大学三回生の春でした。
アルバイトを終え、疲労困憊の私は、フラフラと家路を歩いていました。
お腹も空いてるし、何か食べて帰るか……。
そう思い立った私は、行きつけのカフェに足を向けました。
落ち着いた外観の小洒落た店内に入ると、清潔感のある顔見知りのホールスタッフの女性がにこやかに笑顔を向けます。
「いつものください」
席に着くなり注文すると、「かしこまりました」とホールスタッフの女性がハキハキと言いました。
「アタシも同じヤツ!」
は?
思わず顔を上げると、対面には薄ら笑いを浮かべる見飽きた顔がありました。
「A子……何故ここに?」
私が驚いていると、ニヤニヤしたままのA子が言います。
「アンタのことなら何でも知ってるよ?」
気持ち悪いことこの上ないA子が私を見つめていることが、ただただ不快な私は、目を合わせないようにバッグから文庫本を取り出しました。
注文の品が届き、テーブルの上に並べられたのを見て、A子が劇画調になって叫びます。
「何コレ!?肉がない!!」
当たり前じゃん……和風きのこスパゲッティだもん。
「ほら、ここにベーコンがあるじゃない?」
「こんな削りカスみたいなのは、肉じゃない!!」
うるさいな……。
私は気が触れているように喚くA子を無視して、黙々と食べ始めました。
結局、A子はハンバーグを追加注文し、先に食べ終わった私を待たせ、満足そうに食事していました。
食事を済ませ、カフェの出口で、「それじゃあ」と手を振る私に、A子が言いました。
「ちょっと、送るよ」
居座るの間違いでしょ?
疑心の目を向ける私に、A子がねっとりした笑みを向けて、私の腕を掴んでいます。
しばらく歩いていると、路地の奥から女性の悲鳴が聴こえました。
耳をつんざくような悲鳴を聞いて、私が身を強張らせていると、A子は路地へと駆け出します。
慌てて後を追いかけた先には、うずくまる女性とA子がいました。
「大丈夫?」
知り合いみたいに声をかけるA子に、女性はコクコク頷いていましたが、左腕からダラダラと赤いモノが流れています。
大丈夫じゃないじゃん!!
そう思った私は、すぐに救急車を呼びました。
「刺した人の顔は見た?」
A子の問いに、女性は怯えながらコクコク頷きます。
「分かった!」
A子はそう言うと、すぐさま警察に電話しました。
「あ?警察?通り魔が……そう、髪は短髪、頬はこけてて、不健康そうな人……今ね、〇〇通りを走ってて……あ!ナイフ棄てた!!」
まるで一部始終を見ているかのように実況するA子を、私は呆然と見ていました。
「……バカなヤツめ!!ヤツは自分のアパートに入っていったよ!!コーポ××の二階、203号室!!じゃあ、ヨロシクね」
A子の実況中継を横目に、私はハンカチで女性の止血をしていると、救急車が到着し、女性を連れて行きました。
そのすぐ後、警官が2名来て、私達に話しかけてきました。
「通報してくれたのは、あなたですか?」
警官の一人が私に話しかけてきましたが、残念ながら通報者は私ではありません。
「お巡りさん!そっちじゃなくてアタシだよ」
国家権力にすら馴れ馴れしいA子は、ある意味大物なのかも知れない……。
そんなバカな考えが頭を過る中、A子はスラスラと状況を説明し始めました。
「犯人は女性のストーカーで、女性の左腕を刺した後、悲鳴に怯んで逃げたんだ。ナイフはこの先の橋から投げ棄てて、そのままアパートに帰ったよ」
「見てたんですか?」
「まぁ…見てた……っちゃあ見てた」
A子の証言を聞いて、警官が慌ただしく署に連絡したり、応援を呼んだりしているのを見ていると、しばらくして、犯人が逮捕されたことが聞こえました。
人相も凶器も住居も全て、A子の言った通りでした。
警官達に褒められ、後日、改めて捜査に協力することを約束し、その場から解放されました。
帰りの道すがら、私はA子に訊きます。
「A子って、亡くなった人が見えてるだけじゃないの?」
私の問いにA子がプッと吹き出して答えます。
「死んだ人『も』だよ。別に生きてても、強い感情が残ってるなら、辿ることもできるんだ……アタシは」
ゾクッと背筋が寒くなる私をニヤリと見つめ、A子は続けます。
「だからアタシは、鬼ごっこやかくれんぼで負けたことないんだよ?」
ただの変な人じゃないことは身をもって知っていましたが、まさかこんなにトンでもないヤツだとは……。
その後、被害女性や警察から金一封を賜り、大好きな焼き肉をたらふく食べたのは、言うまでもありません。
私は、この犬よりも熊よりも鼻が利くA子から逃れることは死ぬまで出来ないんだろうなぁ……と、トングで肉を喰らうA子をぼんやり見つめていたのは、また別の話です。
作者ろっこめ
新作執筆中のため、ストック放出します。
今、ご協力いただいた4名の皆様が総出演するエピソードを書いています。
それぞれのエピソードに全員出演しますが、メインヒロインとしての役割をそれぞれに務めていただく予定ですので、全4作になるでしょう。
自らを勝手に追い込んでいくわたしはMなんだと思います。
取り敢えず、最初のエピソードは、月舟さんがメインヒロインになります。
(快諾のお礼も兼ねて)
その後は、いさ美さん、雪さん、はとちゃんの順で執筆予定です。
A子シリーズを読んでくださっている皆様、 もし、楽しんでいただけてましたら、一言コメントを賜れれば幸いです。
それが、わたしの力になります。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
下記リンクから過去作品などに飛べます。
第16話 『エニグマ』(SPゲスト出演回)
http://kowabana.jp/stories/28219
第18話 『フォトグラフ』(ゲスト総出演エピソード1)
http://kowabana.jp/stories/28237