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*HANA*(番外編)~桜花繚乱~

中編6
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*HANA*(番外編)~桜花繚乱~

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金色に光る蝶が、花の蜜を求めて飛んでいる。

ヒラヒラと、春の柔らかい風に吹かれている。

蝶は都会の住宅街の中を抜け、そこだけポツンと時の止まった様な古い平屋建ての家の縁側に眠る猫のすぐ横に止まった。

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あらあら!

トラちゃん?珍しいお客様がお見えね。

金色の蝶なんて、初めて見たわ。

トラちゃん?食べたらいけないわよ。

フフフ・・・

そうやってると、まるでトラちゃんと蝶がお喋りしてるみたいに見えるわ。

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ねえ、トラちゃん・・・

もうね、桜の開花宣言が出たんですってよ?

この桜は、いつから花を咲かせなくなったのかしら・・・

いつも庭の手入れをしてくださる植木屋さんに聞いたらね、桜の木も寿命ってあるんですって。

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80年が平均寿命らしいの。

フフフ・・・

そうよね?

桜の木も私と一緒。

もうおばあちゃんなのね。

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倒れると危険だから早く切った方が良いって植木屋さんは言うけど・・・

幹の中が腐って、空洞になってるって言うのよ・・・

だから、もう花なんて咲かないんだって・・・

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でもね?

トラちゃん・・・

この木は切れないの。

だって、私の命と言っても良いほど、大切な木だから。

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あの人と初めて会ったのは、この桜が満開の時だったの・・・

お父様のご友人の息子さんだって紹介されたの・・・

未だこの辺りも、今の様にビルやマンションがこんなに建ってなくてね。

木造の家ばかりだったのよ?

フフフ・・・

あの人は、背筋をピンと伸ばして颯爽とあの角から現れたの。

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素敵だったわぁ・・・

一目惚れって言うのかしら。

あの人の姿に、私、釘付けになっちゃった。

お父様がご友人の方とお話しをしている間、あの人は庭に出てきて、私と満開の桜の下でお話しをしたの。

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お話しって言っても、大した事を話した訳ではないわ。

女学校の話しとか、この桜の話しとか・・・。

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後から知ったのだけど・・・

あの日のあの人との出会いは、実はお父様達が仕組んだお見合いだったんですって!

恥ずかしかったけれど・・・

あの人のお嫁さんになれる事が嬉しくて、あの夜はなかなか寝付く事が出来なかったの。

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次にあの人に会ったのは、桜が沢山の濃い色の葉を茂らせている初夏だったわ。

私はあの人との結婚を控えて、女学校も辞める事になっていたあの夏・・・

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私はあの人と、この縁側に座ってお話しをしていたわ。

垣根の前には、朝顔の花が少し萎れて咲いていて・・・

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あの人は、私に言ったの。

「女学校を辞めてくれるな」って。

私、これからあの人のお嫁さんになるのに、何故辞めてはいけないのか不思議に思っていたら、あの人・・・

「これからの時代は、女性も沢山の物を学ばなければいけない。」って。

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そして・・・

「私はこれから、日本国海軍に入る事になった。

いずれは連合艦隊の一員として、お国の為に勤める事になる。」って・・・

私・・・

あの人のお嫁さんになれるとばかり思っていたから、それは吃驚してね。

その夜は、蒲団の中で声を殺して泣いたわ・・・

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あの人が行く前に、あの人の為に・・・

千人針を作り、あの人の無事を祈って・・・

・・・あの人に渡した・・・

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あれが・・・

あの日が・・・

あの人に会えた最後・・・

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たった3回会っただけの人を、こんなおばあちゃんになるまで想い続けているなんて、お馬鹿さんだって笑わないでね。トラちゃん。

時代が時代だったら・・・

私はあの人のお嫁さんになって、あの人と家庭を持って、あの人と家族を持てたのでしょうね。

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お父様が遺してくれた財産で、私は一人で生きて来たわ。

事業は波に乗って、今では私は会長なんて名ばかりの隠居の身。

結婚をする機会も有ったのかもしれないわね。

でも、あの人じゃない人の元になんて嫁げる訳がないわ。

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フフフ

そんなだから、もう90歳にもなるのに、未だに独身なのよね。

それほどまでに、あの人は素敵な男性だったからよ。

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そう言えば・・・トラちゃん。

貴方が家に初めて来たのは・・・

あの人が亡くなった報せを受けた日だったわね。

それから、トラちゃん・・・亡くなっても、すぐに又私に目の前に現れて。

何代にも渡って、今もこうして、傍に居てくれているのよね。

不思議なご縁ね。

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でもね・・・

トラちゃん・・・

ごめんなさいね・・・

私は、もう長くはないようなの。

私がトラちゃんの最期を看取らなければいけないのは分かっているけれど・・・

先に逝く事を許して頂戴ね・・・

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でも、大丈夫よ、トラちゃん。

私に万が一の事が有ったら、この家の土地も私の預金も全て、会社に行くように遺言を書いて有るから。

そこに、ちゃんとトラちゃんの事も書いて置いたから、誰かがトラちゃんの面倒を見てくれるわ。

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今日は、トラちゃんと沢山お喋りしちゃったわね・・・。

ウフフフ

楽しかったわ。

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でも・・・ちょっと疲れちゃったみたい。

そろそろ訪問看護師さんが来る頃ね。

それまで、少し眠ろうかしら・・・

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あ・・・

トラちゃん・・・

何処に行くの・・・?

トラちゃん・・・?

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・・・

縁側で寝転んでいたトラは、スタスタと歩き桜の木の前に着くと、金色の蝶が空に舞い飛ぶ。

クルクル

クルクル

円を描くように桜の周りを舞い飛び回る。

白い柵に囲まれたベッドに横たわる老婆は、思わず片肘を着いて身体を起こした。

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「あなた・・・・・・・・・・・・・・」

老婆が目にしたものは、朽ちかけた老木に鮮やかに咲き誇る桜の花。

初めて愛しい人に出会った時と同じ様に、伸びた枝にこれ以上ないほど沢山の花を咲かせている。

その下には・・・

愛しい人が老婆に向かい微笑み、見詰めて・・・

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「会いたかった・・・・・・・・・・・・・

・・・

今度は、私を連れて行って下さるのね?」

・・・

若いその男性は頷き、ゆっくりと老婆へ両手を伸ばす。

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・・・

そして・・・

老婆は縁側の前の部屋のベッドの上から、桜の木の下に佇む男性に向かい片手を伸ばした。

すると・・・

老婆の身体は、今迄感じていた痛みも、苦しみも、夢の中の出来事だった様に消えた。

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軽くなった体でベッドから起き上がり、ゆっくりと畳に両足をつける。

縁側まで歩いて行くと、男性の顔を懐かしそうに見詰め、弾むような足取りで素足のまま走り出した。

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男性の正面に着くと、顔を見上げ、その愛しい・・・

ずっと・・・

ずっと・・・

憧れていた、その胸に顔を埋めた。

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男性は両腕を背中に回し、優しく抱き締めた。

「もう、離れませんよ?」

その言葉に、男性は微笑み頷く。

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「ずっと傍にいたのだよ。

愛しい貴女の傍で、ずっと貴女を見守っていたのだよ・・・」

男性の言葉に頷く老婆は、いつの間にか出会った頃の少女に戻り、澄んだ綺麗な眼で男性を見詰め、何度も頷いた。

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「トラちゃんが・・・貴方だったのね・・・

貴方の眼差しととても良く似ていたから、分かっていたわ・・・」

少女が笑うと、男性は少女の手を取り

「さあ・・・行こう・・・」

と、二人は微笑み見詰め合い、同じ歩幅で歩き出す。

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その時、一斉に咲き誇った桜が、これまた一斉に散り出した。

渦を巻くように2人の身体を包み、桜の木の下は、薄紅一色に染まり、2人がボンヤリ消えると、その花びらも薄くなり・・・消えた。

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それから十数分後、担当の訪問看護師が見たものは・・・

自力で起き上がる事も出来なくなっていた老婆が、庭の桜の木の下で横になっている姿だった。

老婆が可愛がっていたトラ猫と繋ぐ様に手を合わせ、微笑み、老婆も猫も、まるで眠っているかのように横たわっている姿だった。

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老婆の頬には、どこからか飛んで来た桜の花びらが一枚、頬を染める様に乗っていた。

金色の蝶は、老婆と猫を上を飛ぶと、又、ヒラヒラと空へ飛んで行った。

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~桜(ソメイヨシノ)~

花言葉:

◎純潔

◎優れた美人

(桜全般:精神の美、優美な女性)

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