第三回 リレー怪談 鬼灯の巫女 第4話

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第三回 リレー怪談 鬼灯の巫女 第4話

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第4話「三つの伝承」

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私達が宿に辿り着いたのは、西に沈む丸い夕日が丁度全部隠れるくらいだった。

男女で部屋を分けられた宿の四角い窓からは、茜色というよりは淡い橙色の光が、藍色の空に混じるように滲んで見える。

その藍色の空間に一際大きく輝いているのが金星だろう。宵の明星、ビィーナス、地球と双子の星と呼ばれる事もあり、八月が好きな星だ。

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八月、私の双子の妹、その八月は今、私の右腕をぎゅうぎゅうと握り締めている。

本人に自覚は無いが、旅行サークルオカルトの部に入ってから、八月の握力は日増しに強くなっている。この前に至っては、くしゃみの勢いでスチール缶をへこましていた程だ。そんな妹の締め付けを受け、私の右腕は徐々に鬱血し始めていた。

指先が冷たい。

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オーケーオーケー、八月は私が冷静にいられるようにしてくれているんだよね。うん、本当に八月は思い遣りに溢れた良い子に育った、うん。

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「八月良い加減手離してやれよw七月の顔が険しくなってるぞww」

「わわわ、ゴメンねなっちゃん!」

潮の一言多い助け船が入り、八月が力を緩める。あ、離しはしないんだ……

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「大丈夫だってwあんな事聞いたから八月も怖かったんだよね……ところで潮、一体誰の顔が険しいって?」

「げっ、今のでアウトかよ!」

「当たり前よ!まだ私10代なんだからね!!!」

咄嗟に距離をとる潮、しかし右腕の八月によって動けない私は奴の胸ぐらを掴むのを諦め、代わりにそのノーデリカシーを思いっきり睨みつけてやる。

「おお、こわいこわい」

安全圏からの潮のニヨニヨ笑いが地味にムカつく。

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「潮、七月も、あまり暴れるな。園さんに迷惑を掛けるんじゃないぞ」

またも東野さんに嗜められてしまった。隣の八月も少し罰が悪そうに俯く。

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分家のお婆さんが救急車で運ばれ、私達はこの宿に戻ってきた。その道すがら、潮が録音したレコーダーに謎の声が入っているのを私達は聞いてしまった。

(しゃべったな……)

あの気味の悪い声はなんなのか、老婆の語った話は本当なのか、それを話し合おうと、少し広めの私達女性陣にあてがわれたこの部屋に集合したのだった。

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「やっぱり私達のせい、みたいだね……」

暗い声で渚が言う。分家のお婆さんが倒れたのは、私達に語った事が原因だと思っているのだろう。

「うん……」

八月が小さく頷いた。

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「いや、もう96歳なんだろ?いつも寝てばかりいるって言ってたし、たまたま俺達が来たのと体の限界が重なってただけだって!」

「だとしても!私達が会いに行かなかったら体を起こす事もなかったじゃないっ!!!」

フォローするように言う潮にも渚は感情的に返した。動揺しているのかもしれない、肩が小刻みに震えている。

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渚は、あの分家のお婆さんの家で遊んだ事があると言っていた。渚にとって、あのお婆さんは身内のようなものなのだろう。

皆、もう何も言えなくなっていた。

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「……新幹線で話したあの話、禁忌だって言ったでしょ?」

膝を抱え、唇を震えさせながら渚が言う。

「あの話も、分家のお婆ちゃんから聞いた話なの。その時もお婆ちゃん、これを聴くのは、あんた方が最初で最後じゃろうって言ってた……」

「な、ならっ、あのお婆さんは、決まり文句みたいにいつも最初で最後とか言ってたんじゃねぇか?ほら、ムードづくりの為とかさっ!」

「……だといいがな。」

渚を宥めようと努めて楽天的に考えようとする潮、だけど東野さんはあくまでも冷静だ。

「東野さん!なんでそんなこと言うんですか?!!」

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潮が叫ぶ、潮だって怖いのかもしれない。あの歌は本当に危険なものなので、そのせいで婆さんが倒れたのじゃないだろうかと、だとしたら、あの話を聞いた自分達も謎の声の主に今も睨まれているのではないかと……皆も、あの歌を聞いてしまっているのだ。

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「……ごめん、ちょっとお水貰ってくる」

渚が席を立ち上がった。ぎしぎしと小さく軋む畳を踏みしめ襖を開けると廊下へ消えてしまった。

だれひとり動く者はいない。声を失った私達の部屋の中にヒグラシのカナカナという鳴き声が嫌に大きく反響する。

夏の暑さのせいか、そんな蝉の鳴き声が頭の中を砂嵐のようにかき乱し、考えが纏まらない。

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「…ちょっといいか」

声を発したのは東野さんだ。背筋を伸ばし腕を組んだまま私達を見据える。

「ちょっと考えてみたんだがな、渚の話と園さんが語ってくれた話、そして分家のお婆さんが教えてくれた歌…一見違う説を語っているように見えるが、俺は全部正しいんじゃないかと思っている、そしておそらく全部正しく無い」

怖い程感情の無い、真剣な表情。普段口数の少ない東野さんが何かを語る時の顔だ……

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「渚が言った言葉を信じるなら、少なくとも歌と最初の禁忌の話はどちらも真実だ」

渚の言った言葉、どちらも分家のお婆さんから聞いたという言葉だろうか……?

「その上で考えたんだ。まあ、ただの俺個人の勝手な解釈だから別に信じなくていい。取り敢えず聞いておいてくれ。

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この三つの伝承はどれにもそれぞれ海、魚、鬼灯、刀、僧が出てくる。だが、お婆さんの歌にだけ双子という単語が出て来ない。この海が漁師町として栄える要因になったにも関わらずだ。

なのに、その双子に深く関わる鬼灯という単語と僧というワードは出てくる。少し、違和感を感じないか?これだと双子と鬼灯は無関係だ」

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東野さんが何を言っているのかよくわからない。双子と鬼灯が無関係だったら何か問題でもあるのだろうか?それに……

「東野さん、分家のお婆さんの歌には瓜が出ていたじゃないですか、鬼灯一つに瓜二つって。瓜二つだなんて顔がそっくりな双子そのものじゃないかと思うんですけど。」

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私は東野さんに質問する。しかし、東野さんはそれを聞いて、表情はそのままに右の口角だけを吊り上げてみせた。

「ああ、そうだ。この歌は瓜二つって表現を使っている。これが双子だとすれば何の疑問も無い……

だが、どうしてわざわざ双子という単語を使わない?

例えば、“双子の子”と言えば同じ5文字でリズムが変わる訳じゃない。それに、瓜が比喩ならばそれに並列する鬼灯も比喩じゃなければ不自然だ。伝えるべき裏の意味があるのならば、特にな。

つまり、七月の言う通り二つの瓜が双子を指すならば鬼灯も本来は別の何かを指し示している可能性が高い。」

「え、つまりどういう事なんすか?結局双子は実在してたんすか?実在してないんすか?」

「遠回しな話方で悪いな潮。つまり、双子もちゃんと三つともの伝承に出てきている。そして、鬼灯と言うのは只の比喩でしかない。

そもそも植物の鬼灯にはアルカロイド系の毒が含まれている。そんなのが魚の姿になったって言うのなら、それを食べた俺たちはとっくに腹痛でも起こしている。」

「それじゃあ、鬼灯って何なんですか?」

「…昔の人の間では、双子は忌子として扱われる事も多い。北嶋姉妹には悪いが、障がいを持って産まれる確率の高い双子は、日本に限らず疎まれる存在だった。ならば、それと並ぶ鬼灯も忌まれるものを示していると考えるのが自然だ。

鬼灯は漢字で“鬼”に“灯り”と書く。鬼は歌にも出てきていたな、人に害をなす者として。

鬼といえば地獄にいるイメージが強いが、人知の及ばない禍として、つまりは災害の擬人として登場する場合もある。

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熟れた鬼灯は、丸い実に袋状のオレンジ色をしたカラを被せた形をしている。

真ん中に丸型を秘め、灯り輝く災害…二つ目の伝承では空から取り出したとあるな。

このビジュアルはまるで……隕石みたいだと思わないか?

ゆえに、鬼灯とは、隕石の事を指し示しているんじゃないかと俺は思う。」

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「…隕石、ですか……?」

確かに写真や映像で見る隕石は中心の石に纏う様にオレンジの炎に包まれている。言われてみれば、その姿は鬼灯とよく似ている様に思う。

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「どこか地球外から飛んできた石の塊が海の中に飛んで来たら、その衝撃波で魚は脳震盪を起こして死ぬ。もしくは落ちた隕石が何かしら有毒なガスを噴出した可能性もある。

そうでなくても、隕石が崖を崩して海を汚染したのかもしれない。記録に残る不漁はこれが原因だろう。

ただ待てば良かったんだ、そうすればいずれ魚は元に戻る。本当ならな……

だが、ここの海の連中は焦ったんだろう。何しろ、漁師町で魚が取れないなんて、生活に直結する大事件だからな。

そして慌てふためく村人達は、たまたま近くにいた僧に縋り付いた。だがこの僧は身なりが汚く、歌にあったように売僧だ。食事を分けただけで親に叱られる程だからな、それでも一応僧は僧、本当はヤケで頼んだんだろう。

近くにいて頼める僧がその売僧だけだった、それだけだ。

頼まれた方も頭を抱えたに違いない。

だから適当にそれっぽい事を進言した、つまりは人柱だ。そしたら丁度生贄に最適な人間がいた。忌子として名高い双子さんだ。

しかも都合良く島の占い婆も双子が特別な存在だと言い、我ながらそれらしい儀式になった。

さらに、いざ実行してみれば本当に数日後から魚が獲れるようになった……実際は海の中が落ち着いただけだろうがな。」

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そんな…つまり、双子は只それっぽいというだけで殺されたの?本当は殺されなくとも良かったというのに……

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ふるふると身体が震えた、怒りのせいか哀しみのせいかはわからない。八月が私の腕をぎゅうと締め付ける。

いつの間にか、カナカナと反響するヒグラシの声は、遠く、まばらになっていた。

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「い、いや東野さん、幾ら何でもそれは話がぶっ飛び過ぎじゃあ…それに、それならなんで歌以外にも伝承が二つあるんすか。」

自信無さげに言う潮に東野さんは答える。

「先に言った通りこれは俺個人の考えだ、それも殆どが予想に過ぎない、だから信じないならそれでいい。

…俺自身、まだ分からない事が多過ぎるしな……」

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「潮、歌と話が繋がっているとしても、話の方が二つある理由が分からないんだな。」

「は、はい…」

「考えられる理由は二つだ。まず、誰かを生贄にしただなんて禍々しい話は時代と共に当人達にとって隠したい話になる。だから、表向きの単なる伝承と一部の人間だけが知る裏の伝承に別れた…それをなぜ渚が聞かされたのかは謎だがな。

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もう一つの理由は、この僧が原因だろう。

二つの話の中でこの僧の扱いが明らかに違う。どちらもこの一帯を救った英雄ではあるが、一方は通りすがりの徳の高そうな僧、一方はおんぼろの薄汚い僧、歌に至っては売僧とまで言われているな。

おそらく、実際は身なりも汚く金にも執着するどうしようも無い売僧だったんだろう。

そして、渚が話した伝承は元々この僧が広めたんだろうな。まだうら若い女性二人を理屈の無い生贄で殺したという罪を、島の占い婆に押し付ける為に……

そうやって自分は豊漁をもたらした英雄って扱いを受けるよう仕向けたんだろう。

厳田家とこの僧の関係はよく分からんが、恐らく厳田家の中でもこの僧を敬おうとする家系と疎む家系がいたんだろうな。例えば、本家と分家とかな。

その場合、僧を疎んでいるのは分家だろう、歌の裏の意味も分家にしか伝わっていないタブーなんだろうな。だからあのお婆さんはわざわざ孤立した住居で裏の伝承を伝える日を待っていた。厳田家は地獄耳だからな。

だとしたら、厳田家の本家とこの僧の関係も気になるな。案外“刀”ってワードが関係していそうだ。

なんにしても、確認しなくちゃならない事が多過ぎる……

明日、曲津島に行くぞ。もし鬼灯が隕石を比喩しているならクレーターなり破片なり物的証拠が残っているだろうしな。

島に人間が住んでいたら双子や僧の事も聞けるかもしれない。明日は忙しくなるぞ」

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いつしか東野さんは口角を上げて笑っていた。その瞳は黒く爛々と輝き、悪意の渦巻く伝承を無理矢理にでも暴こうとするその好奇心に、恐ろしいなにかを感じる。

「は、はい…!」

潮が返事を返すが、私と八月は何も言えずにいた。

今日の夕方から一足飛びに話が進み過ぎている。それに、曲津島だけは行ってはいけないと頭の中で警報が鳴り響いていた。

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きゅう、と右腕を包む様に握り締められる感覚がした。

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腕に伝わる体温に促される様にそちらを見やると、八月が両手で右腕にしがみ付いたまま私の顏を見上げていた。

水晶のように透明な双眼に視線を囚われる。

「な、なに、八月?」

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ぎゅうぅぅ、私の腕を強く強く握り締める八月、まるで、離したく無いと訴えているかの様だ。

「八月……?」

小さな唇はきゅっと締まり、真っ直ぐに見つめる瞳は深く、吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。

ぐいと八月が顔を寄せ、少しだけ上目遣いな表情が眼前に迫り思わず我が妹にドキリとした。

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八月の唇が開く。

__なっちゃん、わたし__

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その時、

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ガラッ!!

「ひゃうっ」

最悪なタイミングで襖が開き、変な声が上がった。

右腕の締まる感覚はもうしない。心臓がバクバクする。

少し恥ずかしくなりながらも襖の方を見ると、まるで全力疾走で逃げ回ってきたかのように髪の乱れた渚が、息も絶え絶えに立っていた。

「な、渚?どうしたの……!?」

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開いた襖に突っ立ったまま、渚は目だけで皆を見回しそして私の姿をみとめると、グニャリとこちらに首をもたげ口を開いた。

「あ、あのね、さっきロビーにお水貰いに行ったの。

そしたらね、窓の外にさっきのヘルパーさんがいて、ガラス越しに『分家のお婆さんが呼んでいる』って言うの。私がお婆ちゃん目が醒めたんですか?って聞いたらまた『分家のお婆さんが呼んでいる』としか言わなくて…何だか私怖くなって、ロビーからの照明で真っ暗じゃ無いはずなのにヘルパーさんの顔が黒くて全然見えないし、でもヘルパーさんが着てる服はボタンの穴まではっきり見えるの」

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渚の呼吸が荒い。けれどその双肩は全く上下しておらず肘から下だけが壊れたように震えている。

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「私、暫く固まってた、どうすればいいのか分からなくて。

そしたらね、そいつが今度は呼んでいる…呼んでいる…って、早く、早く早く早くって、だんだん叫び出して、顔と同じく黒い手で窓をバンバン叩き出してっ、そしたらその時気付いたの、そいつの顔、暗くて黒かったんじゃ無いのっ、灰色のゴツゴツした岩の頭に沢山の黒いフジツボがびっしり敷き詰められてたの。

私っ、怖くて怖くてっ、だから一目散に走って逃げてっ、ここまで逃げて来たのっ!!!」

ガクガクと直立したまま身体の先端だけを震えさせる渚の目は、瞼が千切れそうな程に見開いていた。

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「おい、渚…」

明らかに様子がおかしい渚、そんな不安定な渚に少し言い澱みながら、潮が問いかける。

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「…お前の手と口元…、どうしてそんなに赤黒いんだ…?それに、なんで泥だらけの靴なんか履いてるんだよ……」

ぐりん、渚の目が潮を見る。そして、ネジ巻きで動くカラクリ人形のようなゆっくりとした動きでガクガクと震える両手と足元に視線を這わせると、渚は布を裂くような悲鳴を上げた。

第5話へ続く

Concrete
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