夏休みに入り、大学に行く必要のなくなった俺は連日労働に勤しんでいたそんなある日。
『へぇ~、こういうとこで働いているなんてなんか以外』
あたり前のように汀はやってきた。
「・・・。いらっしゃいませ。何名様ですか?」
『1人です。ねぇ?』
「お一人様ですね。お時間はいかがなさいますか?」
『1時間でお願いします。お願いがあるんだけど・・・』
「それでは、4番のお部屋となっております。ごゆっくりどうぞ。」
汀の言葉を無視し淡々と業務をこなす。
『海に連れて行って欲しいの。』
「なんでだよ。友達と行けばいいじゃん。」
幸い、店は混んでおらず受付に来る客はいない。
【可愛いね♪彼の彼女?】
「いや、違う。」
【じゃぁ、俺と行かない?】
口を挟んできたのはここで一番のイケメンA。
正直、こいつは苦手だ。どうして?と言われると困るのだが、なんか肌に合わないのだ。
『あ、いや・・・』
【行こうよ♪】
汀が困った様子で、俺をチラチラとみてくる。
はぁ・・・仕方ねえか・・・。
「いつ行きたいんだ?」
『明日!』
「明日か・・・わかった。明日なら大丈夫だ。」
半ばなし崩し的ではあるが汀と海に行くことになった。
『ごめん・・・部屋何番だっけ?』
「・・・四番です。」
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汀を隣に乗せ、走ること1時間。目的の海へとたどり着いた。
浜辺は広いとは言い難いが確かに綺麗な海だった。
「海に行くなら、友達と行ったほうが楽しいだろうに。」
『それはそうかもしれないんだけど。友達にはなんか言いにくくて。』
「何がだよ。」
『泳ぐってより、ここに来たかった理由はね・・・」
汀は履いていたヒールとソックスを脱ぎ砂浜へと歩き出す。
キュッ・・・キュッ・・・
と音が鳴る。
「鳴き砂か・・・」
汀がこちらへと振り返り。
『そうなの。ここの浜辺は鳴き砂だ。って聞いたものだから一度来てみたかったの。』
「確かに、珍しいな」
『どうしても、鳴き砂を鳴らしてみたい。だなんて友達には言えなくて、子供っぽいでしょ?』
照れたように頬を指でつまむ。これは、汀の癖だ。
「もともと子供っぽいじゃねえか。」
『え~?・・・いや、まぁ、そうなんだけど。私、そういうキャラじゃないの!』
「あぁ、そう」
『職場の人に誘われたとき助けてくれてありがとう。』
「ははっ、気にするな。俺のせいでもあるし。
鳴き砂の原理は知ってるか?砂の中の石英、二酸化ケイ素の含有率が全体の65%以上の状態、構成する鉱物の種類が均一で石英同士が摩擦することで砂が鳴くんだ。」
『へぇ~。化学は苦手だったなぁ。要は、普通の浜辺の砂とは構成が違うってことだよね?』
と、砂浜にしゃがんだ汀は砂を手に取り、さらさらと上から落としている。
「ま、そういうことだな。」
『不思議だね~』
「この町は、大戦中大空襲にあったんだ。」
『ん?』
「戦況は日に日に悪化していった。降り注ぐ爆弾、弾丸。鳴りやまない警報、毎夜明かりをつけることすら恐怖を感じるようになった。この明かりのせいでこの家が砲撃されんじゃないか。私たちの話し声すら敵に聞こえてるんじゃなかろうか。そんな恐怖にさらされ続けると人はおかしくなってくる。」
汀は黙って聞いている。
俺は胸ポケットに入れていた煙草を取り出し、一本咥えて火をつける。
スゥー・・・・ハァー…
「そんなある日の大空襲だ。投下される爆弾の雨、燃え上がる家屋。熱を大量にまとった爆風は人々の悲鳴を飲み込んでいった。怪我を負っても構わず逃げ惑う人々は水を求めた。熱から身を守るために、癒すために。大きな川のないこの町の人々はこの浜辺へと我先にと飛び込んだ。中には、浜辺で力尽きた人も多くいたことだろう。」
汀は黙って話を聞いている。
「石英は二酸化ケイ素だ。そして、人体にもケイ素は大量に含まれている。血管、髪、歯に爪などなど。この浜で力尽きた人の体はどうなったんだろうな。風化し、酸化し・・・」
みるみるうちに汀の顔は青ざめた。
『嘘・・・。え・・・』
「冗談だよ。人の体が朽ちたからと言って、人間の体内のケイ素が石英にはならねぇよ。ここは自然が作った鳴き砂だ。」
『もぉ!!!』
「ごめんごめん。」
『でも、ここに来た人はいたんだろうね。』
そう言った汀は浜に向かって手を合わせた。携帯灰皿に煙草をしまった俺も隣に並び手を合わせた。
「プールでも行くか!」
『え?』
「水着姿見せてくれるんだろ?」
『言ってないよ!そんなこと!』
「水着持ってきてるんだろ?」
『・・・持ってきてるけど』
「じゃぁ、決まりだな。」
―――熱い。
―――死にたくない。
―――助けてくれ。
鳴く砂に紛れて人の泣く声が聞こえたことは汀には黙っておこう。
作者clolo
八月は日本人として忘れてはならない日がありますね。
体験者はいつかいなくなる。今でも目を背けてしまうけれど、決して忘れてはいけませんね。