幼少期、父がアメリカへ留学していた事もあり、私と母は小さめのアパートで2人で暮らしていました。母は、私を養うために夜の仕事をしており、昼間は寝ていることが多かったです。
職場は、所謂≪クラブ≫で、キャバクラよりも少し敷居の高いようなお店で働いていました。
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娘の私が言うのも何ですが、母は大層綺麗で、そのクラブでも常に№1をキープ。
母に会うのが目的で通うお客様も少なくは無かったそうです。
お客様の質も割と高く、紳士的で≪遊び方≫を弁えている方が大半でしたが、その中でラインを超えたお客様も数名いたそうです。そう云ったお客様は、お店の規則により強制退店・出入り禁止の措置を取られるのですが、そのうちの1人にかなり粘着質のお客様がいたそうです。
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その男性は、ストーカーばりに母を尾行したり、盗撮したりと犯罪まがいの事も日常茶飯事。
母は警察に相談せず、飽きて諦めることを待っていたそうです。
しかし、男の行動はエスカレート。私が1人で公園で遊んでいると、声を掛けて来たり、玄関のノブに袋に入った液体(あまりに卑猥なので暈します)を吊り下げて帰ったりなど、ストーカー行為から、迷惑行為・嫌がらせ行為にレベルアップしていきました。
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そんなある日の事。
私の当時住んでいたアパートは1Kで部屋の仕切り扉を開けっぱなしにしていると、玄関がダイレクトに見えるような造りでした。夕方、ふと視線を感じた私は、玄関の方へ視線を向けました。
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見えたのは玄関ポストの扉を指で開き、そこから覗く2つの目。
私は、驚きと恐怖で布団に寝ころんでいた母に抱き着きました。
「変な人が、こっち見てる…」
小声でそう伝えると、母は無言でスッと立ち上がり、台所へ行きました。
部屋の仕切り扉から母の様子を伺います。
覗き込む2つの目玉はギョロギョロと動き、時折目が合いました。
『怖い。気持ち悪い。』
そう思い、泣き出しそうになっていた時、母が玄関扉の死角になるように移動し、玄関扉にぴったり背中を付けて立ちました。
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手には片手鍋が握られており、湯気が立ち上っています。
何をする気なのかと、母を見つめていると、開いたポストの隙間に向かって、グラグラに湯だった熱湯を掛け付けたのです。
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扉の前には断末魔のような悲鳴を上げる男性の声。
片手鍋を床に投げ捨て、勢いよく扉を開けると、あまりの熱さに顔を抑え蹲っている男性の頭部に思い切り扉がクリティカルヒットしました。
再び、痛みの叫びが聞こえます。
ついで、母の淡々とした声が聞こえました。
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「アンタ、ええかげんにしときや。今日はこれで勘弁したるけど、次は殺すで。」
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男は逃げるようにその場を立ち去り、その後嫌がらせ行為を受けることは無くなりました。
母が男を見送り、扉を閉め、小刻みに震える私に言った一言は今でも忘れません。
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「お父さんには内緒やで?約束、守れるでな?」
空になっても湯気立つ鍋を片手に、そう笑む母に今世紀最大の恐怖を感じました。
今なお、あの時感じた恐怖に勝る体験はしていません。
作者雪-2
9月になり、いよいよ本格的な残暑ですね。
絶賛私は溶けております。「雪」だけに。
今回は久々の実体験です。
…ん?久々か?分からないけど久々の母登場です。
きっと、私の母のファンも読者様の中にいるはず(←
現在、凄く書きたくて書きたくて
ここ2ヵ月くらい執筆している作品があるんですが、ようやく完成しそうです。
ああ…もう、書き納めでも良い…って賢者モードなうです(笑)
↓7月アワード受賞作品↓
【トモダチ △】怖45
http://kowabana.jp/stories/29158
↓8月アワード受賞作品↓
【夏みかん】怖50
http://kowabana.jp/stories/29459
↓9月投稿作品↓
【名の無い噺】怖21
http://kowabana.jp/stories/29670
お時間のある時のお目汚しになればと思います。