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オレは、ボンヤリした頭で記憶を辿る。。

・・・

あの児童公園で起こった事。

バックの事。

オレ自身の事。

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やがて、オレのニット帽が外された。

・・・

辺りを見回したところ、何処かの山なのか?

街灯の灯りさえもなく、オレの身体は車のヘッドライトで照らされていた。

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目の前には、見知らぬ男達がオレを見下ろしている。

「君には、僕達、直接の恨みはないけど…

相談した結果、やっぱり君には死んでもらう事にした。

だって、あんな犬をけしかけて来るなんて…逆切れってやつなの?

これも、正義の鉄槌だし、僕達は悪者退治をするだけだから。」

恐らく、さっきはキャップを被ってマスクをしていた男なんだろう。

そう言いながらも、身体が小刻みに震えている。

「僕達は正しいことをしているんだから…。」

「お前がイジメなんてするからだ!!」

男達は口々に、人殺しが正当だと言わんばかりの言い訳を口にする。

そして、手にした凶器を高く、高く…振り上げた。

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*********************

児童公園近くの住居数件から110番通報を受け、警察が現場に着くと、滑り台前に一匹の大きな黒い犬が撲殺されていた。

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辺りは大きく広がる血を吸った地面。

そして、明らかに犬のものではないと思われる血だまりも有った。

何かの事件が起きた可能性も高く、点々と零れた血は、道路まで続き、ぱったりと消えている。

警察は応援を呼び、この場の現場検証を始めた。

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犬の死骸をチョークで囲み、鑑識が靴跡を取り、滑り台から指紋を採取していると、冬だと言うのに、蝶がヒラヒラと飛んで来た。

「えっ?この時期に蝶!?」

未だに目にした事の無い金色の珍しい蝶がヒラヒラと、鑑識の目の前を横切り飛んで行く。

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鑑識課員は、両手を伸ばして捕まえようとする。

だが、蝶は、右に左にヒラヒラと飛び、鑑識の手を擦り抜けて行く。

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大きな黒い塊の上に行くと、ヒラヒラヒラヒラ・・・

円を描く様に、舞を踊る様に、飛び回る。

そして、フッと…蝶は跡形もなく、消えた。

鑑識は、何が起こったか分からず、蝶の姿を探すが、もうどこにもその姿は見付けられず、諦めて、自分の仕事の続きに取り掛かる。

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警官、鑑識、刑事…

誰もが目を離したその隙に、黒い塊は静かに立ち上がると、赤い瞳を爛々と輝かせ、黒い毛を逆立たせ、足音も立てずに走り出した。

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道路を走り、高速を走り…

だが、誰の目にも犬の姿は見えず、走るドライバーの瞬きほどの瞬間、黒い影が車の脇を過ぎて走り去って行く…

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真っ直ぐに、壮介のいる場所へ・・・

黒い犬は走った。

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*********************

命乞いなどしても、この男達には通じない。

怖かった…。

…ハルヒコは、死への恐怖、どれだけ感じながら死んだのだろう…。

オレは、両目を瞑り、覚悟をした。

―――

ヒュン…

―――

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男達の振り下ろした凶器が、オレの脳天の髪の毛を掠った。

次の一打がすぐに襲って来るだろうと、オレの心臓ははち切れそうになりながらも、自らの目でバットが振り下ろされる瞬間を、見届ける事が出来なかった。

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「グッ…」

変な声が聞こえ、オレに近付く足音も消えた。

オレは、それでも目を開ける事が出来ず、両手を後ろ手に縛られたまま、両目をギュッと瞑ったままでいた。

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すると、頬に何かが触れた。

ちょっとゴワッとして硬く、だがするりとした上質のベルベッドの様な毛質。

オレは…

「バック!?」

そう叫んでいた。

そして、両目を開けた。

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そこには、バックが、いつもの優しい笑みを浮かべ、少しだけ舌を出し、オレを見詰めていた。

「バック…バック…

無事だったのか…

ああ……良かった……」

バックは頭を下げてオレの頬に摺り寄せると、大泣きするオレが落ち着くのを待ち、背中に回り、オレの両手を縛ってあった、男達が縛り付けたバンダナを噛み切った。

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オレは立ち上がり、バックに寄りかかりながら歩こうとするのだけど、足がもつれて上手く歩けず、安心したからか…急に睡魔が襲って来た。

「バ…ック…」

そう声をかけたのが最後、意識がプツリと消えた。

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*********************

真っ暗な森の中、オレは一人彷徨っていた。

灯りもなく、微かに葉の隙間から覗く月明りだけが暗闇の中、ジグザグに道を作っている。

オレは、何処に向かって歩いて行ったら良いのか、此処が何処なのかさえ分からず、一人、木の陰で膝を抱えて座っていた。

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その時、暗闇から二つの赤く光る眼。

オレはすっくと立ちあがり

「バック?」

そう声を掛けると、真っ黒な毛並みのバックがガサガサと草を掻き分け、オレの元へ歩いて来た。

真っ暗闇の筈なのにハッキリ見える優しい表情から、バックの想いがオレの心に流れ込んで来た。

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(壮介…大好きな壮介…

壮介と出会えて、幸せだった…

ありがとう…

ホラ。その腕を伸ばしてごらん。

この暗闇から抜け出すことが出来るから…)

オレは、言う通り、バックに向かって手を伸ばした。

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「壮介!!!壮介!!!」

手を伸ばした先は、白い天井。

ふと横を見ると、母さんがオレの手を握り、興奮した様に笑顔で泣き叫んでいる。

「母…さん?」オレは、そのまま上半身を起こそうとすると、後頭部に激しい痛みが。

「ん…つう…」オレが顔をしかめた所で、看護師さんと医者が部屋に入って来た。

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「母さん、バックは?」

オレは一緒に森にいた筈のバックを探す。

母さんは、涙をポロポロ零し、

「バックは……」

と………

オレは、あの日の出来事を、順繰りと頭の中で再生してみた。

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バックを連れて散歩に出た。

そして、少し休憩をしようと、あの児童公園の滑り台で休んでいると、そこへ顔を隠した男達が現れ…

そう!!昼間、瑠菜を攫おうとした男達だ!!

バックはオレを庇い、鉄パイプや金属バットで殴られ…

大きな血だまりの中、動かなくなった。

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執拗に凶器を振り下ろす男達。

オレは我慢が出来なくなって、中の一人に体当たりをした。

そこで頭を殴られ…

気が付いたら、見知らぬ山の中にいたんだ。

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男達は、オレを殺そうと、全員が覆面を外し、凶器を振り下ろした所で…

バックが現れた!!!

そう!バックだ!!

オレが見た時は、男達は皆、冷たい地面に倒れ込んでいた。

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オレは、バックの姿を見て、ホッとして………

そこからの記憶がプッツリと切れていた。

「母さん!バックがオレを助けに来てくれたんだ!!」

オレは母さんに訴えた。

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「そうなの…。

壮介を保護してくれた人が言うには、真っ黒な大きな犬がいきなり道路に飛び出して来たって…。

車の前に立ち塞がり動かず、横を向き、一点だけを目を逸らさず見ていたらしいの。

それがあまりにも不自然で、バックらしき犬が襲って来ない事を確認しながら運転手の人が車から降りたら、犬の見ていた先に、壮介が倒れていたんだって…。

慌てて救急車を呼んでくれて、ふと見ると、その真っ黒な大きな犬は居なくなっていたって…。」

母さんは、ハンカチで目元を抑え、涙を拭きつつ話してくれた。

(バック……)

オレは、ベッドの上で声を殺して泣いた。

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やがて、オレを襲った男達がまとめて逮捕される事となり、大々的に報道された。

そして、オレが暴漢に襲われた事で怖気付いたトモカズの取り巻きの中の1人が、全てを暴露したそうだ。

1人が暴露した事により、他の取り巻き達も自分に火の粉が降って来る事を避ける為、ハルヒコの自殺の真相、〇チャンネルの鬼女版の書き込みを誰がしたかも、正直に警察に話したそうだ。

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あの日…

ハルヒコと共に帰ったあの日…。

庭で一緒にバックと遊んだハルヒコは、家から帰る途中、待ち伏せをしていたトモカズ達に捕まった。

ハルヒコは、毅然とした態度でトモカズを相手にしなかったそうだ。

だが、それが面白くなかったトモカズは、遮断機が下りた踏切内に、ハルヒコのバッグを放り投げた。

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(未だ電車は見えない。)

ハルヒコはそう思ったのか、慌てて遮断機をくぐり、踏切の中に入ってしまった。

バッグを手に、急いで戻って来ようとした時、カーブの向こうから突然現れた電車。

急ブレーキも間に合わず、ハルヒコは…。

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流石のトモカズもびっくりして、取り巻き達を引き連れて逃げた。

学校の校門まで走って来ると、トモカズは取り巻き達の1人1人に言い聞かせた。

「良いか?あれは、ハルヒコが勝手に死んだだけで、オレ達は悪くない。

もし、オレが捕まる事が有れば、お前等も共犯になるんだからな?

そうなりたくないなら、今日の事は口が裂けても誰にも言うな!!」と…。

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そして、ハルヒコはイジメで自殺をしたと言う話をでっち上げる為に、トモカズは母親に泣き付き、2人でオレを犯人に仕立て上げた。

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〇チャンネルのあのスレも削除され、新しく立てられたスレには、トモカズの本名と子供を庇い、偽の情報を流した母親の名前と写真。

連日、ワイドショーを賑わす事態となった。

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入院中のオレの病室に、ある夜訪れて来たのはトモカズの父親だった。

憔悴し切った顔をし、ベッドの上のオレと、その横に佇む母さんに向かって、土下座をし、何度も何度も謝っていた。

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最初、母さんは憮然とした表情で見ていたけど…

オレは、トモカズは許せない。

母親も。

だけど、どんな思いで今、トモカズの父親がオレに頭を下げているかを考えたら…

・・・

オレは、母さんの袖を引っ張り、静かに首を横に振った。

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母さんは、ハッとしたような表情をし、静かに両目を閉じると呆れたように苦笑いをし

「もう、この子も家の家族も大丈夫ですから頭を上げてください。

お父さん?大変だとは思いますが、少しは休まれてくださいね。」

トモカズの父親に、母さんは声を掛けた。

すると、土下座した姿勢のまま、トモカズの父親は啜り上げて泣き出した。

「家の馬鹿息子と馬鹿女房が、本当に…本当に…

ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」

そこへ、瑠菜を連れた父さんが入って来た。

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そして、トモカズの父親の姿を見ると、黙ってその肩に手をかけ

「私は、この子を信じていました。

世間でどんな噂をされようとも。

今度は、貴方がお子さんと奥さんを見守る番です。

疑いが晴れた今、家はもう大丈夫です。

それより、お父さん。これからのあの二人を、貴方が支えていてあげて下さい。

罪を償い、二度と道を間違えてしまわない様、今度は貴方が家族を支え、守る立場なんです。

だから、もう顔を上げてください。」

そう言うと、トモカズの父親は目に涙をいっぱい溜め、父さんを見詰め、頷いた。

父さんもその瞳を真っ直ぐに見詰め、うんうんと頷く。

そして、静かに病室を出て行くトモカズの父親の背中を、オレ達家族4人は見送った。

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入院中は、ケンヤやクラスメイト達、そして先生達がひっきりなしに訪れ、看護師さんに怒られることもしばしば。

担当医から、退院のお許しを得て、久しぶりにオレは外の空気を思い切り吸い込んだ。

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病院からのその足で、オレはハルヒコの家に向かった。

チャイムを鳴らすと、おばさんがインターホンから返事を返す事なく、いきなりドアを開け、オレを見るなり抱き付いて来た。

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「ごめんね…

ごめんね…壮介君…」

何度も何度も繰り返し泣きながら言い続ける。

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オレは、なんて返したら良いのか分からず立ち竦んでいると、車を駐車して来た父さんが、おばさんにそっと声をかけた。

「逆の立場なら、私達だってネットの噂を信じたかもしれない。

貴女が悪い訳じゃないんですよ。

恐ろしいのは、噂に惑わされ、それを信じ込んで、悪意の正義感で人を罰しようとする者達がいる事、子供可愛さで盲目になってしまう事。」

ハルヒコのおばさんは、泣きながら顔を上げると頷き、そして

「良かった…

良かった…壮介君が無事でいてくれて、本当に良かった…。」

そう言うと、静かに涙を拭った。

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その後、オレは真新しい仏壇に線香をあげ、両手を合わせた。

遺影には、はにかんだ笑顔のハルヒコ。

(オレ達は、ずっと友達だからな。

今は違う世界にいるけど、いつか…又、オレとケンヤと馬鹿やって、一緒に笑おうな!

だから、その日が来るまで…ハルヒコはゆっくり休んで待っててくれな!)

心の中で語りかけると、遺影のハルヒコが一段と明るい笑顔になったように見えた。

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帰りの車の中、オレは父さんに聞いた。

「トモカズは殺人罪になるの?」と。

父さんは暫く黙り、家に着く少し前に口を開いた。

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「例え、殺人罪にならなかったとしても、トモカズ君もお母さんも、一生消せない罪を背負って生きて行かなくてはいけないんだよ。

彼を、お母さんを、心から信じてくれる人が、果たして現れるのだろうか?

人を殺した事実は、消せやしないのだからね…。」

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wallpaper:3589

家に入ると、キッチンから母さんが走って出て来た。

そして、オレをムギュっと抱き締めると

「今日は、壮介の大好物のロールキャベツよ!!

病院じゃ食べられない逸品なんだから♪」

すかさず父さんが

「今日は焦がさないでくれよ?」

そう笑うと、母さんは急に真顔になってキッチンに走って行ってしまった。

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オレはリビングから庭を眺める。

ウッドデッキの向こう、カランコエの花が咲き乱れたその隣に、いつもはいる筈のバックの姿はない。

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ボンヤリ佇んでいると父さんがオレの横に立ち、オレの肩をグイッと寄せ、話し出した。

「壮介。知ってるか?

“送り犬”と言う妖怪を。」

オレは、聞いた事の無い名前に、首を横に振る。

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「そうだな。メジャーな妖怪じゃないからな。

山で迷った者を守り、無事に家まで送り届けてくれる妖怪なんだ。

昔は日本にもオオカミがいただろう?

そんなオオカミから、守ってくれる妖怪だったんだよ。

バックは、森で迷った壮介を守る為に現れた、その“送り犬”だったんじゃないかと、父さんは思うんだ…。

だけど、壮介に危害を加える者達にとって、“迎え犬”になったんじゃないかって…な…。」

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そう言うと、肩を抱いた手に力を込めて言った。

「バックは、何処かで生きている。

父さんは、そう思うんだ。」

オレは、黙って頷き、窓を開け、ウッドデッキに出て、犬小屋を見詰めた。

バックの大好きだったカランコエの花が、ふんわりと吹いて来た初春の風に揺れていた。・

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カランコエ

たくさんの小さな思い出

あなたを守る

=Fin=

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とてもとても感動しました。涙が流れてきてしまい読むペースが遅くなってしまいました。
素敵な物語をありがとうございます。

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shibro様
こんにちは!
この度はこのように長い話しをお読み下さり、ありがとうございました(*´ω`*)♬

と言いますか…shibro様の作品にコメントなんてしてしまったから、催促してしまったのかっΣ(◉□◉;;)と、申し訳ないやら…(゜ω゜;)

これからは、そんなお気遣いはナシでお願いしますね(⁀▽⁀)ノ

そして、とても嬉しいお言葉を有難うございます!!

私は短編が苦手でしてね(^^;)
人物、事象を書いていると、つい長くなってしまう…( ̄_ ̄;)

サラッとまとめた怖い話しを書ける人を尊敬しています(;▽;)

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ろっこめ様
はじめまして!鏡水花と申します(⁀▽⁀)
この度は、この様にながぁ~い話しをお読み頂いただけでなく、身に余るお言葉を、有難うございますm(_ _)m
良い人もいれば嫌な奴もいる。
幽霊と呼ばれる存在も、以前は人間だったと考えると…
きっと、性格の悪い奴が悪霊と呼ばれる存在になってしまうのかもしれませんね(*≧∀≦)ノシww

いつ、どこで、自分が渦中に巻き込まれるかも分からない現代…
どうしたら、身を守れるのか…なんて(;´艸`)

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鏡水花さま(*˘︶˘*).。.:*♡
小夜子です。お恥ずかしながら、チラりんこ、戻ってまいりましたぁ〜。寂しくて、さみしくて…。うまく言えないけど、大好きです。

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ミート君さま♬
はじめまして!鏡水花と申します(*^^*)
とても嬉しい言葉で、弱い涙腺が崩壊しそうになりました(つ▽;`)
本当に、有難い言葉でした。
もう、退会はしません(*^^*)
相変わらずの遅筆ですので、仕事やリアの仕事の合間に書き溜め、又、投稿をして行きたいと思っております。
これからも、どうぞ宜しくお願いいたします(*゜▽゜)ノ

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珍味さん♬
コメントを頂きながら、返信が大変遅くなり、申し訳ありませんm(_ _)m
珍味さんのお話の様に、上手く話しをまとめることが出来ず、相変わらずの長い文章で、貴重なお時間を拝借してしまい、申し訳ありません(;>人<)
そうですね…。
善くも悪くも、自分次第で怪物にしてしまうか、いざとなった時、力強い味方になるか…。
もし、トモカズの手にバックがいたなら、どうなっていたのでしょうか?
なんて、話しがすぐに終わっちゃいますね(; ̄▽ ̄)ww
年末のお忙しい中、どうも有難うございました。

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こげさん♬
ご無沙汰しております(*’∇`*)ノ
お元気そうでなにより♪
例の…アレですね((-_-;;)))
頼んでないのに、勝手に遠隔操作…
ずっといいえをしていたのに、私もある日勝手にやられましたよ(;・’ω’・)
心配していた被害が出なかったのが救いでしたが、こげさんは多大な被害を受けてしまったのかしら(((;◉□◉))

イジメや、表裏の激しい人は、本当に嫌ですよね( ’Д‵)=3

ワンコは、きっとどこかで生きています♪
何処かの山で、道に迷った人を家まで送り届けているんじゃないでしょうか(*’艸‵)

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ゆ様♬
この度は、この様な長い話しをお読み下さり、有難うございました(*’ω`*)
私も動物物は弱いんです…
そして、私もデカワンコ派です(^▽^)
抱き締めた時の、モフッとした感じや、あの首回りの安心感…。
この作中にいるバックは、何処かで生きています!
バーック!!カムバーック!!(西部劇シェーンを知っているでしょうか?ww)

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