【夏風ノイズ】デスゾーン

長編19
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【夏風ノイズ】デスゾーン

 ガラガラガラ・・・と、玄関の戸が開く音がする。

「再びお邪魔しますー」

 ゼロの声だ。夢乃ちゃんを家まで送っていったゼロと鈴那が帰って来たのだろう。

「おかえり、ゼロ」

 俺が玄関まで出迎えに行くと、そこに鈴那の姿は無く、ゼロ一人だけだった。彼は俺の表情から何かを察したようで、軽く頭を掻いた。

「鈴那さんは、そのまま帰りました。ちょっと大事な用事があるらしいです」

「そっか、わかった。とりあえず上がって」

 俺はゼロを居間へ通すと、席へ座るよう促した。露が気を利かせてくれていたようで、既にテーブルには麦茶が置かれている。

 俺と露はゼロと向かい合うように座り、サキはテーブルの上で蜷局を巻いている。

「先程は、ご苦労様でした。ロウは日向子さんが返り討ちにしたそうです」

「そうか、ありがとな。露たちも無事で本当によかったよ。でも、なんでゼロたちはあの場所に?仕事じゃなかったのか?」

 俺の問いにゼロは苦笑した。

「そうだったんですけど、まぁ色々ありまして・・・仕事の方は片付いたんですけどね。とりあえず、それも含めてしぐるさん達に話しておかなければならないことがあります。聞いてくれますか?」

 俺が無言で頷くと、ゼロは淡々と話し始めた。

   ○

 ゼロから聞いた話。

 朝の事務所内はやけに静かだ。外の光に負けてしまいそうな裸電球の灯りが、手元の書類たちを薄っすらと照らしている。

「海中列車、婆捨穴、それと~、右京さんからもらった浦海中学校の報告書・・・と、これは~」

 僕は手元にある書類を眺めながら、今までの事件を整理していた。最後に見た書類は、長坂さんから頂いたガリョウ様と呼ばれる龍臥島に現れた白い怪物について纏められた書物だった。正直、これにも興味はあるが、今はそれよりも大事なことがある。

「婆捨穴はなんとか除霊出来たけど、次が海中列車と同等かそれ以上なら、今の僕には無理かもな~・・・」

 僕は一人きりの事務所内で柄にもなく弱音を吐いた。今日の仕事は、呪術師連盟の本部から依頼されたものだ。その連絡は昨晩、琴羽のパソコンのメールに届いた。

「旧海城トンネルの除霊か・・・どんなバケモノが居ることやら」

 旧海城トンネル。そこを除霊すれば、この町で起きている怪奇現象は弱化するらしい。

現在、呪術師連盟は本部以外を解体して有力者のみを集め、町全体を蝕む怪異への対策を取っている。あの時、春原達にT支部を潰させて僕の父さんを連行したのは、敵側に詳しい事情を漏らさないためだったそうだ。

 敵とは、異界連盟という妖怪や悪人呪術師の集まりのことである。連中についてはまだまだ謎も多いが、本部からある程度の情報を教えてもらったので「厄介な奴等」ということだけは確かだ。婆捨穴で僕と戦ったロウという妖怪も異界連盟の仲間らしく、あれ程の妖怪達が組織化されているとなると、考えただけで恐ろしくなる。

 今回起きている巨大な怪異も、全て異界連盟の仕業だ。放置しておけば、この町も周辺の町も人の世では無くなってしまうらしい。

「早く、なんとかしないと・・・」

 そう呟いてはみたが、正直僕には何もできない。もし、出来るとするのなら・・・。

「おっはよ~」

 書類を見ながらボーっとしていると、挨拶と共に事務所の戸が開いて鈴那さんが入って来た。

「あ、おはようございます。急に連絡してすみませんでした」

「いえいえ~、しぐはちょっと疲れちゃってるみたいだからお休みさせてあげて」

「はい。急な呼び出しをしたのはこちらなので、しぐるさんには申し訳なかったです。詳しい内容は右京さんと昴さんも来てから話しますが、とりあえず今回行くのは旧海城トンネルです」

 今日は右京さんに車を出してもらい、四人で目的地まで向かう予定だ。昴さんを呼んだのは、僕一人では不安だったからである。彼は結界師としてはかなりの実力者で、今頃本部に居てもおかしくないぐらいの力は持っている。僕と昴さんの二人がいれば、あの海中列車だって消せたはずだ。

「ねぇ、ゼロ」

 鈴那さんが困惑した様子で僕を見た。

「どうしましたか?」

「・・・今、色々なことが立て続けに起きてるけどさ、大丈夫なのかな」

 鈴那さんが不安に思うのも無理は無い。今年に入ってから、明らかに怪異は増えているからだ。以前、鈴那さんが住んでいた町でもその影響は出ているらしく、夏に入ってからその町でも除霊の依頼を受けた。

「適当なことは言えませんが、何とかしましょう」

 僕は彼女にそれだけ言うと手元の書類に視線を戻した。何とかしなければいけないのだ。僕が、やってやる。

   ○

 右京さんの運転する軽自動車は、狭い上り坂を軽やかに走行している。

「まったく、狭い道ばっか走ってるから運転慣れちまったぜ」

 右京さんは運転席で笑いながら言った。

「アハハ、この前もしぐるくんと浦海中まで行ってましたもんね」

 助手席の昴さんも右京さんに笑顔で話しかけた。僕の隣に座っている鈴那さんは少し眠たそうだ。数十分前、僕は今回の任務について車内で詳しく説明をした。今、これほど恐ろしいことがこの町で起きているということを伝えたのだ。

 それなのに、なんだこのお気楽なムードは・・・僕等は今ピンチだというのに、この無駄話をしている間にも打開策を話し合ったほうがいいのではないか?

「皆さん、もう少し緊張感を持ちませんか?」

 僕は思わず口に出してしまった。刹那、車内は静寂に包まれる。僕は続けた。

「既に呪詛は動き出しています。デスゾーンを破壊したら次の任務を速やかに遂行できるようにしておいてください」

「ゼロ、そりゃそうだけど・・・なんかいつもと違くないか?」

 右京さんがバックミラー越しに僕を見ながら言った。そうかもしれない。僕はいつもと違うかもしれない。何故なら・・・。

「右京さんは怖くないんですか?この状況が。下手したら僕等死ぬんですよ?」

「俺だって怖いさ。ぶっちゃけ何が起きてんのかさっぱりだし、デスゾーンに何の意味があんのかだってイマイチ理解してない。でもさ、気持ちがいつも通りじゃねーと、仕事もいつも通りに出来なくなっちゃうだろ?」

 確かにそうかもしれない。しれないけど・・・いや、その通りだ。今の僕は落ち着きがない。気持ちに乱れがあっては思うように術も使えなくなる。

「すみません、焦りすぎていたみたいです」

 僕はそう言いながら軽く頭を下げた。

「いいんだ、今は目の前の仕事を万全の状態で頑張ろうぜ」

 右京さんは僕に笑いかけながら言った。普段チャラチャラしているように見えて、いざという時にこうして支えてくれるのは、父親としての経験があるからなのだろうか。どうであれ、人間性ではこの人に敵わない。

 暫くすると、山道の向こうに寂れたトンネルが姿を現した。

「あれが旧海城トンネルです。ネットでも紹介されているそこそこ有名な心霊スポットですが、噂によるとトンネル内で車のエンジンが異常を起こしたり、女の霊が出るなどと、様々なものがありますね」

「ありきたりな噂だな~」

 僕の説明に対して右京さんがポツリと呟いた。

「そうですね。デマ情報も多いと思いますが、何かが起こるということはほぼ確信できます。本部からの依頼ですから」

「だな~、まぁ何が出るにしてもこのメンバーならなんとかなるだろ。見てろよ~、俺の術でトンネル丸ごと浄化してやるからな」

「右京さん、いつになく強気ですね。何か秘策でもあるんですか?」

「お、気付いちゃったか?フッフッ・・・」

「でもすみません。作戦では、鈴那さんにトンネルを霊視してもらってから僕と昴さんの二人でトンネルへ入り、お二人には何かあった時のために外で待機していて欲しいんですけど」

「え、そうなの・・・」

 車を降りると、夏だというにもかかわらず外は涼しかった。海と山に囲まれたこの場所ならではの気候だろう。

「空気がいいね。トンネルも見た感じでは神秘的でおどろおどろしい様子は窺えないけど、中に入ってみないと分からないかな」

 昴さんが目の前に聳えるトンネルを眺めながら言った。僕も同じことを思ったが、彼の義眼で何も視認できないということはトンネル内に身を隠しているのだろう。

「そうですね。外は気持ちがいいです。鈴那さん、早速ですが霊視をお願いできますか?」

「・・・うん。ねぇ、ゼロたちは何も感じないの?」

 僕は鈴那さんの言葉に首を傾げた。今ここで空気がいいと言ったばかりなのに、なぜそんなことを訊くのだろう。そう彼女に問い返すと、意外な答えが返ってきた。

「トンネルから、すごい霊気みたいなの感じるんだ。霊視する前から、車降りてからずっと・・・みんなが触れないから気のせいかなと思ったんだけど、そうじゃない。龍臥島の時とは違うけど、すごい強烈なものを感じる」

 鈴那さんの言っていることは間違いではないかもしれない。だが、現に僕と昴さんは何も感じない。

「鈴那さん、チャンネルが合いましたね」

 僕はトンネルの中に広がる闇を睨みながら呟いた。果たして、このまま彼女に霊視をさせてよいものか。

「あたしに任せて。たぶん、今なら色々見える気がするんだ」

 鈴那さんはそう言ってトンネルに意識を集中し始めた。本人が言うなら信じてみようかと、僕は「お願いします」とだけ言った。

「・・・なんか、テレビの砂あらしみたいなのが見える。入り口からけっこう進んだ

場所からだけど、気を付けて。あっ!」

 鈴那さんは声を上げると、目を見開いて後退った。僕が「どうしたんですか?」と訊くと、一言・・・

「やっぱり、ここやばい・・・」

 そう言った。

「なにが、見えたんですか?」

「・・・やばいやつ」

「具体的には?」

「わからないけど・・・大きくてやばい」

 大きくてやばい。語彙力はアレだが僕と昴さんはその言葉に思わず身構えた。鈴那さんの反応がいつもと明らかに違ったのだ。まるで、本当に恐ろしいものを目の前で見たような・・・。

「ゼロくん、行こう」

 昴さんはそう言うとトンネルの入り口へと足を踏み出した。

「はい」

 それに続いて僕も歩き出す。ここまで来たら、どんな化物が待っていても行くしかない。

「突っ込んで一掃しますか?」

 僕が冗談交じりに訊くと昴さんは微笑しながら頭を振った。

「慎重に行こう。ゼロくん、ちょっと怖がってる?」

「なぜそう思ったんです?」

「いや、ゼロくんって余裕がない時は冗談言って強がるからさ。流石の天才呪術師さんでも今回は厳しいと感じてるのかな~って」

「僕ってそんなですか。自分のことは自分でも分からないものですね」

 僕はそう言って苦笑した。先程までは目の前のトンネルに正体不明の恐怖を感じていたが、今はそれが少しだけ和らいだ気がした。僕達ならできる。

 トンネルに入ると、体感温度が急激に下がった。

「なるほど」

 その異様なほどの寒さに、昴さんは何かを察したようだ。

「どうかしたんですか?」

「トンネルの外から霊気を感じ取れなかったのは、入り口に簡単な結界が張られていたから。ここに潜む何かがそれを施したのか、或いは外部の者がやったか・・・いずれにしても、僕の目からも隠してしまうほどのモノだったんだから、厄介者だろうね」

 手に持った懐中電灯の僅かな灯りに照らされた昴さんの顔はニヤリと笑っていた。

「余裕、そうですね」

「作戦があるんだ。ゼロくん、手伝ってくれる?」

「勿論です」

 僕は頷いた。昴さんの話した作戦は、彼が最近編み出した新たな技を取り入れたものだった。

「なるほど、昴さんはもうこの奥にいる怪物の正体に気付いていたんですね」

「入った瞬間に見えた。20メートル先ぐらいから張り巡らされてて、その手前には無数の悪霊が溜まってる。そして更に奥へ行けば、今回のラスボスが待ち構えてるよ」

「まるでゲーム感覚ですね」

 僕がそう言うと、昴さんは怪物が潜んでいるであろうトンネルの奥に目をやり、真剣な顔でこう言った。

「ゲームだよ。コンティニュー不可能なゲーム」

   〇

 僕の前方を走る昴さんは、自分たちを囲うように結界を張り巡らしながら少しずつフィールドを形成していく。進むにつれて増していくトンネル内の霊気が体感温度を徐々に下げているのがわかる。

「もうすぐ第一関門だよ!準備OK?」

 昴さんが走りながら僕に問いかける。

「はい!」

 トンネル奥の悪霊達は既に気付いたようで、警戒している者や襲って来ようとしている者の姿が見える。

僕はこれまでに無いほどの電気をチャージすると、それを放電させた。放出された雷は昴さんの形成した結界の管を通り、奥に張り巡らされた化物の巣を容赦なく破壊していく。大抵の悪霊もこれで片付いただろう。

「ゼロくん、体は大丈夫?」

「はい、寧ろ気持ちがいいぐらい放電できましたよ」

僕はニヤッと笑いながら昴さんを見た。彼が先程形成した結界は僕を核とした電磁砲となっており、そのおかげで僕自身が念動力で電気を操作することなく、思いっきり放出できたのだ。

「さぁ、残った連中も手っ取り早く片付けちゃおうか」

 昴さんはそう言いながら新たに結界を形成し始めた。今度は細い糸状結界で、それを赤外線センサーのトラップのように張り巡らせていく。それらは残った悪霊達を絡めて動きを封じ、ジワジワとダメージを与えていっているように見えた。

「ゼロくん、トドメをどうぞ」

 彼のその言葉を皮切りに、僕はウエストポーチから数枚の呪符を取り出して呪文を唱える。呪符は刃物のように鋭くなり、忽ち動けなくなった悪霊達を突き刺した。

「よし」

 昴さんはそう言うと作り出した結界をスッと消した。どうやら最初の関門はクリアできたようだ。

「昴さん、やっぱり僕よりも強いじゃないですか」

 僕が不服そうな顔をすると、昴さんは苦笑してこう言った。

「結界だけだよ。ゼロくんの電撃も凄すぎて心臓に響いたよ。それに、呪符を用いる術ならほとんど出来るという君は紛れもなく天才だと思う。今の術も見ててすごいなと思った」

 昴さんは楽しそうに言ってくれた。そこまで褒められると、少し照れてしまう。

「さ、さぁ!無駄話してないで先へ進みましょう!」

 僕は照れ隠しに少し大きめの声で言った。本当に褒め上手な人である。

「ドォン!」

 不意にトンネルの奥から凄まじい轟音が鳴り響き、僕と昴さんは顔を見合わせた。

「なんだ!?」

 僕が声を上げると、それに反応するかのようにまた同じような轟音が鳴り響いた。

「今の騒ぎで怒らせたかな?じゃあ、作戦通りにいこうか」

 昴さんは至って冷静に言った。そうだ、いつも通りでいればいい。僕の全力をヤツにぶつけるのだ。

「行きましょう」

 僕の返事を聞いた昴さんはコクリと頷くと再びトンネルの奥へ向けて駆け出した。

「ドォン!ドォン!」

 先程よりも音が大きく聞こえる。不意に前を走る昴さんがキッと立ち止まった。

「ゼロくん、懐中電灯は?」

「さっき除霊中に落としたみたいです」

「じゃあ、電気出してもらえるかな?」

 そう言うと彼は僕を結界で囲んだので、適当に放電させた。

「なっ!」

 僕の発した灯りに照らされた目の前の光景は恐ろしいものだった。行く手を阻むかのように張られた無数の巨大な蜘蛛の巣、それに絡まった大量の人や動物の骸骨。

「す、昴さん・・・これって、もしかしてさっきも?」

「いや、さっきの場所に張られた巣には見当たらなかった。この人たち、どうやってここまで来たんだろう。それとも・・・この奥にいるトンネルの主に捕まって連れてこられたのか」

「ドォン!!ガサガサッ!」

 昴さんが話し終えるや否や、奥の暗がりから不気味な音が鳴り響いた。僕は条件反射で身構える。

「ドスンッ!」

地面を揺らして巣から飛び降りてきたその怪物の姿を見て、思わず総毛立った。僕の発する電気によって照らし出されたそれは、全身が濃い灰色で、よく見えないが尻には何かの模様がある巨大な蜘蛛だった。

「いや~、驚いた。そんなに巨大なのに動きは機なんだね」

 昴さんは大蜘蛛を眺めながら暢気にそんなことを言いながらも的確に結界の準備をしている。

「ゼロくん、始めようか」

「はい」

 僕等が声を掛け合った直後、昴さんの合図を理解したかのように大蜘蛛がガサガサッと動き出した。

「逃がさないよ」

 昴さんは抵抗する巨体に構わず、動きを封じるように次々と糸状結界を張り巡らせる。大蜘蛛もそこから抜け出そうと結界を壊し続けるが、昴さんの作り出す糸状結界は次々と重なり合うことで強度を増し、破壊が追い付かない状況にあった。

 確かにここはトンネルの主である大蜘蛛の縄張りだが、昴さんが結界の術を使用するのには十分すぎる環境に思えた。

「さぁゼロくん、今のうちに!」

 僕は即座に妖刀を作り出すと、結界の隙間で暴れている大蜘蛛の脚へと飛び掛かった。一本目、二本目、三本目、四本目・・・と、不意に大蜘蛛の尻から噴出された糸に足を引っ掛けて危うく派手に転ぶところだったが、自身の念動力で上手く地面に着地した。

「大丈夫!?」

「大丈夫です!」

 そう言って僕は残りの四本の脚を斬り落とそうと再度飛び掛かる。しかし大蜘蛛が激しくもがいているせいで上手く接触できない。

「ブンッ!」

 不意に振り下ろされた大蜘蛛の脚が僕を直撃し、コンクリートの地面へ叩き付けられた。気を張っていたおかげで大したダメージは受けなかったものの、衝撃でお腹が痛い。

「クソッ!」

 僕はもう一度蜘蛛の脚へと妖刀を振り翳し、薙いだ。

「斬れた!」

 続けて残りの三本も斬り落とし、大蜘蛛は胴体と尻だけを残した状態になった。昴さんはその周囲を分厚い結界で囲い、ズズッと地面に下ろす。

「ゼロくんお疲れさま。これで沈められるよ」

 彼はそう言うと、そのまま地面の下へと大蜘蛛を埋め込み始めた。

「もう悪さ出来ないよう、永遠に眠らせてやる」

 結界に囲われた大蜘蛛は跡形も無く地面の下へ沈められた。

「やった・・・!やりましたね昴さん!」

 僕は達成感で思わず声を上げた。

「なんとか上手くいったよ・・・ゼロくん、助けてくれてありがとう。これで僕の仕事は終わりかな~」

 昴さんは伸びをしてそう言った。今の結界術は少なくともチャージに三カ月はかかる大技で、更に立て続けて結界を作ったため体力の消耗は激しかっただろう。

「本当に今使ってしまってもよかったんですか?」

 僕が訊くと、昴さんは笑顔でこう言った。

「今だから使ったんだよ。結界師にできることなんてたかが知れてるし、僕がこの術を準備していたのは今日のためだったんだって、そう思ってる」

「そうですか・・・本当に、ありがとうございました」

「礼を言わなきゃいけないのはこっちさ。僕一人じゃ封じられなかったからね。ゼロくんの才能は、正しいことに使えば必ずいい未来が待ってる。少なくとも僕はそう思ってる。僕は結界しかできないけど、ゼロくんは色々できる。そのできることを、今日は最大限に発揮できたんじゃない?」

 昴さんの言葉で先程までのことを思い出してみると、確かにそうだった。昴さんは僕が制御無しで放電できるよう結界を張ってくれて、除霊の時も大蜘蛛の脚を斬る時も、まるで練習用の的みたいに固定してくれた。

「本当はもっと強いのに、その力を最大限まで発揮できないのは、自分だけで何でもやろうとするからなんじゃないかな?ゼロくんプライド高いからね。周りを見てみれば、ちゃんと仲間がいるよ。もう少し、頼ってみたら?」

 昴さんはそう言って微笑んだ。

「それを、僕に教えるために先程のような作戦を?」

 今まで、ずっと一人で戦っていた。僕の祖父もきっとそうだった。きっと、鈴那さんやしぐるさんも最初はそうだったのではないだろうか。でも、今は仲間がいる。

「まあね。少しでもゼロくんの力になれたらと思って」

「もっと、頼ってみようかな。昴さん、本当に・・・お礼を言わなきゃいけないのは僕じゃないですか!まったく・・・ありがとうございます」

   〇

 トンネルを出ると、鈴那さんと右京さんが楽し気に何かを話していた。僕達の姿を見付けると嬉しそうに、そしてどこかホッとしたような顔で近寄ってきた。

 全員で車に乗り、旧海城トンネルを後にする。狭い山道を抜けて国道を進み、僕達の住む住宅街まで着くと右京さんは事務所の前で車を停めた。

「さあ、今日はみんなお疲れさん」

 そう言って伸びをする右京さんに僕と鈴那さんと昴さんは礼を言い、車から降りる。

「今日は、本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」

 右京さんと昴さんに別れを告げた後、僕と鈴那さんは一度事務所の中へ入り書類や荷物を整理した。

「折角なので、この後しぐるさんの家に行きましょうか。今日の報告も兼ねて」

「うん!」

 書類の整理を終えた僕達は、事務所を出ると妙な違和感を感じた。若干、いつもと空気が違う。

「とりあえず、行きましょう」

 気にするほどでも無かったので、僕は鈴那さんを促すとしぐるさんの家へ向かって歩き始めた。

「鈴那さん、今日は本当にありがとうございました」

 僕の言葉に鈴那さんは苦笑した。

「あたし何にもやってないよ。ゼロこそ、今日はお疲れ様」

「いえ、事前に霊視してもらわなかったら上手くいかなかったかもしれません。助かりました」

「えへへ、どういたしまして」

 今日の仕事をしたのは、僕と昴さんだけではない。右京さんが車で送迎してくれて、鈴那さんが霊視をしてくれて、それが無ければ、絶対に上手くいかなかった。

「ゼロ、あれ何?」

 不意に鈴那さんが一点を指さして言った。気が付くと、先程からの妙な違和感が強くなっている。

「人除けの結界?誰がこんな場所に・・・」

 ここは住宅街から然程離れていない。というかしぐるさんの家にわりと近い。

「何か嫌な予感がする・・・鈴那さん、もう一仕事増えそうですが手伝ってくれますか?」

「もちろん!」

 鈴那さんが答えたのと同時に、目の前の横道から誰かが飛び出してきた。見覚えのある銀髪に少女のような外見。彼女は僕達に気付くとニコッと笑いこう言った。

「あら、目的は一緒かしらね?」

「日向子さん!恐らくそのようですね。あの人除け結界は?」

「分からないけど、何か大きな力同士が衝突してる」

 大きな力、考えられるのはやっぱり・・・。

「しぐるさん!」

 僕は全速力で駆け出した。それに続いて鈴那さんも走り出す。結界の中へ入ると、まずは二人の少女が目に留まった。露ちゃんと夢乃ちゃんだ。僕は彼女らに駆け寄り、事情を聞く・・・までもなかった。なぜこんな状況にあるのかは、目の前でぶつかり合う二つの力を見て合点がいった。

「しぐるさん・・・と、ロウ!」

「はいはーい喧嘩はそこまで!」

 僕が驚くのと間を置かず、日向子さんが二人の間に割り込んだ。彼女の実力に比べれば、ロウの力は然程大したことは無い。これで一安心だ。僕は思わずホッとしてため息を吐いた。

   〇

 ゼロが話を終えると、俺より先に露が口を開いた。

「人除けの結界・・・だから全く人気がなかったんですね。あっ、それよりこの町で起きてることはサキさんが詳しく知ってましたよね?」

「それならさっきしぐるには話した。ゼロ、お前さんは連盟から聞かされてんだろ」

 サキの言葉にゼロは頷き、ウエストポーチからこの町の地図を取り出して広げた。

「町を丸ごと呑み込む術です。奴らはその下準備として、三か所の心霊スポットを狂暴化させました。龍臥島、婆捨穴、旧海城トンネルの三つです。まあ、龍臥島に関しては心霊スポットでは無いですが・・・」

 彼は地図に赤ペンで書かれたマークを指しながら話を続ける。

「そして、その三か所に囲まれた地区を僕達はデスゾーンと呼んでいます。デスゾーンに囲まれた場所の悪霊はどれも多少狂暴化し、霊的な被害が増えます。しかし今回の除霊で三か所の心霊スポットは全て消すことができました。これで奴等の術を阻止する手助けにはなったと言えるでしょう」

「でもよぉ、異界連盟の連中がまたデスゾーンを作っちまうってことはねーのか?」

 サキが疑問を口にする。それは俺も気になっていたが、ゼロは首を横に振った。

「その心配はほぼありません。デスゾーンを作るには丁度いい場所を見付ける必要がありますし、術が動き出すまでもうそんなに期間があるわけでもないでしょう。短期間でデスゾーンを完成させるのは不可能です」

「なるほど。けど、術が動き出すまでそんなに時間が無いのなら、俺達にとってもデメリットになるな」

 俺がそう言った直後、玄関の戸を開く音がした。気になって俺が見に行くと、そこに立っていたのは予想もしていない人物だった。

「親父・・・」

「しぐるか、久しぶりだな」

 海外にいたはずの親父は表情一つ変えずにそう言った。

「日本に帰ってくるときは連絡しろって言っただろ!そうすれば、飯ぐらい・・・」

「荷物を取りに帰ってきただけだ。また直ぐに行く」

 親父はそう言って自分の部屋へ入って行った。とりあえず俺は居間に戻り、親父が帰ってきたことを告げる。

「友達が来ていたのか。露も元気そうだな」

 部屋から出てきた親父は居間の前へ来ると、相変わらず感情の読めない顔で言った。昔からそうだ。何を考えているのか分からない、不気味なまでの無表情。

「どこに行くんだよ」

 俺が訊くと親父は玄関の方に目を向けて言った。

「さあな」

 そう言って廊下を歩き始めると、また玄関から外へ出ていった。

「・・・悪かったな。俺の親父、いつもあんな感じだから」

「なあ、しぐる」

 俺が言い終わるや否や、サキは親父の居なくなった廊下を見つめながら呟いた。

「うん?どうした」

「お前の親父って・・・霊感無いんじゃなかったか?」

 サキの言う通り、確かに親父は霊感も霊能力も無い。それは昔からだ。

「そうだけど、なんでそんなこと?」

「・・・目が合った」

 俺はサキのその言葉で、一瞬意味が分からなくなった。

「・・・まさか、偶然だろ」

 俺が否定すると、サキは少し間を置いてこう言った。

「ま、突然見えるようになったりもするからな。お前もお前のじいさんも見える人なんだから、その可能性はあるんじゃねーの?」

「そう、なのかな」

 何だか釈然としないが、とりあえずそれで納得することにした。いや、本当にサキの勘違いということもある。今はそんなことよりも、この町を守らなければいけないのだから。

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