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【夏風ノイズ】放置された闇

長編20
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【夏風ノイズ】放置された闇

 空の青、海の青、涼しげな色。その全てが、容赦なく照り付ける八月の太陽で熱されているようだ。

「暑いなぁ」

 俺と鈴那はゼロからの緊急な呼び出しを受け、事務所への道のりを歩いていた。

「だねー、熱中症になりそう」

「水分補給、しっかりしないとだな」

「あ、そういえば今日サキちゃんは?」

「あいつは露と家にいるよ。露のこと大好きだからな」

「うわ、さすがロリコンヘビね」

 そんな会話をしているうちに、見慣れた古い建物が見えてきた。俺達はそのガラス戸を開いて中に入った。

「あ、来ましたか」

 一番に声を掛けてきたのは、呪術師の神原零。通称ゼロだ。そいつの他に部屋には三人の少年がいた。少年たちは中学生ぐらいで、その中の一人からは何やら黒い靄のようなものが出ていた。

「俺達を呼び出した理由はその子か?」

 俺はその靄が出ている少年を見て言うと、ゼロは黙って頷いた。

「最初は、長坂さんの神社に行ったそうです。そこでこの場所を紹介されたらしくて」

 ゼロはそこまで言うと靄が出てない少年の一人に事情を説明するよう促した。少年は小川と名乗り、これまでの経緯を話し始めた。

「俺達、昨日心霊スポットに行ってきたんです。婆捨穴っていうんですけど、最初は何事も無かったんです。でも、帰ろうとしたときに木下が足首を何かに捕まれたって言って、その時は気のせいだろと言って急いで帰ったんですけど、夜中に木下が金縛りにあったらしいんです」

 木下というのは、靄が出ている少年のことだろう。それにしても、婆捨穴は聞いたことがある心霊スポットだ。地元の山にあるということは知っていたが、恐ろしい噂が多いので近付いたことは無かった。

「えっと、木下くんは、金縛りにあったときに何か見た?」

 俺の質問に木下くんは怯えた表情で頷き、ポツリポツリと話し出した。

「夜中、目が覚めたと思ったら金縛りになって、上に目の潰れた老婆が乗っかってて、首を絞められたんです。他にも子供が泣きながら俺の周りを歩いてたりして・・・そのまま気絶して気付いたら朝になってたんですけど、急いで二人に電話して神社に行ったんです。そこでこの場所を紹介されました」

 木下くんが話している間も、彼からは絶え間なく黒い靄が湧き出ていた。

「あの、木下を見た時にその子が理由かって言ったのは、何か見えてるってことですか?」

 そこで三人目の少年が俺に質問をしてきた。

「ああ、見えてるよ」

「そうでしたか。あ、俺は鈴村っていいます。お二人も霊能者なんですか?」

 鈴村と名乗った少年は俺と鈴那を見て言った。

「まあ、霊能者なのかな?」

 俺が鈴那を見ながら言うと、彼女は溜め息を吐いた。

「はぁ、質問に質問で返したら安心できないでしょ。この人はすごい霊能力者だから大丈夫だよー」

「おいっ、ハードル上げるな。まあ、除霊なら出来るけど。おいゼロ、今日俺と鈴那は何をすればいいんだ?」

 俺が訊くと、ゼロは数枚のお札のようなものを手に取り言った。

「まずは木下くんの憑き物を落とします。その後に、念のためですが婆捨穴へ行って完全除霊しましょう。このまま放っておくのは危険だ」

「確かに、根本も消さないとまた被害者が出てしまうか」

「それもそうですが、今現在の状況からして危険なものは早めに排除しておくのが妥当です」

 ゼロは神妙な面持ちで言った。今現在の状況か・・・この、何かが起きている状況。ゼロもそれについての情報が少なすぎて色々と警戒しているのだろう。

「そうだな、俺にできることがあれば何でも言ってくれ」

 そうだ、今はこの仲間と協力することが俺の一番の目的かもしれない。俺に楽しさを取り戻させてくれた仲間と。

「では早速ですがしぐるさん、今から結界を張るのでこの呪符を部屋の四方に貼ってください。術を行うのは僕なので、そんな正確でなくても構いません。鈴那さんは、一瞬でいいので木下くんの身を清めてあげてください。そのままの状態で結界に入ると命に関わります」

 そう言ってゼロは手に持った四枚のお札を差し出してきた。俺はそれを受け取り、すぐに作業へ取り掛かった。

「木下くん、こっち見て。あたしの目を見て」

 鈴那もやるときは行動が早い。木下くんと目を合わせ、手を彼の前頭部に当てて何かを念じている。鈴那がこういうことをしているのはあまり見たことがないが、やっぱり霊媒師なんだなと思った。ちなみに木下くんはかなり緊張しているようで、鈴那から何度も力を抜いてと言われている。

 俺がお札を全て貼り終えた頃には、もう木下くんも身を清められていた。ゼロは何やら服の上から着物のようなものを羽織り、いつも以上に本格的だ。

「それでは、今から部屋全体に簡易結界を張り、空間を浄化させます」

 そう言うとゼロは何かをブツブツと唱え始めた。その直後、部屋の空気が少し変わった気がした。

「よし、では除霊を開始しましょう。木下くん、そこに正座で座ってください」

 ゼロの指示で木下くんは床に敷かれた座布団の上に正座をした。その時には、鈴那が身を清めたおかげなのか黒い靄がかなり少なくなっていた。

 準備が整ったところで、ゼロは何かを唱えながら木下くんの左肩に手を置いた。すると木下くんはゆっくりと目を閉じ、コクリと俯いてしまった。

「さぁ、出てこい。お前がこの子に憑いてるのはもう分かってるんだ」

 ゼロが強い口調で言うと、木下くんの体は左右に揺れ始め、暫くするとパッと目を開いた。

「ハヒヒヒヒヒヒ!祓い屋の小僧めワシをこのガキから落とそうってのかい!残念だけどこいつはこのまま持っていくよ!ワシらの養分になってもらうさ!ハヒヒヒヒヒヒ!!」

 俺は全身にゾワゾワと鳥肌が立った。声は間違いなく木下くんの口から出ているものだ。それなのに、全く別人のものだ。そんな突然の豹変ぶりにも関わらず、ゼロは真っ直ぐ木下くんの血走った目を睨み付けている。

「僕は優しくないから、速やかにお前を排除する。まずはその子から剥がしてやるけど、まぁ耐えられないだろう」

 ゼロがいつになく格好よく見えた。これが神原家の呪術師・・・やはり実力はかなりあるのだろう。

「耐える?ヒヒヒ、落とせるもんなら落としてみんしゃいこの小僧め!」

「僕を甘く見るな」

 ゼロが霊に対して放ったその言葉は、冷酷非情で余裕のあるものだった。

「ヒィッ!!」

 それが木下くんにとり憑いていた霊の最後の言葉だった。ゼロは剥がしたそいつを一瞬で消し去ってしまったのだ。木下くんはまた俯き、少し怠そうに頭を動かし始めた。

「除霊完了です。木下くん、まだ怠いでしょうから少し横になっててください」

 ゼロがそう言うと、見ていた二人の少年はホッとしたようだが、どこか怯えた様子でお礼を言った。俺はその時、少しだけゼロが恐ろしく見えた。霊に対するあの態度、そして冷血な目、それはまるで・・・悪のようだった。

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   ○

 少年たち三人を家に帰した後、俺達は事務所の前に着いた一台の車に乗り込んだ。

「急に呼び出してすみません、右京さん」

 ゼロがそう言うと運転手の右京さんは笑いながら頭を掻いた。

「いやいやー、どうせ暇だったからいいって。今日は嫁も休みだから蛍は家に置いてきた」

 蛍ちゃんは右京さんの娘さんで、人形使いの呪術師だ。右京さんも呪術師としてはすごいと思うが、蛍ちゃんは最大8体までの等身大マリオネットを念動力で遠隔操作できる天才だ。

「右京さんって、元は俺と同じような超能力者なんですよね?」

 俺が訊くと右京さんは「ああ」と頷いた。

「念能力、高校生の頃は呪術なんて使えなかったから、そればかりだったなぁ。でも、今の方が色んな術を使えてけっこう面白いぜ。ぶっちゃけ俺そんなに力が強いわけじゃないから、呪術を使えた方がお祓いの時は便利なんだ」

 確かに、右京さんが超能力だけで除霊している場面はあまり見たことがない気がする。

「でも、藤堂家の術は強力なものが多いですから、それなりの霊力は必要となるんです。なので、今の右京さんは昔に比べてかなり力は強いと思いますよ」

 ゼロが付け足すように言った。呪術か、そういえば俺の祖父はどうやって除霊をしていたのだろう。術を使っていたのなら、家のどこかに資料が残っているだろうか。

「あ、そうだ。しぐちゃんに俺の秘術を伝授すると言ったきり教えてなかったな。この仕事が終わったら一応教えるだけ教えるよ」

「え、本当にいいんですか」

 確かにこの前約束をしたが、俺に使えるのか。

「右京さん、秘術って流星時雨のことですか」

 ゼロの問いに右京さんは頷いた。

「そうそう、しぐちゃんが必殺技的な感じで使えればいいなーと思ってさ」

「代々伝わる秘術を他人に教えるとは・・・」

「しぐちゃんだから教えるんだよ」

 右京さんはそう言って苦笑した。本当に俺なんかが教わっていいものか。

「ねぇ、しぐ・・・」

 ふと、鈴那が小さな声で言ってきた。

「ん、どうした?」

 俺も小さめの声で返事をする。

「えっと・・・ううん、やっぱり何でもない」

「そっか、何か悩みがあるならまた言ってよ」

「うん、ありがと」

 本人がまだ言いたく無いのなら、無理に聞き出す必要もないだろう。深く追求しすぎて、傷付けてしまうこともある。そう思い、話題を切り替えることにした。

「なぁ、婆捨穴って有名な心霊スポットだけど、どんな感じの場所なんだろうな」

「あれでしょ、生活が苦しくなった人たちが家の老人を捨てたって話を聞いたことある」

「捨てられたのは老人だけでなく、子供も捨てられていたそうです。木下くんに憑いていた悪霊は老女でしたが、あれは子供の霊を呑み込んで力が強くなっていました。おそらく、次々に捨てられた者たちの苦しみや憎しみが大きな怨念となり、今は穴の中で渦巻いているのでしょう」

ゼロが鈴那の言葉に補足した。話を聞いたところでは、今回の仕事はかなりハードになりそうだ。婆捨穴の怨念は、間違いなく強いだろう。

「さて、もう着くぞー」

 右京さんはそう言いながら車を登山口の駐車場へ入れ、適当な場所に駐車させた。俺達は車を降り、婆捨穴のある場所へ歩を進めた。

「なんだ、この空気は」

 俺は車を降りてから少し歩いたところで、かなり空気が重いことに気付いた。

「婆捨穴、これはいくらなんでも空気が違い過ぎる。右京さん、これって」

 ゼロが険しい顔つきで言った。

「例の現象と関係あるのかもな。こりゃ予想以上に危険だ」

「その現象って、霊の気配が消えたり強くなったりするあれのこと?」

 俺の問いにゼロが頷いた。

「はい、現段階ではそれしか確認できませんが、おそらくはもっと大変なことが起こる予兆なのかもしれません。今回も不測の事態に備えて集中しておいてください。除霊は僕が前衛的に行うので、皆さんは援護をお願いします」

「はーい」

「おう」

 流石はゼロだ。霊能力と妖力の両方を兼ね備えた呪術師である彼の技は強力で頼もしい。正直、ちょっと羨ましいと思う。

 暫く会話をしながら歩いていると、少し遠くに婆捨穴らしき空洞が見えてきた。

「あれですね。不意を突かれないよう気を付けて近付いてください」

 そう言うとゼロは武器である妖刀を生成し、力を強めた。それに反応したのか、婆捨穴からは先程の木下くんから出ていたものと似た黒い靄が出始め、透かさず俺も身構えた。

「右京さん、影縛りは届きそうですか?」

「いや、もう少し近くないと無理だな」

「分かりました。では僕が出てきた霊を片っ端から除霊してくので影縛りで穴の怨念を削ってください」

 ゼロはそう言ってから刀を片手に念動力で一気に穴付近まで移動した。すると穴からは幾つかの霊が這い出るように穴から姿を現し、ゼロを睨み付けた。

「よし、俺達も行くぞ」

 右京さんの合図で俺達三人は走り出し、いつでも能力を使えるように準備した。その間、ゼロは穴から出てきている悪霊を妖刀で切り裂くように除霊していった。

「呪撃・影縛りの陣」

 右京さんの呪術。どうやらこの術は、霊の動きを封じてから呪で力を消耗させるもののようだ。

「鈴那、気功を撃つときは力を合わせよう。その方がいいかも」

 俺の提案に鈴那は「わかった」と言って頷いた。右京さんの術が効いているのか、穴からは呻き声のような音と共に黒い靄がその濃さを増してきていた。邪悪な霊気が強い。そろそろ大物が姿を現すかもしれない。俺がそう思った直後、黒い靄は渦を巻き、白髪の乱れた巨大な老婆の姿に形を変えた。それは白目で右京さんを睨み、口からはウオオオオォという大きな呻き声と同時にドロドロと赤黒い血のようなものを垂らしていた。

「な・・・やばいな、あれ」

 俺は思わず固まった。あんなものが婆捨穴の中に居たのかと思うとゾッとする。老婆の悪霊は穴から這い出るように両手を地に付いた。その様子をゼロは間近で睨みながら刀を構えた。

「・・・嘘だろ。予想以上にやばいのが出てきた」

 そう言ったのはゼロだった。まさか、あのゼロがそんなことを・・・?確かに老婆の悪霊は俺も今まで感じたことの無いほど強い霊気を放っていた。それに残りはそいつ一体のみで、他の霊は全て呑み込まれてしまったらしい。

「ゼロ、ちょっと離れろ!」

 右京さんはそう言うと何かの構えをとり、頭上に大きな陣を作り出した。

「奥義・流星時雨!」

 その言葉と共に陣からは無数の閃光が降り注ぎ、老婆の霊を貫いた。

「オオオオォ・・・!!」

 悪霊は声と共に口から血をドロドロと流して俯いた。

「鈴那、気功だ!」

「おっけー!」

 俺達も負けてはいられない。出来るだけ早く最大限まで霊力を溜め、合体気功を撃った。それは見事悪霊に直撃し、そこそこ効いたようで苦しそうに髪を振り乱している。

「よし!ゼロ、除霊できそうか?」

 俺が訊くとゼロは「はい」と頷いた。

「やってやります」

 そう言うと刀を構え、更に強い念を出しながら勢いよく薙いだ。

「高出力サイコウェーブッ!」

 それは巨大な悪霊を切り裂くようにダメージを負わせたが、それでもまだ除霊されない。するとゼロは休むことなく一枚の呪符を悪霊に向けて投げ、印を切るような動作をとった。

「終わりだ、闇に眠れ」

 彼がそう言うと、穴を中心に大きな陣が描かれた。それは強い光を放ち、悪霊の霊力を大きく削っているようだった。

「キサマアアアアア!!」

 悪霊はもがくように髪を振り乱し、そう声を発した。陣から放たれた光はそれも消し飛ばすかのように強さを増し、軈て跡形も残さず除霊してしまった。

「・・・終わったのか」

 俺は一言そう呟いた。凄いものを見てしまった気がする。巨大な怨念に、強力な呪術、そして、身近な場所にこれほど恐ろしいものがあったということへの恐怖。

「はぁ・・・はぁ・・・なんとか、除霊できた」

 ゼロはそう言って膝から崩れ落ちた。

「ゼロ!大丈夫か」

 俺は急いで彼に駆け寄り、顔色を窺った。

「大丈夫です。強力な術を連続して使ったのもありますが、少しあいつの霊気に当てられたっぽいです。少し休めば平気ですよ」

「そうか、ちょ、車まで負ぶってやるよ」

「大丈夫ですって、一人で歩けます」

 ゼロは怠そうに立ち上がった。

「そ、そうか?」

「本当に平気です。ありがとうございます」

 やっぱり強いやつだ。俺ももっと強くなれたらいいのに。

「それにしぐるさん、僕のこと背負ったら倒れちゃいそうですよ」

「・・・一言余計なんだよお前」

 ひょろっとしてて悪かったな。心の中でそう呟いた。

「あっはは!しぐかわいいー!」

 鈴那が腹を抱えて笑いながら言った。

「これでも気にしてんだよ、一応」

 俺はそう言って苦笑した。

「あーあ、婆捨穴も綺麗にやられちゃったなぁ」

 不意に聞き慣れない男の声がしたのでそちらを向くと、いかにも怪しい風貌の男性が婆捨穴を覗いていた。そいつは夏だというにも関わらず、暑そうな長袖のカーディガンを着てマフラーを首に巻き、ダボダボの長ズボンを穿いている。手には包帯が巻いてあるのだが、それがまた余計に怪しい。

「おい、お前は誰だ」

 右京さんが問いかけると、男はゆっくりとこちらに顔を向けてニヤリと不吉な笑みを浮かべた。そいつの目は黒く、白目が無かった。

「ああー、もしかしてここのババアを除霊した人?困るなぁ、せっかくそこそこの出来だったのに」

「除霊したのは僕だ。出来とはどういうことか説明しろ。ここの悪霊たちに何かしたのか?」

 ゼロが男を睨みながら言った。

「へへへ、さぁて、何をしたでしょうか~。っと、君は神原零じゃないかい?呪術師連盟の」

「確かに僕は神原零だ。けど、生憎もう呪術師連盟には所属していない。お前は何者だ」

「そんな一度に質問されても困るよ~。ボクのこと知りたい?教えてあげようか。ボクはね~、呪術師のロウっていうんだ。言っちゃえば君たちの敵だよ。この婆捨穴には怨念を強くする術をかけた。君たちが禁術と言っている術。でもそれを除霊しちゃったんだね~。神原零、すごいね~」

 ロウと名乗った男の喋り方は何というか粘着質で気持ちが悪かった。

「ロウ、お前の目的は何だ?」

 ゼロは再び妖刀を生成して言った。また戦う気なのだろうか。

「目的ね~、まだ教えられないなぁ。ねぇ、刀はしまってよ。今の君は体力を消耗しているしボクに勝つことは出来ないよ。まぁ、万全の状態でもボクが勝つけどね~。へへへへ」

「僕をなめるな」

 ゼロはそう言うと刀を構えてロウに突っ込んだ。

「妖狂連斬っ!」

 あれほど体力を消耗していたというのに、先程の除霊時より激しい攻撃だ。

「おお~、本当に妖術が使えるんだ。びっくりした。でもやっぱり人間だね、妖術っていうのは・・・」

 ロウはゼロの猛攻を避けながらそう言ってニヤリと笑った。その瞬間、ゼロは何かの力で束縛されたかのように動きを止め、地面に崩れ落ちた。

「こういうものだよ」

「ゼロ!」

 俺が叫ぶと、ロウはゆっくりと俺の方を見た。嫌な予感がする。

「君は~、雨宮・・・雨宮浩太郎と同じ匂いがすると思ったら孫か。そうか~、じゃあここで消しておこうかな~」

「なっ、俺の祖父を知っているのか」

「もちろんだよ~、あの無駄死にした人だよね~」

 無駄死に、何のことだ?俺は祖父の死因を詳しく知らない。

「よくわからないけど、祖父のことを悪く言うのなら俺の敵だ。殺せるもんなら殺してみろよ」

 こうなったら自棄だ。ダメ元で戦ってやる。

「ちょっとしぐ!無理だよ!」

「しぐちゃん、ここは俺がやるから鈴那ちゃんと逃げてな」

 鈴那も右京さんも俺を心配して言ってくれているのは分かる。だが・・・と、その瞬間、倒れていたゼロが妖刀をロウの足首へ向けて薙いだ。ロウは不意打ちに気付かなかったようで、足首から血を噴出させて体勢を崩した。

「痛っ!しぶといなぁ・・・くそっ。へへへへ、ボクの術をまともに受けてまだ戦えるなんて、大したものだね」

「悪いけどお前の相手はこの僕だ。しぐるさんを殺すなら僕を殺してからにしろ」

 ゼロはそう言いながら立ち上がったが、もう見るからにボロボロで勝機があるようには見えない。

「へぇ~、君も殺していいんだ。強いのは厄介だから今ここで消しておくのもよさそうだね。いいよ~」

 相変わらず気持ちの悪い口調だ。ここは応援を呼んだほうがいいのだろうか。直ぐに来れそうな強い人・・・長坂さん、は携帯を持っていない。誰か来てくれと心の中で祈るしか無いのだろうか。

「気功斬!」

 不意に右京さんがロウに向けて技を放ったが、寸前で避けられてしまった。妙に反射神経のいいやつだ。こいつは人間なのか?

「雑魚は邪魔しないでよ。それとも先に殺されたいの?」

「俺はお前が思ってるほど雑魚じゃねーぞ。ゼロ、こいつは俺に任せてお前も逃げろ」

 右京さん、かっこいいが勝ち目はあるのだろうか。

「右京さん、死にますよ?僕に任せてください」

 ゼロも強がってはいるが、明らかに今は逃げた方がいい状況だ。戦うのなら協力して戦えばいいのに・・・。

「まだ僕の本気を見せてないぞっ!」

 ゼロはそう言うと身体から電気を発し始めた。

「僕が使えるのは呪術と霊能力と妖術だけじゃない。僕の超能力の恐ろしさを思い知らせてやる」

 電気は徐々に強さを増し、彼の全身を包み込んだ。

「スパーク!」

 ゼロの超能力、詳しく教えてもらったことは無いが、おそらく体内で電気を発生することができるというようなものなのだろう。超能力にも色々な種類があるようだ。

「プラズマサイズッ!」

 そう言うとゼロは妖刀を消滅させ、電気の大鎌を生成した。

「電気の超能力か~、面白そうだなぁ」

 そこからはゼロとロウの一騎打ちが始まった。ゼロは大鎌を的確にロウへ向けて振り翳すが、攻撃は当たらない。しかしロウも足首の怪我が効いているのか、先程より動きが鈍っているようにも見える。

「おいおい、凄いな」

 右京さんが目を丸くして言った。確かに、ゼロがあんな風に戦っているところは初めて見た。この前、別の超能力者と戦っていたのも間近で見たが、その時よりも敵意が強いように思えた。

「そこまでだ、ロウ」

不意に聞こえた声の方に目をやると、白に赤い蛇の模様が描かれている和服を着た長髪の男性が立っていた。そこでゼロも攻撃を止め、声の主を見た。

「ん、なんだキノか。いいところだったのに」

「馬鹿め、いつまで遊んでいるつもりだ。首領様が待ち草臥れておられるぞ」

「はいはい、わかりましたよ~。神原零、命拾いしたね。ボクは忙しいからもう帰るよ~、またそのうちね。へへへ」

 ロウはそう言うとキノという男性と共に姿を消した。ゼロは安心したのか、大鎌を消滅させるや否や地面に膝を着いた。

「クソ・・・なんなんだあいつ。強かった・・・人間じゃない」

「ゼロ、大丈夫か?」

 右京さんが心配してゼロに近付いていった。透かさず俺と鈴那もゼロの所に走って行く。

「大丈夫ですけど、あのロウってやつ、妖術を使ってました。人の姿をしてはいますが、妖怪ですよ。あと迎えに来たキノという男、何者なんだ・・・」

 確かに、ロウが身に纏うオーラは人とは違っていた。しかし俺の知り合いの中にも人の姿をした妖怪がいる。十六夜日向子さん、鬼灯堂という駄菓子屋の主人だ。あの人を最初に見たときは人間だと思った。そこまで妖怪らしい雰囲気が見受けられず、背中から触手を出されて初めて正体を知ったのだ。十六夜さんに訊けば何か分かるだろうか。

「妖怪か・・・俺は悪霊なら未だしも、妖怪は専門外だからな。てか悪霊と妖怪って同じようなもんだと思ってたんだが、違うんだな」

「妖怪相手なら右京さんの術も通用しますよ。ただ、悪霊と妖怪の違いはあります。悪霊とは俗に言う霊の一種なので、人間らしい意思を持ったものもいれば、こちらの呼びかけに応じる者もいます。妖怪というものは、元々が人とは別の存在であり、自然から生まれた異形です。なので、勿論人の意思なんて通用しませんし、神にも近い存在だったりもします」

 そういう違いがあったのか。ということは、サキが神に近い存在・・・何だか可笑しい。ただ、昔の言い伝えで若い娘を欲しがる妖怪がいるというのを稀に聞くことがある。あのロリコンヘビ、露のことを狙ったりしていないだろうな。

「でも、日向子ちゃんは人間みたいだし、人間よりいい人だよ?」

 鈴那が不満げな表情で言った。その通りだ。十六夜さんは妖怪でありながら俺達に協力してくれるし、鈴那の保護者でもある。

「日向子さんのような例外もいます。本来ならば人と妖怪が交友関係を持つことはありませんし何せ危険です。でも、ごく稀に人と交流をしたがる妖怪もいるんです。例えば友情であったり、恋であったり、妖怪にも、そういう人に似た感情を持つ者がいるんです。しぐるさんちのサキさんもですね」

「サキもそういうやつなのか。まぁ、あいつは正義感とか責任感が強い所があるかもな」

「なるほどなぁ、人も霊も妖怪も、色々いるんだな。さて、疲れたしそろそろ車に戻ろうぜ。しぐちゃん、修練する元気はありそうか?」

 右京さんがポケットから車の鍵を取り出して言った。

「はい、まだ大丈夫です」

「よし、んじゃゼロと鈴那ちゃん帰してそのまま術の練習だ。行くぞ」

 俺達は車に戻り、右京さんの運転で帰路に着いた。

「しぐ、今日泊ってもいい?」

 帰りの車内で鈴那は俺に訊ねた。

「いいよ、じゃあせっかくだから術の練習も一緒でいいか?右京さん、鈴那が一緒でもいいですよね?」

「もちろんOKだぜー。じゃあゼロだけ家に帰すな」

「やったー!しぐが術使うとこ見たい」

 鈴那はそう言っておかしそうに笑った。何を期待しているのか・・・。

「僕も付き添いましょうか?」

 ゼロが真顔で言った。あれほどハードな戦闘をしておいてまだ休まないのか。

「いや、ゼロはもう休め・・・琴羽ちゃん心配するだろ」

 右京さんが苦笑しながら言うと、ゼロは表情を崩さずに「冗談ですよ」と言った。ならせめて冗談っぽく言ってくれないと何か怖い・・・。

「ゼロ、疲れてるな。ゆっくり休めよ」

 右京さんの言葉にゼロは無言で頷き、そのまま目を閉じた。

 結局ゼロは車で寝てしまい、右京さんが家の中まで背負って帰した。その後とある森の中の広場へ行き、俺は右京さんの指導で術の練習をした。教えてもらったのは、藤堂家の秘術である奥義・流星時雨と、呪術では無いが気功斬という超能力の技だ。気功斬は直ぐに覚えることができたけれど、流星時雨の方はなかなか習得に時間が掛かった。それでもなんとか使えるまでにはなり、家に帰ったのは夜の7時過ぎだった。

 夕食後、鈴那と露が入浴中にサキが怪しい行動をとろうとしていたので、引き留めるついでに気になっていたことを訊いてみた。

「おいサキ」

「はっ、なんだよぉしぐれ」

「しぐるだ馬鹿。よく間違えられるけど・・・今日さ、ロウっていう人の姿をした妖怪に会ったんだけど、まぁ会ったというか命を狙われたんだけど、サキ、何か知らないか?」

「ロウか・・・聞いたことねーなぁ。余所者かもしれねーぞ。なんだ、強かったのか?」

「ああ、たぶんゼロよりも」

 あの時、ゼロは万全の状態では無かった。だが、恐らくロウはまだ本気を見せていない。それだけ表情や仕草に余裕があり、まるで遊んでいるかのようだった。

「ロウなぁ、洒落た名前しやがって。そうだ、日向子ちゃんに訊きゃいいじゃねーか。あいつも人に化けた妖なんだから、何か知ってるかもしれねーぜ」

「そうだな、明日鬼灯堂に行ってみる」

 俺は今日あったことを思い出しながらぬるくなったコーラを飲み干した。ロウは婆捨穴に怨念を強くする術をかけたと言っていた。そしてそれが禁術であるということも。それは、ひょっとしたら蛛螺の時にかけられていた術もそれなのでは無いだろうか?長坂さんのものに見せ掛けた術、あれは、もしかしたらロウが・・・?だとしたら、なぜそんなことを?考えても考えても次から次へと疑問が湧いてくるばかりで、一向に答えが見付からない。

「サキ、なんか怖いな。色々なことが起こりすぎて・・・サキ?あれ、あいつどこいった?」

 その直後、風呂場から露の怒鳴り声が聞こえてきたのは言うまでもない。

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   ○

「しぐぅ、露ちゃんのお肌めっちゃかわいいねー」

 夜10時を過ぎた頃、俺と鈴那は部屋でベッドに寝転がりながら駄弁っていた。

「肌がかわいいってどういうことだよ」

「てゆーかしぐ、露ちゃんと一緒にお風呂入ったことあるんだから分かるでしょ。あの可愛さ」

「その話は・・・ああ何となく分かるよ」

「エッヘヘ、なーんか今日は疲れちゃったー」

 鈴那はそう言いながら伸びをした。

「疲れたな、早めに寝ようか」

「えーもう少し話そうよー」

「わかってるよ。そういえば、課題終わった?」

 俺が訊くと彼女はうつ伏せでクッションに顔を埋もれさせて「まーだーだー」とモゾモゾ言った。

「ふぁっ、まーまー焦ることは無い。あたしは提出期限過ぎても出さない派だからねー」

「マジか。今年は分かんないとこ俺が教えてやるからちゃんと出そうな」

「えっ、いいの!?」

「もちろん」

 鈴那は「わーい」と言ってクッションを上に投げた。まったく相変わらずだ。そんなところも好きだけど。

 今年の夏は大変なことも多いが、その分楽しいかもしれない。この町で起きていることが俺達の日常に邪魔をしようとするのなら、俺は強くなってそれを止めてやる。過去に大切な人を守れなかった。だからこそ、今度は絶対に守ってみせる。そう心の中で、静かに決意した。

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