八月の海。案外、綺麗なものだ。
「そういえば、そんなこともあったなぁ」
堤防の上、俺と鈴那とゼロが腰を下ろして駄弁っている。気付けば、俺の思い出話になっていた。
「しぐは、霊感があることをオープンにしてるんだね」
鈴那がそう言って缶ジュースを一口飲んだ。
「そこまで公けにはしてないけど、気付いたら噂程度に広まってた」
「そうなんだ、いいなぁ~。あたし、霊感のせいでいじめられてたりしたからさ・・・」
「そうだったな・・・なぁ、鈴那は霊的なものを嫌ってたりするのか?」
俺の質問に、鈴那は少し考えてから軽く俯いた。
「嫌いと言ったら嘘になる。この能力があったから、しぐにも出会えたし。でも・・・あまり好きではないかな」
彼女はそう言って苦笑した。
「そっか」
俺は短く呟いた。
「ねぇ、しぐ。怖い話してよ!」
「えっ、今ここで?」
「うんっ!しぐの怪談語り、ゼロにも聞かせてあげよっ!」
そう言った彼女の顔は楽しそうに笑っていた。そういえば、ゼロに話していない俺の実体験があった。
「しぐるさん、怪談語りするんですか?」
ゼロが興味津々といった目で俺を見てきた。
「おいおい、あまり期待するなよ」
潮風に当たりながらそんな会話をしている。先程まで、怪異が起きていたこの場所で。
「これは、俺が今年の夏休み初日に体験した話なんだけど・・・」
そう前置きし、俺は自らの体験談を淡々と語り出した。
○
思い出話を一つ。高校二年の夏休み、まだ鈴那やゼロたちと出会う前に体験した話だ。
小さい頃から、霊という存在が見えてしまうのだ。例えば、川から顔だけを出し、生気の無い目でこちらを見つめる黒髪の女、マンションの最上階から人が飛び降りるのが見え、驚いてその場所へ行ってみれば、そこには誰もいない。
そんな俺に霊感があるという噂がいつの間にか広まっていた。そのせいか、妙な体験をした友人などから相談されることがある。 噂を広めた犯人は、大体想像がつく。俺のクラスメイト、山岡という男子生徒だ。 今から語るこの話の原因を作ったのも、その山岡というやつ。以前、心霊スポットで取り憑かれてきた山岡の除霊を長坂さんがすることになった際、俺も手伝ったのだ。何となく噂を聞くようになったのはそれからだった。
俺はそんな山岡に頼まれて、近所の山にある廃屋での肝試しに付き合うこととなった。俺以外のメンバーは山岡の他に二人居た。よく山岡をパシリに使っている遠藤という不良生徒、その友人だが性格は優しく、わりと真面目な杉山。全員俺と同じクラスのやつだ。
肝試し当日、俺達四人は例の廃屋の前に集まった。時間帯は夜だったので、かなり雰囲気もあった。
俺は既に廃屋からの嫌な気配を感じ取り、手に汗を握っていた。
「な、なんか、すごい、雰囲気、あるね」
山岡がそう言うと、遠藤が馬鹿にするように言った。
「山岡、もうビビってんのか。まだ何も出てねぇだろが。おい雨宮、なんか見えるか?」
遠藤とはあまり話したことが無かったが、口調の荒いやつだ。
「いや、まだ見てはいないけど、確実にいる。これ入らない方が身のためだな」
「ったく、お前までビビってんのかよ。ほら、行くぞ」
俺が何気なく忠告すると、遠藤が溜め息を吐いて言った。そして遠藤は山岡の腕を掴み、廃墟の入り口へ向かって行く。杉山は俺の方を見て苦笑した。遠藤の態度に呆れているらしい。ここへ来る前にも俺に向かって暴言を吐いた遠藤に対し「せっかく着いてきてくれるんだから」と杉山が制止していた。彼は柔道をやっており、確か黒帯だったはずだ。喧嘩っ早い遠藤でも杉山には勝てない。なぜ性格の似ていない二人が友人同士なのかは分からないが、遠藤が羽目を外さないのは杉山のおかげなのだろう。
廃屋の入口に鍵は掛かっておらず、簡単に入ることができた。建物の造りは古く、玄関を入って右側に、12畳ほどの部屋があった。居間のようだ。
「雨宮、ここなんか居るか?」
遠藤は怯える様子も無く俺に訊いてきた。
「いいや、ここじゃない」
俺がそう言った瞬間、背後から背筋の凍るような気配を感じだ。
「!?」
咄嗟に後ろを振り返ると、そこには何もいなかった。 気のせいだったのだろうか。いや、確かに感じだ。この廃屋には何かがいる。
俺の行動に驚いた山岡は、「ひぃ」などと弱々しい声を出している。 それに続き、遠藤も俺に訊いてきた。
「いま、なんか居たのか?」
「いや、気のせいだったみたいだ」
俺は気のせいだったと言い、先を進むことにした。が、その時、居間のような部屋の隣にある部屋から、女の呻き声のようなものが聞こえてきたのだ。
俺はまずいと思い、進む遠藤の腕を掴んだ。
「なんだよ」
「聞こえる。呻き声みたいなのが。そこの部屋から」
「まじか、ちょっと見てみようぜ!」
「おい、やめろ」
遠藤は俺の制止を振り切り、その部屋へ入ってしまった。山岡はさっきの俺の一言で完全に怯えきっているようで、その場に縮こまってしまった。
仕方なく俺は遠藤の後をついて部屋へ行くことにした。
「杉山、山岡に付いていてやってくれないか?」
「わかった」
俺は山岡を杉山に任せ、部屋の入り口まで来た。どうやら台所のようだ。遠藤は入口付近で部屋の一点を凝視していた。
俺が遠藤の指差す方を見ると、そこには女が蹲り「うぅぅ」と唸っていた。 俺は直ぐに遠藤の腕を引き部屋を出ようとした。すると、さっきまで唸っていた女が言葉を発した。
「待って・・・どうして・・・私を・・・」
無論待つわけがない。遠藤を連れて部屋を出るため振り返った。しかし、そこにはさっきまで台所の隅にいた女が目の前にいたのだ。その顔は見るに堪えないものだった。
声が出ない。動けない。金縛りのような感覚に襲われ、俺はただその恐ろしい顔を見ていることしか出来なかった。
しかしその女は、こちらを見ているだけで何もしてこない。その時は不思議に思ったが、今思えば俺が無意識のうちに念のバリアでも張っていたのかもしれない。
しばらくすると女も諦めたのか、目の前でスゥ…と消えてしまった。それと同時に体を自由に動かせるようになり、直ぐに台所を出て杉山たちと合流した。どうやら二人には何もなかったらしい。
俺は遠藤を支えながら台所で起きたことを杉山たちに簡単に話すと、もう帰ろうということになり、玄関から外に出た。
「うわぁっ!!」
外を見た杉山が突然大声を出した。無理もない。そこにはさっきの女の霊の他に、顔の潰れた子供二人の霊が道を塞ぐように立っていた。それを見た山岡は気絶してしまい、杉山に支えられている。
「お父さん…お父さん…」
突然、子供二人の霊がそんなことを喋り始めた。すると遠藤はゆっくりと、その子供の霊の方へと歩いていく。
「おい、遠藤!待てよ遠藤!」
俺が声をかけるが止まらず、腕を掴んで戻そうとしても、そのまま進もうとしてしまう。顔は無表情で目は虚ろだ。それでも俺はなんとか遠藤の歩みを止めようと、必死で彼の腕を引き戻そうとした。
そこからは記憶が曖昧だ。次に覚えているのは、遠藤が地面に倒れ込み、さっきまで道を塞いでいた霊がいつの間にか消えていたところだ。これも今思えば、解離を起こしてもう一つの人格が霊を祓ったのかもしれない。
その後、遠藤も山岡も直ぐに目を覚まし、俺たちは家へ帰った。
○
「次の日、遠藤が家に礼を言いに来たんだ。そしてはっきりと見えた。遠藤が玄関を開けたとき、家の門の外で遠藤を待ち構えるように立つ女の霊が・・・以上、俺の体験談でした」
そうして俺は話を締め括った。
「つまり、女の霊を完全に除霊できてはいなかったんですね」
ゼロが顎に手を当てて言った。その顔はどこか楽しそうだ。
「そうだと思うんだよな。その後、長坂さんが遠藤に憑いたそいつを除霊してくれて、一件落着って感じだ。今の俺なら念力で簡単に除霊できそうなのになぁ」
俺はそう言ってから気が付いた。俺の中にいたサキという蛇の妖怪、アイツはもう俺から出ていったのだ。今まで能力が上手く使えたのはサキが霊力を制御していてくれたからであって、俺一人では・・・。
「まぁ、コツは掴んだ」
俺は独り言のように呟いた。
「ん、何か言った?」
鈴那が怪訝な顔でこちらを見てきた。
「いや、なんでもない」
それだけ言うと、俺は自分の持っているさっきまでジュースの入っていた空き缶を念動力で浮かせた。やっぱり、もう俺一人だけでも大丈夫か。
「念動力ねぇ・・・そういえばゼロ、俺達が所属してるのって呪術師連盟なんだろ?でも俺、呪術師って言うかただの念能力者じゃないか?」
俺はふと思った疑問を口にした。するとゼロは苦笑しながら「そうなんですよね~」と言った。
「日本呪術師連盟とは、日本の呪術師を始めとして、霊能者や超能力者も集められた結構何でもありの組織なんです。それに一般的には知られていない組織なので、俗に言う秘密結社みたいなものですね」
秘密結社・・・その言葉に少しゾクゾクした。
「俺って、秘密結社の一員だったのか」
「確かに、今まであまり気にしてなかったけど、呪術とか霊能力とか普通じゃないもんね~」
鈴那も面白そうに言った。
つい最近まで平凡な生活をしていた俺だが、今は霊能力者として除霊を専門に活動している。こんな突飛な現状を、俺自身はどう受け止めているのだろうか。それでもそんなことは関係無く、今年の夏はやっぱり楽しい。そう思った。
作者mahiru
今回はなんか振り返りみたいな内容になっちゃってます。すみません。
あと、ここ最近多忙でコメント返信できずにいました。申し訳ありません。前作へのコメント、全て読ませて頂きました。読者の皆様、本当にありがとうございます!