僕は、都内でサラリーマンをしている。
会社は超高層ビルの高層階にあり、
清潔感の漂う、いかにも東京らしいオフィスだ。
北海道の田舎から出てきた僕にとって、こんな職場で仕事ができるということは、一番の誇りだった。
おかげで、仕事の業績も好調で、上司や同僚からも熱い期待を寄せられていた。
そう、あの日が来るまでは…。
いつものようにオフィスで仕事をしていたある日、ひと区切りついたので、外の眺めを見ようと窓に近づいた、そのときだった。
僕は、見てしまったのだ。
目の前を、人間が真っ逆さまに落ちていくのを…。
そして、ほんの一瞬、だが、ハッキリと…合ってしまったのだ。
その自殺者の目と、僕の目が…。
自殺者は当然即死。
地上では大騒ぎになっているのはわかったが、ここは東京だ。
翌日には、何事もなかったかのように、人間の群れが行き交っていた。
オフィス内での、自殺者に関する噂話も、いつしか消えていった。
しかし、僕はひとり、違っていた。
あの日、あの時、あの一瞬以来、他人と目を合わせることができなくなってしまったのだ。
誰かと目が合うと、鮮明に甦ってくるのだ。
深くよどみ、目に映るもの全てを怨むような、狂気に満ちた、あの目を…。
そのせいで、まともに仕事ができなくなり、業績はガタ落ち。
みんなあんなに僕のことを期待してくれていたのに、今では毎日、冷たい視線が突き刺さるのがわかる。
もう、こんな日々には耐えられない。
気付くと、僕の足は、屋上へと続く非常階段を一歩、また一歩と上っていた。
そして、躊躇することなくフェンスに足をかけ、宙に身体をあずけた。
落ちていくあいだ、この東京にある全てのものが、憎く思えた。
この憎しみが連鎖を生み、道連れに多くの都民の命を奪えたら、とさえ思った。
落ちているあいだのほんの一瞬、ビル内にいたひとりの青年と目があった。
あの頃の僕のような目をしていた…。
作者とっつ
「ありそうでなかった話」を狙って書いたものです。
すでに投稿してある「いたずら」は処女作で、これは二作目です。
かれこれ6年前くらいになります。