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この日は友人を送る日だった。その友人からの連絡は3年ぶりくらいだったと思う。
仕事の都合で2~3週間海外へ行く事になったのだと言う。
出発時間まで駅周辺で時間を潰し、なんだかんだで時間になった。この時、正午過ぎだった。外の日差しは強いけれど、吹いてくる風は冷たかった。
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「どこまで行くんだっけ?」
「イギリスだ」
「アメリカに行くって言ってなかったっけ?」
改札前までの見送りのはずが駅のホームまでの見送りへと変わり、友人は切符を買い僕は入場券を買う事となった。切符販売機の前には外国人旅行者二人組と杖を持ったお年寄りがいた。
二人組の方は手元のガイドブックを見ながら話をしていた。表紙にでかでかと書かれた東京という文字が主張している。
「そうだったか?そんな事よりも成田エクスプレスの切符の購入方法が分からん」
「駅員さんに聞いてきなよ、荷物みてるから」
「そうだな、荷物を頼む」
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友人の大きなスーツケースに寄りかかりながら待っていると、横から声をかけられた。
shake
「すみません...」
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声の方を向くと茶色の上着にチュニックを着た中年女性が立っていた。
持っている鞄には鞄よりも大きな人形が沢山ついていた。女性の顔に視線を移すと女性と目が合った。
「どうしました?」
「突然すみません、お連れの方が切符の買い方についてお困りのようだったので...わたくし、買い方を知っておりますのでお教え致しましょうか?突然話しかけて申し訳ありません...」
そう言うと女性は深々と頭を下げた。
話し方や動作が、なんだか芝居がかった様にみえた。時代劇に出てくる市民が思い浮かんだ。
「ご親切にありがとうございます、今駅員さんに聞きに言ったので大丈夫ですよ」
「そうですか...わかりました」
僕は女性から視線を外し、駅員さんに聞きに行った友人を探した。
「お連れの方...あちらへ行きましたよ。あちらの...男子トイレの方へ行かれました」
「え、そうなんですか?ありがとうございます」
大きなスーツケースを移動させようと、持ち手に手をかけた。
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shake
ガシッ
「私も手伝いますよ」
女性がスーツケースの持ち手を掴み、ぐいっと持ち上げた。結構な重さのあるスーツケースを女性は軽々持ち上げる。
「いいえ、でも1人で持って行かれるので結構です」
「いえいえ、私が持ちますよ!案内しますよ!」
何度かこの押問答を繰り返した。女性はなかなか引き下がらない、大抵の人は断られたら引き下がる筈だ。
しつこい人だと思った。
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「切符が買えたぞ、待たせたな」
友人が戻ってきた。
女性が言っていた男子トイレの方とは全く異なる場所から現れた。
「知らない女の人がお前の鞄を離さなくて困ってたんだよ」
「あの女か?」
友人が指さす先に、走って逃げていく女性の姿をみた。走る動作に合わせて沢山の人形が鞄の上で踊っていた。
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「変な人に遭遇した...不気味だなあの人」
「ミザリーだな」
「ん?なんだって?」
「ミザリー、知らないか?小説家を監禁するサイコなファンの話」
ホームに着くまで友人はミザリーの話をした。DVDで一度観たことがあったが、所々話の内容を忘れてしまっていた、。友人の話を黙って聞いていると隣のエスカレーターから上がってくる大人達の中に1人でいる子供と目が合った。
子供は自分の顔位の大きさのペロペロキャンディーを舐めている。赤と黒と黄色のキャンディーだ。
あの色のキャンディーはどんな味がするのか想像が付かない、あまり美味しそうにはみえなかった。
子供が被っている帽子も赤と黒と黄色だ。
「がんばってねー」
キャンディーを舐めるのを止めて、子供が僕に向かって言ったような気がした。はっとして振り返ると既に姿はなかった。
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駅のホームに着くと、友人の会社の同僚と出会った。
「お疲れ様ですー!同じ電車ですね、席どの辺ですか?」
偶然同じ電車だったようで、友人に席の確認をしている。少し離れた場所にもちらほら仲間が居るのだという。
「いやー間に合ってよかったです、本当よかった」
「流石に今回は遅刻できないからな」
「よく遅刻するんですか?」
「そんなに遅刻しないですよ!そんなに多くないです、多分...」
「そうかぁ?多くないか?」
「もーそんなにいじめないで下さいよー」
二人のやりとりを聞いているうちに電車がやってきた。
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友人を見送ると暫くホームに立ていた。
さっきまで騒がしかったホームは人が少なくなり静かになっている。
これからなにをしようか、そうだ本屋に行こう本屋に行ってから百貨店に行ってそれから...
一度立ち止り、通行人の邪魔にならない場所に行ってから携帯で調べた。携帯のメモに入っているリストの中から買うものを探す。
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「すみません」
擦れたような声が囁くように聞こえた。いや、気のせいかもしれない。
「すみません」
また声がした。自分の真後ろから声がした、今度ははっきりとした声だ。
返事をしないまま無言で後ろを振り返った。
「先ほどはすみませぇん~」
気の抜けた声で言った。
僕はその声の主をみて厭な気分になった。
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話しかけてきた相手はさっき友人のスーツケースを頑なに離そうとしなかった中年女性だった。
「お連れの方はご友人ですか?それともご兄弟ですか?それとも」
「すみません、なにかご用ですか?」
女性の言葉を半ば遮るように言った。
これがまずかったのか、女性は一瞬不機嫌な顔になった。
それから直ぐにまた笑顔に戻り話しかけてきた。こちらに顔を突き出してくる、距離がかなり近い。
急いでるのでと断りを入れ足早にその場から離れる。
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後ろをみると中年女性がゆっくりゆっくりと追いかけてきていた。
左右にゆらゆら体を揺らしながら歩き、不気味な笑い方をしている。
油断していると女性も早歩きに変えてきた。少しずつ距離が縮まっていく。
改札まで走り女性と結構な距離を稼いだ。
階段とエスカレーターとあり、僕は階段を選んだ。
本能的に階段が良いだろうと判断した。
階段も走った、全速力で走った。ゆっくり階段を上って来る人に当たらないように走った。
上をみると中年女性は体を揺らしながらエスカレーターを降りている。
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このまま走り続け、駅から外に出ればもう安心だろうと思っていた。
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沢山の人々が行き来する交差点の中、うまく人をすり抜けながら渡る。
交差点から少し離れた場所にあるビルに入り、今度はエレベーターに乗った。エレベーターに乗る前に周りを確かめた。紙袋を幾つも持った人や、買い物が終わるのを待ちくたびれている人等以外に怪しい人は見当たらなかった。
エレベーター内でやっと息を整える。
自分が息を吐く声だけが聞こえる、ただそれだけなのになんだか心細く感じた。
shake
ピンポーン
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音と共にエレベーターが開いた。自分が押した階に降りる。
乱れた上着を整え、目当ての店まで歩いた。
見慣れたこの場所をみることによって、幾分か気持ちが落ち着いてきた。
「いらっしゃいませ」
店員さんが笑顔で言う。それに対し軽く会釈をした。
「なにかお探しですか?」
「はい、以前この辺りに置いてあったこういう色でこういった形の靴はもう売り切れてしまいましたか?」
説明をしていると、店員さんの数メートル後ろの存在に気が付いた。
鞄からぶら下がる沢山の人形達が忙しなく揺れている。
相手の顔をみないように少し視線を落として店員さんと話した。
中年女性はまだ追いかけてきていた。
店から出てトイレに逃げ隠れようと考えたが、ああいう執念深い人はトイレから出てくるまでずっと待っているだろうから隠れる案は却下だ。
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「すみませんお客様、お連れの方が呼んでらっしゃいますが?」
店員さんが指す方をみると、”あの”中年女性がソファーに座り手招きをしていた。口元は笑っているが、目が笑っていない。
蚯蚓の様に細められた目の奥が笑っていない。
「連れはいませんし、あの女性は知らない人です」
「そうでしたか...あら、あの方は..」
女性の姿が消えていた。
女性が座っていたソファーには炭の様な染みができていた。
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足早にビルを出るとそこから数メートル先にある別のビルへ向かった。人が多く紛れられる場所を選んだ。
まっすぐ帰る選択も考えたが、家まで追いかけてくるような気がして怖かった。
中年女性を警戒しながらエスカレーターに乗り、ネットで不審者に会った時の対処の仕方を調べた。
2階3階と過ぎ、4階に着いた。
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着いたその場所に、居た。
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無視して中年女性の横を通ろうとした。
shake
バッ!
突然腕を振り回しながらこちらにジャンプしてきた。立ち幅跳びの様なジャンプをみて、僕は恐怖と笑いが混ざった変な感情を抱いた。
バッ!
再び腕を振り回してきた。腕が当たりそうな距離だ。
「やめてください!」
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「どうしましたか?」
近くにいた店員さんがやってきた。白髪交じりの男性で、優しそうな雰囲気の人だった。事の経緯を説明している間、中年女性は両手の拳をギュっと握り歯を食いしばりながら笑っていた。時折顔が小刻みに痙攣し、爆弾が爆発しそうな雰囲気を醸し出していた。
「どうして追いかけるのですか」
「....」
女性は黙っていた。店員さんとは目を合わせず、ずっと僕の目を見ていた。
瞬きせずにじっとこちらをみていた。
「お客さん、聞いてますか?」
店員さんが再び問いかけた。
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「うるさああああああああい!うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!」
女性は突然大声を出した。周りが騒然とする。何事かと窺う人達の視線が集まった。
警備員さんが来るのではないかと思う程の発狂だった。
女性は叫ぶとどこかへ走て行ってしまった。
店員さんは呆気にとられ固まってしまっていた。僕もびっくりした反動で棚に背中をぶつけた。
「な、なんなんだあれは...はぁ、あんなの初めて見た...」
「びっくりしました...」
「帰り道気を付けて下さいね」
「は、はい...」
「ここから歩いて15分位の場所に交番があります、なにかあったらすぐにそこに飛び込んで下さい。ああいう人の行動って、予測がつきませんから」
店員さんに念の為と交番の場所を教えてもらい、その場を後にした。
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顔に飛んできた落ち葉を振り払い、肩にくっ付いていた枯れ葉の残骸を摘み、捨てた。
ポケットに入れていた携帯をみるとメールが1件きていた。
”何時に帰ってくる”
これに対し、中年女性に追いかけられて困ってる助けてくれ、と送った。
すると直ぐに返信がきた。
”なんだそれ、タクシーで早く帰って来いよ。 PS:ごめんソファー汚した”
返信せずに携帯の画面をきった。
今日半日の自分の行いを振り返って考えてみても、あの女性をあんな風にさせた原因が思いつかなかった。通常の人相手には何もなくても、ああいった人にはやってはいけないことをしたのか。
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考えていると遠くから声が聞こえた。
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「あああ!あああ!」
声のする方へ目を向けた。
あの中年女性がこちらに指を指しながらなにか叫んだ。
まるで獲物をみつけた捕食者の様だ。頭にプレデターの映像がフラッシュバックする。捕食者から隠れながら闘うシーンだ。
僕は映画の様に上手く逃げられなかったようだ。今日はなんてついていない日なんだ、こんなに執拗に追いかけられたのは小学生の鬼ごっこ以来だ。
女性は斜めになってこちらに向かってきた。
僕は女性と目を合わせないようにしながら交番を目指した。女性とは少しだけ距離がある、油断はできない、向こうも必死に追いかけてきている。
僕は女性と目を合わせないようにしながら交番を目指した。女性とは少しだけ距離がある、油断はできない、向こうも必死に追いかけてきている。
逃げろ逃げろ逃げろ!
心臓の音が耳に響く。喉の奥が痛い。
やっと交番が見えてきた。交番の前には警察官が一人、中にはベテランそうな警察官が一人いた。
女性の看板についた人形が揺れる音が聞こえる。
リンリン リンリン リンリン リンリン
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「はあ はあ、すみません、変な人に追いかけられていて...助けてください」
交番の中に入り、中に居た警察官に必死の形相で訴えた。外で立ている警察官も中の警察官も少し驚いた表情をしていた。
すぐ後から女性が突進してくる勢いで中に入ってこようとした。
shake
「ちょっと待って下さい、お知り合いですか?」
外に立っていた警察官が女性を静止した。
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中を窺い一瞬不機嫌な顔をしたあと、また作り笑いの表情になった。
「すみませぇん、お知り合いの方だと思って嬉しくなって追いかけてしまったのです。人違いでした、お騒がせして申し訳ございませぇん」
深々と長々とお辞儀をすると、足早に去って行った。
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少し落ち着いてから、警察官に今まで起きた事をを説明した。
「変な人は沢山います、怪しいなと思ったら近づかず話をしないことです。なにか起きたら警察を呼んでください。今回、なにも危害を加えられなくて良かったです」
「そうですよね」
「j刃物とか持ってなくて良かったですよ。突然暴れられて刺されたりなんてしたら大変ですよ」
警察官は諭すように話した。
最後に女性は人違いでしたと謝っていたが、あれは嘘だと思う。
立ち去る間際、ボソっと女性は呟いていた。
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「あと少しだったのに...」
作者群青
皆さんお久しぶりです、群青です。
今回の話は数年前に体験した、知らない人に意味も分からず半日追いかけられるという体験を元に書きました。
少し内容を変えていますが、実際この様な体験をしました。何がしたかったのか、未だに分かりません。
誤字脱字などございましたら、ご指摘して頂けると幸いです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。