【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

長編9
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メアリー

この部屋へ越してきて2週間、毎日全身を舐められるような視線に悩まされている。

当然ながら部屋の中には誰もいない。

気持ちの悪さから体調を崩し、不動産屋へと連絡をした。

もしかしたら、この部屋は事故物件でそれを知らされなかっただけかもしれない。

そう思ったからだ。しかしながら不動産屋の返事は「そのようなことはございませんし、そのマンション全体で見ましても気になるような事件事故の記録は一切ございませんよ。」とのことだった。

そう言われてしまった以上、これ以上の追及は意味がないと思い自分で調べることにした。

図書館に保管されている新聞記事を20年ほど遡って調べてみたがそれらしい記述は一つとして見つけられなかった。

ただの気のせいかもしれないこの視線のためにここまで出来る自分の性格に辟易としながらも、こんなことでもしてないと落ち着かないという心理状態にまで追い詰められていた。

一日の講義を終えるとバイトに行く。

一日の講義を終えると図書館へ行く。

一日の講義を終えると友人と出かける。

とにかく、部屋に居たくなかった。

生来こういった“自分の問題に人を巻き込む”ことがとことん嫌いだった為、誰にも相談しなかったが、友人の“引っ越しをした日のあたりから様子が変だけど何かあったの?”その一言で、ついに私は現状を吐露してしまった。

この子は・・・私の変化に気づいてくれていたのか・・・

「ん~、隠しカメラとかかな?」

盲点。考えてみればそうだ、“得体の知れないものによる視線”と考えるよりも“盗撮されている”と考えることのほうが100倍現実的ではないか。

“事故物件”と初めに考えてしまったせいで奇妙な固定概念に捕らわれてしまっていた。

それなら・・・。と、友人“葉耶”に手伝ってもらい部屋中をひっくり返して隠しカメラの捜索を行った。

不幸中の幸いというべきか、視線に悩まされていたせいで荷ほどきがそれほど進んでいなかったのだ。

しかしながら、期待していた成果は上げられなかった。

押し入れの中から台所、トイレのタンクの中まで調べたがそれらしいものは何もなかった。

今日で終わるかもしれない。そんな風に考えていたせいか、何も見つからなかったことによる精神的疲労はとてつもないものだった。

「今日、泊って行ってもいいかな?一人よりは二人のほうが安心でしょ?」

「ありがとう。泊って行って。」葉耶のやさしさが嬉しかった。

二人で夕飯を作り、談笑をして、ついにきた視線を感じるAM2:00

___!!

来た。

「わかる・・・?」

「・・・うん。凄く嫌な感じ。」

そんな視線にさらされること約30分。視線はようやく去っていったようだ。

「こういうことに詳しそうな人を知っているから、相談してみてもいいかな?」

打つ手のない私には正直ありがたい話。「うん。お願い。」

藁にも縋る思いでお願いした。

_____

次の日、一日の講義を終えた後古いビルの前へとやってきた。

綺麗なビル群の中から忘れられたように佇む異質なビル。

入り口はまるで何か生き物が口を開けているような雰囲気さえある。

ふーっ。

と、一息吐いてまるで食べられるかのように入り口を通りビル内へと入った。

エレベーターを使い、3階。

目の前には“幽玄堂”と書かれた部屋。

コンコンッ。とノックをして、中へと入る。

チリリーン。とドアに取り付けられた鈴が鳴る。

『いらっしゃいませ。』

と、女性の声がし、声の主が後についてこちらへとやってきた。

『あら。葉耶ちゃんじゃない。』

少し驚いたように目を丸くして迎えてくれた。

「こんにちは、睡蓮さん。」

『こちらへどうぞ。』

にっこり微笑む睡蓮さんに促されソファーへと座る。

「いきなりすいません・・・。」

『いいのよ。ここは店だもの。みんないきなりやってくるものだわ。どうしたの?』

「ご相談がありまして・・・」

『相談?いいわ、話してみて』

・・・・・

・・・

ことのあらましを睡蓮さんに話すと『ふ~ん。なるほどねぇ・・・と、ごめんね、お茶も出さないで。コーヒーでいいかしら。』

「はい。すいません。」

『いいのよ。ちょっと待ってて。』

と言い残し、奥へと歩いて行った。

部屋の中を見渡すと、相変わらずのアンティークや何かわからない不思議なオブジェの様なものなど様々なものがある。

恐らく、睡蓮さんが使用していると思われるデスクには何かをデザインしたと思われるデッサンが置いてあった。

『おまたせ。』

と、2杯のコーヒーカップをもって睡蓮さんは戻ってきた。

「ここはお店なんですか?」

『ん~、お店と言えばお店なのかしら。仕事の対価として受け取ったものや、引き取ったもの。そして、これらをしかるべく人に渡したりしているのよ。』

「占い師もして、お店の店主もしているんですか?」

『あ~、私占い師ではないのよ。葉耶ちゃんと初めて会ったときは、必要があってそういう格好をしていただけで本業はアクセサリーデザイナーみたいなものかしら。このお店やその他は副業になるのかしらね。デザイナーだけでは色々と難しいのよ。フフッ』

と、コーヒーに口をつけた。

「そうなんですか~。」

『さて、ご相談の内容についてだけど。そのお友達の部屋は和室じゃないかしら?それも、障子のある。』

「え?!はい、そうです。」

『やっぱりね。』

「どうしてわかったんですか?!」

『同じような依頼を葉耶ちゃんが来る前に受けたのよ。言い方は悪いけど、物はついでだしその依頼も一緒に受けましょう。』

眼鏡を直した睡蓮さんは、また一口コーヒーへと口をつけた。

_____

日を改め、友人の部屋へと睡蓮さんを案内した。

『この障子かぁ~。うんうん、これは良くないモノだわ。』

「原因はこの障子なんですか?」

『そうよ。ねぇ、“壁に耳あり、障子にMary”って知ってる?』

妙に“目あり”だけ発音がよかったな・・・。

「はい。」

『これは、まさにそれよ。視線の正体はこの障子。この障子紙に原因はある、この障子紙はね“噂好きだった女が首を吊るされた木”を原料に使っているのよ。』

以下睡蓮さんの話___

噂好きの一人の女がいた。

隣の家の女は良く男を連れ込んでいる。

向かいのご主人は浮気をしている。

あそこの坊は畑の野菜を盗んでいるらしい。

etc

中には事実もあったが、嘘も多分に含まれていた。

そんな女の口癖は“そういえば知ってる?”

そんなある日事件は起こった。

旦那の不貞を聞いた女が旦那を刺し殺してしまったのだ。

だが、事実は違った。

旦那は不貞行為などしていなかったのだ。

愛する旦那を信じられず、殺してしまった妻は自殺してしまった。

遺族の怒りはそんな噂を振りまいた女へと向いた。

ある意味自業自得である。

野を追いかけられ、山に逃げ込むも山狩りが始まった。初めは遺族だけであったはずが、噂の被害を受けた者たちまで加わっていった。

多数に追いつめられてはどうしようもない。ついぞ、女は捕まり暴行の果てに木へと首を吊るされてしまったのだ。

間接的であれど、人を殺した女の魂は木に縛られ続けた。

やがてその木は、原料となり障子へと姿を変え今に至る。

_____

『じゃぁ、この障子は私が預かるわ。代わりの障子はちゃんと手配しておくから。はい、葉耶ちゃん車まで運んでね~。』

「あの・・・お代は?」

友人が睡蓮さんに尋ねる。

『お代はいいわ。しかるべく処からいただくから気にしないで。』

にっこり笑い睡蓮さんと私は部屋を後にした。

睡蓮さんの運転でたどり着いた場所は、幽玄堂のあるビル

そして、今は地下フロアにいる。

「え・・・これ。」

『同じ事情で回収してきたモノたちよ。』

そこには何枚もの障子が並べてあった。

「この障子どうするんですか?」

『こうするのよ。』

睡蓮さんは煙草に火をつけ、ふーっと障子に煙を吹きかける。

すると、障子紙に所狭しと眼が浮かび上がりこちらをギョロギョロと凝視する。

そして、睡蓮さんは障子に手をかざし左から右へと振り払うと

ブワッと音とともに燃えて広がっていった。

障子の眼は、怒り、恨みを含む憎悪の眼を向けながら焼けていった。

「障子に憑いた女性はこれで成仏したんですか?」

『してないわ。どんな事情、形であれ人様を不幸にしたんだ。また業が深くなっただけ。地上からは離れられたけどこれから閻魔様に会いに行くことになるんじゃないかな。さて、これで葉耶ちゃんの依頼は完了だね。明日、また店に来てくれる?』

「え?はい。わかりました。」

『それじゃぁ、お疲れ様。』

そう言った睡蓮さんはビルの出口まで見送ってくれた。

_____

さて、

と携帯を取り出して電話を掛ける。

『ご依頼された通り、障子の回収並びに処分。完了いたしました、紙峰さん。』

「ありがとうございます。・・・あの馬鹿息子、いきなり家を継ぎたいと言い出したかと思えば、けったいなモノに手を出しおってからに・・・誇りを持ってやってきた私の顔、仕事に泥を塗りおってからに・・・。被害にあわれた方々にどうお詫びをしたらよいやら。此度のお代は改めてお届けに参ります。」

『わかりました。』

“通話終了を押し”携帯をしまった。

_____

「それで、睡蓮さん。今日私を呼んだ理由というのは?」

『葉耶ちゃんの依頼のお代を頂こうと思って。言ったでしょ?“しかるべく処からいただく”って。』

「言ってましたけど・・・」

『私に依頼してきたのは、ご友人じゃなくて“葉耶ちゃん”でしょ?だから、私に報酬を払うのは葉耶ちゃんよ。』

睡蓮さんは笑顔で私に言った。

「確かに・・・どうすれば?」

『ここで働いてもらおうかしら。手が足りないのよ。安心して、お給料はちゃんと出すからね。それとも、現金でお支払いする?』

「ちなみに、現金払いだと・・・?」

『1・0・0万円』

笑顔を崩さない睡蓮さん。

無理だ・・・そんなお金ない・・・

『どうする?お金をもらいながらここで働くか。百万円払うか、ちなみにローンは受け付けてないわ。』

「・・・働きます。」

『交渉成立ね。いちおう、100万円の借用書や領収書なんかも用意しておいたけどいらないわね。』

そういって、マッチに火をつけて諸々を燃やしてしまった。

『じゃあこれ。労働契約書ね。』

「あの、印鑑今日持ってないんですけど。」

『血判でいいわ。印鑑なんかよりずっと効力があるから、この世界では。この針でちくっと刺して、パンと押しちゃって。』

契約書に署名をしていると

『葉耶ちゃん。あなた、障子からの視線。わからなかったでしょ。』

その通りだった。友人を不安にさせたくなくて合わせてしまったが、私には何も感じなかった。

『葉耶ちゃんは守られているのよ。もうずいぶん弱くなってしまっているけれどね。人より少しだけ背の高い女性の姿が見えるわ。』

「・・・そうですか。」

懐かしくなりかけていた記憶。私を助けてくれたモノ。

そうか・・・今でも・・・。

___昨日未明、障子屋従業員“紙峰 龍吾”さんが自宅で両目が焼けている状態で発見されました。隣に住む人の話によると、いきなり悲鳴をあげだしたそうで不審に思った住人が通報したことにより発覚しました。

紙峰さんは最近アパートの住人相手に“良いものがあるから買わないか?”と触れ回っていたそうです。紙峰さんは命に別状はないとのことですが、事件事故両方の線から捜索されるそうです。

『どこで誰が見ているかなんて、知らないのは本人だけなのよね。人の秘密なんてむやみやたらに見るものでないし、知るべきじゃないわ。・・・女の秘密なら尚更のこと。』

「え?」

『ううん。何でもないわ、じゃあ明日から来てね。』

「はい。じゃぁ、また明日。」

こうして、私の新たなバイトが始まった。

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