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長編16
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オールドハウス

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カチャカチャ.....カチャカチャ....カチャ

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受信ボックス1件

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”宛先:ケイコ”

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本文

はじめまして!わたしの名前はケイコです。友達になってくれませんか?

暇つぶしで始めたSNSで初めてまともなメッセージがきた。大抵はアダルトサイトの勧誘や出会い系、詐欺メール等だ。メッセージに添付されているアダルトサイトのリンクをクリックしたら金を請求されるなんてこともしばしば。

メッセージが受信された日付をみると昨日の午前中だった。

昨日は一日出かけていてPCに触っていなかったのだ。

早速メッセージの返信をする。

”はじめましてメッセージありがとう。僕の名前はジャックだよ、よろしくケイコ。”

ジャック...嘘の名前だ。昨日タイタニックを観たから、この名前にした。妥当な名前だろう。

SNSで本名は名乗らない。お互いの顔も声も分からない、どこで生まれどんな人間なのか分からない相手に本名を言う必要はない。

インターネットの世界では偽りの自分を演じるんだ。ここでは何者にでもなることができるし、何者にでもなって良い場所だと思ってる。まぁ、ある程度のマナーは必要だけど。

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”ジャックというのね、素敵な名前ね。ジャックは今何しているの?”

すぐにケイコから返信がきた。

こっちもすぐに返信をする。

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”ありがとう、君の名前も素敵だよ。僕は今、君と会話しているよ。君は何しているの?”

何しているの?とメッセージがくると、僕は決まってこう返信する。わざとふざけた返信をして相手の反応をみる。

”あなたって面白い人ね。私もあなたと会話しているわ。”

あなたの趣味や休日の過ごし方について知りたいわ。

この前、女の子に同じようにメッセージを送った時にキレられたけどケイコは違った。

”う~ん、なんだろう。君は?”

趣味や休日の過ごし方についての質問には答えずに、質問を質問で返してみた。

”私の趣味は本を読む事や料理ね。本といっても漫画だけどね。”

休日は絵を描いたりインターネットをしているわ。ジャックは?

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読書や料理が趣味、インドアな子なんだろう。僕も漫画を読むから興味が湧いた。

”僕も漫画を読むよ!どんな漫画を読む? 休日はインターネットをやっていることが多いかな。”

僕ら共通点が多いね!

本当は、休日は友達と映画を観に行ったりランニングしたり、釣りに行ったりしている。

家でインターネットをやっていることは多くない。

ケイコの話に合わせる為に嘘を付いた。

”わあ、嬉しい!私達仲良くなれそうね。”

よく読む漫画はアクション系が多いわ。 例えば$$$とか!女の子でこの漫画を読んでいる子がいなくて、話ができないから寂しいわ。

$$$は僕が一番好きな漫画だった。主人公が最高にクールで、アクションシーンが凝っていておもしろい。僕の周りの女の子でこの漫画を読んでいる子はいないし、好きな漫画を聞いて一番はじめにこの漫画の名前が挙がったから驚いた。一気にケイコへの関心度が上がった。

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”女の子で$$$を好きな子は君が初めてだよ!好きなキャラクターはいる?”

絵を描くって言っていたけど、$$$の絵を描いたりする?

”わたしはジャックの初めてなのね、嬉しい。好きなキャラクターは##よ!ジャックは?”

うん、描くわ。わたしが描いた絵を写真で送るね。

”僕も##が好きだよ!驚いた、僕達気が合うね。”

凄い!ケイコは絵を描くのが上手だね!本物みたいだ。

本当にケイコの描く絵は上手かった。プロが描いた絵ですと言って見せられても信じてしまうくらいに。

$$$の絵の他に幾つか見せてもらったけど、どれもプロ並みの絵だった。ところどころに自分なりのアレンジがみられた。

”君は絵の才能があるね!僕は絵を描くのが得意ではないから羨ましいよ。”

君が作った料理の写真はある?みてみたいなぁ。

”料理の写真は無いの、ごめんね。”

料理を作るとすぐ食べちゃうから、写真を撮るのを忘れてしまうの。

ジャックの好きな食べ物は何?わたしはお肉とザクロが好きなの。あと、バニラアイスクリーム!

”そうか。料理の写真を撮った時はみせて欲しいな。”

僕も肉は好きだよ、あと魚も。バニラアイスも好きだね。嫌いなものはないから、なんでも食べるよ。

”わかったわ。その時はみせるね”

すごい、なんでも食べるのね。私は猫と鳥が嫌い。

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”猫嫌いなの?僕は猫好きだよ。猫飼ってるし。鳥は、う~んどうかな”

”ねえ、ジャックは1人暮らし?それとも家族と住んでるの?”

”今は、1人暮らししている。君は?”

”わたしは家族と住んでいるの。大きい家よ。”

私達、もっと仲良くなったら、わたしの家に遊びに来てよ。

ケイコのメッセージを読み、何気なく時計をみるともうじき12時になろうとしていた。

明日は友人とキャンプへ行く日で、朝が早い。

メッセージのやり取りはここでお終いにすることにした。

”明日起きるのが早いからもう寝るよ。メッセージ楽しかったよ”

メッセージを送ると直ぐに返信が来た。

”あら、もう寝ちゃうのね。寂しいけど、またメッセージ送るわ。おやすみ”

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次の日の夜、PCを開きメッセージの受信ボックスをみるとケイコから2件きていた。

いくつか質問のメールが書かれていて、当たり障りのないプライベートを根掘り葉掘り聞くような内容ではなかった。

全部ではないけど、何個か質問に答えて返信をする。

直ぐにケイコから返事が返ってきて、また質問の文だった。今日は一日何していたの?だとか、何食べたの?だとか。

次の日もまたその次の日もメッセージがきた。

だけど、僕は週末にしか返事を返さなかった。

これを何日も繰り返すと、相手は2タイプにに分かれる。メッセージの頻度が減りじょじょに相手と疎遠になるタイプと、変わらずにメッセージを送り続けるタイプ。

ケイコは後者だった。

2週間返事を返さなかったり、1か月返事を返さなかったりしても必ずメッセージを送ってきた。

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ケイコと知り合って半年を経とうとした頃

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”ジャック、あなたはどの辺りに住んでるの?”

”○○○○の近くに住んでるよ。君は?”

”私は△△△に住んでいるわ。私が住んでいるところから結構遠いのね。”

家の近くには大きなスーパーはある?

”うん、大型スーパーがあるよ。”

”なんていうスーパーなの? それから、あなたの飼っている猫ちゃんの写真がみたいわ”

”名前忘れた。メジャーじゃないスーパーだよ。君、猫嫌いなんだろ?”

”嫌いだけど、ジャックの猫は好きになるかも笑”

なんだそれ、嫌いな動物の写真を送って欲しいなんて変わってるな。ちょうど僕の足元で眠っている猫の写真を撮った。僕はこのブルーポイントバイカラーがお気に入りだ。

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”あら可愛い猫ちゃん!なんて可愛いの!”

実際にジャックの猫ちゃんに会ったら、キュート過ぎて卒倒してしまうかもしれないわね。

嘘をつくなよ、可愛いから卒倒するんじゃなくて嫌い過ぎて失神の間違いだろう。と文字を打ちそうになって書き直した。

”ありがとう。君はペットを飼ってないの?”

”飼っているけど、もうお婆ちゃんなの。いつも座っていてじーっとしているのよ。”

”そうなんだ、長生きなんだね。”

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”ねぇ、そろそろ私達会ってみない?ジャックが良ければなんだけど。”

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メッセージのやりとりをして長く経つけど、まだ会う気にはなれなかった。

まだ、実際に会うのが少し怖かった。何日やりとりすればいい、何か月何年やりとりすれば相手を信用できる、相手と会ってみても構わない。という明確な区切りはないけど、まだそういう気分になれない。どんな人間か分からない相手と2~3通メッセージのやりとりをしてすぐに相手と会える人の気持ちが知れない。僕がネットでは優しい人間を演じてる殺人鬼だったらどうするんだろう。そんな奴でもケイコは会おうとするのか。今朝テレビで観たニュース、出会い系で出会った男に初めて会ったその日に殴り殺された女の子の事件が頭をよぎった。

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”まだ、早いよ。もう少しやりとりしよう”

”ジャックは用心深いのね。わたしは殺人鬼じゃないわよ?”

shake

殺人鬼という言葉にドキッとした。

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Cの横に置かれたホラーDVDの表紙の男が不気味に笑っている。

そのDVDを手に取り、裏っかえしに置いた。

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”あはは、絵の上手い殺人鬼か...興味深いね。”

実際に会って絵を描いてみせてほしいな。もちえろん、ナイフをペンに持ち替えてね。

”殺人鬼はナイフで人を殺すとは限らないわ、拳銃の場合だってあるわよ?”

拳銃で絵は描けないんじゃない?

”描けるよ。僕を拳銃で撃って、僕の血で絵が描ける。自分で自分を撃つのもいいよ?”

なんか、変な話になっちゃったね笑 不気味だ。

”そうね笑 でも、こういう話わたしは好きよ。ドキドキするもの”

”そっか”

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それからまた月日が流れ、ケイコとやりとりして一年が経った。

いつものように受信ボックスを開くと”ケイコ”の文字が。

”こんにちはジャック!今日は一日どうだった?”

”特にスペシャルな事はなかったよ。君は?”

”わたしは一日絵を描いていたわ。出来上がったから送るわね”

添付された画像を開くと、そこには僕の猫が描かれていた。

ものすごくリアルで見事だ。

”素晴らしい!動物を描くのも上手いんだね!この写真、大事にするよ。”

”喜んでもらえて良かった。ねぇ、私達、もうそろそろ会ってみない?”

一年経ったし、どうかな?

僕は少し考え、カップのコーヒーを飲み終えたあと、返信の文字を打った。

”そうだね、そろそろ会ってもいいかもしれない。お互いの顔の写真を見せあおう”

会う時にすぐに見つけられるように。

”そうね。顔の写真を送るわ”

数分経ち、ケイコから返信がきた。

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添付画像を開くボタンを押す手前でやめた。

一年もやりとりしておきながら、相手の顔の事を深く考えたことがなかった。

画像を開くか開かないかの動きを数回やって、やっと開くボタンを押した。

そこには茶色いロングヘアーの可愛らしい女の子が写っていた。

正直、タイプだった。少し頬が緩む。

自分も顔写真を撮って送る。

すぐにケイコから返事が返ってきた。

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”写真をありがとうジャック。あなたってとってもハンサムなのね。体を鍛えたりしている?”

タトゥーは入ってる?

”ありがとう。君も写真をありがとう。とってもチャーミングだね。”

体は結構鍛えてるよ!タトゥーは入れてない。

”わあ、凄い!鍛えてる男性って素敵。”

そうなんだ、今後もタトゥーは入れるつもりはないの?

”今後も入れる予定はないし入れるつもりもない。”

タトゥーが入ってる男が好きなの?

”そうなのね。”

タトゥーの柄が好きだから、入っていたら見せて欲しいなと思って。

それから、ジャックの瞳ってとても美しいのね。まるでホープダイヤモンドのよう

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”ホープダイヤモンド?なんだそれは?”

”呪いの伝説があるダイヤモンドよ。ジャックの瞳の色は、それに似ているの。”

気になってすぐに調べてみた。ホープダイヤモンドにはいわくつきの伝説があるようだ。

確かに綺麗なダイヤモンドだけど、どこか不気味な輝きをしている。

”調べてみたよ、すごいダイヤモンドだね。”

”ああ、実際に見たらもっと美しいんでしょうね。ジャックに会うのが楽しみだわ。”

”○月〇○日が空いてるよ、君は?”

”わたしもその日が空いているわ”

ねえ、ジャックが良ければ、わたしの家に遊びに来ない?

”いきなり初対面の僕が家に行っても平気なの?両親が心配するんじゃない?”

”平気よ、家族にはジャックの事を話してあるから”

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”オーケー”

”待ち合わせ場所はここで.........”

場所と時間を決め、ケイコと会う予定が決まった。

ここまでスムーズに進んだと思う。喧嘩や言い争いもないし、ケイコは少し変わっているけど、悪い子ではなさそうだ。

カレンダーに丸を付け、時間と予定を書きこんだ。

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当日

外は肌寒く天気は良くなかった。真っ白の画用紙に白に近い灰色と薄青を塗りたくった様な色の空だ。

待ち合わせ場所、ケイコの家の前に到着する時間を計算し家を出る。

外に出るとキーンと冷たい空気が鼻を刺した。

「おー今日も寒いな」

ジャケットから出た手が冷たくなってくる。自分の両脇に手を入れて温めながら歩いた。

脇を閉めるとギィーッとジャケットが鳴った。首元は寒いけど、このジャケットを着てきて正解だ。

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自宅を出て1時間くらい経った頃

待ち合わせ場所に着いた。

辺りを見回すもケイコの姿が見えない。

少し歩いて行くとケイコが送ってくれた写真と同じ家が見えた。

家の周りには雑草が生え、古いガレージがる家。家の外壁は所々ペンキが剥げ、年季を感じさせた。窓にはクリーム色のレースのカーテンがしてあった。

その場に暫く立って待っていたけど、まだケイコは来なかった。

家の前で男がじっと立っていると不審がられると思い、ケイコに電話をした。

shake

プルルル....プルルルル....

何度コールしても出ない。

「もしかして家に居ないのかな」

ブーッブーッ

携帯にメッセージが入った。画面にはケイコの文字が。

”ごめんなさい、電話にでられなかったの。ジャックの姿は窓から見えたわ”

家の中に入ってきてくれない?

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いつ窓から覗いたんだろう。何度か家の窓を見ていたけど、僕を覗く姿はみられなかった。

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sound:2

ワンワンワン! ワンワンワン!

どこからやってきたのか、真っ黒い犬が吠えて飛びかかってきた。

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「わあ!びっくりした!」

犬はケイコの家の前に立ち、吠え続けた。僕が後ろへ後ずさると犬もこちらへ歩いてくる。

ケイコの家のドアに近づこうとするとまた吠えてきた。

なにか、この犬は警告しているようにも思えた。

ブーッ ブーッ

携帯が再び鳴った。ケイコからだった。

”どうしたの?早く入ってきてよジャック。待ちきれないわ”

待たせているのは良くない、僕は犬を撫でながら横をすり抜け家のドアを叩いた。

ワンワンワンワンワン!ワンワンワンワンワン!

さっきよりも激しく犬が吠えた。

ガチャ...

ドアが開いた。

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「ケイコ!お待たせ」

sound:26

ギィィィ.........

「はじめまして...」

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目の前には知らない大男が立っていた。

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ヨレヨレの薄汚れたシャツに紺色、いや洗濯され過ぎて色が薄くなった黒色のジャケットとスーツのパンツを履いていた。頭髪は薄く眼鏡が曇りガラスの様だった。

どうみてもケイコには見えない。

怪訝そうな顔で男をみていると、男が声を出した。

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「ほほほ、ごめんなさい驚かせてしまいましたね。わたしはケイコの父親です。娘から君の事は聞いていますよ。さあ、中へ入って」

ケイコの父親という言葉を聞いてほっとした。

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「そうでしたか、すみません。あと、犬がうるさかったですよね、さっきからずっと犬が吠えていて」

「犬なんていないよ」

そう言われて後ろをみると、確かに犬の姿は見当たらなかった。

「犬の声も聞いていませんよケイコも待っています、さあ中へ入って入って」

「そう、ですか」

男は手招きをしながら中へ誘導した。

バタンッ

sound:26

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僕が中へ入ると男はすぐに家のドアのカギをかけた。

sound:27

「世の中物騒だからね、用心して、こうして鍵をかけて...はいこれであーんしん」

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男は眼鏡を中指でぎこちなく押し上げながら言った。

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「外はとっても寒かったでしょう。さあ、リビングへ行きましょう。暖かいですよ」

僕は腕を組みながら、壁にもたれかかって立った。警戒している時や緊張している時にやってしまう癖だ。

男は僕が早くリビングへ行くよう促した。なんだか、早くドアから離れて欲しいと言っているように思えた。

リビングと思わしき場所には古びた家具が乱雑し、テーブルの上には飲みかけのコーヒーと紅茶らしき液体が入ったカップが2つ置いてある。陶器のカップは薄汚れてひびが入っていた。

全体的に古くて汚い部屋。そしてちょっと黴臭い。

男は椅子に座るよう言ったが、僕は断った。

「ちょっと古い椅子だけど、ずっと立っていると足が疲れてしまうよ?ジャック君」

「ごめんなさい、癖でこうして立ってしまうんです。椅子、借りますね」

男の動きや表情、声が僕を落ち着かなくさせた。初対面でこんなに警戒する人間は初めてだ。

この男の何が自分を警戒させるのかは分からない。ただ、早くここから出た方がいいというアラームが頭で鳴っている。

男は僕の向かいに椅子を持ってきて座った。腕を組み足を組んで座る僕をじーっとみている。

なんだこのおっさん...気持ち悪いな....

男をみないように部屋の景色をみたり腕時計をみたりしても、何度か男と視線が絡む。

「あの、ケイコはまだですか?2階の部屋に居るんですか?」

ケイコという言葉を聞いて男はハッとした表情になった。

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「おお、ケイコ!ケイコは今出かけているんだよ。アハハ、ごめんね。もうすぐ帰って来るよケイコが帰って来るまで待っていてくれるかな?もうすぐ帰って来るから帰らないでね?」

男は早口で説明した。話し終えるとポケットからタオルを出して顔を拭きはじめた。

フゥーッフゥーッ 

早く喋り過ぎたのか、男の息が荒い。

このおっさん本当にケイコの父親なのか?おっさん、初めに挨拶した時にケイコは待っているって言ってた筈だ...

「ふう、ごめんね、喘息持ちだから..息が苦しんだ。ゲホッゲホッ」

「だ、大丈夫ですか?」

苦し気に咳をする男の背中をさすった。暫くして男の息は落ち着いて、平常に戻っていった。

「ふう、ありがとう。ジャック君は優しいね」

「いえ、僕の祖父がよく咳をして僕が背中をさするんです。その名残というか癖というか...はい」

「ほほほ、ありがとう。優しい子だね。ご両親の育て方がいいんだね」

僕はまた椅子に座り直し、足を組み直した。

男がみつめながら何度も瞬きをする。落ち着かない...

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「あの、ケイコのお父さん」

「レイって呼んでくれ」

「え、あの、レイさん、ケイコは本当に出かけているのですか?さっき、挨拶した時にケイコは家に居るって言ってましたよね」

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shake

男の表情が一瞬変わった。曇りガラスの奥の目玉から光が消え、暗く冷たくなった。

「ケイコは出かけているんだよすぐに帰ってくる。さっきのは言い間違え、言い間違えなんだよ君だってするだろう?言い間違え、ねえ、するよね。だからもう少しここにいるんだ」

また男は早口で答えた。

「ほほほ、ごめんねまた早口になってしまった。そういえばジャック君、君はまだジャケットを着たままだったね。ジャケットを着て家の中に居ると外へ出たときに寒さがこたえるから、脱いだ方がいいよ」

また眼鏡をクイッと上げながら言うと、近づいてきた。

「いいえ、寒いので着たままでいます。お構いなく」

「そうかい?それにしても...」

また一歩男が近づき、こっちへ手を伸ばす動作をし、止めた。

「ケイコが言っていたけれど、ジャック君は本当に瞳が綺麗だね。本物のホープダイヤみたいだ...」

男は眼鏡をかけ直し顔を近づけてきた。

近い、近すぎる。そして、息が臭い、溝の臭いみたいだ....

「おうふ、ごめんごめん顔が近すぎたよね、ごめんね」

少し男が後ろへ下がったおかげで溝臭さが薄らいだ。無臭の空気を吸うことができた。

「あれれ、ジャック君白髪が付いているよ?」

僕の左肩にあるそれを掴み眼鏡に近づけ凝視した。

「ああ、それは僕の猫の毛ですよ」

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sound:39

「ぎいいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああ!!」

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music:6

男は煮え蛸のように真っ赤な顔をしながら絶叫し、部屋を飛び出して言った。

突然の事にびっくりし、身体が固まった。

バクバクバクバク バクバクバクバク

体が一つの大きな心臓になったように、心臓の鼓動が体に響いた。

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「ふざけやがって糞ガキがああああ!俺が猫嫌いなのを知っててやりやがったなこの野郎!」

奥の部屋から叫び声が聞こえてくる。

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頭の中で逃げろという言葉が回る。動揺と緊張と焦りで体が普段みたくスムーズに動かせない。

男が戻ってくる前に家から出ないといけない!

リビングからドアへと走る。

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ガチャガチャガチャ ガチャガチャ 南京錠の鍵が付いて開けられない。

「逃がさないぞおおおお絶対に逃がさねえ!ぶっ殺してやる!」

男の怒号が大音量で部屋中へ轟いた。

どうしよう...ドアが開かない....

sound:14

ドンドンドンドン

男が床を鳴らしながら歩いてくる音が聞こえる。

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もう一度リビングへ戻り、ドアを閉める。

辺りを見回すと奥に大き目の窓が見えた。咄嗟に窓へ走り鍵を開ける。

ここは簡単に開けられる窓になっていて、すぐに開けることができた。

素早く窓を開けると大声で叫んだ。

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「助けてー!助けてください!助けてー!」

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sound:27

ガチャガチャガチャガチャ

リビングのドアを開けようとする音が聞こえる。ドアノブの音と共に怒号が飛ぶ。

何を叫んでいるのか分からないくらいの叫びだ。

早く逃げろ早く早く早く早く!

窓を思いっきり上に持ち上げ、自分の頭を入れてみる。

入った...出られる!

次に胴体を入れる。レザーのジャケットが引っかかり、身体を入れられない。

上着を脱ぎ、外へ放り投げもう一度胴体を入れ腰を進める。

入った...神様ありがとうございます!

勢いよく体が窓の外へ放り出され、スタントマンの様に窓から飛び出した。

shake

ドシャ!

上手く受け身が取れず、手首を痛めた。じわじわと痛みが走る。

「つ.....」

部屋の中から男の大声が響く。リビングの中に入ってきたんだろう。

「逃げんじゃねえ糞ガキ!」

男が窓をバンバン叩き、窓ガラスが割れる。男の血まみれの手が窓から飛び出した。

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何度も転がりながら家の前の道路へと走った。

道路前の段差に躓き、派手に転んだ。

「いってー....」

痛めた手首に衝撃が加わり、痛みが倍に膨張した。

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sound:2

ワンワンワンワンワン!ワンワンワン!

犬の声が聞こえる....

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「大丈夫ですか!酷い怪我だ...救急車を呼びますね」

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黒い犬を連れたグレーのジャージ上下の青年が現れた。

僕の目の前へしゃがみこみ、怪我の具合をみている。横にいる黒い犬は、ケイコの家の前でみた犬にそっくりな犬だった。

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「あの..あの家に、変な男が...襲われそうになったんです」

目の前の青年が神妙な顔をして言った。

「お兄さん、あの家に入ったんですか?」

「はい...」

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「あの家は頭のおかしい男が1人で住んでいて、何かと問題を起こしているんです。刑務所に入っていてまた戻ってきたという噂もあります。お兄さん、この街から遠く離れて下さい。あいつがいつまた追いかけてくるか分かりません」

「近所の人は大丈夫なんですか?そんな変な男が住んでる家が近くにあって、怖くないんですか?」

「周りをみて下さい」

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青年に言われ周りをみてみると、そこは空き家ばかりが建っていて人が住んでいる気配がなかった。昔のスプラッターホラームービーに出てくる、閉鎖的な田舎町 誰もいない暗くどんよりとした風景似ていた。

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「あいつ以外、誰も住んでいないんですよ」

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青年の言葉を聞いて、背筋が寒くなった。

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ああ....

ケイコなんて女の子は存在しなかったんだ...

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sound:25

遠くから救急車のサイレンの音が聞こえた。

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万屋千絵ちゃんさん コメントをありがとうございます!嬉しいです。
どうなんでしょうか...両方だったり...

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修行者さん コメントを頂きありがとうございます!嬉しいです!

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月舟さん
怖い&コメントをありがとうございます!そう仰って頂けてとても嬉しいです。
別人になってやってみたいですよね笑 おもしろそうですし楽しそうではありますが、相手が可哀想ですね笑

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